第四章 第15話:隠密は天使の十八番。
──あらすじ──
ルミナスは得意の隠密行動で脱出計画を実行に移す。
一方、セシリアとフェリスもアジトへと突入し、激しい戦闘が繰り広げられる中、
それぞれの想いと覚悟が交錯していく──。
静かに、そして確実に、反撃の狼煙が上がる。
──ザハール砂漠・隠れアジト
ルミナスは、牢に囚われていた女性たちの手鎖と足枷を一つひとつ破壊していった。
「よし……みんな、ついてきて! 私、こう見えても隠密行動には自信あるから!」
心の中で、ルミナスは思わず叫んだ。
(こういうとき、メタ◯ギアやっといてよかったぁぁ……! 役に立つかはわからないけど!)
そして、姿勢を低くした彼女は、看守が出ていった扉の前にそっと張り付く。
──キィィィ……
音を立てないよう慎重に扉を開け、廊下の様子をうかがう。気配はない。下の階から声が聞こえてくる。
(階段の下……)
手すりの隙間から覗き込むと、数人の賊が酒を片手に談笑していた。
「おい、あのナリ兄弟が連れてきたガキ見たか?」
「ああ、あの白髪の……天使みてぇな顔のやつな」
「ははっ、初手柄らしいぜ。今ごろ旦那にたんまり報酬もらってんじゃねぇの?」
「へっ、調子乗りやがって……帰ってきたらぶんどってやらぁ!」
──ハッハッハッハッ!!
その声に、ルミナスは眉をひそめた。
(……まずは脱出経路の確保。それと、この首の魔道具……むやみに壊せば首が吹き飛ぶかも。解除の鍵を持ってる奴を探さないと)
そう判断したルミナスは、一度牢に戻り、ミレイユに尋ねる。
「ねぇ、この首の魔道具……誰が鍵を持ってるか、知ってる?」
ミレイユは、先ほど電流を浴びせられた少女の姿を思い出しながら答えた。
「……解除の鍵まではわからないけど、腕に赤いバンダナを巻いてる人がスイッチを起動してたわ」
「赤いバンダナ……よし。まずはそいつを探してスイッチを破壊しよう」
ルミナスの言葉に、ミレイユをはじめ、女性たちは静かに頷いた。
──コツ、コツ、コツ……
そのとき、階段を登ってくる足音が聞こえる。
「誰か来る……!」
ルミナスは素早く指示を出した。
「隣の牢屋の影に隠れて!」
「で、でもルミナスちゃんは……?」
「大丈夫。……まぁ、見てて!」
ニコッと笑ってそう答えると、ルミナスは床に落ちていたガラス片を拾い、小さな身体をカゴの中にすっぽりと隠した。
──ガチャッ
「かぁー、だりぃなぁ……いつまでザハールに居りゃいいんだよ……」
男が牢に近づいた瞬間、鉄格子がぐにゃりと変形しているのに気づき、慌てて中を覗こうとする。
「なんだこれ……!? 一体どうなって──」
──ガッ!!
その瞬間、背後からルミナスが飛び出し、男の膝裏に蹴りを入れた。
「うおっ……!? な、なん──」
膝をついた男の首に腕を回し、ルミナスはガラス片を喉元へ突き立てる。
「動かないで。余計な真似したら、このまま喉を掻っ切るよ?」
「──!?」
その幼く可憐な声からは想像できないほど冷酷な言葉に、男は凍りついた。
「私の質問に答えて。いい?」
「……あ、ああ……」
男は震えながら手を上げ、従う姿勢を見せる。
「まず、ここはどこ?」
「……ザハール砂漠西の砂原……国からは10カーメル(約10キロ)離れてる」
(やっぱり……かなり遠くに連れてこられてる)
「次。この首輪の解除方法は?」
「……ぐっ、くそガキが……」
ルミナスは無言でガラス片を首に押し当て、さらに冷たい目を向ける。
「答えて」
「……バルネスの旦那が持ってる……!」
(バルネス……? ん? どこかで……)
その名に何かを感じながらも、ルミナスが思考を巡らせていると──
「くっそ……このガキ!!」
男が突然ルミナスの腕を振り払い、逃げようとした。
「おっと──遅いっ」
ルミナスは指先に魔力を集中させ、ささやく。
「──《スリープ》」
──シュウゥゥ……
男はそのまま、ドサリと崩れ落ちた。
「ルミナスちゃんっ!」
ミレイユたちが駆け寄る。
「怪我は……!?」
「へーきへーき! さ、急ごう!」
そう言ってルミナスは再び、男が入ってきた扉から顔を覗かせる。先ほどの談笑は聞こえない。
階段の隙間から下を覗くと、酒の置かれた机にはナイフが突き立てられていた。
「……いなくなってる」
ルミナスは階段を先導しながら降りていく。背後にはミレイユたちが続いていた。
机のナイフを引き抜き、ルミナスは腰に差す。
(護身用に……一応ね)
そして、この隠れ家全体の造りにも注意を向ける。
「思ったより手入れが行き届いてる……お金、かかってるな……」
慎重に各部屋を見て回ると、金品や衣服、そして──拷問部屋。
その異様な光景に、ルミナスの表情が険しくなる。
そのとき──
「ルミナスちゃん! あれ……見て!」
ミレイユが指差す先。扉の隙間から、中の様子をうかがうと──
「おい、表で騒ぎがあったぞ!」
「なんだって? 三つ首の魔獣が暴れてるって話じゃねぇか!?」
「それに、女が二人だけでここに向かってるって話も!」
「何ィ!? おめぇら、加勢しに行ってこい! 女二人なんざ、さっさと捕まえて──!」
──ダダダダダッ!!
部屋から賊たちが一斉に駆け出していく。
腕に赤いバンダナを巻いた男が、的確に指示を飛ばしていた。
その様子を見届けたルミナスは、小さく拳を握った。
「……もしかして、セシリア、フェリス、それにケルベロス部隊が……!」
外で起きている騒動が、彼女たちの仕業だと察し、自然と顔が綻ぶ。
「知り合い?」と隣のミレイユが尋ねる。
「うん、きっと私を探しに来てくれたんだと思う」
そう答えながら、ルミナスの視線は赤いバンダナを巻いた男へと向けられた。
「あ……見て、ミレイユさん! あの男! 赤いバンダナつけてる!」
「……間違いないわ! あの男が、首輪のスイッチを起動していたの!」
「よし……ミレイユさん、ここで待ってて。私、あいつから起動装置を奪ってくる!」
「……気をつけてね。無茶しちゃダメだから……!」
心配そうな声に、ルミナスはにっこりと笑って親指を立てた。
そして──ドアの隙間から光弾を一つ、放つ。
──パスッ。
──パララッ。
威力のないその光弾は、男の背後をかすめて通り過ぎ、奥の通路で弾けるように光った。
「……ん? なんだ今の音……?」
男は怪訝そうに眉をひそめ、音のした方へゆっくりと歩き出す。
──サササッ。
ルミナスはその隙に、素早く床を這い、部屋の中央にある机の下へと滑り込んだ。
「……気のせいか?」
男が振り返り、踵を返そうとした瞬間──
──タンッ!
──ドスッ!!
ナイフの柄で、ルミナスが男の後頭部を的確に打ち据える。
──ドサッ。
白目を剥いた男が、何も言わずにその場に倒れ込んだ。
「ふぅ……。みんな、大丈夫! 入ってきていいよ!」
──たたたっ。
扉の奥から駆け寄ってきたミレイユは、ルミナスを力強く抱きしめた。
「すごい……ルミナスちゃん。本当に……ここから出られるかもしれない……!」
ルミナスはフフッと笑いながら、男の服から取り出した起動装置を掲げて見せる。
「これでしょ?」
「ええ、それよ。それが……!」
装置には小さなダイヤルがついており、番号を合わせてボタンを押すと電流が発生する仕組みのようだった。
ルミナスは装置を握りしめ──
──バンッ!!
そのまま力強く握り潰した。
「よしっ、これで起動はできないはず。あとは鍵だけ……!」
目標は、バルネス。彼が鍵を持っているはず。
ルミナスたちは、アジトの奥へと足を進めた。
──その頃、アジト入口付近。
セシリアとフェリスは、次々と押し寄せる賊たちと激しく交戦していた。
──ぶくぶくぶく……。
「水よ……行きなさい!」
──ドボォッ!!
水が蛇のように賊の口と鼻を塞ぎ、もがく声が砂漠の空気に掻き消されていく。
「がぼっ……がぼっ……!」
フェリスは鋭く研がれた剣を振るい、間合いに入った敵を切り伏せていく。
──ズワァァッ!!
「ぐあぁぁぁああっ!!」
──ドサッ。
「ふぅ……よし、と。ねえセシリア、いくらなんでも数、多すぎじゃない?」
「まぁ、腐っても貴族のアジトですからね。ここまで作り込むには相当なお金を使ったでしょうし……」
「まったく……。こんなご時世に、よくもまあ……」
二人は慎重に奥へと進み、やがて大きな扉の前に立つ。
「小部屋は後回しで、まずはここね……!」
──バンッ!!
セシリアが扉を勢いよく開くと、そこは──
まるでオークション会場のようなフロアだった。
「……なに、ここ……?」
緞帳の奥から、静かな拍手が響く。
──パチ、パチ、パチ、パチ……
「これはこれは……お久しぶりですね、セシリア様」
その声を聞いたセシリアは、静かに、だが確かに怒りの眼差しを向ける。
「……っ。セシリア、知り合い?」
「ええ。……バルネスの執事──ガルネストよ」
現れた男は、セシリアを品定めするような目つきで見つめ、ニヤリと口元を歪める。
「あの日、無様に逃げ出したあなたが、自分から戻ってくるとは……滑稽ですねぇ」
「……あの時の私だと思ってると、痛い目を見ますよ」
セシリアは静かに、手をかざした。
「おやおや……それはいけませんねぇ。ここは由緒正しきオークション会場。他の貴族の皆様もご利用なさる場です。……乱暴は──」
──ボゴォォォォンッ!!
セシリアの放った水の大砲が、ガルネストの立っていた演壇を吹き飛ばす。
だが、ガルネストの身体は魔力障壁によって無傷だった。
「フェリス!」
「任せて!」
セシリアの呼びかけにフェリスが頷き、即座にオークション会場を抜けようと走る。
「おっと、それは困りますねぇ……!」
──ズワァァッ!!
ガルネストの放った魔力障壁が、フェリスへと襲いかかる。
「──!!」
しかし、セシリアが即座に水柱を発生させ、盾のように防ぎきった。
「させませんっ! あなたの相手は、この私です!!」
「セシリア! 助かったわっ!!」
──ダダダッ!
フェリスはそのまま走り抜け、会場を後にする。
「チッ……この奴隷風情が……! いいでしょう……!」
ガルネストが歯噛みしながら指を動かすと、魔力障壁が音もなく展開され、セシリアの周囲を包囲する。
幾重にも重なる魔力の壁が、まるで鳥籠のように彼女を閉じ込めていく。
「はははっ! どうです!? この私の障壁からは逃げられませんよ!?」
障壁はじりじりと内側へ縮まり、セシリアを押し潰そうと迫ってくる。
しかし──
「………」
──ザンッ! ザンッ! ザンッ!!
「……!?」
水しぶきが舞い、魔力障壁は一瞬で断ち切られる。
それは、セシリアが精霊術と魔力を鋭く圧縮した《水刃》で斬り刻んだからだった。
断面は維持できず、魔力障壁は粒子となって空気に溶ける。
「この程度ですか……? 滑稽ですね」
今度はセシリアが、嘲るようにガルネストを睨み返した。
「この……! 調子に乗るなよ!? 奴隷がッ!!」
ガルネストは障壁をまるで円盤のように変形させ、次々とセシリアに投擲する。
「斬れるものなら斬ってみなさいッ!!」
──ヴィイイインッ!
──ブォン!! ブォン!! ブォン!!
「懲りないですね。やってること、さっきとまったく同じですよ?」
──スパッ!! スパッ!! スパッ!!
飛んでくる障壁は、すべて水の刃で斬り落とされ、セシリアの左右へと弾かれていく。
「もうおしまいですか? それなら──」
セシリアが詠唱に入ろうとした、そのとき。
「かかったなァ!! この奴隷がァ!!」
ガルネストが指をクイッと引くと、さきほど斬られた魔力障壁が、まるでブーメランのように軌道を変えて背後から襲いかかった。
──ドドドドドドドドドッ!!!
怒涛の勢いで迫る魔力障壁。セシリアがいたオークション会場の中央に、激しい爆風と土煙が巻き起こる。
「ハーッハッハッハ!! さて、ネズミは片付いた。あとはもう一匹の虫を──」
「……その程度、ですか?」
嘲笑を浮かべていたガルネストの耳に、静かに響くセシリアの声。
「なっ……!? 馬鹿な……!」
土煙が晴れると、そこには無傷のセシリアが立っていた。
彼女の周囲には、精霊術と魔力で構築された透明な水の障壁が広がっていた。
「あなたが使っている魔法なんて──」
──ヴィイイイン……ッ!
──ヒュンッ!!
──ドゴオォォン!!
セシリアが放った一撃は、ガルネストの頬を掠め、後方の壁を抉り取った。
「っ……!!」
「簡単に再現できますよ? あなたのその程度の魔法なんて」
その姿に、ガルネストの顔から血の気が引いていく。
(な、なんだこの女の力は……!? ローゼリッタ家に、こんな化け物がいたはずが──)
ガルネストの恐怖をよそに、セシリアはゆっくりと歩を進める。
そして、眼帯に手をかけ、静かに外す。
──しゅるる……
「そ、その目は……!? バルネス様に……抉られたはず……!」
「ええ、確かに。心も、身体も、ね」
セシリアの瞳が、淡く蒼く、精霊のような光を放つ。
「けれど今の私は違う。かつて私にはいなかった“家族”がいる。そして、その大切な家族に、あなたたちはまた手を出した」
その名を、彼女は誇らしげに叫ぶ。
「──私の、ルミナス様を……!!」
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!
大気が震える。
魔力と精霊の波動が、渦となって会場を満たしていく。
それは、怒りと哀しみ、そして誇りの光だった。
「っ……!! ま、待てっ……! そ、そうだ、私は命令されてただけでっ……!」
「い、一緒に手を組まないか!? バルネスのヤツを倒すなら協力を──」
「──問答無用」
その言葉は、冷たい氷の刃のように突き刺さった。
セシリアは精霊魔術を発動。巨大な水の渦が、ガルネストの足元から噴き上がる。
──ズパアァァァァァンッッッ!!!
──グゴゴゴゴゴゴゴゴォッ!!!
「流されっ……!? ぐあああああっ!! ま、魔力障壁を──!!」
──ぐぐぐぐぐっ……
──グニィッ……!!
「!?!?!?」
展開された障壁が、激しい水圧に押し潰され、ねじ曲がった。
「やめろォォォォォッ!! この、奴隷がぁああああッ!!」
「さようなら。もう二度と、私の前に現れないで」
セシリアの言葉とともに、渦潮はガルネストを飲み込み、アジトの入口へと運び──
──スポォォォォンッ!!
そのまま空へと放出した。
「やめろおぉぉぉぉぉ!!! ぐあああぁぁぁぁッ!!!」
──キラーン……
空高く舞い上がったガルネストは、やがて星となって消えた。
外で休憩していたケルベロス部隊はそれを見上げ、鼻を鳴らして小さく笑い、そのまま地面に伏せて眠りに戻る。
セシリアはエプロンの裾をパンパンとはたき、一言。
「お掃除完了です」
そう言って、セシリアはフェリスの後を追おうと扉に向かう。
しかし、そのとき──
反対側の扉が、ギィ……と音を立てて開かれ、ある人物が、静かに姿を現した。