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第一章 第8話:肉を求めて狩るは熊

             ──あらすじ──   

魔族の記録書を手にしたルミナスは、静かに佇む“観察者”と出会う。

そして突如知らされる、王都近郊に迫る魔獣の脅威。

無言の男と共に、ルミナスは新たな戦場へ――

レオナールが静かに立ち上がり、虚空を見つめて言う。


「……そうだろう、“ヴィス”」


ルミナスがその言葉に反応して視線を向けた次の瞬間──

まばたきをした、その直後。


いつの間にか、何もなかった空間に一人の人物が立っていた。


「っ……!? い、いつからそこに……!」


ルミナスの目に映ったのは、黒く短い髪、

どこか眠たげな目元を隠すように黒いマスクを着けた男。

細身の体には黒い包帯が巻かれ、まるで影のような存在感だった。


「…………」


無言で立つその男の瞳は、まるで全てを見通すように、静かにルミナスを見つめていた。


「えっ!? レオナールさん、この方は――!?」


「ハッハッハ、驚かせてしまいましたか。彼は“ヴィス”――逃げのスペシャリストですよ」


「逃げの……スペシャリスト?」


困惑するルミナスの視線を無言で受け止めたまま、ヴィスはまばたきすらせず彼女を見つめている。


「あのぉ……?」


「……眩しい」


ぼそりと呟いたその一言に、ルミナスはきょとんとした表情を浮かべた。


レオナールが代わって口を開く。


「先ほどルミナス様は『誰が記録を残したのか』と問われましたね。彼がその“観測者”です」


「観測者……?」


「彼の功績からつけられた通り名は《透明人間》。他にも《死地の語り部》や《幻視の記録者》など多数。能力は《存在遮断》──気配遮断の最上位互換にあたります」


「存在遮断……もしかして、さっきからこの部屋に……?」


「五分前からずっとそこに」


「えっ、レオナールさんには分かってたんですか!?」


「ええ。もっとも、条件があります。ヴィス。種明かしをしてもいいか?」


ヴィスは無言のまま、小さく頷いた。


「この“存在遮断”は、ある条件を満たすと効力を失います。

それは――彼の“本名”を知ることです」


「えっ……じゃあ、ヴィスって名前は……」


「偽名です。本名を知っている者には、存在遮断の効果は通じません」


隣にいたリゼットが、ため息交じりに口を開いた。


「お付き合いの長い私ですら、ヴィスさんの本名は知らないんですよ」


(なるほど……強い力には、それに見合った“対価”があるってわけね)


そのとき、ヴィスがレオナールに耳打ちする。レオナールの表情が一変した。


「……なんだと? 野生の《ヴァルクルス》が、東の森に……!」


リゼットは血相を変え部屋を飛び出し、慌てて受付へと走る。一方、レオナールは冷静にルミナスへ向き直った。


「ルミナス様、近辺の森に凶暴な魔獣ヴァルクルスが棲みついたようです。放置すれば、近隣の村が壊滅する恐れがあります」


(魔獣!? ヴァルクルスってのは……)


「以前討伐された魔王の瘴気溜まりがその近くに残っており、

その瘴気を求めて引き寄せられたものかと……」


「そ、そんな……! 今すぐ討伐しないと!」


ルミナスは勢いよく客間を飛び出そうとしたが、ふと立ち止まって振り返った。


「……で、森ってどっち!?」


レオナールは呆れたように肩を落としつつも、すぐに提案する。


「それならば、ヴィスをお連れください。案内役としても優秀ですし、隠密行動にも長けています。足手まといにはなりません」


沈黙していたヴィスが、ようやく口を開いた。


「俺も……あんたに、興味がある」


「おっけー! ヴィスさん、案内よろしくね!」


「……ヴィスでいい」


にっこり笑って頷いたルミナスは、即座に客間を後にした。


受付では、リゼットが組合員たちに向かって声を張り上げていた。


「これより緊急任務を発令します! 魔獣ヴァルクルスの出現により、周辺村落の危険が高まっています!」


「ルミナス様が直々に討伐に向かわれます! 全員、全力で支援を!」


「おおおおおおおおッッッ!!!」


その声に、討伐組合員たちの士気は大いに沸き上がる。



――王都東門付近・エルディアの森


――風が木々を揺らし、葉のざわめきが森を包む。


ルミナスは音もなく疾走していた。周囲を索敵しながら、魔獣ヴァルクルスの気配を探る。


(結構飛ばしてきたけど……ヴィス、ちゃんと付いてきてる?)


「ルミナス。止まれ」


ビクッと身体を震わせて後ろを振り向く。大木の陰、微かに見えるその姿――ヴィスだった。


「び、びっくりした……。もう見つけたの?」


ヴィスは黙って、森の奥を指さす。ルミナスが視線を向けると、そこには――


「うっそ……でっっっっか……!」


五メートルを優に超える影。漆黒の毛皮、紅い瞳、鋭い爪に異様な長い腕。そして短い足――まさしく“熊”のような魔獣だった。


「これが……《ヴァルクルス》。熊……?いや、ただの熊じゃないわね……」


「……熊?」


「……いや、こっちの話」


(さて、どう仕留めようか……前世ではモンスターを狩るゲームで何回か狩ったことはあるけど、現実は初めて……)


(見た目は熊。でもこの雰囲気……完全に魔獣。リーチも長そうだし、侮れない……)


「ヴィス、私が斬り込むから、あなたは……って、いないし」


ルミナスが振り返った時には、すでにヴィスの姿は木々の影に溶けていた。


「さすがね……!」


ルミナスは握りやすそうな手頃な木の棒を手に持ちヴァルクルスに向かって行く。


ヴィスが木陰からその様子を見つめ、わずかに目を細めた。


(……木の棒?)


その瞬間――木の棒から、燦然と輝く“剣”が創り出される。


距離50メートル。踏み込み、接近──残り5メートル。


だがその瞬間──


『グオオオォォァアアアアアッッッ!!!!!!!』


轟く咆哮とともに、鋭利な爪が襲い掛かってきた。


「うわっ!!」


地面すれすれのスライディングで咆哮と一撃をかわしながら、ルミナスは敵の足元に潜り込む。


「足元ががら空きだよっ!!」


輝剣がうなり、ヴァルクルスの後ろ脚を裂く。咆哮が森に響き渡った。


「ッッ!!……グオオオァァアアアア!!!!!!」


巨体を揺らし、再び体勢を立て直すヴァルクルス。


その隙に、ルミナスは両手を前にかざして集中する。


「……《トール》――神の一撃!」


放たれたのは、青白く輝く“雷”の奔流。空を切り裂き、魔獣の胸部へ一直線に走る。


が――


「回避した!?」


咄嗟に身体をずらしたヴァルクルスは、左肩に直撃を受けるも、致命傷には至らなかった。


「理性じゃなくて本能で動くから、読みづらい……でもっ!」


ルミナスが次なる魔法を構えた、そのとき――


ヴァルクルスが地を叩き、土塊を豪速で弾き飛ばした!


「うわっ!? こいつ……!!」


視界が土煙で覆われる。防御姿勢をとりつつ、ルミナスは前を見据えた――


視界に映ったのは、立ちはだかる――


――大木。


防御魔法を展開しようと手をかざすも、間に合わない。


「っ……!!」


巨大な大木がルミナスに迫る──その瞬間、


──ぐいっ…!


身体が真横に引っ張られた。


気づけば、腕に黒い包帯が巻きついている。次の瞬間、すぐ目の前を大木が轟音を立てて通り過ぎていった。


(……ありがとう、ヴィス! 助かった……!)


ルミナスは木陰にうっすらと姿を見せたヴィスへ感謝の眼差しを送り、キリッとした表情で再びヴァルクルスに向き直る。


「よし……!」


手にした木の枝をギュッと握りしめ、地を蹴った。ヴァルクルスも咆哮と共に大木を折り、再び投擲する。


「二度も同じ手は喰らわないよ!」


ルミナスは足を止めず、飛来する大木へ真っ向から突き進む。ぐん、と助走をつけて大木に飛び乗り、駆け上がる。先端に到達したその勢いのまま、空へと跳躍した。


「この位置なら──!」


宙に浮かんだルミナスが構えを取る。


「スキル──《マナリベレイト(魔力解放)》!」


ルミナスに染み付いた前世の記憶が、身体を自然に動かす。

木の棒に溜めた魔力がヴァルクルスの首元を捉える。


──────ザンッ!


輝く斬撃が一閃、重たい空気を切り裂く。


ズズズズ……。


そして、


──────ゴトンッ!


巨大な首が静かに転がり、地に落ちた。


ルミナスはヴァルクルスの背に着地し、バランスを崩してそのまま尻餅をついた。


「いたた……」


森の陰から姿を現したヴィスが、粉々になった木の枝を拾い上げ、尋ねる。


「……あの技は、なんだ?」


「ん? ああ、あれは《マナエンチャント:ソード・シフト》って技だよ!」


「……マナエンチャント?」


「そう。まぁ今回はただの木の棒だったから持続時間も斬れ味もイマイチだったけど、本物の剣なら──持続力、攻撃力、斬れ味、それにマナの循環効率も全部強化されて、最後の斬撃には特別な効果まで付与されてさらに────」


ついゲーマー口調が出てしまったが、ヴィスは真剣に話を聞いていた。


「魔王を倒したあの技も、それか?」


「そうそう。あれは大剣を使ってたから、もっと強力だったけどね」


そう言って笑うルミナスに、ヴィスは目を細めた。


「……っと、つい熱が入りすぎちゃった。さっきは本当にありがとうね、ヴィス。私としたことが油断してたよ」


「……いや、大したことはしてない」


ルミナスの明るい笑みに、ヴィスはぽつりと漏らした。


「……眩しい」


そして、ふいに森の奥を見つめると、音もなくその場から姿を消した。


「ヴィス? 何見てるの? ……って、いないし」


すると、森の奥から賑やかな声が聞こえてくる。


「おーい! ルミナス様ーっ!!」


駆けつけてきた組合員たちが到着し、目の前の光景に絶句する。


「ルミナス様! 加勢に──って、えぇっ!? もう討伐済み!?」


「な、なんだこのデカさ……! これ相手に勝ったんですか!?」


「ヴァルクルスって……並の剣士や魔導士が二十人集まっても勝てるかどうかの相手ですよ!? ……いやぁ、お見事です、ルミナス様!」


その称賛に、ルミナスは気恥ずかしそうに頭をかく。


こうして、周辺の村を襲う危機は未然に防がれ、ルミナスは魔獣の肉を手に入れた。


さて、次の課題は──


「このお肉……ちゃんと食べられるのかな……」


帰路の途中、ルミナスは持ち帰った魔獣の肉を見つめながら、少しだけ真剣な表情を浮かべた。


その姿を、森の高い木の上から見下ろしていたヴィスは、小さく呟く。


「……ルミナス、か。観察しがいがあるな……」


新たな“観測対象”が、彼の記録帳に追加された瞬間だった。



次回:女神、肉を食う。

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