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第一章 第9話:肉食えば異世界驚く食文化。

              ──あらすじ──


討伐任務を終えたルミナスは、とある目的のために巨大な魔獣の素材を持ち帰る。

しかし、それはこの世界では「忌避」されてきた存在だった。

常識を疑い、自らの感覚を信じたルミナスは、専門の工房を訪れ行動に出る。

やがて彼女のひと口が、国の未来に思わぬ変化をもたらしていく――。

ヴァルクルスの討伐を果たしたルミナスは、

持ち運びやすいよう組合員たちと協力して部位ごとに解体し、

三台の荷車に載せて王都へと帰還した。


──王国民間討伐組合


中心街は軽い騒ぎに包まれていた。だが、そんな空気もどこ吹く風と、

ルミナスは嬉々として荷車を押しながら組合の扉を開け放つ。


「リゼットさん、ただいまー!!」


元気いっぱいに入ってきたルミナスの姿を見て、

受付嬢リゼットはほっと息をつき、その目に涙を浮かべる。


「ルミナス様……! ご無事で……! 私、絶対討伐して帰ってくるって信じておりました…!」


うるうるとした瞳でルミナスの手を握りしめる彼女の姿は、

まるで親戚の姉のようだった。


その様子を後ろから見ていた組合長レオナールも、静かに歩み寄る。


「ルミナス様。魔獣ヴァルクルスの討伐、お見事でした。まさかこの短時間で仕留められるとは……」


その口調は穏やかだが、内心の驚きは隠しきれていない。


「あ、そうでした!」


思い出したようにリゼットが懐からカードを取り出す。


「緊急でしたので、こちらをお渡しするのを失念しておりました。ルミナス様の組合員証です!」


透明な素材に王国の紋章と金文字の【SS+】が刻まれたカード。

そこには『ルミナス・デイヴァイン』の名前が美しく刻印されていた。


「こちらは身分証としても使えますが……ルミナス様の場合、顔パスで事足りそうですし、あまり使う機会はないかもしれませんね。それと、受注可能な依頼に制限はありません。階級は、最上級のSS+でございます」


「本来ならば皆、最下級のEクラスから始まりますが……今回は功績を鑑みて、例外とさせていただきました」とレオナールも補足する。


「わ、ありがとう! リゼットさん、レオナールさん!」


ルミナスは笑顔でカードを受け取り、

すぐに思い出したように荷車を指差した。


「それと、この──お肉なんだけど」


「こ、これは……!」


リゼットとレオナールの目が、荷車の巨大な肉塊に釘付けになる。


「ル、ルミナス様…こんな巨大な魔獣を、お一人で……!?」


「いやはや……頭部だけでもこのサイズ……もし王都に侵入していたら、被害は計り知れませんな……」


冷や汗を流しながら、二人は生々しい肉塊をまじまじと見つめる。


「これ……調理できそうな場所ってあるかな?」


ヴァルクルスの肉塊を見つめるルミナスの問いに、

リゼットはふと思い出したように手を叩いた。


「そうだ! ここから200メルほど先に、“エンヴェラ工房”という素材加工専門の工房があります。魔族の素材を扱うことで有名で、加工技術なら王都随一です!」


「魔族の素材加工か……! それなら魔獣にも対応できそうね!」


「はい。親方は元王宮技師とのことで、信頼できます!」


「よし、行ってみる!」


ルミナスは荷車を押しながら、にこっと笑って出発した。


──エンヴェラ工房前


焼けた石造りの建物。鉄と血の匂いが入り混じったような重い空気が漂っている。扉には「関係者以外立入禁止」と無骨な札。


しかし、ルミナスは臆せず扉を叩いた。


ゴンゴンッ


「すいませーん!!」


ギィィ、と重たい音と共に扉が開く。中から現れたのは、片目に眼帯を巻き、血染めのエプロンを着けた大柄な男だった。鍛えられた腕と鋭い目つきが、彼の職人としての覚悟を物語っている。


「……誰だ」


「ルミナス・デイヴァインです!」


「……女神か」


「ヴァルクルスの加工をお願いしたくて──」


ルミナスは事情を軽く説明し、荷車を指差すと、男は一瞥してから鼻で笑った。


「……フン。おもしれぇじゃねぇか。魔族の素材で武具を作ることはあっても、魔獣を“喰おう”なんて度胸のある奴は初めてだ」


「俺はバルゴ・エンヴェラ。この工房の親方だ」


男は工房の奥に向かって声を張る。


「おい、ミーナ! 客だ!」


返事と共に顔を覗かせたのは、三つ編みにゴーグルを下げた少女。作業着姿にそばかすのある頬、少し幼さの残る表情が印象的だった。


「ん……? え、え!? 女神様ぁ!? お、お父さん!? い、いや、親方!? なんで女神様がうちに……!」


「この女神さんが、ヴァルクルスの肉を食べたいんだとよ」


バルゴが顎をしゃくって荷車を示す。ミーナは駆け出し、肉塊を見て絶句する。


「ほ、本物だぁ……こんな魔獣、どうやって……!?」


「仕留めたのはこの女神様さ。ミーナ、裏門を開けてやれ」


「了解っ!」


──工房裏・解体場


裏の倉庫に荷車を運び込んだルミナス。その中は拷問器具を思わせる重厚な解体道具が並び、中央には魔族の解体に使われていたと思しき巨大な鉄板が鎮座していた。


「ルミナス様ぁ!!こんな大きな魔獣どうやって倒したんですかぁ!?」


目を輝かせて尋ねてくるミーナに、ルミナスは言葉を濁す。


「えーと……木の棒で……」


「き、木の棒!? ほぇ〜〜! やっぱり女神様はすごいなぁ!!」


(嘘は言ってないけど……なんか罪悪感すごい)


そんなやり取りの中、バルゴが無言で台車を押して現れた。

そこには、解体用の特大包丁、携帯型の加熱魔道具、そして網が丁寧に載せられている。


「待たせたな」


「ついに……食べる時が……!!」


討伐から戻ってきてからずっと空腹だったルミナスの目が輝く。


「まずはこの分厚い皮をなんとかしねぇといかん。ミーナ、このフックの先をもも肉に刺して吊るしてくれ」


「了解!親方!!」


ミーナは慣れた手つきで、もも肉の柔らかい部分にフックを掛け、ワイヤーで吊るした。まるでマグロの解体ショーのように、大きな包丁が皮と肉の間を滑り、見事に皮を剥いでいく。


(わ、わぁ……こういうの初めて見たかも。ちょっと感動)


皮が綺麗に剥がされると、バルゴは鉄板の上に肉を並べ、食べやすいサイズにカットしていく。


あとは味付けと焼くだけ──そう思っていたルミナスの期待をよそに、

バルゴの手がふと止まった。


「……あれ?どうかしたの?」


「女神様よぉ……魔獣の肉が普及しねぇ理由、知ってっか?」


「え?……もしかして、不味い……?」


「いや、もっと根深い話だ」


バルゴは目を細め、静かに語り出した。


「魔獣ってのはな、魔族神ザル=ガナスの配下。

昔から、魔獣の肉を食った者は魔族になる──そう信じられてきたんだ」


「ほかにも、瘴気を纏ってて食えば死ぬ、腹を突き破って暴れる……そんな怪談じみた話が山ほどある」


(ああ……宗教的な禁忌みたいなものか)


「だから俺はここまでだ。これ以上は──」


「ルミナス様!!ここの部分、すごく柔らかくて美味しいですよ!!」


ミーナの声が弾む。


「ホントだミーナ!!ちょっと臭みがあるけど、味付け次第でどうにかなりそうねっ!!」


気付けばルミナスは、焼きたての肉を頬張っていた。


「お、おいおいおい!!お前ら!!人の話、聞いてたのか!?」


バルゴは慌てて止めようとする。


「記録書にはな、魔獣の肉を食った人間が二週間で死んだとか、腹の中で暴れ出したなんて話が載ってんだぞ!?ミーナ!!お前もやめろ!死にてぇのか!?」


ルミナスは肉を口いっぱいに頬張りながら、

むしゃむしゃと咀嚼したまま平然と言った。


「え、それって……ただの食中毒か寄生虫じゃない?」


「食中……な、なんだって……?」


「食中毒っていうのは、腐ったお肉や生焼けのお肉を食べたときに起こる病気のことよ。寄生虫も同じ。しっかり火を通して加熱すれば、全然問題なし!」


ルミナスはにっこり笑って、焼きたての肉をバルゴの前に差し出した。


「ほら!ね?ちゃんと焼けば、安全で美味しいんだから!」


「い、いや……俺は……」


「親方!!これすっごく美味しいですよ!!」


嬉しそうに叫ぶミーナの声を背に、バルゴはぐっと言葉を詰まらせた。


魔獣の肉を食べると呪われる──

そんな迷信は、長年の誤解と恐怖から生まれたものだった。


人々が間違った肉の扱いをしたことで体調を崩し、

それが呪いと呼ばれ、やがて風習となって広がっていった。


「これは……レオナールさんに報告しなきゃね……。家畜化は無理でも、保存や調理法を工夫すれば、食糧問題の改善にかなり近づけるわ……!」


ルミナスは満足そうにもう一口肉を頬張るのだった。



ルミナスは工房から飛び出し、クローシュを被せた銀の皿を片手に抱えて街を駆けた。


──王国民間討伐組合・前


──バァンッ!!


勢いよく扉を開けて討伐組合に飛び込む。


「速報!!お肉食べれますっ!!」


突然の大声に、リゼットとレオナールはキョトンとした表情で固まった。

先に口を開いたのはレオナールだった。


「ルミナス様!ずいぶんお早いお帰りですね。……して、その話は本当ですか?」


ルミナスは自慢げにニコニコしながらクローシュを取る。

湯気の立つ香ばしい香りと共に、黄金色に焼けた肉が現れた。


「ほほう……これが処理された魔獣肉ということですか。それで、どのような処理を?」


恐る恐る見ていたリゼットも尋ねた。


「やっぱり解呪の魔法や浄化の魔法で処理を……?」


「え、ただ焼いただけだけど?」


ルミナスが小首を傾げて答えると、

2人は同時に驚愕の表情でルミナスの顔を見つめた。


「何の処理もせずに食べてしまったのですか!?お体に変化はございませんか!?」


「ルミナス様!?魔獣の肉は瘴気を纏っていて食べると最悪の場合は死に至る可能性もあるんですよ!?は、早く戻してください!!ペッてしてください!!」


焦って肩を掴み揺さぶるリゼット。騒ぎを収めるため、ルミナスは2人を客間へ誘導した。


――王国民間討伐組合・客間


テーブルの上には、先ほどの焼かれた魔獣肉が皿に盛られて置かれている。


「話を聞く限り……我々人類の思い違い、ということでしょうか」


レオナールが皿を見つめながら、眉間に深い皺を寄せた。


「まぁ……お肉の調理の仕方が悪かったって感じかな?」


ルミナスは軽く肩をすくめる。


「それで、本当にこのお肉は食べられるんですか……?」


疑わしげに問うリゼットに、ルミナスは自信満々に笑顔を見せた。


「もちろん!ちゃんと加熱処理したから、安全に食べられるよ!」


そう言って、フォークで肉を刺し、パクリと頬張るルミナス。


そしてお皿を2人の前へ差し出す。


「はいっ。どうぞ〜」


「え……と、ルミナス様?“食べろ”……とおっしゃるのですか……?」


レオナールが顔を引きつらせる。


「エンヴェラ工房の親方はちゃんと食べてくれたよ?ミーナに協力してもらって」


──バルゴがミーナに羽交い締めにされて無理やり食べさせられている姿が頭をよぎる。


あ、これは逃げられないやつだ。そう悟った。


先に覚悟を決めたのはリゼットだった。


「わ、わかりました!ルミナス様を信じます!いえ、ずっと信じていたからこそ私はこの魔獣肉を食べます!──パクッ」


その場に静寂が走る。


「どうしたのだ!?リゼット!リゼット!!」


レオナールが慌てる中、リゼットの目が潤み、口元がほころぶ。


「お……」


「お……?」


「美味しいっ……!!!」


「ル、ルミナス様!!これ、本当に魔獣のお肉なんですよね!?私、生まれて初めて“旨味”というものを口いっぱいに感じました……」


「そうでしょ?そうでしょ?はい、レオナールさんもどうぞ!!」


レオナールは魔獣肉を凝視しながらも、顔だけは明後日の方向を向けていた。


「くっ……。ここの責任者である私がこんなものに臆してどうする……!ええい、ままよ!──パクッ」


「………」


「く、組合長……?」


「………」


「……うま。」


静かに、だが確かに震えた声でそう言ったレオナールは、顔を上げる。


「ル、ルミナス様……ほ、本当にこんなにも美味しいものを食べても平気なのでしょうか……?天罰が下ったりなどは……」


「大丈夫!!私が保証します!!」


力強く断言するルミナスの言葉に、

レオナールは口を拭いながら立ち上がった。


「リゼット。良いな?」


「はい、もちろんです」


(……?)


「これより魔獣肉の飲食の許可を申請するため、国王の許可をもらいに行ってくる……!!」


レオナールはお皿にクローシュを被せ、意気揚々と組合を後にした。


この日、ルミナスはこの国に“肉食文化”の灯火をもたらしたのであった。


ちなみに、残されたヴァルクルスの肉はすべて皮と肉に解体され、

皮はなめして衣服や防具に、爪や牙は武器の素材に。

肉は冷凍保存のできる大型収納棚に丁寧に保管されたという。


次回:女神と奴隷。

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