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第五章 第11話:黒髪の少女「ルーナ」

              ──あらすじ──


祝賀会から二日後。

どうしても闘技大会に出たいルミナスは、仲間に内緒で変装計画を実行に移す。

フルギア店とエンヴェラ工房の協力で、髪も瞳も別人に変え、

瞬時に装着できる軽装備を手に入れた彼女は、

黒髪の少女「ルーナ」として予選会場へ向かう――。

──遡ること、祝賀会から二日後の昼下がり。


ルミナス邸の玄関先で、ひとりの少女がコソコソと挙動不審な動きをしていた。


「よし……セシリアとフェリスは訓練場に行ったね……」


玄関のドアをそっと開け、左右をチラチラと確認するルミナス。


「くぅーん?」


そんな彼女を不思議そうに見つめるのは、

ケルベロス部隊の一匹――ケル。小首をかしげ、

赤色の瞳が「何してるの?」と問いかけている。


「しっ……ケル、ちょっと出かけてくるから、お留守番お願いね」


「わふっ!」


唇に指を当てて念を押すと、ルミナスは小走りで屋敷を後にした。


──タッタッタ……!


エルディナ王国・中心街


セシリアたちに見つからないよう、

ルミナスは人混みに紛れながら足早にとある店へ向かう。

目的地は、レシェナが経営するフルギア店。


──カランカランッ……


「いらっしゃっ……ん?」


ドアベルが鳴るなり、ルミナスは振り返って外を素早く確認し、

音も立てずに扉を閉める。

頭には布をすっぽり被り、目には黒レンズのメガネ。

服装も地味な色合いで統一され、ぱっと見では彼女と分からない。


店内に入ると、ルミナスはレシェナの前でそっとメガネと布を外し、

素顔をあらわにした。


「ルミナス……!? どうしたの、その格好……!」


「やっほー、レシェナ! ちょっとお願いがあって……」


言うなり、ルミナスは少し困ったような顔で事情を切り出す。

それは――どうしても闘技大会に出場したい、という単純で切実な願いだった。


「……なるほど。つまり、ルミナスは本当は大会に出たかったけど、優勝賞品に自分が設定されちゃったせいで出場できなくなった。だから変装してでも参加したい……と」


「うんうん、そういうこと!」


満面の笑みでうなずくルミナス。その瞳には、期待とわくわくがあふれている。


レシェナは顎に手を当て、しばし考え込む。

ルミナスはあまりにも特徴的だ。

顔を隠し、目立たない服を選んだとしても、あの絹のような白銀の髪と、

夜空を映すような神秘的な瞳――それらを隠しきるのは至難の業だ。

しかも戦闘に支障がないように、となればなおさら難しい。


「うーん……服装はなんとかできそうだけど、その髪と瞳は……」


「そ……そこを、なんとか……!!」


ルミナスは両手を合わせ、必死に頭を下げる。


「どうしたものかな……」


レシェナが眉間に皺を寄せて考えていると、

奥の部屋からゆっくりと年配の女性が現れた。


「おや、ルミナス様じゃないか。一人で来るなんて珍しいね」


「あっ、お祖母ちゃん……!」


姿を見せたのは、レシェナの祖母・ミレティア。

彼女はルミナスの様子を一目見て、

何かを察したように店の「OPEN」の札を裏返し、「CLOSE」に変える。


「それで? 一人で来たってことは、何か急ぎの用かい?」


ミレティアはレシェナが出してくれた椅子に腰を下ろし、落ち着いた声で促す。


「そうなのっ!! 実は──」


ルミナスは、どうしても闘技大会に出たいこと、

しかし優勝商品に自分が設定されたせいで出場権を失ったことを説明し、

変装して参加したいと打ち明けた。


「闘技大会ねぇ……。でも、もし出場できたとして、ルミナス様本人が優勝したら、例の“口づけ”の約束はどうするんだい?」


「そこは大丈夫!! 『女神の口づけなど恐れ多くて受け取れません。なので丁重にお断りいたします』って言うから!!」


ルミナスは胸を張り、声色まで変えて自信満々に答える。


レシェナはそれを聞いて、苦笑いを隠せない。

「う、うーん……それはそれで別の問題が起きそうな気がするけど……」


ルミナスはアレクシアにも何度も頼んだが、結局は門前払い。

そして再びレシェナへ向き直り、大きく潤んだ瞳で訴えかける。


「お願い……! もう頼れるのはレシェナしかいないのっ……!」


──キラキラキラ……


「ぐはぁっ……!!」


その視線の破壊力は絶大だった。


「くっ……美しすぎる……! 叶えてあげたい……!! で、でも、どうすれば……!」


レシェナが眩しそうにルミナスを見つめていると、

黙って話を聞いていたミレティアが口を開いた。


「それなら……ルネリアが生前やっていた“糸魂の応用”を試してみるってのはどうだい?」


「糸魂……か……」


ミレティアが説明する。

糸魂とは、糸に魂を宿す技術で、本来は憑依させた人間の人格すら変えてしまうほど強力なもの。

だが今回は、その魂の干渉を“人格”ではなく“外見”に向ければいいのでは――それが彼女の提案だった。


レシェナは傍らにいるスピナの糸を見つめ、考え込む。

「人格を……外見に、変換……」


──ぱちんっ!


何かを閃いたように、レシェナの表情がパッと明るくなる。

ミレティアはその顔を見て、にやりと笑った。


「──出来るかも……!」


「ほ、ほんとぉ……!?」


ルミナスは目を輝かせ、にこっと嬉しそうに微笑む。


「スピナっ!」


『きぃぃぃっ!』


レシェナが呼ぶと、天井の梁からスピナが軽やかに跳び降り、彼女の肩に着地した。

「試したいことがあるの! まずは……」


──ピンッ。


レシェナは自分の髪を一本抜き、それをスピナが紡いだ糸に結びつける。


「前に“呪いの草詛偶そうそぐう”っていう本を読んだことがあってね──」


その草詛偶とは、

呪い殺したい相手の爪や髪を乾燥させた草の人形に封じ込める儀式。

満月の夜、その人形に恨みを込めた黒釘を打ち込むと、

三日後には標的が病に伏し、

七日目の夜に胸を押さえて絶命する──という恐ろしい話だった。


「本当かどうかはわからないけど、そんな言い伝えがあって……」


「こわっ……! え!? 今からそれやるつもりなの!?」


「ふふっ、しないしない!」

レシェナは手をひらひらと振り、笑い飛ばす。

「これをね、糸魂と形魂をうまく組み合わせて、呪いじゃなく“術式”に変えられないかなって思ったの」


そう言うと、彼女は抜いた髪とスピナの糸を、

リコルナイト製のブローチの縁に丁寧に巻き付けていく。

そのリコルナイトにルミナスの血を一滴垂らし、

そこに宿すのはルミナス自身の生魂。

さらに、スピナの糸にはレシェナの髪が結びつけられており、

まるで糸電話のように互いを繋いでいた。


「あたしの推測が正しければ……」


レシェナは呟くと、ブローチをルミナスの髪へそっと押し当てる。


──ズズズ……


白銀だった髪が、みるみるうちに黒く染まっていく。

やがて、それはレシェナと同じ漆黒の色合いへと変わりきった。


「やった……! 成功よ!」


レシェナは手鏡を差し出す。

「──!! す、すごいっ! え!? 本当にレシェナみたいに黒くなってる!」


ルミナスが興奮気味に鏡を覗き込むと、レシェナが落ち着いた声で説明する。

「あたしの髪を混ぜたスピナの糸を媒介にして、あなたの髪に“あたしの髪”を憑依させた……って言えば、わかりやすいかしらね」


「すごいすごい! これなら絶対バレないよ!」


喜びのあまり、ルミナスは思わずレシェナに抱きついた。


「えへへっ……へへへっ……」


レシェナは少し照れた笑みを浮かべる。

しかし、まだ解決すべき課題が残っていた。

そう――ルミナスの瞳の色だ。


髪は偽装できても、その神秘的な輝きを帯びた瞳だけは隠しきれない。

見た者は一目で彼女だとわかってしまうだろう。


「さすがに、あたしの眼球を引っこ抜いて糸にくくりつけるわけにもいかないし……」


「うわ……それはさすがに見た目的にもアウトだね……」

ルミナスは思わず顔をしかめ、細めた目で首を振る。


二人はしばし沈黙し、真剣に案を練った。

そして、先に閃いたのはルミナスだった。


「……涙は!? スピナの糸に涙を浸したら色を移せるんじゃない!?」


レシェナは指をパチンと鳴らし、勢いよく立ち上がる。

「それだ……!」


こうして二人は、レシェナの涙を小瓶に集め、

その液に糸を浸すという作戦を立てた。だが――


「レシェナ!! 頑張って! ほら、お母さんのこと思い出して!」

「くっ……!」


三十分ほど粘ったが、一滴の涙も出てこない。


「だ、ダメ……泣けって言われて泣けるほど単純じゃないわ……」

レシェナは疲れた表情でため息をつく。


それでも諦めきれないルミナスは、

静かに席を立つと彼女のそばへ歩み寄った。


──ギュッ。


「え……? ルミナ──」


驚く間もなく、ルミナスの腕がやさしくレシェナを包み込む。


「ほら……辛かったでしょう? 悲しかったでしょう? よく頑張ったね……。今だけは、我慢しなくていいんだよ……」


その声は女神の祝福のように温かく、甘やかで、心の奥まで染み渡る。


「ル……ルミ……ナ……ス……」

「ん……どうしたの?」


「Zzz……Zzz……」


レシェナは、幸せそうな寝顔を浮かべたまま眠り込んでいた。


「あれ!? ちょっと待って!?!?」


──しばらくして。


「……あれ? あたし、寝ちゃってた……?」


作業台の上で目をこすりながら身を起こすレシェナ。

周囲を見回すと、ルミナスがミレティアと並んでお茶を飲み、

穏やかにくつろいでいた。


「あ、起きた? 気持ちよさそうに寝てたから、起こすのがかわいそうで……」

ルミナスは笑顔で手を振る。


「レシェナ、このところ忙しかったろう? 疲れが出たんだよ」

ミレティアは湯気の立つ茶を一口すすり、穏やかな眼差しを向けた。


レシェナは大きく背伸びをし、まだ眠気の残る声で言った。

「ルミナス……ごめんなさいね。作業の途中で寝ちゃって……」


「ううん! 押しかけたのは私だし、全然気にしないで!」


「ありがと……! でも、中途半端に寝たから、まだちょっと眠い……ふぁ~~……」


「──!!」


──ガタタッ!!


レシェナがあくびをした瞬間、ルミナスは椅子を弾くように立ち上がり、

一気に距離を詰める。


「な、なに……!?」


「動かないでっ……!」


そのままルミナスは小瓶をレシェナの頬にそっと当てた。


──スー……


あくびに合わせて、レシェナの目尻から一粒の涙がこぼれ落ちる。

小瓶の中にそれが落ちるのを、ルミナスは逃さず確認した。


「これでどう!? レシェナ……!」


差し出された小瓶を受け取り、レシェナは目を見開く。

「……そうか! あくびで……! よし、さっそく糸を染み込ませましょう!」


小瓶の中へスピナの糸を浸すと――


──ズズズッ……


純白だった糸が、みるみるうちにレシェナの瞳と同じ琥珀色へと染まっていった。


「これは……!」


二人は顔を見合わせ、同時に頷く。

すぐさま糸をブローチに縫い合わせる作業に取りかかった。


「……で、出来た……!」


そして、ルミナスの髪にブローチを近づけると――


──ズズズズッ……!


色と輝きがゆっくりと変わり、完全に別人のような印象を作り上げる。

レシェナは満足そうに微笑み、手鏡を差し出した。


──予選当日。


ルミナスは足早に裏路地へ向かっていた。

そこは、予選会場のすぐそば――レシェナが待つ場所だ。


「おまたせっ……!」


駆け寄るルミナスに、レシェナは首を横に振る。

「ううん、大丈夫。それより、セシリアたちは?」


ルミナスは親指を立て、にっと笑う。

「先に帰ってもらったよ!」


「よし……」

頷いたレシェナは、キャスケット帽を手渡す。


ルミナスがそれを深くかぶると、

髪の色が黒く、瞳の色が琥珀色へと変化していった――。


──ズズズズズッ……!!


「……完璧っ!」


レシェナは満足げに親指を立てると、

背後に置いてあった鞄をルミナスへ差し出した。


「……? この鞄は?」


「新作、“どこでも軽装備セット”よ」


一見すると洒落たレザー製のショルダーバッグ。

しかしレシェナの口ぶりでは、防具としての機能を備えているらしい。


「いい? これから説明するから、その通りにやってみて」


「わかった!」


ルミナスは言われた通り、鞄を地面に置き、ファスナーを開く。

両手を中へ差し入れ、魔力を流し込むと――鞄はふわりと浮き、腕に吸い付くように張り付いた。


そこから革と金属のパーツが魔力に応じて伸び広がり、

腕から肩、胴、そして足先へと装備が展開していく。

飾りだと思っていた金属のプレートは、肩や胸、膝や脚を守る鎧のパーツへと形を変えていった。


「おぉぉ……!」


レシェナが持っている鏡に映った自分を見て、ルミナスの目が輝く。


濃い茶色のしなやかなレザーを基調に、

必要な部位だけを銀色の金属で覆う軽装防具。

左肩には小ぶりなポールドロン、右胸から腹部を覆うブレストプレート。

膝からすねには片足だけグリーヴとポレインが装着され、

もう片方は革だけの軽装仕様。

左右非対称のシルエットは、軽量化と個性を兼ね備え、

戦場で視線を奪う印象を与える。


深いブラウンの革と磨かれた銀鎧のコントラストは鮮やかで、

駆け出し風ながらも確かな戦士の風格を漂わせていた。


「ふふっ、それね、ミーナと一緒に作ったの」


どうやらエンヴェラ工房のミーナと協力し、

ルミナスに内緒で仕立てたらしい。


「名付けて、瞬装クイックアーマー!」


黒髪のルミナスは笑顔で頷く。

「ありがとう、レシェナ! 予選が終わったら、ミーナにもちゃんとお礼言わなくちゃ!」


拳をぎゅっと握りしめ、予選会場の方角を見やる。


「じゃあ、あたしは店に戻ってるわ。着心地、あとで教えてね」


「うん! 行ってくる!」


こうして、フルギア店とエンヴェラ工房の力を借りたルミナスは、

完璧な変装を手に入れ、ついに出場準備を整えた。



──そして現在。


──コンコンッ


「ルーナ様、予選開始の準備を――」


黒髪の少女ルーナは、結い上げた髪を軽く整え、腰に木剣を差す。

鏡越しに琥珀色の瞳を見つめ、明るく返事をした。


「はーいっ!」

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