第四章 第14話:天罰を攫った者たち。
──あらすじ──
突如姿を消したルミナス。その背後には、セシリアの過去と因縁深い“あの家紋”の影があった。
怒りに震えるセシリアは、フェリスと共に砂漠を駆け、ルミナスの行方を追う──
一方その頃、目覚めた少女の声が、閉ざされた牢に小さな希望を灯す。
──ザハール自由連邦国・砂漠の外れ。
ルミナスが攫われた砂の大地には、しんとした静寂が漂っていた。
セシリアは砂塵の向こうから戻ってきたフェリスへと駆け寄る。
「フェリス……!!」
「セシリア!! ごめん……あともう少しだったのに……!」
フェリスは唇を噛みしめ、悔しそうに顔を伏せた。
「いいえ……! フェリスは何も悪くないわ……。それより、ルミナス様を連れ去った者たちの正体が……判明しました」
「え、本当!? 一体誰が──」
セシリアの顔が、怒りに染まる。
その眼差しはまるで氷の刃のように鋭かった。
「あの魔馬車には──バルネス・グロスヴァルト辺境伯家の家紋が刻まれていました……」
「……っ!! そ、それって……!」
フェリスの顔が強張る。
彼女は、以前ルミナスからセシリアの過去を少し聞いていた。
「ええ……。ルミナス様と出会う前──私は、あいつの奴隷でした……」
セシリアの拳がぶるぶると震えている。
その震えは恐怖ではない。怒りと憎悪の震えだった。
「でも……なんでバルネス辺境伯の奴らが、こんな所に……?」
フェリスの問いに、セシリアは過去の記憶を手繰り寄せる。
「……私があの屋敷にいた頃、同じように突然、新しい奴隷が何人も連れてこられた日があったのを覚えています」
「まさか……そうやって人を雇って、孤児や独り身の人たちを狙っていた……?」
セシリアは静かに頷いた。
「ええ……おそらく、今までも、これからも……」
「最低ね……っ! しかもリーネが守ってきたこのザハールで、そんなこと……! 許せない……!!」
フェリスの怒気が迸る。
その瞬間、セシリアは指を口に当て、鋭い口笛をピィーッと響かせた。
──ダダダダダダダッ!!!
「ワンッ!! ワンッ!!」
その音に反応して、遠くからケルベロス部隊が全力で駆けてくる。
その姿にフェリスがぽかんとした顔を向けた。
「耳、良すぎでしょ……あんた達……」
セシリアはウルファウンドの一体──スーに軽やかに飛び乗った。
「ケルは私に続いて! スー、頼んだわよ!!」
「ワンッ!!」
その様子を見ていたフェリスの目が見開かれる。
「え、まさか……あんた、それで行くつもり!?」
「ええ。時間がありません。フェリスは──ベロと一緒に!」
セシリアが指差すと、ベロがひょいっとフェリスの身体を咥えて背中にひょんと乗せた。
「ちょっ……!? わっ、うわぁぁっ!!」
「ワオンッ!!」
フェリスは驚きのあまりベロの首にしがみつく。
「ケルベロス部隊!! ルミナス様の匂いを追って! 必ず見つけ出して!!」
「ワンッ!!」「ワフッ!!」「ワォーン!!」
命を受けたケルベロス部隊が鼻を利かせ、全速力で走り出す。
フェリスは風圧で髪を振り乱しながら、必死にベロの首にしがみつく。
「えっ、ちょっ、待って、まだ心の準備が──」
「行きなさいっ!!」
「ワンッ!!」
──ダダダダダダダダダダッ!!!
「ちょっと待ってぇぇぇぇ〜〜!!! いやぁぁぁぁあああああっっっ!!!」
フェリスの悲鳴が砂漠に響きわたる中、ルミナスの捜索が始まった。
──ザハール砂漠の何処か・隠れアジト。
──カチャカチャ……ガチャンッ……!
「これでよしっと……」
松明の炎がゆらめく薄暗い牢の中。
寝ているルミナスの身体には、手鎖と足枷。そして、首には黒く禍々しい首輪がはめられていた。
「おめぇら! 逃げようなんて考えるんじゃねぇぞ! この首輪があることを忘れんなよ!?」
看守はそう怒鳴りながら、ルミナスの首輪をわざとらしくぐいっと引っ張って見せつけた。
──ガチャンッ!!
鍵の音と共に、看守はルミナスを地面に投げ捨て、牢の扉を閉めると、そのままどこかへ去っていった。
その場には、ルミナスを含め六人の若い女性がいた。
ルミナスのそばにいた女性たちは、彼女を優しく見つめ、そっと膝の上に頭を乗せるようにして寝かせる。
「可哀想に……まだ子どもじゃない……」
「でも見て……この子、まるで天使みたい」
「本当に……どこかの貴族のお嬢様だったのかしら……」
彼女たちは眠るルミナスの頭を優しく撫で、そっと言葉を交わしていた。
──バァンッ!!
「おいっ、うるせぇぞ!」
──ベチャッ……!!
「ほらよ、飯だ」
怒鳴り声と共に、牢屋に投げ込まれたのは、まるで水で固めたような小麦の塊。
栄養も味もない、生き延びるだけの粗末な食事だった。
──ガチャンッ。
再び鍵の音がして、看守は無言で姿を消す。
「……行ったみたいね」
「またこれか……味のしない食べ物……」
「でも、生き残るには食べなきゃ……」
「……わかってる」
そんな会話の中──
「ん……んん……?」
ようやくルミナスが目を覚まし、眠たげに身を起こした。
「あれぇ……?」
きょろきょろと辺りを見回し、目を擦る。
「ここ……どこぉ……?」
一人の女性がそっと声をかける。
「よかった、起きたのね。大丈夫? 名前、言えるかな?」
「ん……ルミナス……」
まだぼんやりしているルミナスは、反射的に答える。
「ルミナスちゃんね。ここに来る前のこと、覚えてる?」
「えっと……えっと……──!!」
突如、目を見開いたルミナスが勢いよく立ち上がった。
「そうだ!! カレーがこの世界にあったんだよっ!!」
牢の天井を仰ぎ、歓喜の声を上げるルミナス。
女性たちはぽかんと口を開け、目を丸くする。
「え、えーと……」
困惑する女性たちに気づき、ルミナスもようやく周囲の異常さに気づく。
「……ん? ここ……牢屋? なんで? なにこれ──」
──バキンッ!!
ルミナスは自身の手に装着された手鎖を、何の躊躇もなく握力だけで砕いた。
「──!?!?」
女性たちは言葉を失い、目を見開く。
「ん〜、脚にもなんかついてる……あ、靴もなくなってるし……」
──バゴッ!!
今度は足枷を破壊。誰もがもはや言葉を発せなかった。
そんな中、最初に声をかけてきた女性が恐る恐る尋ねる。
「ね、ねぇ……もしかして、ここから出るつもりなの?」
ルミナスは小首を傾げ、素直に答える。
「え? そうだけど?」
その答えに、女性はため息まじりに微笑み、自己紹介を始めた。
「……私はミレイユ。奴隷として、ここに捕まってるの」
「えっ……ってことは、皆も……?」
ミレイユは小さく頷く。
「ええ。私たちはザハールで、ここの男たちに攫われて……奴隷として売られる予定だったの」
「逃げようにも、あいつらは武器を持ってるし……それに……」
彼女は、首にかけられた黒い首輪にそっと手を当てる。
「それは……?」
「魔道具よ。逃げようとすると、電流が流れるようになってるの。
あの子──あそこで横になってる子は、看守に逆らって……」
ミレイユの視線の先、横たわる女性は意識こそあるものの、肌は焼け、荒い息をするだけの状態だった。
「あなたにも、その首輪が付けられてる……お願い、無理しないで。
こんな小さな子が傷つくところなんて、見たくない……」
ミレイユは心底心配そうな目でルミナスを見つめる。
だがルミナスは微笑み、静かに答えた。
「……ありがとう。そんなふうに心配してくれて。……でも、それならなおさら出なきゃいけないよね」
そう言って、横たわっている女性にそっと近づき、手をかざす。
「……《キュアライト》!」
──パァァァァ……!!
淡い光が女性を包み、少しずつ傷が癒えていく。
「ごめんね、今はこれくらいしかできないけど……」
女性はうっすらと目を開き、自らの手を見て驚いた。
「す……すごい……! 痛みが、なくなって……!」
その様子を見たミレイユは、ルミナスに真剣な目で問いかける。
「あなた……いったい何者なの……?」
ルミナスは立ち上がり、鉄格子の前に向かう。
「ルミナスちゃん!? いくらあなたでも、それは──」
──ぐにぃぃぃぃ……
「…………えっ……???」
ミレイユたちは、呆然とその様子を見ていた。
鉄格子が、飴細工のようにぐにゃりと曲がっていく。
「うん、少し寝たおかげで、体力も魔力もだいぶ回復したみたい」
「さっ! みんな、一緒にここを出よう!! 私がみんなをザハールに返すよ!!」
少女の声が牢獄に響き、女たちの絶望に小さな光が灯った。
──ザハール砂漠・西の砂原。
一方その頃、セシリアとフェリスはケルベロス部隊と共に、ルミナスの捜索を続けていた。
「フェリス、そろそろ慣れてきた?」
振り返ったセシリアが尋ねると──
フェリスは、魂が抜けかけたような顔で、ベロの背中にへたり込んでいた。
「ま、まぁね……ふ、ふんっ……この程度なんてこと──」
──ピタッ。
その瞬間、何かを察知したのか、ケルベロス部隊がいっせいに動きを止めた。
ベロも同様に急停止し、その反動で──
「ちょっ……ま──へぶっ!!!」
フェリスは勢い余って地面に突っ込み、見事に砂へと頭から埋没した。
「ぺっ、ぺっ……最悪……砂が口の中に……」
のけぞるフェリスの姿を横目に、セシリアはスーから降りて辺りを見渡す。
「何か見つけたの?」
「ワンッ!」×3
ケルベロス部隊は、ある地点を囲むように地面を掘り始める。
「この下……!? まさか、砂の下に──!」
ほどなくして、掘られた部分に微かな隙間が現れた。
「──! 見つけたわね」
セシリアはすぐに判断を下す。
「ケルベロス部隊、後退! ここは私が吹き飛ばします」
そう言うと、セシリアは両手を前にかざし、風と水の魔法と精霊術を同時に発動。
「──《ハイドロ・バースト》!」
──ぎゅるるるるるっ……!!
──バゴオオオオオオオンッ!!!
水の砲弾が地面をえぐり、砂を一気に吹き飛ばす。
そして現れたのは──地中に隠された、頑丈な扉と大きな穴。
「ひゃ、ひゃあ〜……すごい威力……。やっぱり精霊の力ってとんでもないわね……」
フェリスが呆然と呟いたそのとき──
「て、テメェら!! なにしてくれてんだゴラァ!!?」
「このアマァ! びしょ濡れじゃねぇか!!」
「タダで済むと思うなよ!?」
「へっ、けっこう可愛いじゃねぇか……奴隷にしてやるぜ!!」
騒ぎを聞きつけ、賊たちが武装してぞろぞろと現れる。
30人は優に超える数。だが──セシリアの表情は微動だにしない。
「はぁ……邪魔ですね」
ため息をつくと、彼女はケルベロス部隊に指示を出す。
「ケル、ベロ、スー! 整列!」
「ワンッ!」
「──魔獣合体」
──ズズズ……!!
3匹のウルファウンドが、まるで呼吸を合わせるように身体を寄せ合い──一体の巨獣へと融合する。
「ケルベロス──!!」
「ワオォォォォォンッ!!!!」
──ビリビリビリビリビリッ!!!
3つの頭を持つ巨体の魔獣が姿を現す。その威容は、周囲の空気を一瞬で張り詰めたものに変える。
「……あー、殺さないように手加減してあげなさいね〜……」
フェリスが力なく呟く。
──そこからは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「ぎゃああああああっ!!!」
「な、なんだこの魔獣ぅぅぅぅっ!?」
「ひぃぃっ!! 助けてぇ!!」
「誰か応援──あああああっ!!」
ケルベロスは、その巨体を武器にして、次々と賊たちをぶっ飛ばしていく。
盾も剣も意味をなさず、叫び声だけが砂原に響く。
「フェリス、ここはケルベロスに任せて。私たちは先に進みましょう」
「……ま、因果応報ね」
フェリスは目を細め、ケルベロスに蹴り飛ばされている賊を冷ややかに見下ろす。
そして──セシリアとフェリスは、ついに隠されたアジトの中へと踏み込んだ。