昼寝
休日の昼下がり。
私はリクライニングシートに身を沈め、アイマスクを装着し、クラシック音楽をBGMに「贅沢な昼寝」を開始した。
モーツァルトが流れ、意識はすぐにふわふわと夢の国へ――。
……と思ったら、ガタッ!と椅子が震えた。
「ん?」と思う間もなく、リクライニングシートが突然しゃべった。
「お客様ぁ~!ただいま、リクライニング特急〈夢行き〉が発車いたしましたぁ!」
私はアイマスクの下で目を見開いた。
いやいやいや、俺は電車に乗った覚えはない。
しかし椅子はどんどん傾き、まるでアトラクションのように走り出した。
クラシック音楽はなぜかテンポアップし、バッハのトッカータとフーガが爆音で流れ始める。
椅子ごと私は、部屋の壁を突き破り、住宅街を疾走する。
犬が追いかけてきて、隣の家のおばあちゃんが植木鉢を落とし、通りすがりの宅配員が「荷物どこに置けばいいっすかー!?」と叫んでいる。
その間も椅子は社内アナウンスを続ける。
「次は~、夢と現実の境目~、夢と現実の境目~」
気づけば町を抜け、空へと向かう。
椅子は飛行機のように空を飛び、とうとう雲を突き抜けた。
アイマスクを取ると、目の前には巨大な羊の群れが空中を飛んでいた。
彼らはきちんと整列していて、全員が「眠れ眠れ」と合唱している。クラシックの伴奏つきで。
私は必死で訴えた。
「いや、寝たいんだよ!俺はただ寝たかったんだよ!」
するとリクライニングシートはこう答えた。
「それは困りますねぇ……お客様、もうすでに"寝すぎの世界線"に突入しておりますので」
「寝すぎの世界線」!?
その言葉を理解するより先に、椅子は急旋回し、今度は巨大な目覚まし時計の群れに突っ込んでいった。
ジリリリリリリーン!ガリリリリリリーン!と鐘が鳴り響き、クラシック音楽は勝手に行進曲に切り替わる。
私は振り落とされないよう必死に肘掛けをつかんだが、椅子は止まらない。
最後に、空中に浮かぶ「SNOOZEボタン」に激突。
「ポンッ」という間抜けな音とともに、すべてが白く光った。
……気づけば、自分の部屋のリクライニングシートに戻っていた。
クラシックは穏やかに流れていて、アイマスクもちゃんとつけたまま。
夢だったのか?
いや、机の上に「リクライニング特急・夢行き」の切符が置かれていた。
料金欄にはこう書かれている。
「睡眠30分 → 人生3年分の珍妙体験」
……休日の昼寝って、そんなリスクあったっけ?
切符を見て青ざめていると、再びリクライニングシートがガコンと動き出した。
クラシック音楽はなぜかオルゴール調に変わり、不穏なムードが漂う。
「まもなく~、悪夢ランド~、悪夢ランド~。降りる際は、トラウマにお気をつけください~」
……行きたくねぇ!
必死に肘掛けにしがみつくが、椅子は止まらない。
椅子が到着した先は、まるで遊園地のような光景。
ただし、そこにあるのは悪夢をテーマにしたアトラクションばかり。
ジェットコースター「テスト前日」
乗ると、自分が数学のテストを受ける夢を見させられ、問題が全部「x=?」で終わってる。
メリーゴーラウンド「黒歴史リピート」
これまでの恥ずかしい発言をスピーカーで拡声されながら回り続ける。
お化け屋敷「元カノ・元カレ再会ルート」
出口に必ず昔の知り合いがいて「久しぶり!」と声をかけてくる。逃げ場なし。
私は震えながら園内をさまよった。
すると、巨大な着ぐるみキャラクターが現れた。
それは「不眠パンダ」。
目の下にクマを作り、コーヒーをリットル単位でがぶ飲みしている。
「ハッハッハ!よく来たな!悪夢ランドは入園無料!ただし、出るには"現実に戻る覚悟"を試されるのだ!」
私は叫んだ。
「戻る!いますぐ!戻る!俺は静かに昼寝したかっただけなんだ!寝直したい!だから頼むから戻してくれ〜!」
するとパンダはニヤリと笑い、両手を叩いた。
周囲のクラシック音楽が爆音で鳴り響き、園内のアトラクションが一斉にこちらへ迫ってきた。
「テスト前日」の問題用紙が空から降り注ぎ、「黒歴史リピート」の拡声器が私の昔の失敗を読み上げ続ける。
「やめろォォォォ!」
その瞬間、アイマスクの裏側がパッと光り、私はリクライニングシートに座ったまま元いた部屋に戻っていた。
胸はドキドキ、汗はびっしょり。
机の上を見ると……切符がもう一枚増えていた。
「次回乗車券:最終駅・永遠の昼寝」
……俺の休日、安眠させてもらえないの!?
机の上の切符を見て、背筋が凍った。
「永遠の昼寝」なんて、どう考えても嫌な予感しかしない。
だがリクライニングシートは再び容赦なく動き出す。
クラシック音楽は荘厳な葬送行進曲に切り替わり、部屋の空気がじわじわ重くなる。
「まもなく~最終駅、永遠の昼寝~。起きられない方は、そのままお乗り換えです~」
おいおい、乗り換えたら帰ってこれないやつじゃん!?
シートは天井を突き抜け、宇宙へ。
無数の羊が雲の代わりに漂っている。
その先に、巨大な「枕銀河」と「布団星雲」が広がっていた。
そして中央には、眠りの王国の玉座が。
そこに鎮座していたのは……ベッドに埋もれたまま動かない「永眠王」。
巨大なナイトキャップをかぶり、鼻提灯を膨らませながらイビキを惑星規模で響かせている。
「……クカァァァァァ……」
パンッ!
すると突然鼻提灯が破け、永眠王が目を覚ました。
永眠の王なのに!
目を覚ました!
「お?ちょっと寝すぎたな。ん?お?ようやく来たか。次なる永遠の眠り人よ……お前を歓迎する……。」
私は震えながら叫んだ。
「いや、ただ昼寝したいだけなんだって!永久コースはいらない!」
すると永眠王はムクリと起き上がり、毛布をこちらに差し出した。
「ならば問おう……お前にとって『理想の昼寝』とは何だ?」
えっ!?まさかの哲学問答!?
これ、外したらどうなるの!?
私は必死に考えた。
「……短くてもいい、気持ちよくて、ちゃんと目覚ましで起きられる……それが俺の理想の昼寝だ!」
永眠王はしばらく黙り込んだ後、大きくあくびをしてこう言った。
「ふむ……健全だな。ならば帰るがよい。ただし……次にまた油断して昼寝を始めた時、我らは再び迎えに来るぞ……」
そう言うと、永眠王は再び毛布にくるまり、銀河を揺らす大いびきをかいた。
次の瞬間、私は自室のリクライニングシートで目を覚ました。
クラシックは静かに終わり、
部屋は夕方のオレンジ色に染まっていた。
机の上には、最後の切符。
「ご利用ありがとうございました。またの昼寝をお待ちしております」
……………。
私は切符をぐしゃっと握りつぶし、そっと布団へ向かった。
もうリクライニングシートでは寝ない。絶対に。