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第五章 第9話:女神のキスは誰の手に?

              ──あらすじ──


祝賀会の最中に告げられた“ある特別な賞品”を巡り、

突如として熱気に包まれる王都。女神ルミナスを巻き込んだ騒動の行方は──?

心と絆が交錯する、波乱の一夜が幕を開ける。

アレクシアはグランツの隣に立ち、凛とした声で高らかに宣言した。


「皆さま、本日はわたくしから大切なお知らせがございますの!」


その声に反応するように、大広間のざわめきが静まりはじめる。


料理を口に運ぼうとしていたルミナスは、

手を止めてアレクシアに意識を向けた。


「むぐっ!?!?」


口いっぱいにスパイクジロの肉を頬張ったまま、きょとんと目を見開く。


「闘技大会……!? いいじゃないっ!! 私そういうの好きよっ!」


隣で聞いていたフェリスが、勢いよく拳を握りしめて身を乗り出す。


アレクシアは続けて、グランツに合図を送る。

グランツが風の魔法で声を拡張すると、

その宣言は王宮の外にいる民衆にまで届くようになった。


「闘技大会は今から二週間後、王宮近くの大演習場を貸し切って開催いたしますわ!


参加は自由ですが、本戦に出場できるのは予選を突破した方のみとなりますの!


トーナメント形式で進行し、優勝者にはこの聖杯を──!」


聖杯を高く掲げるアレクシア。しかしその声のそばで、

民たちのざわめきが別の方向で広がっていた。


「うーん……魔族でもないのに戦う必要あるかねぇ……」


「まあ、今こうして生きてるだけで十分じゃね?」


「時代遅れよ、闘技大会なんて」


その言葉に、フェリスの眉がピクリと動く。周囲の空気を読んだ彼女は、

すぐさまアレクシアのもとへと人混みをかき分けて進んでいった。


「アレクシア様……ちょっと、耳を……」


そっと耳打ちされると、アレクシアは目を見開き、顔を真っ赤に染めて慌てる。


「ええっ!? そ、そんなこと勝手に決めてよいのですの!?」


「いいんですよ。だって、もし出場でもされたら誰も勝てませんから……」


「で、でも……」


アレクシアは視線を泳がせ、そっとルミナスの方を見る。


「ん……??」


ルミナスは、途中で割り込んできたフェリスのことも気になっていたが、

それ以上にアレクシアが両手で顔を覆い、

指の隙間からこちらを見ているのが気になって仕方がなかった。


(……な、なんだろう?)


アレクシアは顔を真っ赤にしながら、言おうか言うまいか、

心の葛藤と戦っていた。そしてついに、意を決して叫ぶ。


「えーと……闘技大会で、もし優勝を勝ち取った方には──」


「か、勝ち取った方には──!」


ぎゅっと目をつむり、覚悟を決めるアレクシア。


「──め、女神ルミナス様から祝福のキスの贈呈ですわっ!!」


──ガタタッ!!


「えええええええええええっ!?!?!?」


ルミナスは手に持っていた皿を取り落としかけ、

その場でガクンと膝をついた。



そして、次の瞬間──



──うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!


「俺は今、戦う理由ができたぞおおおおお!!」


「これを逃したら、生きてる意味ねぇぇぇぇ!!」


「闘技大会バンザイ!! 闘技大会バンザイ!!」


先ほどの冷めた空気はどこへやら、大広間も王宮の外も、

興奮と歓声で大騒ぎとなった。


「ほらね? アレクシア様。これで大盛り上がり間違いなしっ!」


フェリスが満足そうにウィンクを飛ばすと、

アレクシアもつられて微笑んだ……が、その笑みはすぐに消える。


アレクシアは、まるで危険を察知したかのように、

じりじりと後ろへ下がりはじめた。


「アレクシア様……? どうかなさいま──」


フェリスが尋ねかけた瞬間、背後から突き刺さるような気配──いや、もはや“殺気”と呼ぶべき強烈な圧力が彼女の背中を貫いた。


「フェ~~リィ~~スゥゥ~~……」


低く唸るような声。


振り返ったフェリスの目に映ったのは、般若のごとき形相でこちらを睨みつけるセシリアだった。


「──ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


悲鳴を上げながらフェリスがその場を転げ回る中、ルミナスはというと──


「キス……? え……? なんでそうなったの……? ほぇ……?」


呆然と口を開けたまま、放心状態で座り込んでいた。


一方で、フェリスとアレクシアはセシリアの前に正座させられ、

ビシバシと説教を受けている。


「うぅ……な、なんでわたくしまで……」


「ア、アレクシア様……一蓮托生ですよ……!」


「そこっ! ベラベラしゃべらない!」


「「は、はいぃぃぃ!!」」


ぴしゃりと叱りつけられ、二人は縮こまるように背筋を伸ばす。


セシリアは二人の正座を崩さぬまま、アレクシアを真っ直ぐに見据えて詰め寄る。


「アレクシア様。今すぐ、先ほどの発言を“誤りだった”と撤回してください」


「い、いえ……でも、すでに宣言してしまいましたので……取り消すのは、ちょっと……」


王族であるにもかかわらず、セシリアの鋭い眼光には抗えず、

アレクシアは声を小さくして俯いた。


──ギロッ……!


「ひっ……」


再び冷たい視線が突き刺さり、アレクシアは完全に沈黙する。


そこで、フェリスがなんとか状況をなだめようと切り出した。


「ほ、ほらっ! もしルミナスが出場したら、絶対に一人勝ちしちゃうでしょ……? だから別に、本気のキスじゃなくて、ほっぺとかなら……」


セシリアは腕を組みながら無言でその言葉を聞き続ける。


「セシリアだってルミナスにキスされたじゃない! 肩だったけど……」


それは以前、奴隷紋を消すためにルミナスがセシリアの肩に口づけをしたときのことだ。


「それとこれとは──全くもって別問題です!! ルミナス様の口づけは、軽々しく扱っていいものでは──」


──ポンッ。


そこへ、近くにいたレオナールがセシリアの肩を軽く叩き、提案を口にする。


「なら、セシリア殿が出場なされては?」


「──!!」


「セシリア殿が優勝して未然に防げばよいのでは……? セシリア殿? セシリア殿……!?」


その一言で、セシリアは硬直した。


脳内に、即座に思考が駆け巡る。


(私が出場する → 決勝の相手を葬る → 優勝すればルミナス様との……)


──ルミナス様とのキス……


  ──ルミナス様と口づけ……


    ──そして二人は末永く幸せに……


「っ……!!」


──ゴーン……ゴーン……ゴーン……


セシリアの脳内で、教会の鐘が盛大に鳴り響いた。


『ルミナス様。私が、ずっとお傍に──』


『うん……セシリアとなら、どこまでも……!』


二人は静かに手を取り合い、星空の下で──


──ボフッ!


  ──ドサッ!


「セシリア殿っ!?」


「今なんか爆発したわよっ!?」


あまりの幸福幻想に脳が耐え切れず、セシリアはついに倒れた。


レオナールが慌てて彼女を起こすと、セシリアはうわ言のように呟く。


「──……ます……」


「……?」


問いかけに答えるように、セシリアはゆっくりと顔を上げ、

瞳をきらきらと輝かせて高らかに宣言した。


「私も、出ますっ!!」


こうして──女神ルミナス本人の“非合意”のまま、

闘技大会は波乱の幕を開けることとなった。


「え? もしかして私、このままだと闘技大会に出られない……!?」



そして──場所は移り、大広間のバルコニーへ。


賑わう会場の喧騒とは打って変わって、静かな夜風が吹き抜ける。



──大広間・バルコニー


そこには、ヴェルクス王、バルゴ、ミレティア、そしてレシェナの姿があった。


「はっは……中はずいぶんと賑やかなようですな。アレクシアが言っていた闘技大会の話でしょうか」


ヴェルクス王は夜風に身を委ねながら、目を細めて会場を見下ろす。


隣でバルゴがニッと笑い、茶化すように声をかける。


「王女殿下の思いつきが、思いがけず大事になりそうじゃねぇですか、殿下」


「……はは。なんだかこうして肩を並べて話すのも久しぶりだな」


懐かしむように微笑むヴェルクス王の言葉に、ミレティアも静かに頷いた。


ミレティアはまだ若かりし日のヴェルクスとバルゴの姿を思い出していたのだ。


そんな中、黙って二人の様子を見守っていたレシェナに、ヴェルクス王がふと向き直る。


そして──深々と頭を下げた。


「え……!? 国王陛下……!? そんな、頭をお上げくださいっ……!」


「いいえ……下げさせてください。私が……レシェナ殿の母君──ルネリア殿を死に追いやったも同然。

頭を下げたところで、この罪が赦されるとは思ってはおりませぬが……せめて……」


ヴェルクスの声には、悔恨と痛みがにじんでいた。


レシェナは戸惑いながらも、胸の前でぎゅっと両手を握り、優しく微笑んで言葉を紡ぐ。


「……たしかに、母が亡くなったのは、汚名を着せられて、この国から追放されたことも理由のひとつかもしれません」


その一言に、ミレティアもバルゴも、下を向いて言葉を失う。


ヴェルクス王も、目を閉じ、何を言われようと受け入れる覚悟でじっと耳を傾けていた。


だが、レシェナの言葉は──優しさに満ちていた。


「……でも、今のあたしは、それを恨んだり、後悔したりなんてしてません」


レシェナは、胸元にかけたネックレスをそっと握る。


「だって母は、ザハールの地で──叶わなかった夢を、見つけたんです。そしてその技術を、娘のあたしが受け継いだ」


その言葉は、怒りや憎しみではなく、母を誇る強い想いだった。


「母はきっと、このエルディナ王国も、国王陛下も、バルゴさんも、ミレティアお祖母ちゃんも……

みんな、みんな大切だったんだと思います。だからこそ、ザハールで“リコルナイト”を見つけた。

最後まで諦めず、未来を、希望を、託してくれた。そんな母を、あたしは──心から、誇りに思っています」


レシェナはやさしく微笑み、もう一度語りかけた。


「だから、どうか頭を上げてください」


ヴェルクス王は、目にうっすらと涙を浮かべながら、静かに顔を上げた。


「……ありがとう。心から、感謝を」


バルゴも、ミレティアも、誰もが目に光るものを浮かべながらも、その表情はどこか穏やかだった。


しばしの沈黙のあと、ヴェルクス王がふと思い出したように話題を変える。


「そういえば……ミレティア殿のお店を引き継いだと聞きましたぞ」


「……はいっ! 今はまだ、お母さんの作業場の掃除からですが……ゆくゆくは、きちんと形にしたいなって」


その答えに、ヴェルクス王は朗らかに笑う。


「ほっほ……それは楽しみですな! では今度、アレクシアを連れて、ご挨拶に伺いましょう」


ちょうどそのとき──


「うぅぅっ……! レシェナ聞いてよぉ……!! フェリスが! フェリスがぁ!!」


聞き慣れた泣き声とともに、バルコニーに飛び込んできたのは──ルミナスだった。


「──!! ルミナス!? どうしたの? え? 何があったの?」


レシェナは慌ててヴェルクス王にぺこりと一礼すると、ルミナスのもとへ駆け寄る。


──たったった……


「もー、ほら。泣かないの! この国の女神様でしょ?」


「だって……優勝したら私がキスしないといけないんだよぉ……!」


「キ、キスっ!?!?」


困り果てた顔で泣きべそをかくルミナスをなだめながら、レシェナはそのまま彼女を連れて大広間へ戻っていった。


その後ろ姿を見送りながら、ミレティアがぽつりと呟く。


「ね? あの子に、そっくりでしょ?」


「……ええ。そうですね。困っている人を見捨てない、そして……未来のために、前を向く」


ヴェルクス王がしみじみと答えると、バルゴも腕を組み、にかっと笑う。


「もう、俺たちの時代じゃあねぇ。だから──」


「──だから、これからは。彼女らのように、未来のために戦う者たちの支えになってやらねばな……」


ヴェルクス王は、静かに、そして力強く頷いた。



──大広間・会場


大広間の賑わいの中、ルミナスの切実な声が響く。


「本当に私がキスしなきゃダメなの!? ていうか……もしかして私、出場権ないの!?」


ルミナスは潤んだ瞳でアレクシアをじっと見上げる。


「ルミナス様……っ! 本当に……本当に、ごめんなさいですわっ……!!」


訴えかけるルミナスの表情に、アレクシアは思わず目をそらしてしまった。


そんな中、ひとり謎のやる気に満ちた少女が声を上げる。


「私が絶対に優勝してみせますからっ! 安心してください、ルミナス様!!」


胸を張るセシリアの言葉に、ルミナスはますます困惑の色を深める。


一方で、フェリスはふぅ~っと大きく息をつき、何故か得意げにうなずいた。


「これで、なんとか無事に闘技大会は開けそうねっ!」


……しかし。


「あれ? でもセシリアが出場しなかったら……ルミナスがフェリスにキスすることになる可能性も?」


無邪気に疑問を口にしたのはレシェナだった。首を傾げ、顎に指を添えて真剣な表情。


──その一言が、フェリスの中で時限爆弾のように炸裂する。


「っ~~~~~~~~!!!!!」


顔を真っ赤に染め、手で頬を覆いながらフェリスは叫ぶ。


「ア、アレクシア様っ!! やっぱりキスの話は──無かったことにぃぃぃ!!」


「も、もう遅いですわよぉ~~っ!!!!」


大広間に響く悲鳴と笑い声。


そして──


「はっはっはっは!」


バルコニーからその様子を見守っていたヴェルクス王、バルゴ、ミレティアの三人は、頬を緩めて朗らかに笑っていた。


こうして、ちょっとしたハプニングもあったものの、祝賀会は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。

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