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第五章 第1話:蜘蛛の少女の決意と帰還

              ──あらすじ──


魔王幹部となった妹の真実を知り、少女は旅立ちを決意する。

別れ、涙、そして再会。

仲間たちと共に歩む、新たな希望の帰還譚──第五章、始動。

──ザハール自由連邦国・門前


レシェナは、目の前の少女──ルミナスの瞳を真っ直ぐに見つめていた。


彼女はすでに覚悟を決めていた。どんな真実であろうとも、受け止めると決めていた。


そんなレシェナに、ルミナスも真正面から向き合う。


言葉を濁さず、誤魔化さず、ありのままを語るために──。


「レシェナさん……もう、隠す必要もないから、率直に言います」


その静かな宣言に、レシェナは深く、そして静かに頷いた。


「……あなたの妹。シェレーヌ・モルヴァは──」


一拍置いて、ルミナスははっきりと告げた。


「──魔王幹部の一人です」


「──!!」


レシェナの瞳が、大きく揺れた。


隣にいたミレイユも、その言葉に思わず口を押さえ、何も言えずに立ち尽くすしかなかった。


レシェナの唇が小刻みに震え、喉の奥で言葉が詰まる。それでも、どうにか声を振り絞った。


「ぅ……嘘……だ、だって……あの子は、人よ……?」


ルミナスは一度目を伏せる。そして、深く息を吸い込み、もう一度レシェナを見つめ返した。


「……二年前。レシェナさん、シェレーヌが行方不明になったって言ってたよね?」


「え、ええ……」


ルミナスは視線をセシリアに向け、軽く頷いてから続ける。


「シェレーヌは……きっとその時に魔族に変えられたんだと思う。

瘴果の実──人を魔族に変える、禁忌の果実を食べさせられて……」


レシェナはうつむき、しばらく黙ったまま思考を巡らせた。


信じたくない。それでも、ルミナスが嘘をつくとは思えない。

心の中で葛藤が渦巻きながら、彼女は一つずつ頭の中で事実を整理していく。


そしてもう一度、ルミナスを見つめた。


「……元に戻す方法はないの……?」


その問いは、シェレーヌが“魔族になってしまった”という現実を受け入れた言葉だった。


「ぅぅ……」


横で聞いていたミレイユは、その一言に耐え切れず、その場に崩れ落ちる。


しゃくり上げながら、子どものように泣き始めた。


ルミナスは視線を落とし、小さく言った。


「……わからない」


その一言で、レシェナの目の前が暗くなる。


――“わからない”


その言葉の裏にある重み。ルミナスの表情から、すべてを察した。


これは、知識不足による“わからない”ではない。


実際に会い、戦った上での“わからない”だということを、レシェナは理解した。


希望が、遠ざかっていく。

妹の姿が、どんどん遠くへと離れていく。

そんな感覚が、レシェナの胸を締めつけた。


しかし──


「──でも」


その二文字が、レシェナにとって何よりの希望に思えた。


“でも”という言葉は、知っていて、経験している者にしか言えない重みを持つ。


目の前が暗くなっていた彼女の心に、ほんの微かな光が差し込む。


ルミナスは、続けて言葉を紡いだ。


「魔王幹部たちは……他の魔族と違って、理性や自我があるんだ。

それはきっと、魔族になる前の“人だった頃”の記憶……。

シェレーヌの中には、まだ人だった部分が強く残ってるんだと思う」


レシェナの手が、小刻みに震えながら胸元を押さえる。


それを見ながら、ルミナスはやさしく続けた。


「私が、“コレクションにされそうになった”って話したとき……レシェナさん、“あの子らしい”って言ったよね? だったら──」


「──可能性は、ある……?」


レシェナの声が、震えていた。


先ほどまで濁っていた瞳に、再び光が宿る。


彼女はゆっくりと顔を上げ、まっすぐルミナスを見つめる。


ルミナスもまた、力強くコクンと頷いた。


その一瞬で、迷いは吹き飛んだ。


レシェナは一歩、また一歩と前へ踏み出す。


「……ミレイユ」


 彼女が名前を呼ぶと、ミレイユは涙に濡れた目でレシェナを見上げた。


「あたし……行くね!」


「え……?」


「絶対に、シェレーヌを連れて──ザハールに帰ってくるから!!」


ルミナスは、迷いの消えたレシェナの瞳を見て、やわらかく微笑む。


──スッ……


彼女はそっと手を差し出した。


──パシッ……!


レシェナは、その手を力強く握り返す。


「これから、よろしくね……! レシェナさん──いや、レシェナ!」


「ええ、よろしく……! あたしの希望の光……ルミナス!!」


──わあぁぁぁぁぁっ!!!


突如、ザハールの街中から大きな歓声が響いた。


「しっかりやんなよ!! 人形やの嬢ちゃん!!」


「元気でなっ!! ちゃんと飯、食えよぉぉぉ!!」


「また、妹と一緒にうちの店、来てくれよ!!」


「おねえちゃーん!! また! お人形のドレス作ってねぇぇ!!」


──驚いた。


普段はあまり外に出ることもなかったレシェナ。

彼女はずっと、ミレイユ以外との繋がりなど、ないものだと思い込んでいた。


けれど。


彼女はこんなにも多くの人に、見守られていた。


温かな声が次々と飛んでくるたび、我慢していた涙が、一気に溢れ出す。


「み……みんな!!! 絶対にっ……!! 絶対に帰ってくるから!!!」


ルミナスたちは、レシェナを乗せて魔馬車を走らせる。


後ろに遠ざかっていくザハールの街を、レシェナは名残惜しそうに見つめながら、両手を大きく振って別れを告げた。


「レシェナ……!!」


──ダダッ!!


ただ一人、ミレイユが砂の上を走って追いかけてきた。


風になびく髪を手で押さえ、そのまま後頭部に手を回して──何かを掴む。


そして、全力でレシェナの方へと投げた。


「辛くなったら、思い出して……!!」


──ひゅっ……!


  ──コトンッ……


魔馬車の床に、軽やかな音を立てて転がったそれを、レシェナは思わず手に取る。


「これは……!!」


それは、ミレイユが大切にしていた──ダイアモンドリリーを模した、繊細な髪飾りだった。


レシェナは両手でそれを握りしめ、馬車の窓から身を乗り出すようにして掲げた。


「ミレイユ!! ありがとう……!! 絶対返しに戻ってくるから!!」


「うん……! うん!! 絶対……! 絶対!! 約束だからねっ!!」


魔馬車は、ゆっくりと、しかし確実にザハールの地を離れていく。


レシェナは、ミレイユの姿が見えなくなるまで、何度も何度も手を振り続けた。


ようやくその姿が見えなくなった頃、彼女は静かに腰を下ろし、ふと振り返る。


するとそこには、うるうると目を潤ませたフェリスの姿があった。


「うぅ~……ちょっとぉ……めっちゃ、いい人たちじゃないぃぃ……」


感極まり鼻をすするフェリスに、ルミナスがそっとハンカチを差し出す。


「うん、うん。ほら、鼻かみな?」


「……うん。ありがと……」


レシェナは、そんなふたりのやりとりを見て、ふっと微笑んだ。


優しい空気が、魔馬車の中に流れる。


そして──


ルミナスは新たな仲間・レシェナを連れ、再びエルディナ王国への帰還の旅路へと走り出すのだった




──エルディナ王国・南門 砦


昼下がりのエルディナ王国。今日も平穏な時間が流れていた。


南門の砦では、警備兵たちがぼんやりと遠くの地平線を眺めている。


「今日も魔族や魔獣の進行はなし……っと」


──ドドドドドッ……


「……ん?」


静かな風景に混じって、地面が震えるような音が響く。


視線の先、遠くの地平線に土煙が上がっていた。


「あれは……?」


──カチャッ……


警備兵はすぐに単眼鏡を取り出し、土煙の中心を覗き込む。


その直後、表情が一変した。


「──!!」


──カンッ!! カンッ!! カンッ!! カンッ!! カンッ!!


「魔獣っ!!! 魔獣接近!!! 南門の砦に魔獣が迫ってる!! 直ちに組合と騎士団を招集せよ!!」


鐘が打ち鳴らされ、砦中に警報が響き渡る。


他の警備兵たちも距離を測るため、次々と望遠鏡を構える。


その中の一人が、土煙の下、魔獣の影の奥にあるものを見つけた。


「おいっ!! 魔獣の下!! なにか……馬車みたいなのが走ってるぞ!!」


「なに!?」


──カチャッ……


別の兵が焦ってレンズを合わせると──


「金髪の……メイド……? あと、犬の魔獣が三匹!? すごい速さでこっちに向かってきてる……!」


 


──魔馬車・車内


「ルミナス様!! 前方四カーメル先に、エルディナ王国南門の砦が見えます!!」


「だってさ!! フェリス!!」


「“だってさ”じゃないわよっ!! あんた、なんで寝てる魔獣の横で大声出してんのよっ!?」


「だって見てよ!! あれ!! めっちゃ巨大なアルマジロだよ!? 可愛くない!?」


「……可愛い!? あんた今、その“可愛い”やつに襲われてんのよっ!!」


魔馬車のすぐ後方では、背中に棘を持つ巨大なアルマジロのような魔獣が、ゴロゴロと転がりながら追ってきていた。


──ゴゴゴゴゴッ……!!


「ちょ、ちょっと!! 二人とも!! 今言い争ってる場合じゃないでしょ!!?」


レシェナが焦りながら二人の間に割って入る。


「そうよ!! レシェナの言う通りよ!! そもそも起こしたのルミナスなんだから、責任取って倒しなさいよ!!」


「えぇ……だって、可愛いのになぁ……」


ぼやきながらも、ルミナスは淡々と呟いた。


「──神芽顕現」


──フアァァァ……!!


その瞬間、車内に神気が満ち、空気が一変する。


──バサアァァァッ!!


純白の光が膨れ上がり、背中に大きな翼を広げたルミナスが、音もなく魔馬車の天井を突き破るようにして宙へと飛び出していった。


──エルディナ王国・南門 砦


その頃、砦の内部は騒然としていた。


「おいっ!! 見ろ!! 魔馬車から……天使が飛び出したぞ!!?」


「は!? なに言って──……な、なんだと……!?」


空に舞い上がった少女は、純白の翼を広げ、眩い光を纏っていた。


その姿はまさに──天使。


見上げる者すべての目を奪い、声を失わせる。


混乱する砦の中、ひときわ凛とした女性の声が響く。


「──何をしていらっしゃるの!? 騒いでいないで、状況を説明なさい!!」


その声に、警備兵たちはハッと我に返り、素早く整列し敬礼する。


「はっ!! 現在、約四カーメル先で大型魔獣“スパイクジロ”が一台の魔馬車を襲撃中です!!

そしてその魔馬車から、天使の羽を持つ何者かが出現し、交戦を開始しております!!」


「天使……それは本当ですの?」


「はいっ!! 皆、この目で確認しております!! アレクシア王女殿下!!」


そう──砦に響く鐘を聞いて真っ先に駆けつけたのは、エルディナ王国の王女・アレクシアだった。


報告を受けたアレクシアは、くるりと赤髪を指に巻き取りながら、ふわりと微笑む。


「それなら、きっと大丈夫ですわ」


そう言って、まっすぐ空の彼方を見つめる。


「え……? で、ですが……」


困惑する警備兵だったが、アレクシアの穏やかな笑みに触れ、すぐに察した。


「……おかえりなさい──」


──魔馬車・約2キロメートル付近


「──ルミナス様!! 残り二カーメルです!!」


セシリアが砦との距離を伝えると、空を飛ぶルミナスが答える。


「了解っ!! 《セレスティアル・ブレ(天上の刃)イド》!!」


──キィィィィィンッ……!!


神芽顕現によって、ルミナスの全身が純白の神気に包まれていく。


その光が、彼女の手にした魔聖剣グレイスに注がれ、剣は神性の輝きを放ちはじめた。


──ザンッ!!


ルミナスは真っ直ぐスパイクジロに向かって飛び込み、回転する背中のトゲを、一刀のもとに斬り裂いていく。


──ガガガガガガガガッ!!!!!


回転によって勢いを増す棘ごと、すべて斬り払う。


バランスを失ったスパイクジロは、グラリと揺れ、そのまま横転する。


「悪く思わないでね……! ちゃんと、美味しくいただくから……!!」


剣が神気で白く光り、ルミナスは勢いそのままに、ひっくり返っている魔獣の首元を狙って真っ直ぐ振り下ろした。


──ストンッ……


刃が通過した箇所に、白い光が一筋、きらめいて走る。


──ズズズズ……


  ──ドドンッ……!!


音もなく倒れ伏すスパイクジロ。


その巨体は、苦しむこともなく、静かに完全な沈黙を迎えた。


「「うおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」


砦の方向から、割れんばかりの歓声が沸き起こる。


その声に応えるように、ルミナスは空を舞いながら、手を振った。


「おぉーーーい!!」


砦の上──その中に、見慣れた赤髪の少女の姿を見つける。


「……アレクシアっ!」


ルミナスは急降下し、そのまま砦の縁に着地する。


「おかえりなさいっ……!! ルミナス様っ!!」


「ただいまっ!! アレクシア!!」


アレクシアが手を差し伸べると、ルミナスも微笑みながらその手を取り、縁の上から軽やかに降り立った。

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