第一章 第7話:番外編:魔族図鑑
──あらすじ──
王国の討伐組合を訪れたルミナスは、魔獣出現の情報を待つ間、
ふと目にした一冊の古びた書物に興味を引かれる。そこには、
彼女がこれまでに倒してきた魔物や魔人たちの詳細な記録が記されていた。
軽い気持ちで読み進める中、
戦いの記憶と共に浮かび上がるのは──この世界に残された“観察者”の存在。
彼女の一言から始まる小さな気づきが、やがて新たな邂逅へと繋がっていく──。
魔獣の出現情報を待つ間、ルミナスは客間の本棚を何気なく眺めていた。
その中で、ある一冊の書物が彼女の目を引いた。
「……魔族の記録書?」
興味をそそられたようにルミナスは本を手に取り、
ぱらぱらとページをめくっていく。
すると──
「あっ……! こいつら、前に倒したやつらだ!」
思わず声を上げると、奥からリゼットが駆け寄ってくる。
「はい。そちらは魔族の記録書にございます。以前ルミナス様が討伐なされた魔物や魔人などが、詳細に記載されております」
「へぇ……あ、グブリン。こいつ、一番最初にパンチで粉砕したやつだよ!」
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■グブリン
種族区分: 下級魔族(小型亜人型)
危険等級: D
推奨討伐人数: 1人(熟練者)、または2人以上の初級戦闘員
概要:
グブリンは最も広く分布する下級魔族の一つで、
身長は120〜140cmほどの小柄な体格を持つ。
社会性は低く、基本的には集落単位で簡素な巣を作り、
食料を求めて行動する。
知能は動物以上、人間未満だが、
簡単な罠や道具の使用が可能な個体も存在する。
侮られがちだが、人類が衰退した現代においては単独でも十分な脅威となり得る。
特徴:
・暗所での視力に優れ、夜間や洞窟内での活動が活発。
・運動能力は低いが、奇襲や不意打ちに長ける。
・血の匂いに敏感で、負傷者の匂いを嗅ぎつけて集団で襲撃する習性を持つ。
・魔族瘴気により身体が変異しやすく、突然変異(フルネス化)や上位種への進化の事例も報告されている。
備考:
グブリンによる被害報告は途絶えた村落に多く残されており、
特に民間人にとっては“最も遭遇率の高い死”とまで言われる。
農作物を荒らす習性から、“農場の悪魔”の異名を持つ地域も存在する。
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「え?こいつら農作物荒らすの?」
「はい。瘴気の土壌でようやく育てた貴重な作物を食い荒らすため、“農場の悪魔”と呼ばれております……」
「……滅ぼさなきゃ」
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■ハイグブリン
種族区分: 下級魔族・上位個体(小型亜人型)
危険等級: C+
推奨討伐人数: 2人以上(熟練者含む小隊編成を推奨)
概要:
ハイグブリンは、通常のグブリンが瘴気を多く取り込むことで進化した個体。
身体能力・知能ともに格段に向上しており、
小型ながら戦士としての戦闘力は侮れない。
特に筋力の強化が著しく、体格も一回り大きくなるため、
正面からの一対一の戦闘では並の兵士では太刀打ちできない。
特徴:
・通常のグブリンに比べて身長は160cm近くに達し、筋肉質な体型。
・簡易武器を扱うだけでなく、戦闘訓練を積んだような動きを見せる。
・単体でも判断力が高く、獲物の弱点を見極めて攻撃する知能を持つ。
・複数のグブリンを率いて行動するリーダー的存在になることが多い。
備考:
ハイグブリンは周囲のグブリンに対しても支配的に振る舞い、
群れの統率力を高める。
そのため、討伐対象にハイグブリンが含まれる場合は、
周囲の下位種も含めた殲滅戦を想定すべきである。
稀に“武人型”と称される個体が現れるが、戦闘記録が極端に少ないため、
詳細は不明。
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「そうそう、こいつら武器をいっぱい持ってたから、それ使わせてもらったんだよね」
「組合員の報告では、“月下に舞う戦乙女”だったそうですよ! 私も見てみたかったです!」
「戦乙女って……なんか照れるな……」
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■コヴァル
種族区分:下級魔族(獣人型)
危険等級:C(集団時はB)
推奨討伐人数:3人以上
概要:
コヴァルとは、犬や狼に似た外見を持つ獣人型の魔族で、
知能は人間の子供ほどだが、
集団戦闘を好む傾向がある。鋭い嗅覚と機動力を武器とし、
獲物を追い詰める狩猟戦術を得意とする。
単体ではそこまで脅威ではないが、群れを成すと驚異的な連携を見せ、
油断した兵士隊を一晩で壊滅させた記録もある。
特徴:
・二足歩行型と四足走行を切り替える柔軟な動き
・短剣や石斧などの簡易武器を扱う個体も存在する
・戦意喪失しにくく、仲間が倒されると逆に凶暴化する性質を持つ
備考:
コヴァルの毛皮は防寒具として流通することがあるが、
魔族の成分が残るため、処理には専門の術師を要する。
また、夜間に嗥える声には幻惑性があり、
精神的に未熟な者は恐怖に飲まれるケースもある。
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「ケモミミは好きだけどあの見た目じゃちょっと……」
「ケモミミ……? 彼らは非常に素早い種族ですが、報告によるとルミナス様は大剣で三体まとめて薙ぎ払われたとか……さすがです!」
「周囲をチョロチョロと動いて鬱陶しかったから、回転しながらフルスイングしただけだよ」
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■ハイコヴァル
種族区分: 下級魔族(獣人型・強化個体)
危険等級: B+
推奨討伐人数: 5人以上(熟練戦士と魔術師の連携推奨)
概要:
ハイコヴァルは、通常のコヴァルが進化した上位個体であり、
肉体強化と戦闘知能の向上が確認されている。
二足歩行を基本とし、体躯は人間の大柄な戦士を上回る。
部族をまとめる長的存在であり、
現れると周囲のコヴァル群の秩序と攻撃性が格段に増す。
戦士階級の獣人魔族の中でも厄介な存在として恐れられている。
特徴:
・金属製の斧や槍を使いこなす。鎧を身につけた個体も存在する。
・筋力と反射神経が高く、回避・追撃・跳躍に優れる。
・咆哮により周囲の獣型魔族の士気を上げる特性を持つ。
・通常の魔法攻撃では致命傷を与えにくく、局所への集中攻撃が必要。
備考:
ハイコヴァルは野営地を襲撃する「戦術襲撃型魔族」として知られ、
特に夜間の強襲事例が多い。
また、一部の個体は瘴気を蓄積し《フルネス化》する兆候があるとされ、
極めて危険。
解体後の牙と爪は武器素材として高値で取引されるが、
処理には熟練の術師が必要。
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「こいつ、大鎌なんて持ってたんだよね。センスあると思わない?」
「大鎌……まさに“戦闘のプロ”ですね」
「でも、あれって大振りの武器だからさ。正直、こいつにはちょっと荷が重かったかもね」
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■オルグ
種族区分: 下級魔族(大型・獣人型)
危険等級: B
推奨討伐人数: 6人以上(魔法使い含む)
概要:
オルグは、人間の倍以上の体格を持つ大型の魔族で、
ホグのような顔立ちと強靭な筋肉を特徴とする。
肉弾戦に特化しており、
単純な破壊力においては下級魔族の中でも群を抜く存在。
魔法への耐性は低いものの、打撃・斬撃に対する耐久力は高く、
無策での接近戦は自殺行為とされる。
特徴:
・棍棒や丸太などをそのまま武器として使用。
・耐久力が非常に高く、軽装の兵士では仕留めきれない。
・怒りや興奮で戦闘能力が上昇する「激昂化」の兆候あり。
・稀に、火や毒に対する適応を持つ個体が確認されている。
備考:
知能は高くないが、食料となる人間を判別し集中的に狙う傾向がある。
戦場では囮に反応しやすく、誘導によって討伐の成功率が上がる。
皮膚は加工すれば盾材として使用可能だが、
瘴気を帯びるため精製工程が複雑であり、扱いは限られる。
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「あぁ、あのデカいやつか。斬撃が効きにくかったから、大剣に魔力を込めて一気に斬ったら倒れたよ」
「魔力を込めて……! さすがルミナス様です。ですが、それは熟練の戦士でも難しい技術で……」
「うん。魔法と剣を同時に扱う習慣がないと、難しいよね」
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■デュラス(魔人族系統)
種族区分:魔族・上位種(魔人型)
危険等級:A〜S(個体差あり)
推奨討伐人数:10人以上(魔法防御・高位回復術士を含む精鋭部隊推奨)
概要:
《デュラス》は、知性・魔力・戦闘能力のすべてにおいて人類を上回る“魔人族”と呼ばれる上位魔族の総称。
その中でも「雷紋」「炎紋」「水紋」「氷紋」などの属性名が冠される個体は、紋章に応じた高度な魔術を自在に操る。
戦場に現れた際の被害記録は甚大で、
単独で一国の軍勢を壊滅させた例も存在する。
特徴:
・ヒトに近い姿をしているが、瞳や角、体表の紋章などに異形性を持つ。
・魔力の操作に長け、物理干渉系の魔術・広範囲殲滅魔術を多用。
・一部個体は飛行、瞬間移動、結界展開などの特殊能力を保持。
・特定の武器(魔剣・魔具)を所持する個体も多く、装備にも警戒が必要。
属性系統一例:
雷紋のデュラス: 高速機動と雷撃魔法。電撃で神経を麻痺させる戦術を取る。
炎紋のデュラス: 焦熱と爆炎の使い手。中距離からの焼却戦術に長ける。
水紋のデュラス: 再生能力が高く、血液を水に変えることで自己治癒を図る。
氷紋のデュラス: 凍結魔法による足止めと氷柱射撃を使った精密な遠距離攻撃。
備考:
デュラス個体は極めて個体差が大きく、同一種でも戦術が異なるため、
過去の戦闘記録が重要。
討伐難易度の高さから、国家戦力や《神聖術師団》との連携が前提とされる。
一部記録には“紋章の無いデュラス”が確認されており、
分類不能な魔人として最高危険等級「S+」の仮指定がなされている
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「そうです、ルミナス様! 魔人族を単騎で、しかも一撃で討伐されたと報告が入っておりましたが……本当ですか!?」
「あー……うん、本当だよ。雷の軌道を読んで、指先に圧縮した魔弾を頭に当てたんだ」
「雷の軌道を……読んで!? ……それはまさに、神業ですね……!」
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■魔王(通称:終焉の覇者)
種族区分:特級魔族(魔王種)
危険等級:S+(脅威評価:文明崩壊級)
推奨討伐人数:不明(※確認された記録なし)
概要:
魔族の頂点に立つ存在にして、世界の均衡を脅かす“災厄の権化”。
その姿を正確に記した者は存在せず、観測者は全員消息不明。
魔王は国を一夜で滅ぼす力を持つとされ、
近隣諸国ではその名を聞くだけで避難勧告が出される。
現在までに滅ぼされた国家は数多く。最後に消えたのはルグナード王国。
次なる標的は我がエルディナ王国と予測されている。
特徴(推定):
・圧倒的な魔力密度により、周囲の魔族を常時強化する“魔王領域”を展開している可能性あり。
・肉体そのものが魔力の結晶体とも噂され、物理的な攻撃は無効との記述も存在。
・精神干渉・空間改変・死霊招来など、あらゆる規格外の能力を有するとの伝承多数。
・単独行動することが多く、部下を率いての進軍はまだ確認されていない(=一体で国家壊滅級)。
備考:
その存在自体が“世界における終焉の兆し”とされ、
古代碑文では「世界を飲む黒の核」とも記されている。
現代では“魔王の詳細は語るなかれ”とされるほど恐怖の象徴として扱われ、
魔族の中でも極秘情報とされている。
討伐を試みた歴戦の英雄は全滅。未だ帰還例はない。
よって魔王の力・姿・意志については全てが【不明】である。
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そして、最後のページを開いたとき、リゼットの表情がほんの少しだけ引き締まる。
「ルミナス様……物理攻撃が通じないとされる“魔王”を、一刀両断なされたとの記録があるのですが……」
「あぁ、それね。大剣に込めた魔力がまだ残ってたから、それを一気に解放したんだ。ま、そのあと剣は粉々になっちゃったけど」
「そ、そんな……“搾りかす”で魔王を討伐されたと……!? こ、これは……参考になりませんね……」
笑うリゼットを横目に、ルミナスはふと、ある疑問が頭をよぎった。
「ねえ、リゼットさん……一つだけ、疑問があるんだけど」
「はい?」
「これ、誰が記録したの? 滅んだ国や村の話も書いてあるのに、観測者がいないはずの“魔王”のことまで……まさか、全部想像ってこと?」
その問いに、しばしの静寂が訪れる。
やがて、部屋の奥から低く、柔らかな声が響いた。
「ルミナス様。どれも紛れもなく、実際に“目で見て”記録された情報でございます」
レオナールが静かに立ち上がり、虚空を見つめて言う。
「……そうだろう、“ヴィス”」
次回: 「女神、魔獣討伐へ」