第五章 第16話:その武器は白刃を折る。
──あらすじ──
白刃と槍が火花を散らす激闘の末、勝負は意外な形で決着する。
次なる試合の影で、闘技場の地下では不穏な影が動き始めていた――。
歓声と声援が鳴り止まぬ中、レオナールは袖口から長槍を引き抜き、ソウゲツへと向けた。
「その刃を超えるリーチなら、居合は届かないのでは?」
ソウゲツはニヤリと口元を歪め、鞘から刀を静かに抜き放つ。
「カッカッカ……! 居合だけが全てだと思ったら大間違いじゃ」
レオナールは片手で長槍を縦横無尽に操る。その穂先は生き物のように舞い、ソウゲツに一片の隙も与えない。
特等席で観戦していたルミナスたちは、その姿に思わず息を呑んだ。
「レオナールさんって……槍使いだったの!?」
ルミナスが驚きを隠せず呟く。
隣のセシリアもまた目を細め、真剣に観察していた。
「ですが……。先程の短剣も見事に使いこなしておりました」
実況席では、コールが机に片足を乗せ、興奮気味に叫ぶ。
「おおっと!! レオナール選手、今度は長槍だぁ! 先程は短剣、今度は長槍! ヴィスさん、これは一体どういうことでしょう!?」
「……敵に情報を売るのは御法度だ。いいから座れ」
「あ、はい……すみません」
淡々と返すヴィスの様子に、ルミナスは目を細める。
「……ヴィス、実況者さんの扱いに慣れてきてない……?」
そう呟いた瞬間、先に動いたのはソウゲツだった。
「甘い、甘いぞ小僧……!! 三ノ型──《嵐三段》!」
──ダダンッ!
──スタンッ!
稲妻のような踏み込みで、一気に間合いを詰めるソウゲツ。大きく振り上げた刀を振り下ろす。
──ブンッ!
──ガキィィンッ!
鋭い一撃は、しかしレオナールの長槍によって難なく弾かれた。だが、その反動を利用し、ソウゲツは身体をひねって左胴へ鋭く斬り込む。
──ズワァァッ!
「──!」
常人では目で追うことすら困難な速さ。レオナールは見事な足さばきで回避するも、斬撃はかすめ、浅く裂かれた。
「まだまだ……!」
ソウゲツは止まらない。第三撃、右胴を狙い追撃に移る。
「──組合長っ!!」
控室側の観客席から、リゼットの叫びが飛んだ。
斬り込む刹那、レオナールがふっと笑みを浮かべる──。
「ぬ……!?」
ソウゲツは、レオナールの口元に浮かんだ笑みを見て警戒し、右胴への斬り込みを中止しようとした。
だが――わずかに遅い。
──ジャラララララッ!!
レオナールの左袖から、蛇のように鎖が飛び出し、ソウゲツの刀に絡みつく。
──ギギ……ギギギ……
「おぬし……! いくつ隠し玉を持っておる……」
「さて、いくつでしょうかね?」
鎖の先に付いていたのは、小型の鎌。鎖鎌だ。
レオナールは左手に鎖鎌、右手には依然として長槍を握っている。
「レオナール選手!! 今度は鎖付きの鎌だぁぁっ!! 一体いくつ武器を持っているんだこの人はぁ!!」
実況席のコールが絶叫する中、レオナールは爽やかな笑みを浮かべたまま問いかける。
「さて、どうします? 降参しますか?」
「カッカッカ……!! まさか。婆さんに勝つと約束してしまったからのぉ」
「そうですか……ならば、仕方ありませんね」
──ぐいぃぃっ!
レオナールが鎖を強く引く。
するとソウゲツは一瞬の判断で、あっさりと刀から手を離した。
「──!」
そのまま低く姿勢を落とし、腰の脇差を抜き放つ。鋭い突きが、レオナールの懐を狙う。
──ガキィンッ!!
──ギギギギギッ!
しかし、それすらも予測していたレオナールは鎌を絡め、脇差の進行を完全に止めた。
「危ない、危ない……あと少しで魔石が壊れるところでしたよ」
余裕の笑みを浮かべるレオナール。
激しい鍔迫り合いの中、ソウゲツがニヤリと口角を上げる。
「……流石は討伐組合の組合長と言ったところか。 だが──」
次の瞬間、ソウゲツは足を大きく振り上げ、蹴撃を繰り出す。
──ダダンッ!!
レオナールは長槍でそれを受け止めたが、その反動を利用し、ソウゲツは長槍を蹴り飛ばす。
宙を舞った槍が転がる間に、ソウゲツは素早く地面に落ちた刀を回収した。
「……このままでは埒が明かんのぉ。 では――本気で行くとするか」
脇差と刀を鞘に納め、柄に手を添えるソウゲツ。鋭い眼光が獲物を捉え、低い姿勢で気配を研ぎ澄ます。
それを見たレオナールもまた、鎖鎌を静かに地面へ置き、ゆっくりとコートの中へ手を差し入れた――。
「おおっと!! ソウゲツ選手、ついに決着をつけに行く構えだぁぁ!!
そしてレオナール選手、なんと全ての武器を捨てたぁぁ!! 一体何をするつもりなのかぁ!!」
実況席のコールが絶叫する中、ルミナスとセシリアも固唾をのんで見守っていた。
「短剣、長槍、鎖鎌……まだ何か隠し持ってるのかな……?」
「武器の所持上限は規定されておりませんから、可能性はありますね」
ソウゲツは構えを崩さぬまま、最後の警告を突きつける。
「ここで引いてはくれぬか? さすれば、これ以上の苦痛は与えん」
レオナールは苦笑し、静かに首を振った。
「すみませんが、その要求には従えませんね」
「……ふん。まぁ、そうじゃろうな」
刹那、ソウゲツが力強く踏み込む。
──ダダンッ!!!
「後悔するなよ若造!! 白刃流・奥義!! 十ノ型……閃天断!!!」
天を裂くかのような上段抜き斬り。
目で追うことすら困難な速さで振り下ろされ、風圧が遅れて観客席を揺らす。
「ソウゲツ選手、恐ろしい速さぁぁ!! まるでバネのように跳びかかっていったぁ!!」
──ズワァァァッ!!
(……もらった!!)
ソウゲツの刃が、レオナールの首元に届こうとしたその瞬間。
──パキィィンッ!!!
甲高い破裂音とともに、刀身が真っ二つに裂けた。
切先は宙を舞い、ゆっくりと回転しながら地面に突き刺さる。
(な……なんじゃ……!? 今、一瞬……黒くて大きな……)
視界の端を、何か巨大な影が横切ったように見えた。
だが確認する暇もなく、ソウゲツは即座に脇差を抜き、腹部を狙って突きを放つ。
「きえぇぇぇいッ──!」
その咆哮を遮るように、落ち着き払った声が響く。
「……すいませんが、ここでおしまいです」
──ガッ!!!
「──!?」
レオナールの手には、いつの間にか二本目の短剣。
それが脇差を握るソウゲツの腕に深く突き刺さる。
(ぐっ……!! また短剣……じゃと……!?)
──ザンッ!!
「ぬぅっ……!」
続けざま、レオナールのもう一方の手に握られた武器が、ソウゲツの肩から腹へと鋭く斬り裂く。
寸前で防護結界が発動し、ソウゲツはその場に膝をついた。
そして――
先程、視界の端にちらりと映った“影”の正体が、ゆらりと姿を現す。
「……な、なるほどな。確かにそれは斬れんわ……」
──どさっ。
ソウゲツの視線の先、レオナールが手にしていたのは漆黒に輝く鋼で鍛えられた大剣だった。
ソウゲツはにやりと笑みを浮かべ、そのまま仰向けに倒れ込む。
審判席からガレオス団長が駆け寄り、ソウゲツの胸元に装着された魔石を確認する。
「──!!」
「魔石の破壊を確認! 勝者──レオナール・クローディア!!」
高らかに右腕を掲げるガレオス団長の声が響き渡り、会場は爆発するような歓声に包まれた。
──うおおおおおおおおっ!!!
──わああああああああっ!!!
「なんという激戦だったでしょうか! 技と技、意地と意地の真正面からのぶつかり合い! わたくし、感動しておりますっ!」
コールは興奮のあまり鼻息を荒くし、身を乗り出して叫ぶ。
「……まだ、本気じゃないな……」
「そ、それは本当ですか!? ヴィスさん! あんな戦闘をしてなお、本気ではなかったと!?」
問いかけにヴィスは静かに頷き、低く告げる。
「……レオナールは、一歩も動いていない……」
そう、試合開始から今まで、レオナールは最初に立った位置から一歩も足を動かすことなく勝利を手にしていたのだ。
担架に乗せられ運ばれていくソウゲツを見送り、レオナールは軽く息を吐く。
そこへガレオス団長が歩み寄ってきた。
「相変わらず……優柔不断だな」
レオナールは肩を竦め、柔らかな笑みを返す。
「いえいえ、これでも昔に比べれば減った方なんですよ?」
「はっは……。で、今、何本持ってる?」
ガレオス団長の問いに、レオナールは唇に人差し指を当てて言った。
「秘密です」
その一言で二人は笑みを交わし、試合は幕を閉じる。
──そして次はいよいよ、ルミナス(ルーナ)の番。
……のはずだったが、彼女はまだ特等席に座ったままだった。
(レシェナぁ~……! どこ行ったの……!? もうすぐ私の番なのにぃぃ……!)
本来なら控室からの糸電話の合図があるはずが、いっこうに届かない。
ルミナスはじっと特等席に座り、ソワソワと落ち着かない様子を見せる。
一方その頃、肝心のレシェナは――。
「ふえぇぇぇ……! こ、ここどこぉぉぉ……!?」
試合会場の裏通路で、見事に迷子になっていた。
──闘技場・地下。
本来なら控室横の観覧席へ向かうはずだったレシェナは、うっかり道を外れ、そのまま地下通路へと足を踏み入れてしまっていた。
薄暗いオレンジ色のランプが、長く続く通路をぼんやりと照らす。壁に映る影がゆらりと揺れ、ひとりと一匹の足取りは落ち着かない。
「スピナ……ど、どうしよう……もうルミナスの番になっちゃうよね……」
『きぃぃぃ!!』
「そ、そうだよね……!! うん、控室を探すのはやめて、元の通路に戻ろ──」
踵を返した、その瞬間。
──グンッ!
「きゃっ……!」
──どさっ!
足元に何かが絡みつき、レシェナは前のめりに倒れ込んだ。
床に手と膝をつき、擦りむいた膝を押さえながら、何に躓いたのかと視線を落とす。
「……え」
そこにあったのは、ぐったりと動かない警備兵の亡骸だった。
「ひぃぃぃっ……!!」
全身から力が抜け、尻もちをつくレシェナ。呼吸が荒くなる。
その時、奥の闇の向こうから足音と低い声が近づいてきた。
(だ、誰か来る……! こ、怖い……! まさか、この警備兵を……!?)
恐怖に押し潰されそうになりながらも、レシェナは必死に体を低くし、近くにあった食料庫へ滑り込む。
棚の隙間に身を押し込み、息を殺した。
「魔石の設置は完了した。あとは合図を待つだけだ」
通路に響く黒装束の男たちの声。
「合図が出たら裏門から脱出だ。……ここに居たら爆発に巻き込まれる」
その言葉に、レシェナの心臓が跳ねた。
(……!? ば、爆発って……!?)
恐る恐る棚の戸をわずかに開き、男たちの顔を確かめようとした――。
──ギィ……。
静寂の中、軋む音が響いた。
「……ん? 誰かいるのか?」
(まずい! まずいまずいまずい……!!)
半泣きになりながら棚の奥で縮こまるレシェナ。
黒装束の男たちが食料庫へ足を踏み入れ、一歩、また一歩と、彼女が隠れる棚へ近づいてくる……。