第四章 番外編:砂漠の国より水着の美女から。
──あらすじ──
地図の端に広がる“海”の存在に気づいたルミナスは、
突如として「海鮮食べたい欲」に目覚め、海へ向かうことを決意!
だがその前に──必要なのは「水着」だった!
女神、メイド、騎士、それぞれの個性を映したオーダーメイドの水着が、
熟練仕立て屋の手によって次々と誕生していく。
ときめきと照れと、少しの鼻血と──
砂漠の国に、波の気配が近づいてくる──!
──ザハール自由連邦国・宿屋
地図を広げて見つめるルミナスの目が、ある一点でぴたりと止まる。
「セシリア……この青い部分って……」
ルミナスの問いに、すぐ隣に立つセシリアが頷いて説明する。
「はい。そちらは海です。ザハールは砂漠の国ですが、さらに南に進むと海岸線があるそうです」
「う、海っ!?!?」
ルミナスの瞳がきらりと輝き、そして──
「お刺身……海鮮……!!」
思考は瞬時においしい方向へ暴走した。きらきらと光る刺身の盛り合わせ、豪勢な蟹や伊勢海老、貝やイクラなどが脳裏を駆け抜ける。
「セシリア!! これから海に行きます!!」
勢いよく宣言するルミナスに、セシリアは一瞬目を見開くも、すぐに神妙な顔でうなずく。
「──かしこまりました! では魔馬車の準備を?」
しかしルミナスはその提案を手のひらで制した。
「ちょっと待ってね! その前に行く場所があるの! フェリスも呼んで、一緒にレシェナさんのところへ!」
セシリアは軽く会釈すると、急ぎフェリスのもとへ向かった。
──月糸の家・付近
「ねぇ……今日はゆっくりするんじゃなかったの?」
半分眠そうな目で、フェリスがぼやきながらルミナスたちの後をついて行く。
「それどころじゃないよ! 海だよ海っ! 行かなきゃ損だって!」
しかし足取りは海とは逆方向。向かっているのは、仕立て屋・レシェナの店「月糸の家」だった。
「……でもあんた、今向かってるのって海じゃなくて、レシェナの店じゃない」
フェリスが訝しげに言うと、ルミナスは謎めいた笑みを浮かべた。
「ふっふっふっ……ちょっとね!」
その様子にフェリスは嫌な予感を覚え、渋い顔になる。
──ガチャッ!
扉が勢いよく開かれ、元気な声が飛び込んでくる。
「おはよう!! レシェナさん!!」
「──!! はわっ!? だ、誰っ……あ、ルミナスさん!?」
お茶を飲んでいたレシェナは驚いてカップを取り落としそうになりながらも、ずれた黒縁メガネを直して慌てて返す。
「お、おはようございます……!」
後ろにいたセシリアとフェリスも軽く一礼して挨拶を交わす。
ルミナスはそのまま店内の作業台にまっすぐ向かうと、白紙の紙とペンを取り、何かを描き始めた。
「それで……今日はどういったご用件で?」
レシェナが問いかけると、ルミナスは満面の笑みで描き終えた紙を掲げた。
「えーとねぇ~、お願いがあって……これ!」
その紙を覗き込んだセシリアが話しかける。
「ルミナス様……これは……?」
「──!! それ、もしかして海水服!?」
レシェナが驚きの声を上げるが、すぐにフェリスが眉をひそめた。
「いや、これただの下着じゃない!!」
「ちっちっちっ」
ルミナスは人差し指を振って否定する。
「フェリス、これは下着じゃなくて“水着”だよ」
「水着……!? まさかあんた、それ着て海に行く気なの!?」
フェリスが眉を吊り上げる中、レシェナは思い出したかのようにつぶやいた。
「……いえ、ルミナスさんの言うとおりかも。確か……あそこに……」
──たったった……
そう言うとレシェナは部屋の奥へと足早に向かい、しばらくして年季の入った分厚い書物を抱えて戻ってきた。
「これを見て?」
ページをめくったレシェナは、開いた部分を3人に見せる。そこには手描きのような挿絵と共に、不思議な文言が記されていた。
「ほら、ここのページに……」
彼女の指差す箇所を、セシリアがゆっくりと読み上げる。
「……“塩の水。侮るなかれ、服着て入れば身体は重く、波に飲まれ溺れ死ぬ。幸ほしければ、水の衣纏いて──”」
読み終えたセシリアが視線を上げたと同時に、レシェナが次のページを開く。
そこには、まさしくルミナスが先ほど描いたものと酷似した衣服のスケッチが描かれていた。
「こ……これは……!」
装飾は簡素ながら、形状や構造は明らかに“水着”を意図したものだった。
その瞬間、フェリスが目を見開いた。
「うそ……! ほんとにこれ着て行くの!?」
「ほら~! 先人たちもこれ着て海に行ってたんだよ!」
どや顔のルミナスに、フェリスは思わずため息をつく。どこか納得しかねる表情を浮かべている。
そんな中、レシェナが静かに問いかけた。
「ということは……ルミナスさん達は、これから海へ?」
「そう! だからレシェナさんに水着を作ってもらいたいな~って思って!」
ルミナスは両手を胸の前で組み、上目遣いでお願いポーズ。そこにあるのは海でのリゾート気分ではなく──
(お刺身、伊勢海老、蟹……!)
──食欲、である。
「まぁ……これくらいのデザインなら、すぐ作れると思うけど……」
レシェナはそう言いながら、ちらりとセシリアとフェリスに視線を向ける。
「わ、私はいらないわよ!? そんな恥ずかしい格好、できるわけ──」
言いかけたフェリスの声を遮るように、セシリアがぴたりと言い放つ。
「ルミナス様が着られるのであれば、私ももちろん着ます。ですので、フェリスの分もお願いします」
「ちょっと!? セシリアっ!」
フェリスの抗議は空しく、流れはすっかり決まっていた。
こうして、ルミナスたちはレシェナに特注の水着を依頼することとなった。
──まず最初に、レシェナはセシリアの水着から取り掛かることにした。
「レシェナ様、できれば……」
セシリアがそっと耳元で何かを囁く。内容は他の誰にも聞こえないように。
それを聞いたレシェナはふっと笑みを浮かべ、こくんと頷く。
「あなたらしいわね。わかったわ!」
すぐさま作業台の上にメジャーと布地を広げ、セシリアの身体を丁寧に採寸していく。
黒を基調とした、肌なじみの良い上質な生地。
その中にたっぷりと白いフリルやリボンを織り交ぜ、優美なデザインを形作っていく。
手元で布が流れるように動き、細やかなステッチが次々と縫い上げられていく様は、まさに職人技。
「よしっ……できたわ! どうする? 試着、していく?」
レシェナが水着を掲げると、セシリアは軽く頷いてそれを受け取る。
「そこの試着室を使って。簡易的だけど、ちゃんとカーテンもあるから安心してね」
レシェナの案内に従い、セシリアは水着を手に試着室へと向かっていった。
──数分後。
シャッ……。
試着室のカーテンが、ゆっくりと開いた。
「……どうでしょうか?」
控えめな声とともに現れたのは、黒と白のコントラストが美しい──セシリアの水着姿だった。
その瞬間、ルミナスとフェリスは思わず立ち上がる。
「──っ!」
セシリアの水着は、黒を基調としたクラシカルなメイド風ビキニスタイル。
たっぷりとあしらわれた白のフリルが、清楚さと上品さを際立たせていた。
トップスはホルターネック仕様のシンプルなビキニ型。
しかし胸元には存在感のあるフリルと大きな白いリボンがあしらわれており、愛らしさと気品が絶妙に調和している。
左右の腕にはアームカバーのように、黒の帯と白フリルが巻かれており、
まるで本物のメイド服のような印象を与える。
スカート部分はふんわりと広がるミニスカート風のデザイン。
二重仕立ての裾フリルが軽やかに舞い、
小さな白いエプロンが前面に添えられている。
中央には丸みを帯びた可愛らしいリボンが飾られており、
少女らしい柔らかさを演出していた。
そして頭には、フリル付きのメイドカチューシャ──。
水辺に立つメイド、という非現実的な構図でありながら、どこか神聖さを感じさせる佇まい。
まさにセシリアの忠誠と品格を映し出した、唯一無二の一着だった。
「うおぉぉっ~!! セシリアすっごく似合ってる!! メイド風の水着!? レシェナさん……あなた天才かっ!」
ルミナスが歓声を上げる。
その横で、フェリスも思わず見惚れていた。少しだけ頬を赤らめながら、視線を逸らしきれずにいる。
「……どう? フェリス。着てみたくなった?」
ルミナスがにこにこ顔で尋ねると、フェリスはそっぽを向いたまま、もごもごと答えた。
「ま、まぁ……べ、別に着てあげないこともないけど……」
完全にその気である。
「それじゃあ次はフェリスさん、あなたの番ね」
レシェナがふふっと微笑むと、フェリスは驚いた顔で自分を指差す。
「えっ、私!?」
「ほら、腕上げて? 採寸するから」
フェリスは観念したように腕を上げ、レシェナにサイズを測ってもらう。どこか居心地悪そうに身体を動かしながらも、じっとしている。
「う……そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」
採寸を終えたレシェナは、じっとフェリスの全体像を見つめたあと、すぐにデザイン案を描き出す。
サラサラと手を動かし、完成したスケッチをフェリスの前に差し出した。
「こんな感じでどう?」
「……!! ちょっと、これ……露出しすぎじゃない……!?」
思わずのけぞるフェリス。
しかしレシェナはくすっと笑いながら答える。
「フェリスさん、プロポーションいいんだから、これくらい出てても全然大丈夫よ?」
「そ……そう……?」
まんざらでもなさそうなフェリスだったが、まだどこか照れている様子。
レシェナはうなずきながら、生地を取り出し、さっそくフェリスのための水着作りに取りかかった──。
──数分後
──フェリスの水着が完成し、レシェナはそれを丁寧に両手で差し出す。
「はい、フェリスさん。きっと似合うと思うわ!」
「……! ありがとう……」
フェリスは少しだけ微笑み、そっと水着を受け取ると、そのまま立ち去ろうとした。
「あれ? フェリスは試着しないの?」
素早くそれに気づいたのはルミナスだった。
「ぐっ……! み、皆の前でなんて……恥ずかしいわよっ!!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くフェリス。だが、その肩を優しく押す者がいた。
「ほら、フェリス。手伝ってあげますから──」
「ちょっ!? セシリアっ!?」
──シャッ!!
フェリスの叫びも虚しく、セシリアは彼女の背中を押して試着室へと連れ込んでしまう。
「待って! 自分で脱げるから! あああああっ!!」
試着室から響く悲鳴とごそごそという音──
そして、数分後。
──シャッ……!
「うぅ……っ、屈辱だわ……!」
カーテンが再び開かれ、フェリスが姿を現す。
その姿に、ルミナスの目が思わず見開かれた。
深い海を思わせる濃紺のビキニ。
大胆でありながら気品を感じさせるそのデザインは、
フェリスの持つ大人びた色香と、剣士としてのしなやかな強さを、
余すことなく引き立てていた。
トップスは二重のフレアが重なったホルターネック仕様。
ふわりと波打つ布地が豊かなバストを柔らかく包みこみ、
その下に仕込まれたワイヤーが自然に美しい谷間を演出する。
控えめなフリルが華を添え、
魅せつつも下品さを感じさせない、絶妙なバランス。
ボトムはショートパンツ風のカットで、
両腰に結ばれた細いリボンがアクセント。
ややローライズのラインがフェリスの引き締まった腰回りを際立たせ、
健康的な色気を漂わせる。
布地はしっかりとした厚みのある素材で、
探索や戦闘にも耐えうる、機能美も兼ね備えていた。
派手ではない。それなのに視線を集めずにはいられない。
強く、美しく、そして少し照れ屋なフェリスに、これ以上ないほど相応しい一着だった。
「でっ……!!」
思わずルミナスが声を上げる。
フェリスは思わず両腕で胸元を隠そうとするが、それすら追いつかないほど、彼女の存在感は際立っていた。
「な、なによ!! あんまりジロジロ見てんじゃないわよっ……!」
顔を真っ赤にして怒るフェリスに、ルミナスは頷きながらつぶやいた。
「……いつも軽鎧で隠れてたけどまさかあんな……」
気まずそうにしつつも、フェリスは少しだけ満更でもないように肩をすくめる。
──そして最後に、レシェナが振り返る。
「さて、最後……。ルミナスさんの番ね」
その表情には、どこか神聖な決意が宿っていた。
「もちろん、スピナの糸を使って仕立てさせてもらうわ」
「えっ……!? ほんとに!? やった~!!」
ルミナスが歓喜の声を上げると、レシェナは肩に呼びかけるように声をかけた。
「スピナ!」
『きゅいいっ!!』
元気な返事とともに、小さなスピナがひとっ跳びでレシェナの肩に飛び乗る。
その瞬間、レシェナの目が研ぎ澄まされたように細く光る。
「イメージはもう、完全に浮かんでるの……!」
彼女はスピナの糸を手繰りながら、一気に仕立てを開始する。
「ルミナスさんにしか似合わない、最高傑作にしてみせるわ……!」
その手は止まらない。糸が空中で舞い、布が形を成し、リボンが舞い踊る。
神々しい輝きを帯びた糸が、ルミナスの水着として具現化していく──
──数分後。
深く息を吐き、椅子に身を預けるレシェナ。額の汗を拭いながら、彼女はようやく完成した水着を手に取った。
「ふう……できたわ。さあ、ルミナスさん。着てみて?」
「うんっ! ありがとう、レシェナさん!」
笑顔で水着を受け取ったルミナスは、さっそく試着室へと入っていく。
──シャッ…!
カーテンの閉まる音とともに、室内が一瞬静まりかえる。
──そして数分後。
──シャッ…!
再びカーテンが開き、ルミナスが一歩、踏み出した。
「お待たせっ……どうかな?」
その瞬間──空気がふっと止まった。
セシリアも、フェリスも、ただ黙って見惚れていた。
ルミナスが纏っていたのは、まるで“涼風が形になったような”純白のビキニ。
胸元にはふんわりと重ねられた白いフリルと、
優しく波打つ薄紫のラインがあしらわれており、
その中央には大きな白リボンが添えられていた。
まるで雲間から差し込む光のように、柔らかく、
清らかな輝きを放つデザインだ。
ボトムは腰のラインを引き立てるフィット感を備えつつ、
全周に巡らされた白のフリルが軽やかさを演出。
サイドには透き通るパレオがふわりと揺れ、
水面のような幻想的な空気をまとっている。
正面には貝殻型のチャームが添えられ、
歩くたびにカランと揺れて海の音を想起させた。
髪は銀白の長髪を二つ結びにまとめ、白地に薄紫の縁取りが施されたシュシュが優雅なアクセントになっている。
実用性と美しさを両立させたこの水着は、「海に降り立つ白き女神」という言葉を、そのまま具現化したような逸品だった。
「くぅぅぅ〜……最っ高……!!」
レシェナは両手を握りしめて震えながら言う。
「ルミナスさんの魅力を余すことなく活かしたこの水着……! 我ながら自分の腕が怖いわ……!」
ルミナスはスタンドミラーの前でくるくると回り、自分の姿を楽しげに眺める。
「わぁ……!! すごいっ!! こんな水着、初めて着たかも……!」
そしてくるりと振り返り、セシリアとフェリスににこっと微笑んで言った。
「見て見てっ♪ すっごく可愛いよっ!!」
──バタンッ……!
「ちょっ!? セシリア!?」
突然の音に振り返ると、セシリアが床に倒れていた。
フェリスはその隣に駆け寄り、鼻血を流す彼女を抱き起こす。
「セ、セシリア!? 大丈夫!?」
「フェリス……私はもう……ダメかもしれません……あまりにも……刺激が強すぎました……」
セシリアはルミナスの姿を見た瞬間、意識を手放していたらしい。
「とんでもない破壊力ね……水着……恐るべしだわ……」
フェリスが呟くと、ルミナスは照れ笑いを浮かべながら頬を掻いた。
こうして、3人の水着がすべて完成し──いざ、海へと向かう準備が整ったのだった。
──おまけ──
水着に着替えを終えたルミナスが満面の笑みで鏡の前に立つ。
その隣にフェリスがそっと近づき、自分の胸元をちらりと見てから、
ルミナスの胸元へと視線を移す。
「っしゃ……!!」
小さくガッツポーズを決めたフェリスは、満足げにそのまま試着室へと入っていった。
「ん??」
ルミナスは首をかしげながら、彼女の背中を見送るのだった。