第五章 第15話:能ある鷹は爪を隠す。
──あらすじ──
白熱する闘技大会第1試合は、観客をも驚かせる一瞬の決着で幕を下ろす。
続く第2試合、ついに組合長レオナールが登場。
その実力を知る者は少ない――だが、放たれた一太刀に会場がどよめく。
エルディナ闘技大会、本戦第一試合。
熱気と歓声が渦巻く中、闘技場の左右にある入場門から、
二人の選手がゆっくりと姿を現した。
その瞬間、場内全体に響き渡る、張りのある男の声。
「さぁ!! 始まりましたッ!! エルディナ王国闘技大会――第一試合!!
実況はわたくし、コール・マイクレインがお送りいたしますっ!!」
緑を基調に、胸元から裾にかけて鮮やかなオレンジの縦ラインが二本走るスーツ姿。
杖をマイクのように握り、風魔法で声を増幅させながら観客を煽るその男こそ、
今大会の実況役・コールだ。
彼の隣には、この日のために特別に呼び出された解説役の姿があった。
「そしてぇ!! 今回、なななな、なんとっ!! 王国民間討伐組合の幻の男――!!
知る人ぞ知る……いや、知っていても姿を見たことがない……!!
今回解説役を務めてくださるのはぁ~……《幻視の記録者》、ヴィスさんでぇぇすっ!!」
その名を耳にした瞬間、特等席のルミナスが勢いよく立ち上がった。
「ヴィスぅぅぅ!?!?」
しかし実況・解説席は観客席からは死角になっており、その姿は見えない。
観客席のあちこちからも、ざわめきが広がった。
「おい、聞いたか!? ヴィスってあの……」
「滅ぼされた国をいくつも見てきたっていう伝説の……」
「ほ、本当に実在したのかよ……! 俺、噂話かと思ってた……」
「“透明人間”のヴィス……俺の故郷じゃ、そう呼ばれてたぜ……」
コールは興奮気味に進行を続け、話題を解説席に向ける。
「今回、レオナール組合長からの推薦で、解説役をヴィスさんに――ということで……えー……ヴィスさん!!
何か、意気込みなどあれば……!!」
「………」
沈黙。
「……はいっ!! ということでね!! お待たせしました!! それでは選手の紹介に参りましょう!!」
無言の解説に、ルミナスは思わず苦笑する。――やっぱりいつものヴィスだ、と逆に安心すら覚えていた。
コールの声が一段と熱を帯びる。
「Aブロック、一人目に紹介するのはこの男っ!!
予選では、その両手に装着されたハンマー型ナックルで、次から次へと武器を粉砕する豪快ぶり!!
つけられた異名は“破壊と創造の権化”!! 今日も武器を壊していくのか!?
鋼の拳で語る男!! ハンマーフィスト工房の主人――ボルガン・ハンマーフィストぉぉぉ!!!」
呼び声に応え、ボルガンは両腕を高々と掲げ、観客席に向かって豪快にアピールした。
ボルガンの逞しい両腕には、鉄床の塊のような巨大なハンマーがナックル状に装着されていた。
あの両拳に挟まれれば、どんな武器も一撃で折れてしまうだろう。
まるで鍛冶場からそのまま出てきたかのように、胸元には重厚なレザーエプロン。
太い眉に濃い髭、赤茶の髪は一本の三つ編みにまとめられ、迫力のある風貌を完成させている。
「どんな武器でも解体してやるぜぇぇぇ!! 特にエンヴェラ工房の武器は喜んで壊させてもらうからなっ!!!
ガッハッハッハ!!!」
豪快な笑い声とともに拳を打ち鳴らすボルガン。その挑発に観客席からも笑いや歓声が飛ぶ。
コールの声がさらに熱を帯び、もう一人の出場者を呼び込む。
「さぁ!! 続いてはこのお方!!
意外や意外、普段はエルディナ王国で茶屋を営む人物!! しかしそれは仮の姿……!?
この国に移住する以前は、ある大人物の用心棒を務めていたという噂も!?
決着は一瞬、居合の達人――ソウゲツ・シロガネぇぇぇ!!」
入場門から現れたのは、鍔のない細身の居合刀を手にした老人。
ボルガンとは正反対の痩せた体つき、白髪に長い白ひげ。
白と黒の羽織を羽織り、静かに歩くその姿は、異国の武士を思わせる風格を放っていた。
ソウゲツは空を見上げ、顎髭をゆっくりと撫でる。まるで周囲の喧噪を意にも介さぬ様子だ。
その姿にボルガンは首を傾げ、挑発混じりに声をかける。
「おいおい爺さん!! 大丈夫か? 生きてるか??」
「ほっほ……婆さんや。見てておくれ」
観客席からは、鼻で笑う声や心配そうな囁きが入り混じって響く。
だが、その中で特等席のルミナスだけが、ひときわ興奮した声を上げていた。
「セシリアっ!! セシリアっ!! 見てよっ!! 侍だよあれ!!」
「サムライ……? ですか? ただの老人にしか見えませんが……」
「いいや、あれは只者じゃないとみた。侍で老人とか……絶対強い……!!」
そんなやり取りの後、コールが会場全体に向けて新ルールの説明を始めた。
「試合開始の前に、予選にはなかった本戦特別ルールをご説明します!!
本試合は真剣での勝負となります! そこで、選手には防護の魔石を所持してもらいます!!」
係員が駆け寄り、二人の選手に小ぶりな魔石を手渡す。
「こちら、首から下げていただく魔石――王宮魔道士グランツ様が作られた、大変希少な品です!!
効果は一度だけ、致命的なダメージを半減!!
この魔石が破壊されるような攻撃を受けた場合、その時点で“負け”となります!!
これにより、選手の皆様は安心して――そして本気で、勝負に挑むことができます!!」
その説明を聞いたセシリアは、前日にフェリスから聞いた話を思い出したように小さく頷いた。
「あぁ、魔石というのは……これのことですか」
ルミナスはこくりと頷き、さらりと説明を加える。
「いわゆる安全装置みたいなものかな。致命的な一撃を受けると防護障壁が展開して、一度だけ守ってくれるらしいよ」
セシリアは細めた目でルミナスをじっと見つめる。
「……へぇ。ずいぶんとお詳しいんですね、ルミナス様」
――しまった。
ルーナの姿でグランツから直接説明を受けたことを、すっかり忘れていた。思わず口が滑る。
「あ、あぁ……! そ、そうそう!! さっきグランツさんに聞いたんだよぉ〜……!!」
「ふーん……」
誤魔化したつもりでも、セシリアの視線は鋭く、痛いほど突き刺さってくる。
(ま、まずい……セシリアが疑い始めてる……。話題を変えなきゃ……!)
「あっ……! ほ、ほら! セシリア!! 試合、始まるみたいだよっ!!」
審判を務めるのは、騎士団団長ガレオス・グランフォード。
今日は赤い鎧ではなく、予選でセドリック副団長が着ていた、白地に青の縦ラインが二本走る制服を纏っている。
高く掲げられた右手が、場内の空気を一瞬で引き締めた。
「それでは――これより本戦を開始する」
「──始めっ!!」
振り下ろされた合図と同時に、ソウゲツが地面を蹴った。
──ダダッ!!
「おおっと!! ソウゲツ選手、いきなりボルガン選手に突っ込んでいったぁぁぁ!!」
柄を握り、低く構えたまま一直線に駆けるソウゲツ。
ボルガンは拳と拳を打ち合わせ、火花を散らして応える。
「来いよ爺さん!! そのほっそい武器なんざ叩き割ってやんよっ!!」
老人とは思えぬ加速に、観客席から驚きの声が上がる。
ソウゲツは一瞬だけ刃を覗かせ、そのまま一気に抜き放った。
極薄の刀身は光を反射せず、景色に溶け込むように一瞬で視界から消える。
「っ……!?」
(刃が……見えねぇ……!!)
ボルガンは反射的に、叩き割る構えを捨て、防御に徹した。
両腕のナックルを前に構え、全身で衝撃に備える。
──スッ……
しかし、刃がナックルに届く直前、ソウゲツはぴたりと動きを止め、そのまま剣を鞘へ戻した。
「……は? なめてんのか爺さん……!!」
ソウゲツは顎髭を撫でながら、ゆったりと口を開く。
「ほほっ……防ぐことしか考えておらぬ者を斬っても、味気ないからのぉ」
ボルガンの顔が真っ赤に染まり、眉がピクリと跳ねる。
「ジジイ!! 調子に乗ってんじゃね──」
挑発に完全に乗せられたボルガンは、渾身の力で拳を振り上げ、ソウゲツへと叩きつけようとした。
その瞬間。
──シュッ……
ソウゲツの体がわずかに沈み、流れるような動作で刀を抜き放つ。
刃が閃き、すぐさま鞘へと戻される。
ボルガンは拳を振りかぶったまま、口をわずかに開き――動きを止めた。
そして。
──チンッ……
刀が鞘に収まる音が響いた瞬間、ボルガンの体が崩れるように前へ倒れ込む。
──ドサッ……
審判のガレオスはソウゲツに向けて手を上げた。
あまりに一瞬の出来事に、観客席も実況席も反応が遅れ、場内は一瞬静まり返った。
「……凄い!! 凄すぎるっ!!」
コールの叫びが沈黙を切り裂く。
「えー、会場の皆さんっ!! 何が起こったのか、わたくしも理解に困っておりますが……!
第1試合、勝者――ソウゲツ・シロガネ!!!! 皆さん!! 盛大な拍手をっ!!」
──わあああああああああっ!!!
割れるような歓声が場内に広がる。
「えー……それでは解説のヴィスさん。今の一太刀、どうご覧になりましたか……?」
しばしの沈黙。やがて、かすれるような低い声が返る。
「……戦場では、冷静さを欠いた者から去っていく……」
コールは少し考え込み、恐る恐る確認する。
「な……なるほど……? つまりボルガン選手は冷静さを失っていた、ということでしょうか……?」
「………」
返事はない。
「えー……はいっ!! ヴィスさん、ありがとうございましたっ!! それでは次の試合まで、しばらくお待ちくださいっ!!」
実況席のやり取りを、ルミナスは目を細めながら聞いていた。
隣のセシリアが、静かに問いかける。
「あの居合……ルミナス様がよく使っている技に近いものを感じました」
「うん。私のとほぼ同じだね。ボルガンって人、頭に血が上りすぎて……斬られたのに無理に動こうとしたせいで硬直しちゃった」
「はい。ですが……ボルガンの魔石を見てください」
セシリアの視線を追うと、ボルガンの首にかけられていた防護の魔石が粉々に砕けていた。
「真っ二つになるはずの攻撃も、これのおかげで軽傷で済んでいますね……」
「でも……倒れてるってことは、痛みはしっかり通ってそう……」
ルミナスは顔を引きつらせながら、担架に乗せられて退場していくボルガンを見送った。
その時、セシリアの目がトーナメント表に留まり、驚きに見開かれる。
セシリアがトーナメント表を見て、はっと目を見開く。
「ルミナス様。先ほどの老人と、今度はレオナール様が戦うそうですよ」
「レオナールさんが!? そういえばあの人が戦ってるところ、見たことないんだよなぁ……」
十五分の休憩を挟み、第一試合と同じように両者が入場門から姿を現す。
レオナールは特等席に座るルミナスへ、軽く手を振って合図を送った。
「それでは――第2試合! まさかまさかの参戦だ!!
普段は組合長として椅子に座っていることが多いが、その実力やいかに!?
予選を通過したということは、それなりの実力者と見て間違いないでしょう!
レオナール・クローディアぁぁぁ!!」
Bブロックの控室から続く観覧席では、フェリスとリゼットが身を乗り出して応援する。
「組合長ぉ〜っ!! 負けたら早く仕事手伝ってくださいねぇ〜!!」
リゼットはにこやかに手を振り、声を張り上げた。
その横でフェリスが、素朴な疑問を投げかける。
「ねぇ、レオナールって強いの?」
リゼットは頬に指を当て、少し考えてから答える。
「ん〜……正直、戦ってるところは見たことないので、なんとも言えないんですけど……」
普段は騎士団や組合員に実働を任せているため、リゼット自身も詳しくは知らなかった。
「でも、確か組合長の推定ランクは──」
言葉の途中、試合開始の合図が響く。
──ガキィィィィンッ!!!
「おおっと!! これはどういうことでしょう!!
レオナール選手、ソウゲツ選手の居合を肩で受け止めたぁぁぁ!!」
居合を放ったソウゲツの刀は、レオナールの肩に触れたところで斬り込めず、ぴたりと止まっていた。
「おぬし……わかっておったな?」
ソウゲツは剣を引き、鞘へ納めながら姿勢を正す。
「いえいえ、買いかぶりすぎですよ。ただ……偶然、コートの中に短剣があっただけでして」
レオナールはコートの中から短剣を取り出し、両手を広げてみせると――
──ヒュッ……ドスッ!!
その短剣をソウゲツの足元へと投げ、地面に突き立てた。
「若造がぁ……」
ソウゲツは閉じていたように見える片目をわずかに見開き、鋭い視線をレオナールに向ける。
審判のガレオス団長も、静かに彼を見つめ、その実力を改めて認めた。
(流石だ……レオナール。やはりまだ、体は訛っていないな……)
ソウゲツの警戒を正面から受け止め、レオナールは勢いよく片腕を伸ばす。
──シュルルルル……
どこからともなく現れたのは、長槍。レオナールの手にしっかりと握られていた。
「さて、御老人。私はルーナ殿に用があるので、手短にお願いしますよ」
「抜かせ、小童が……!」
その時、リゼットが驚くフェリスの横で、先ほど言いかけた言葉の続きを口にする。
それは、たった一言。
しかし、それを聞いた瞬間、フェリスは視線をリゼットから外し、レオナールへと集中した。
「──S+」