第一章 第6話:冒険無き今ギルドは不要?
――あらすじ――
王都近くの畑を浄化し、作物の芽吹きを見届けたルミナスだったが――
次に彼女が求めたのは、豪華な晩餐…ではなく「肉」だった。
だが、王宮にまともな肉が流通していないと知ったルミナスは、
自ら動くことを決意する。
ルミナスは、
朝と夕方に畑の様子を見ては《セイクリッド・シャワー》で水を与え、
まだ発芽していない種たちの成長を静かに見守っていた。
昼の時間には農民たちと共に収穫作業を手伝い、
浄化魔法で土地の瘴気を除くなど、地道な作業に励んでいた。
だが、彼女にはひとつ、どうしても満たされない欲があった。
「……肉。肉が食べたい。」
神妙な顔で呟くルミナス。周囲の豊かな野菜たちを見渡しながら、唸るように続けた。
「せっかく美味しい野菜が育ってるのに、肉がないなんて……もったいないでしょ!」
畑仕事の合間に、収穫された作物の一部は恵まれない子どもたちに届けられ、空腹が減っていく実感はあった。だが──。
「やっぱり動物性たんぱく質も大事よ……! 栄養のバランスがね!」
しかし、今や動物のほとんどは魔獣化しており、食べれるかどうかもわからない。家畜として飼うのはほぼ不可能。
「う~ん……どうしよう……あっ!」
ルミナスは屋敷の自室から勢いよく飛び出し、使用人に声をかけた。
「ねぇ、この辺に“冒険者ギルド”ってある?」
そう、ルミナスは魔獣を討伐して食べられるかどうかを確認するため、
異世界お決まりの冒険者ギルドで、魔獣の情報を集めようと考えていた。
「冒険者……ギルド……ですか? そういった名称の施設は、存じ上げませんが……」
「……えっ?」
ルミナスは固まった。
(う、嘘でしょ……!? ここって異世界よね!? 冒険者ギルドがないなんて…!!)
慌てて言い直す。
「ええと……じゃあ、魔物を討伐したり、村や街を護衛したりするような組織は?」
「ああ、それならございますよ。『王国民間討伐組合』という組織が──」
「それだあああ!!」
ぱっと表情を明るくして、ルミナスは屋敷を飛び出した。
「ルミナス様!?あそこは中心街ですよ!?せめて外出する際は──」
ルミナスは使用人の注意も聞かず既に見えなくなるくらい遠くに消えていった。
――王国民間討伐組合。
中心街に位置する王国民間討伐組合。
魔王消滅後、組合員達は平凡な日々を過ごしていた。
しかし組合員の一人が外の騒音に気づき始める。
「おい、なんか外……騒がしくねぇか……?」
「……確かに。」
「まさか、魔族が街に現れたんじゃ!?」
コツ、コツ……と、外から靴音が近づく。ざわつく民衆の声を背に、重厚な扉がガチャリと開かれた。
「たのもぉーっ!!」
その声が響いた瞬間、組合内の空気が一変する。
「……!?」「えっ!?」「はっ……!?」「ぶふぅっ!!げほっ、げほっ……!!」
室内はまるで時間が止まったかのように静まり返った。ジョッキを手から落とす者、飲みかけの酒を噴き出す者もいる。
それもそのはずだった。扉の向こうに立っていたのは、絹のような白銀の長髪、陶器のごとく滑らかな白肌、夜空の星を映したような瞳を持つ――まるで女神のような風貌の少女だったのだから。
「め、女神様……!?」「いや、ちげぇよ!! あの人は確か……」
「ル、ルミナス様だ……!!」「一人で魔王を討伐した……!?」「本物か!?」「あの姿で偽物なわけないだろっ!!」
騒然とした空気が一瞬にして熱狂へと変わる。
「うおおおおおおおっ!!」「ルミナス様!? なぜこんな場所に!?」
「お、俺……あの時、前線にいました! 覚えてますか!?」
「なんて……なんて神々しい……!!」
「結婚してください!!!!」
人々が一斉に押し寄せ、ルミナスは思わずたじろいだ。
「ちょ、ちょっと待って!? みんな落ち着いて!!」
そんな彼女の元に、人ごみをかき分けながら一人の女性が駆け寄ってきた。
「ど……どいてくださいっ……! はぁっ、はぁっ……」
乱れた髪と眼鏡を直し、ようやく少女の前に立ったその人物は深々と頭を下げる。
「ルミナス様、突然の混乱、大変申し訳ございません! わたくし、この組合で受付を担当しておりますリゼットと申します。本日は……どのようなご用件で?」
人混みをかき分けてやってきたのは、この組合の受付嬢だった。
淡い栗毛の髪をゆるくまとめ、丸眼鏡の奥で緊張気味の瞳が揺れている。
一見地味だが、話し方や所作には育ちの良さと几帳面さがにじみ出ていた。
「うん、ごめんねリゼットさん! こんなことになるとは思ってなくて……。あ、そうそう! 今日は“冒険者登録"をしに来たんだ!」
「冒険者……というと、当組合での登録ということでしょうか?」
「そう、それ!!」
リゼットは微笑みながら頷いた。
「それでは……こちらへどうぞ。ちょ……皆様、道をお開けくださいませ!」
――王国民間討伐組合・客間。
まだ外のざわめきは残るが、個室に移ってようやく落ち着きを取り戻す。
「そちらにお掛けください。では、組合登録を行います。お名前とご住所、それと……」
「それと?」
「えっと……魔紙に能力値を反映させるために、血を一滴、こちらに……」
リゼットは申し訳なさそうに俯いた。
「え? それだけ? いいよ!」
「よ、よろしいんですか!? 天罰とか、くだったりしませんか!?」
「ないない! 私、女神じゃないし!」
「そ、そうでしたか……って、女神じゃないんですかっ!?」
混乱しつつも、リゼットは針を取り出し、ルミナスの指先にそっと刺す。
ぷすっ……ポタッ。
魔紙に血が一滴落ちた瞬間、まるで焼けるように文字が浮かび上がった。
《転生者:ルミナス・デイヴァイン》
生命力:特大 魔力:無限
神術による対価:空腹、睡魔、???
●神術
・剣術《剣神の加護》:剣速、反応速度、筋力強化
・魔術《魔術神の加護》:魔力無限、詠唱破棄、全属性・創造魔法、神話級魔法
・天照の加護:病気・呪詛・老化無効
・豊穣の加護:農作物の成長促進・収穫増幅
・???(判別不能)
●受動術
・身体強化、瞬間再生、暗視、料理スキル 他
●特殊
《神の種》:神格進化の可能性
《英雄の血》:神器を引き抜く資格
(……そういえば、自分のステータスってちゃんと見たことなかったな)
「生命力・特大、魔力・無限……神術の対価が、空腹と睡魔……。あっ」
(そ、そういうことか……! 動くとすぐお腹が空くし、魔法を使うと眠くなる理由がわかった!)
ただ、一部の文字は意味不明だった。
「ルミナス様……これ…なんて書いてあるんでしょうか…?」
「リゼットさん、この文字……読めないの?」
「ええ。見たことのない表記です……」
(そういえば考えたことなかったけど、私って日本語で喋ってるはずなんだけどなんで通じてるんだ……?)
「ねえ、リゼットさん。私って今、何語で話してる?」
「えっ……? エルデ語、ですが……?」
(自動翻訳されてる……!?この受動術の“他”に組み込まれてるっぽいな…)
静けさが満ちたその瞬間、扉が開いた。
「おや、登録の最中でしたかな?」
ガチャ、と静かに扉が開き、金髪の若い男性が姿を現す。
軽く笑みを浮かべているが、その整った顔立ちと隙のない軍服風のコートは威厳を伴っていた。
「レ、レオナール組合長!」
(あ、あの人が組合長!?)
「初めまして。私はこの組合の長、レオナール・クローディアと申します。ルミナス様――この国を救ってくださった功績、心より感謝申し上げます」
その声には、組織の長としての責任と覚悟が滲んでいる。
「い、いえ! こちらこそ!」
「さて、何かお困りごとでしょうか?」
リゼットが魔紙を手渡すと、レオナールはしばらく目を通した後、首を傾げた。
「……読めませんな。これは神々の言葉、でしょうか?」
「え、えっと……そ、そう! 神様との秘密ってことで!」
ごまかすルミナスに、レオナールは苦笑しながら頷いた。
「まあ、信じるしかありませんな。特別に登録を許可しましょう。ルミナス様が組合員となることに、異論のある者などおりませんので」
(……よかった)
「それでは改めて伺いましょう。ルミナス様、この組合にご登録された目的とは?」
はっと顔を上げるルミナス。
「あ、そうだった……!」
「えっと……そうそう! 私、お肉が食べたくて!」
「……は?」
一瞬、場が静まった。
ルミナスは続ける。
「最近は畑の作物がたくさん収穫できるようになって、子どもたちにもちゃんと行き渡ってるし。でも……やっぱり野菜だけじゃ栄養偏っちゃうからさ? 肉! 動物性タンパク質も大事なの!」
「動物性タンパク質……なるほど、なるほど……」
レオナールは顎に手を添え、真面目な顔で頷いた。
「ですが、現在この大陸における家畜類の多くはすでに魔獣化しておりまして……飼育は困難です。加えて、野生の個体も凶暴化しており、捕獲や討伐には相応の戦力が必要ですな」
「うん、それもわかってる。でも私なら戦えるし、食べられるかどうかも確認してみたい。だからその……魔獣のお肉を扱ってるところってないかな?」
リゼットが思わず言葉を挟んだ。
「えっ!? ルミナス様が魔獣を……ご自身で!? 狩りに行かれるんですか!? あの……せめて護衛を──」
「だいじょーぶっ! 一人で十分だからっ!」
ニカッと笑うルミナスの笑顔に、リゼットは目をくらませたように顔を赤らめた。
「……わかりました。では、魔獣肉の入手、調理、食用可能性の検証までを目的とした活動として、討伐依頼の斡旋をさせていただきます」
レオナールは真面目な顔で頷いた。
「念のため、対象種の選定と情報提供は我々が行います。登録された以上、依頼の選択も自由ですが……食事目的の討伐は、実に新しいですね」
「でしょっ! 食べられれば国の食料事情も改善するかもしれないし!」
ルミナスは満足げに頷いた。
「では後ほど、討伐候補となる魔獣の資料をリゼットが用意いたします」
「ありがとっ!」
こうして――
女神のような転生者は、肉を求めて魔獣狩りに乗り出すのであった。