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第四章 第21話:二人を結ぶ糸は今も何処かで繋がってますか?

              ──あらすじ──


ザハールでの朝を迎えたルミナス一行は、

新たな目的地「月糸の家」へと足を運ぶ。

店主・レシェナとの出会いは、思わぬ過去と繋がりを呼び起こし──

かつて失われた「大切な誰か」の面影が、静かに物語を揺らし始める。

──ザハール自由連邦国・宿屋


朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中をやわらかく照らしていた。

ふわりとした温もりに包まれながら、ルミナスはゆっくりとまぶたを開ける。


「ふぁぁぁ~……」


久しぶりに柔らかなベッドで眠ったせいか、身体が軽い。

伸びをひとつしてから、ルミナスは上半身を起こした。

その小さかった身体は、すっかり元通りの姿に戻っている。


──コンッコンッ


ぼんやりとした頭でまどろんでいると、扉をノックする音が響いた。


──ガチャ……


「ルミナスちゃーん、朝食の準備が──」


そう言いながらドアを開けたのは、宿屋の店主ミレイユだった。

だが、彼女はルミナスの姿を見た瞬間、息を呑む。


「え……女神様……!?」


朝日を背に、白く輝く長い髪がふわりと揺れる。

透き通るような肌に、どこか神秘的な雰囲気をまとった姿──それは、紛れもなく本来のルミナスだった。


「あっ、ミレイユさん。おはよう~」


ルミナスはベッドから降りて、トコトコとミレイユに近づく。


「うーん、やっぱりこっちの姿だと慣れないわねぇ……」


目の前に立つルミナスは、以前よりもわずかに背が高く、今ではミレイユよりも少し上に目線がある。


「まぁ、最初に会ったときは……ミレイユさんのお腹くらいの背丈だったもんね~」


笑いながらそう言うルミナスと共に、ミレイユも微笑む。

二人は並んで階段を降り、1階の食堂へ向かった。


「おはよう、みんな!!」


「おはようございます、ルミナス様」


「ふん。やっと起きたのね」


先に食堂へ来ていたセシリアとフェリスが、それぞれの挨拶で迎える。


すると、厨房の奥から賑やかな声が響いてきた。


「おっ! 女神様じゃねぇですか!! おはようごぜぇやす!!」


「いやぁ~!! いつ見てもお綺麗でございますねぇ!!」


ナリ兄弟が、キラキラとした笑顔を浮かべて挨拶してくる。


席に着いたルミナスは、さっそく朝食を頬張りながら、今後の予定について話し始めた。


「それでルミナス様。これからのザハールでの動きなのですが……まずは、その服をなんとかしないといけませんね」


セシリアがちらりと視線を向ける。


「あんた、一応着れてはいるけど、それ……ハキームの娘の服だからね」


「むぐっ……確かに……」


ご飯をモグモグと咀嚼しながら、ルミナスも納得する。


それを聞いていたミレイユが、ぽんっと手を打って何かを思い出したように声を上げた。


「あっ、もしかしたら……あそこなら、なんとかなるかも」


そう言いながら、ミレイユは宿の棚から一枚の地図を取り出し、テーブルの上に広げた。


「ここが私の宿屋で……この通りを真っ直ぐ行って、突き当たりを──」


丁寧に道順を説明したあと、彼女はペンを走らせて、さらさらと一通の手紙を書き上げる。


「そのお店の店主は、私の友達なの。ちょっと人見知りだけど、すごく腕のいい子でねぇ~」


ミレイユはそう言って、手紙と一緒に、朝食の残りを詰めた小さなお弁当箱をルミナスに手渡す。


「これを持って行けば、きっと私の知り合いだってわかってもらえると思うから、大丈夫よ」


ルミナスは手紙と弁当箱を受け取り、にこりと微笑む。


「ありがとう、ミレイユさん! それで、そのお店と店主さんの名前は?」


「えっとね、“月糸の家(つきいとのいえ)”っていう名前で──店主の名前は、“レシェナ・モルヴァ”っていう子なんだけど……」


──ガタッ……!


椅子が大きく揺れ、ルミナスは弾かれるように立ち上がった。

その手から滑り落ちたフォークが、カラン……とテーブルの下に転がる。


彼女の瞳が、大きく見開かれていた。


「レシェナ……モルヴァ……!?」


「ルミナス様、どうなさいました!?」


「急に何よ、その反応は!?」


セシリアとフェリスが驚いて身を乗り出す。


ルミナスは、ミレイユが「友達」と言っていたことを思い出し、慌てて取り繕うように腰を下ろす。


「あはは……足、つっただけだよ〜……」


苦笑いでごまかすルミナスに、ミレイユは首を傾げて小さく問いかけた。


「そ、そう……?」


「うん! すぐ治ったから大丈夫! それより──ごちそうさまでしたっ!」


勢いよく手を合わせて、ルミナスは朝食を締めくくった。


その後、一同は朝の支度を終え、部屋へ戻る。そして準備を整えている最中、セシリアが静かに口を開いた。


「……ルミナス様、何かお気づきになったのでは?」


「えっ、なに? 足がつったって話じゃなかったの?」


ルミナスは小さく首を振り、本当の理由を打ち明けた。


「ザリオスのそばにいた“シェレーヌ”って子、覚えてるでしょ?」


「ええ、もちろん」


セシリアが頷き、フェリスは少しだけ首を傾げる。


「彼女のフルネーム、“シェレーヌ・モルヴァ”なんだよね……」


その言葉を聞いた瞬間、セシリアとフェリスの目が大きく見開かれた。


「えっ!? じゃあ……まさか、その“レシェナ”って人……魔王の幹部の一人!?」


フェリスが思わず声を上げる。するとルミナスは、人差し指を口の前に立てて制止した。


「しーっ! まだ決まったわけじゃないよ。あくまで可能性の話だから」


セシリアは少し考え込むように視線を伏せる。そして、ふと思い出したかのように呟いた。


「……そういえば、あのとき──」


──セシリア、お前を魔人……いや、“魔王の幹部級”に仕立ててやる!


バルネスの言葉が頭をよぎる。


「おそらくですが……シェレーヌは、元は“人間”だったのではないでしょうか」


「……マジで……?」


フェリスの顔がこわばる。


ルミナスは靴紐を結びながら、静かに立ち上がった。


「……まぁ、行ってみなきゃわからないよね。とにかく、万が一に備えて気を引き締めて行こう」


セシリアとフェリスは無言で頷き、ミレイユから預かったお弁当と手紙をしっかりと携え、三人は“月糸の家”へと向かった。



──ザハール自由連邦国・月糸の家 前


迷路のように入り組んだ裏路地を抜け、ミレイユの地図を頼りに歩くことしばし──

赤い屋根の上に、月の形をした小さな看板が掲げられた古びた一軒家が姿を現した。


「ここ……だね」


ルミナスがポツリと呟く。


屋根の隙間にはびっしりと蜘蛛の巣が張り巡らされており、家全体からどこか不気味な雰囲気が漂っていた。


「ル、ルミナス……まさか、ここ……?」


虫が大の苦手なフェリスは、反射的にセシリアの背後へと隠れた。


「うん、間違いない。ここが“月糸の家”だよ」


ルミナスは意を決して、扉をノックする。


──コンッ、コンッ


しばらく耳を澄ますが、返事はない。


「……反応がありませんね」


「ねぇ、留守なんじゃない?」


「うーん……」


今度は、もう少し強くノックしてみる。


「すみませーん!」


──コンッ! コンッ!


すると──


──ガタタッ……!


奥の方で、何かが崩れ落ちるような物音が響いた。


三人は顔を見合わせ、無言で頷き合う。

ルミナスはゆっくりとドアノブを握り、静かに扉を開けた。


──ギィィィ……


「お邪魔しますねぇ~……」


扉の向こうに広がっていたのは──薄暗く、そして静かな空間だった。


部屋の中には、人形が数多く並んでいる。

完成したもの、途中まで作られたもの、着せ替え用のドレスが添えられたもの──

まるで誰かの“愛”が形となって、そこに息づいているようだった。


中央のショーケースには、華やかなドレスを着せられた人形が丁寧に並べられ、まるで小さな舞踏会のように見えた。


だが──


「……天井が、すごいわね」


フェリスがぽつりと呟く。


見上げれば、天井一面に蜘蛛の巣がびっしりと張り巡らされており、不気味さを増していた。


そのとき、ルミナスが床に目を向けると──


「……っ!」


そこには、黒髪の女性が片腕を伸ばしたまま、ぐったりと倒れていた。


──だだだっ!


「えっ!? 大丈夫!? もしかして……レシェナさん!?」


ルミナスは急いで駆け寄り、女性をそっと仰向けに抱き起こす。

前髪で片目を隠し、黒い作業用のエプロンを身につけたその女性は、まだ意識があり、小さく唇を動かしていた。


「お……」


「お?」


「お腹……へった……」


──ズコォッ!!


肩の力が抜けるルミナスとフェリス。


その様子を見ていたセシリアが、手にしていた包みをそっと差し出した。


「こちら、ミレイユ様から預かっていたお弁当と手紙です」


彼女は床の上に置かれたお弁当に目を留めると、まるで何かに取り憑かれたように勢いよく包みを開け──


「もぐもぐ……何日ぶりの……食事かしら……むぐっ……ごくっ……」


一心不乱に食べ始めた。周囲など一切お構いなしに、お弁当を次々と口に運んでいく。


「ガツガツ……ミレイユめ……親友のあたしが死んだらどうするつもりだったのよ……モグモグ……」


フェリスとルミナスは顔を見合わせ、やや引き気味に声をかける。


「あのー……」


──びくぅっ!!


  ──カラン、カランッ……


その声に、彼女は肩を大きく跳ねさせ、手にしていたスプーンを取り落とした。


「え……!? だ、だ、誰!? な、なんで……あたしの家に人が……!?」


完全に夢中だったらしく、ルミナスたちの存在にまったく気づいていなかったようだ。

混乱して目をぐるぐると回す女性に、セシリアはしゃがみ込み、丁寧に手紙を差し出す。


「私たちはミレイユ様のお知り合いです。こちら、その方からの手紙を預かっております」


「え……ミレイユが……?」


手紙を受け取った女性──レシェナは、眉をひそめながら静かに文面を追っていく。


その様子を見ながら、フェリスがルミナスに小声で囁いた。


「ねぇ……全然“魔王幹部の身内”には見えないんだけど……」


「うん、多分……セシリアが言ってたこと、当たってるかもね」


やがて手紙を読み終えたレシェナは、突然ルミナスの方へとぐいっと顔を寄せた。


「あ……あなたが、ルミナスさん……?」


(ち、近っっ!!)


「は、はい……そうです……」


レシェナはすっと立ち上がると、ふらつきながら作業台のような机へと向かった。

その上に置かれていた黒縁のメガネを手に取り、カチャリと装着。

そして再びルミナスの方へと近づいてくる。


「な……!」


「な?」


三人は揃って首をかしげた。


レシェナは眼鏡越しにルミナスの顔をじっと見つめると──


「なんなのこの人!? まるで……お人形みたい!!」


そう叫ぶやいなや、ルミナスの周囲をぐるぐると回りながら、顔からつま先まで舐めるように観察を始めた。


「え……ちょ、ちょっと……!?」


「あなた……いいわ……すごく、いいっ……!!」


戸惑うルミナスはセシリアとフェリスに助けを求めるように視線を向けるが、二人ともレシェナの異様な熱量に気圧されて首を横に振るばかり。


「ありえない……完璧すぎる……

この世に本当に存在してたなんて……あなた、私のコレクションに加えたいくらい……!」


その言葉に、ルミナスの背筋がゾクッと震え上がる。


「ひえぇぇぇ……!! やっぱりこの人、シェレーヌと同じタイプだよぉぉぉ……!!」


ルミナスがうっかりシェレーヌの名を口にすると──


──ピタッ。


レシェナの動きが、突然止まった。


「……え? あなた……シェレーヌを知ってるの……?」


前髪の隙間からのぞく琥珀色の瞳には、明らかな動揺の色が浮かんでいた。


ルミナスは、シェレーヌが魔族となってしまったことを伏せたまま、少し曖昧に答える。


「会ったというか……コレクションにされそうになったというか……」


ルミナスの苦笑まじりの返答に、レシェナは小さく息を呑み──そしてふっと、微笑んだ。


「そう……あの子らしいわね……」


レシェナはそっと視線を落とし、作業台の上に置かれていた古びた写真立てに手を伸ばした。

指先が触れた瞬間、彼女の表情に微かな陰が差す。

写真に写っていたのは、まだ年若い少女ふたり。

微笑み合い、肩を寄せ合う姿──レシェナと、そしてもう一人の少女。シェレーヌ。


「……シェレーヌは、私の妹なの。」


その言葉を聞いた瞬間、ルミナスの胸に小さな衝撃が走った。


(やっぱり、そうだったんだ……)


レシェナの表情は静かで、けれどその奥には、拭いきれない喪失の色がにじんでいた。

写真の中で笑っていた姉妹の面影が、今も彼女の中に生き続けている。


(こんなに大切に思ってくれてる人がいるのに……)


ルミナスはそっと唇を噛んだ。


(今のシェレーヌの姿を、この人に伝えることなんて、できるわけがない……)


そうルミナスは思いながらも、レシェナは当時何があったのかを教えてくれた。


「私達の両親が魔族に殺されてからは、二人でここに住んで──お人形の服を作って、それを売って……

ささやかでも、静かで幸せな暮らしだったわ」


レシェナの声は、だんだんと震え始める。


「でも……2年前のある日、あの子が買い物に行くって言ったきり、帰ってこなかった。

あたし、飲まず食わずで必死に探して……でも見つからなくて……

気がついたら倒れてて、その時に助けてくれたのがミレイユだったの」


彼女はそっと涙を拭った。


「それから、ミレイユと友達になったの。一緒に妹を探してくれたり、落ち込んでる私を励ましてくれて……

でも……そっか……ちゃんと、生きて……たんだね……」


フェリスが何か言いかけるが、ルミナスはそっと肩に手を置き、首を振って止めた。

セシリアも小声で耳打ちする。


「……おそらく、“その時”に……」


「……うん」


ルミナスは静かに歩み寄り、レシェナの手を取って優しく語りかけた。


「レシェナさん。……もしシェレーヌに会う機会があったら、伝えておくね。

“レシェナさんが心配してるから、早く帰ってこい!”って」


レシェナは涙を拭い、微笑みながら頷いた。


「……ありがとう」


少しの間を置いて、彼女は小さく息を吐く。


「……ごめんなさいね。じゃあ、本題に入りましょうか」


そう言ってレシェナは、パンパンと両手を二度叩く。


すると──


──カサカサッ……!


天井の梁の間から、小さな影が音もなく動き出し、レシェナの肩にひらりと飛び乗った。


その姿は──

白と黒のまだら模様を持つ、りんご一個ほどのサイズの蜘蛛のような魔獣だった。


「紹介するわ。私の相棒、“スピナ”よ」


彼女の肩の上で、スピナは誇らしげにカサカサと小さく足を動かしていた。

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