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第五章 第17話:二人の女神の危機

             ──あらすじ──


闘技大会の熱狂の裏で、地下に潜む影が静かに動き始める。

窮地に追い込まれたレシェナの前に現れたのは、

謎めいた存在──その出現はさらなる不穏を呼び込む。

 レシェナは棚の中で震えながら、迫りくる足音に耳を澄ませていた。


(ど、どうしよう……!! このままじゃ……あたし、殺されちゃう……!!)


 黒装束の者たちが木箱を開ける音が近づいてくる。

 距離にして、もう数歩。レシェナの隠れている棚は目前に迫っていた。


(ひぃぃっ!! どうしようもないよぉぉ……!! 誰でもいいから、誰か助けに来てぇ……!! ル、ルミナスっ……!!)


 必死に心の中で助けを叫ぶが、もちろん誰かが来るわけもない。


(ルミナスお願い……!! 誰でもいいから……誰でも……。 ん……?)


 レシェナは胸元に隠していたフェイスベールに手を伸ばし、ふと考えた。


(……。 そ、そうよ……どうせここで殺されちゃうなら、一か八か……!!)


 ──バンッ!!


「──!!」


 勢いよく棚を飛び出したレシェナは、ベールを顔にかけ、ルミナスに変装した姿で黒装束たちの前に立ちはだかった。


「あ、あ……あなたたちっ!! こ、このルミナスが来たからには……も、もう逃げられないわよっ!!」


 黒装束の男たちは目を剥き、震えあがる。


「ひ、ひぃぃぃ!! 女神ルミナスっ!?!? き、貴様……どうしてここにっ!?」


「お、おい!! ヤバいぞ!? ど、どうする!? 逃げるか!?」


 彼らはジリジリと後退していく。レシェナは震える手を必死に突き出し、声を張り上げて威嚇した。


「さ、さぁ!! 早くそこから下がりなさいっ……!! で、でないと魔法をぶちかますわよっ……!!」


(……まぁ、あたし魔法なんて使えないんだけど……っ!!)


 一人の黒装束が剣を抜こうと腰に手をかける。


「おい……! 早く剣を抜けっ!!」


「い、いや……だ、だが俺たちが敵う相手じゃ……!!」


 ──その時。


 どこからともなく木片が飛んできて、黒装束の頭に直撃した。


 ──ガツンッ!!


「ぎゃっ!!!」


 ──ドサッ……


 続けざまに資材が飛び、黒装束たちは慌てて通路に退避する。


「な、なんだ!? なにが起こってやがる……!?」


 レシェナの肩に、糸を伝って降りてきたスピナが止まる。小さな体を震わせ、威嚇するように黒装束たちを睨みつけた。


「スピナっ!! ありがとっ……!!」


『きぃぃぃっ!!』


 レシェナは黒装束たちに手をかざしたまま、じりじりと後退しながら階段の方へと進んでいった。


「そこから動かないでっ!! また痛い思いをしたいの!?」


 黒装束たちは彼女を睨みつけたまま動かずにいる。

 レシェナは心臓が飛び出しそうになるのを必死に抑えながら、一歩ずつ後ろへと下がった。


(よ、よしっ!! ここまで来れたら、あとは全力で走って逃げれば……!!)


「きょ、今日のところは見逃してあげるわ……!! 運が良かったわね、あなた達っ……!!」


 くるりと背を向け、階段へと駆け出そうとしたその瞬間──


 ──ぼすっ……!


「──ふぎゃっ!!」


 何かにぶつかった。反射的に顔を上げたレシェナの視界に映ったのは──


「……え」


 黒装束の中から、むき出しになった筋骨隆々の腕を覗かせる大男だった。


「ふんっ!!」


 ──ゴスッ!!


 ──ドサッ……


 鋼のような拳が容赦なく振り下ろされ、レシェナはその場に崩れ落ち、意識を失った。


『きぃぃぃ……!!!!』


 スピナが必死に叫ぶ中、黒装束の男たちは歓喜に震える。


「や、やった……!! やったぞ!! 俺たちが女神を……あのルミナスを討ち取ったんだ!!」


「で、でかした!! こ、これで我ら魔神教も、ついにあのお方のお役に立った……!!」


 レシェナの頭からは血が流れ、スピナが小さな体で必死に揺さぶる。

 黒装束たちは短剣を取り出し、横たわる彼女の髪をつかんで首元に刃を突き立てた。


「こいつの首をザル=ガナス様に捧げれば……!!」


 鋭い刃先が喉元に迫った、その時──


「あんさぁ……」


 階段の方から、軽い調子の声が響いた。


「──!? だ、誰だっ!?」


 視線が一斉に階段へ向かう。そこから降りてきたのは、一人の女性だった。

 褐色の肌に、ハイトーンの金髪。その髪にはピンクのメッシュが入り、鬼のような角にはデコレーションが施されて煌めいている。

 腰から伸びる赤い尻尾には、可愛らしいリボンまで結ばれていた。


 まるで街のギャルのようなその女性は、つかつかと歩き、レシェナの前に立つ。


「あんたらさぁ……誰が女神を殺せって言ったわけ?」


 そう言って、横たわる警備兵の亡骸に視線を落とすと、彼女は大きくため息をついた。


「はぁ……マジ、ちょーめんどくさいんですけど」


 その存在に気づいた黒装束の一人が慌てて地にひれ伏す。


「あ、あ……あなた様はもしや──ゼルフィナ・グリード様!?」


 その名が告げられた瞬間、黒装束の男たちは一斉にざわめいた。


「ま、魔王幹部の一人……!? 本物なのか……!」

「ど、どうしてこちらに……!?」


 ゼルフィナはルミナスに変装したまま倒れているレシェナを一瞥し、冷たく言い放った。


「女神を倒すのは魔王様の役目。あんたらごときが手ぇ出すんじゃないっつーの」


「は、はいっ……!!」


 黒装束の男は慌てて短剣を引っ込め、ゼルフィナの前に跪いた。


「一つ言わせてもらうけど──」


 ゼルフィナは床に転がる警備兵の亡骸へと視線を落とし、心底うんざりしたように吐き捨てる。


「あんたら……邪魔」


 ──スパンッ!!


 何が起こったのか、誰も理解できなかった。

 次の瞬間、黒装束の巨漢の首が宙を舞い、床に転がっていた。


「ひぃぃぃっ!!」

「な、なにをするのですかゼルフィナ様っ!?」


 氷のように冷たい瞳で黒装束たちを睨み据え、ゼルフィナは低く言う。


「魔族が人を殺すならまだいい。でもね、人間が人間を殺しても意味ないって何度言わせんの? 理解できないわけ?」


 彼女は続ける。


「まだバルネスっていうアホ貴族のほうがマシだったわ。アイツはちゃんと人を魔族に変えてから殺してたし。

 人が人を殺しても魂はただ彷徨うだけ。魔族が殺すからこそ、魂は穢れて魔族に生まれ変わるの」


 黒装束の一人が必死に食い下がるように、ルミナスに変装したレシェナを指差した。


「で、ですがっ!! 女神を討ち取ったのは我々魔神教です!! それを邪魔とは言わせません!!」


 ゼルフィナは天井を仰ぐように目を細め──


 ──スパンッ!!


 次の瞬間、その男の首が音を立てて転がった。


「う、うわぁぁぁっ!!」

「ど、どうか……御慈悲を……!!」


 ゼルフィナは首のない死体を冷たく踏みつけながら言い放つ。


「あーしの言うこと聞けないおじさんは死んでね? 女神は魔王様が倒すの。何度も言わせんなってーの」


 残された黒装束の一人が恐怖に耐えきれず立ち上がり、階段へと駆け出した。


「こ、殺されてたまるかぁぁぁ!!!」


 ──ズブリッ……


 ──ドサッ……


 ゼルフィナの爪が鋭く伸び、逃げる男の頭を貫いた。


「言っとくけどさ、バルネスがいない今、アンタらに価値なんてないの。だから──」


 彼女は妖しく笑みを浮かべる。


「死んでね?」


 最後に残った男の首も刎ね飛び、静寂が広がった。


 ゼルフィナはゆっくりとレシェナの前にしゃがみ込み、気絶した彼女の顔を覗き込む。


「こんなので気絶? ……ホントに魔王様と戦えるワケ? ま、殺すなって命令だし。ここは放置でいいや」


 軽く手を振り、階段を上がっていく。


「じゃ~ね~。今度はマジで殺しに行くから♡」


 その背中が見えなくなると、レシェナの髪の間からスピナが顔を出した。

 必死に彼女の身体を引っ張ろうとするが、力の差はあまりにも大きい。


 しばし迷った末、スピナは彼女を見つめてから踵を返し──ルミナスの待つ特等席へと駆け出していった。



 ──闘技場・特等席。


 ルミナスは、結局レシェナと交代できないまま特等席に座り続けていた。


「おおっと!? ルーナ選手どうしたんだ!? このまま会場に現れなければ不戦勝になってしまいますが……!」


 コールの慌てた実況に、会場全体がざわつく。


「ルーナ様……どうしたんだろう……」


 控室側の観覧席では、フェリスが不安そうに手を胸に当てて呟いていた。


(も……もうダメだ……!! “トイレに行く”って理由で無理やり抜け出してでも出場するしか……!)


 ルミナスは勢いよく手を上げて立ち上がる。


「ご、ごめん!! 私トイレに……!!」


 だがその瞬間、横から冷静な声がかかる。


「つい先程行かれましたけど、またですか?」


「ギクッ……!! い、いやぁ~!! き、緊張してるのかな!? トイレ近くてさぁ~……あははは~……!」


 引きつった笑顔を浮かべるルミナスの背中を、セシリアは細めた目でじっと見つめていた。


 ──数分後。


「間に合えぇぇ~!!」


 特等席を飛び出したルミナスは、全力で化粧室へと駆け込み、キャスケット帽とクイックアーマーを身に纏った。

 そしてそのまま勢いよく入場門を飛び出し、闘技場へ滑り込む。


「きたきたきたぁぁぁ!!! 遅れて登場したのは黒髪の少女、ルーナぁぁぁ!!

 これまでの試合、すべて無傷で、すべて一撃で勝利を収めてきましたぁぁ!!

 あの騎士団団長すらも倒した実力者!! さぁ!! 今度はどんな試合を見せてくれるのかぁぁぁ!!」


 ──わあああああああっ!! ──ルーナぁぁぁぁぁっ!!!


 大歓声に包まれる会場。ルーナは慌てて片手を上げて答えた。


「お、遅れましたぁ~……!!」


 観覧席からフェリスが立ち上がり、全力で声援を飛ばす。


「ルーナ様ぁぁぁ!! がんばってぇぇぇ!!」


 コールは勢いよく実況を続けた。


「さぁ!! そんなルーナ選手に挑むのは……この男っ!!

 クリス・ゴールディンんんん!!! 金色の鎧に身を包み、金色の剣を握る高貴なる戦士!!

 貴族の中で唯一、真に実力を認められた男だぁぁ!!

 予選決勝では不戦勝で勝ち上がった彼だが……本戦ではその真価が問われる!!」


 金色の髪をひらりとかき分けながら、クリス・ゴールディンは優雅に登場した。

 その視線は真っ直ぐにルーナへと注がれる。


「やぁ……君が噂の黒髪の少女か。正直、女の子を斬るなんて僕の美学に反するんだけど……

 女神のキッスが僕を待ってるからね。そこをどいてくれると助かるよ?」


「は、はぁ……」


 ルーナは引きつった笑みを浮かべながらも、剣を抜き、構えを取った。


 一方その様子を観覧席から見ていたフェリスは、隣のリゼットに声をかける。


「ねぇリゼット。あのクリスって男、強いの?」


 観覧席から様子を見ていたフェリスがリゼットに問いかける。


「ねぇ、リゼット。あのクリスって男、強いの?」


「うーん……。貴族様なのでどのくらい強いかはわかりませんが、

 あの金色の剣を持つ者は、貴族の中でも最上位に連なる者だと聞いたことがあります」


「ふーん。じゃあ、とりあえず強いには強いってことねぇ~」


 フェリスは興味半分に肩肘をつき、余裕の態度で言った。


「それでは──第3試合、まもなく開始です!!」


 コールの声に合わせ、審判を務めるガレオス団長が静かに手を上げる。


「これより第3試合を始める。気絶、降参、または首にかかっている魔石が壊れたら敗北とする」


 そして振り下ろされたその手と同時に──


「──始めっ!!」


「はっはっは!! さぁ!どこからでもかかってこい、子猫ちゃん!手加減はしてあげ──」


 ──ビュオォォンッ!!!


 開始の合図と同時に、ルーナは弾丸のように駆け出した。


「る゛っ……!?」


 次の瞬間にはクリスの懐に潜り込み、柄頭でみぞおちへ重たい一撃を叩き込む。


「っ……! ひゅ……っ、ひゅる……かは……」


 ──ドサッ……


 クリスはそのまま意識を失い、地面へ崩れ落ちた。

 あまりにも一瞬の出来事に、ガレオス団長はただ呆然と目を見開く。


(な、なんだ……? お、俺が手を下ろした瞬間……クリス・ゴールディンがもう倒れていた……)


「しょ……勝者、ルーナ!!」


 審判の宣言が響く中、会場全体は静まり返る。

 ルーナは小さく頭を下げると、そそくさと退場口へと足を速めた。


「えっ!? お、終わり……ですか!? 一瞬で……!? わ、わたくしには何がなんだか……!

 ヴィスさん!今、一体……」


 隣で尋ねられたヴィスは、わずかに笑みを浮かべて一言だけ答える。


「……眩しい」



 ──入場口の通路。


(急げぇ~!! この速さなら……まだ“トイレ”で通用するはずっ!!)


 慌てて走るルーナだったが、曲がった先で思わず足を止めた。

 通路の真ん中に、セシリアが静かに立っていたのだ。


「──!!」


 驚愕で硬直するルーナを前に、セシリアは穏やかな笑みを浮かべて口を開く。


「こちらは特等席へ戻る通路ですよ?」


「……あ、あぁ~。すみません。道を間違えてしまって……」


 キャスケットを深くかぶり、視線をそらすルーナ。

 そのまま反対方向へ戻ろうと体をひねった──


 ──ガシッ!!


「──っ!」


 次の瞬間、腕を掴まれ、そのまま壁に押し付けられる。


(えっ……え!? か、壁ドン……!?)


 顔をそむけようとしたルーナの顎を、セシリアの指が優しくすくい上げた。


(こ、今度は顎クイっ……!?)


 至近距離でまっすぐに見つめられ、息が詰まる。

 そして──セシリアは低く、静かに告げた。


「……フェリスは騙せても、私は騙せませんよ。ルミナス様」


 その言葉と同時に、セシリアの手がキャスケット帽へと伸びていった。

 そして会場では遅れて大きな大歓声が響いたのであった。

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