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第五章 第18話:闘技の裏に潜む闇

             ──あらすじ──


クリスとの一戦を制し会場を沸かせたルーナ。

その裏では、セシリアの疑念や、

地下で起きた惨劇により大会の影に不穏な気配が漂い始めていた。

──闘技大会会場──


歓声の渦が収まらぬ中、コールの実況はさらに熱を帯びていた。


「今の見えましたか!? わたくし、まばたきしたらもうクリス選手が倒れていたんですよ!!」


闘技場の中央には、金色の鎧を粉々にされ仰向けに倒れるクリス・ゴールディンの姿があった。

審判役のガレオス団長は歩み寄り、打撃が加えられた箇所を丹念に確認する。


(……俺が見えたのは、柄頭で打ち込んだ瞬間だけ……)


周囲に散らばる金色の鎧の破片を見て、団長は眉をひそめた。


(だが、ただの打撃でここまで粉砕されるはずがない。

一瞬で斬撃が通じないと判断し、打撃に切り替えた……そうとしか思えん。

――まったく、恐るべき“女神”だ……)



──入場口の通路──


同じ頃、特等席へ続く通路ではセシリアがルーナのキャスケット帽に手を伸ばし、脱がせようとしていた。

その時、大きな声が響く。


「あ、いたっ! セシリアぁ~!! 特等席に陛下しかいないから、どこ行ったのか探しちゃったじゃない!」


「──!!」


声の主は、Bブロック控室から回ってきたフェリスだった。


「フェリスですか……。 今、ルーナ様と大事なお話を──」


セシリアが壁際に視線を戻すと、そこにいたはずのルーナの姿はもうなかった。


(い、いない!? この一瞬で……!)


「え!? ルーナ様!? どこ!? どこにいるの!? って……いないじゃない!!」


フェリスは慌てて通路を見渡すが、ルーナの姿はすでに消えていた。


「い、いえ……つい先程まで、こちらにいらしたのですが……」


セシリアもフェリスと一緒に通路を探すがルーナの姿がどこにも見当たらない。


その時、特等席とは反対側のトイレから、何事もなかったようにルミナスがニコニコ顔で出てきた。


「ふぅ~、スッキリスッキリ!!」


フェリスは半目になって呟く。


「あんた、おっさんくさいわよ……。てか、お手洗いに行ってただけなのね」


セシリアは一瞬驚いた表情を浮かべるが黙考する。

仮にルーナがルミナスだとすれば――今の一瞬で姿を消し、トイレに駆け込み、僅かな時間で服を替え、髪も瞳も変える。

そんな芸当が可能なのだろうか。


(ルミナス様のことだから、魔法で変化した……? いや、この闘技場では魔法使用を感知する魔道具が設置されている。

使えば即反則負け……。つまり、魔法ではない……)


セシリアは自分の思い違いなのかと疑った。だが、これまで見てきたルーナの動きは確信へと変わっていた。

しかし、それを真っ向から否定するかのように、特等席とは反対側から何食わぬ顔でルミナスが現れたことで、

ルーナという存在がますます謎めいたものになっていく。


そんな思案を巡らせていると、ルミナスが近づいてきて声をかけてきた。


「セシリア……? 大丈夫? なんだか難しい顔してるけど」


セシリアはハッとし、慌てて首を横に振った。


「い、いえ……! なんでもありません……!」


それを聞いたルミナスはニコッと微笑み、特等席へと歩みを進める。


(あっ……ぶなぁ~~~~!!!!)


実際には、フェリスの声が響いた瞬間、セシリアの視線が逸れたその一瞬を狙い、

ルミナスは高速で真上へ跳び上がり、天井に張り付いて反対側のトイレへと滑り込んでいたのだ。


(あとで天井、直しておかなきゃ……)


見上げれば、指で無理やり開けた小さな穴がいくつも空いていた。


その後、ルミナスとセシリアはフェリスと別れ、特等席へ戻ろうとしていた。

セシリアが先に中へ入るのを見届け、ルミナスもドアノブをひねったその瞬間――。


階段へ続く通路から、何かがピョンピョンと跳ねる音が近づいてきた。


『きぃぃぃっ!!!』


それはスピナだった。

ルミナスは咄嗟にその小さな体を手で包み隠し、慌てる彼女をなだめながら小声で問いかける。


「え……どうしたのスピナ!? レシェナと一緒じゃなかったの!?」


スピナは身振り手振りで必死に訴える。道を間違えたこと、怪しい連中に遭遇したこと、

そしてレシェナが気を失ってしまったこと――。


『きぃぃぃ!! きぃ? きぃぃぃ!? きぃ……!! きゅぃ……!』


最後にバタッと倒れるジェスチャーをしたのを見て、ルミナスは困惑顔で呟いた。


「……わからん」


スピナは小さな体を震わせて、ルミナスの手の中でぷんすかと怒っている。


「あぁぁっ! ご、ごめんって!! とりあえずレシェナのところへ案内して!」


『きぃぃぃ!!』


スピナは手からひらりと飛び降り、階段の方へと駆けていった。


──ガチャ……


「ルミナス様。どうかなされましたか?」


特等席のドアが再び開き、セシリアが顔を出した。

なかなか入ってこないことを不審に思ったのだ。だが通路を見渡しても、そこにルミナスの姿はなかった。


「ル、ルミナス様!?」


セシリアは慌てて特等席を飛び出し、再びルミナスを探しに通路へ走っていった。

その間、残された国王は一人、寂しげに第四試合を眺めながら小さく呟く。


「はっはっは……。若いとは良きことよな……」



──闘技場・地下。


スピナの後を追い、ルミナスは薄暗い階段を駆け下りていく。

その先に広がった光景に、思わず息を呑んだ。


床には血飛沫が散り、首を失った者が数人。

さらに、頭部に鋭い何かで貫かれた跡のある遺体が階段下に横たわっていた。

そしてその奥には、ルミナスに変装したレシェナの姿が倒れていた。


「レシェナっ!!!!!」


──ダダッ!


叫びながら駆け寄るルミナス。

まず頭部の出血を確かめ、すぐに首筋に指を当てて脈を探る。


「……よ、良かった……!! 生きてる……!! 今すぐ回復させるからね……!!」


両手をかざし、必死に魔力を込める。


「──《セイクリッド・ヒ(神聖なる治癒の光)ール》!!」


淡い光がレシェナを包み、頭の傷が瞬く間に塞がっていく。


「──《ヴィータ・シェア(命の分与)》!!」


続けざまに、自らの生命力を分け与える魔法を展開した。

みるみるうちにレシェナの顔色は良くなり、深い眠りに落ちてはいるものの、安らかな寝息へと変わっていく。


治療を終えると、ルミナスはその体をギュッと抱きしめた。


「ごめんね……レシェナ……。きっと私の姿になったせいで、こんなことになっちゃったんだよね……」


そう呟きながら、彼女を背負い直し階段を登り始める。


「気になることは山ほどあるけど……今はまず、レシェナを安全な場所に……」


だが、その途中――。


「ルミナス様っ!!」


通路に響いたのはセシリアの声。

思わず立ち止まり、ルミナスの顔が青ざめる。


「やばっ……!! ど、どうしよう……」


レシェナは今、ルミナス邸にいることになっている。

この姿を見られれば、セシリアならすぐにルーナの秘密まで見抜いてしまうだろう。


ルミナスは咄嗟に階段の踊り場にレシェナを横たえ、セシリアが遠ざかるのを息を殺して待った。

気配が消えたのを確認すると、忍び足で高速移動し、化粧室へ飛び込む。


そこでクイックアーマーとキャスケット帽を手に取り、踊り場へ戻った。


「よ、よしっ……!! あとはこれをこうして……」


ルミナスはレシェナに素早くクイックアーマーを着せ、キャスケット帽を深く被せる。


「うん!! どっからどう見てもルーナだね!!」


ルーナの憑依元はレシェナ。

帽子と軽鎧を着せ、髪をお団子にまとめれば、顔を見せない限り誰も違和感を抱かない。

ルミナスはそう判断し、ようやくレシェナを抱えて応急室へ向かおうとする。


だがその途中、通路で探していたセシリアがこちらに気づき駆け寄ってきた。


「ルミナス様!! 一体どちらに……」


次の瞬間、セシリアの視線はルミナスの背で眠るレシェナに釘付けとなり、目を大きく見開く。


「え……、ま、まさか……ルーナ様ですか!?」


作戦は成功。

セシリアは完全に、ルミナスの背中にいるレシェナをルーナだと勘違いしていた。


(一体どういうことなの……!? あとでルミナス様を問い詰めるつもりだったのに……やっぱり私の思い違い……?)


驚き戸惑うセシリアの横で、ルミナスは必死に言い訳を繋ぐ。


「あー……えーとね。特等席に入ろうとしたら、そこでばったり会ったの。

私に会いに来てくれたみたいなんだけど……来る途中で、メイド服の女の人に追い詰められたとかなんとかで……」


その言葉に、セシリアはハッとしたように顔を上げ、深く頭を下げる。


「も、申し訳ありませんっ!! そういうことだったのですね……。

てっきり私……ルーナ様はルミナス様そのものだと思い込み、つい……」


ルミナスは冷や汗を浮かべながら苦笑いを返す。


「は……はははっ……」

(うん……正解なんだけどね……)


「それで、ルミナス様……? ルーナ様は眠っていらっしゃるのですか……?」


「あー……えーと……。ルーナさんはね、地下に続く階段の方から殺気を感じたとか言ってて。

試合が終わった後、私を呼んで一緒に確認したいってついさっき言ってたんだよねぇ~……!」


「地下で……?」


「う、うん。ルーナさんに言われて地下に行ったら……人の死体がいくつも転がってたんだ。

詳しくはわからないけど、この闘技場に“何か”が潜んでいるのは間違いないよ」


「──!! 魔獣か……それとも魔族の侵攻でしょうか……」


「その可能性もある。で……その、かなり酷い殺され方でね……。

それを見たルーナさんがショックで気を失っちゃったんだ……」


(頼む……! どうか納得してくれ……!!)


セシリアは地下へと続く階段を見つめ、しばし考え込む。

やがて静かに息をつき、ルミナスの言葉に頷いた。


「なるほど……。ルーナ様も意外とそういう一面があるのですね。

では至急、警備隊へ連絡してまいります! 今は大会の最中……観客に混乱を招かぬよう、穏便に動きます……!!」


「うん。私はルーナさんを応急室に連れて行って、試合に間に合うように回復させてあげるから。心配しないでね!」


セシリアは力強く頷き、早足で特等席へ戻って国王へ事情を報告に向かった。

その背中を見送り、ルミナスはレシェナを抱えたまま応急室に入り、内側から鍵をかける。


「これで……とりあえずは大丈夫……!!」


しかし、胸の奥に広がる不安は拭えない。

この会場に“何か”が潜んでいるのは確かで、実際にレシェナは外傷を負わされ気を失っている。

調査はセシリアに任せるとしても、ルミナス自身は――ルーナとして大会に出場し続けなければならない。


(犯人の狙いが何なのかわからない以上……下手に騒ぎ立てて刺激するのも危険だ……)


ルミナスはレシェナからクイックアーマーとキャスケット帽を外し、それを自ら身につける。


「さて、と……私も犯人探しに行きますか……!」


ルーナとなったルミナスは、眠るレシェナの髪をそっと撫で、決意を込めて部屋を後にした。


――そして、闘技場の地下で見た光景を脳裏に思い返す。


(あの殺し方……並大抵の人間にはできない……。)


素人の手口ではない。

明らかに熟練した者の技――そしてその人物は、観客ではなく大会参加者の中にいると直感していた。


ルーナは真っ直ぐ入場口を見据え、第5試合へと歩を進める。


(……犯人はきっと、この闘技大会の参加者の中にいる……!)

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