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第四章 第13話:その香り、女神も騙せる懐かしさ。

              ──あらすじ──


ザハールでの謁見の中、ルミナスの“正体”にまつわる予言が浮上する。

一方、彼女を思わぬ災難が襲う──香りに誘われた裏路地で、女神、絶体絶命!?

──ザハール自由連邦国・宮殿 謁見の間。


ルミナスは、リーネが語った“声”の正体について考え込んでいた。


(たしか……あのとき。グブリンキングを倒したあと、五日間も眠ってた時に……私も“声”を聞いた。

あれって夢だと思ってたけど……実在するってこと!?)


考え込んだまま黙りこくるルミナスに、グラン王が心配そうに声をかける。


「ルミナス殿? ご気分が優れませぬか……? もしかして、なにか心当たりでも……?」


「えっ、えぇと……そのぉ……」


(ど、どうしよう……。「無敗の星は私です!」って、自分から名乗るの……なんか、めっちゃ恥ずかしいんだけど!!)


もじもじと言いあぐねるルミナス。その様子を見ていたセシリアが、静かに一歩前へ出た。


「──“無敗の星”とは、おそらくルミナス様のことだと、私は思います」


「セ、セシリアっ!?」


ルミナスは目を丸くして、思わず顔を真っ赤に染める。


「魔王討伐、大型魔獣の殲滅、グブリンキングの討伐に、オルグフルネスの撃破……。そして今回の一件もそうです。

ルミナス様がいなければ、人類はとうに滅んでいたでしょう」


セシリアは言葉を続けながら、ルミナスに優しく微笑みかけた。


「ルミナス様は、以前こう仰いました。『私は負けない』と──。

その言葉通り、星のように輝きながら、私たちを照らし続けてくださっている。

だから、“無敗の星”という予言がルミナス様を指していると私は思います」


ルミナスは恥ずかしさのあまり、真っ赤になった顔を手で隠した。


(ちょ、ちょっとぉ……前世の通り名なんて、思い出すだけで小っ恥ずかしいんだけどぉぉ……!)


──そこへ、フェリスが口を開いた。


「私も、そう思うわ」


「フェリスまでぇ!?」


目を見開くルミナス。


「だって、ルミナスの負ける姿なんて想像できないもの。無敗の星がルミナスのことだって言われても、納得よ。

……ま、正直に言うと、食べ過ぎだし寝過ぎだけどね?」


「ちょっとぉ!? 最後のそれ、余計だからね!?」


フェリスはくすりと笑いながら、ふいっと顔を背けた。


「なるほど……。そういうことであれば、この予言とやらも辻褄が合いますな……」


グラン王は静かに頷き、ルミナスに向き直る。


「それでは、今後またリーネ殿に予言が降りた場合、速やかにお知らせいたしましょう」


「は、はい……ありがとうございます……」


グラン王はゆっくりと玉座から立ち上がり、あらためて深く頭を下げる。

その隣では、ハキームも丁寧に礼を取っていた。


「皆様、本当に感謝申し上げます。オアシスの水が元に戻ったことで、ザハールも活気を取り戻すことでしょう」


「うん。私たちも、ザハールの人たちの暮らしが安定するまでは、ここに滞在しようと思ってるよ」


「おぉ……! それは願ってもないお話ですな……!」


こうして、ルミナスたちはしばらくの間、ザハールに滞在することを申し出た。


“あの声”の正体は依然として不明のままだが、予言者として人々の間で語られることとなった。



──ザハール自由連邦国・中心街。


謁見を終えたルミナスたちは、宿泊している宿へと歩いて戻っていた。


セシリアやフェリスと並んで歩きながらも、ルミナスの思考は“あの声”に向いていた。


(予言者……ね。でも、私がここに来る前の呼び名を知ってた……

ってことは、もしかして同じ転生者……? ていうか、“無敗の星”を知ってるって……あのゲームの仲間だったりして!?)


そんなことを考えながら、ぼんやりと二人の後ろをついて歩いていたその時──。


ふわりと、どこか懐かしい香りが風に乗って漂ってきた。


(……ん? なんか美味しそうな……)


「くんくん……この匂い……まさか……!」


ルミナスは鼻を利かせて、あたりの空気に集中する。


スパイシーで、どこか懐かしい。

ルミナスの前世の記憶を揺さぶる香りが、彼女の食欲を刺激してきた。


「これ、絶対“あれ”だよ……! くんくん……匂いの出処は……あっち!」


そう言うなり、ルミナスは裏路地の方へとふらふら吸い寄せられるように歩き出す。


一方、前を歩いていたセシリアはルミナスに声をかけていた。


「それでですね、ルミナス様。今後の予定なのですが、ザハールにある作物の調査などはいかがでしょう?」


しかし、返答がない。


「……ルミナスさ──……」


セシリアの足がピタリと止まった。異変を察知したフェリスも振り返る。


「ん? どうしたの? 早く宿に──」


「ルミナス様がいないっ!!!!」


叫んだセシリアに、フェリスも思わず声を上げる。


「ええっ!? なんで!?」


「フェリス!! 今まで一緒に歩いてましたよねっ!? ルミナス様!? ルミナス様ーーっ!!」


セシリアが焦って周囲を見回す中、フェリスがなだめるように声をかけた。


「お、おちついて、セシリア!! 宮殿からまだそんなに離れてないわ! きっと近くにいるはずよ!

どうせまた、美味しそうな食べ物とかに釣られてどっかふらっと行っちゃっただけよ、たぶん……」


だが、言いながら自信なさげなフェリスに、セシリアはさらに焦る。


「フェリス!! 手分けして探しましょうっ!!」


「えぇ……。全く……迷子って……ほんとに子供じゃないんだから……」


そうぼやきつつも、フェリスはため息混じりに走り出す。


──ダダッ!


そしてセシリアとフェリスは手分けしてルミナスを探すこととなった。



──ザハール自由連邦国・裏路地。


ルミナスは、ひとり涎をぬぐいながら鼻をクンクンと鳴らして歩いていた。


「くんくん……匂いが強くなってきた……近い……どこ? どこにあるの……?」


そして角をひょいっと曲がった、その瞬間──。


「……あった!!! カレー!!!!」


満開の笑顔が、ルミナスの顔にぱぁっと咲く。


目の前には、鼻をくすぐるスパイシーな香りとともに、ツヤツヤと光る茶色のカレールー。そしてナンのような平たいパンが並んでいた。


「……これだ……! この香り、間違いない……!」


目を輝かせて凝視するルミナスを見て、カレー──もとい“カーレム”を食べようとしていた男がぎょっとする。


「うおっ……なんだ?」


ルミナスはじーっと、まるで宝物を見るかのようにカーレムを見つめていた。


「なんだ、お前。このカーレムが欲しいのか? これは俺の──」


その隣にいたスキンヘッドの大柄な男が、そっとその男に耳打ちする。


「おい……このガキ、よく見ろよ……すげぇ上玉じゃねぇか……」


目の下に濃いクマを浮かべた小柄な男が、ルミナスの顔を覗き込む。


「な、なんだ……!? このガキ……天使みてぇなツラしてやがる……!」


二人はニヤリと顔を見合わせ、やけに親しげな口調で声をかけてきた。


「よぉ〜、嬢ちゃん! このカーレムが食いてぇのか?」


「カーレムって言うんだ……! うん、うん! 食べたいっ!!」


「いいぜぇ〜……! なぁ、あげてやれよ。お前のカーレム」


「へ、へいっ、兄貴……」


──サラサラサラ……


大柄な男は一度カーレムを小柄な男から受け取り、手慣れた手つきで謎の粉をふりかける。


「はいよ、嬢ちゃん。た〜んと味わって食いな?」


「いいの!? やった……! ありがとっ! おじさん!!」


──ぱくっ!


「ん〜っ!! これだよぉ……!!」


「けっけっけ……!」


「よし…食ったな…」


懐かしきスパイスの香り。ほんのり甘みのあるルー。ほかほかで噛み応えのあるパン。


「このパンみたいなやつも美味しいっ! ナンみたい〜! セシリアに今度作ってもらおうっ!」


目を輝かせながら次々と口に運び、あっという間に完食してしまった。


「ごちそうさまでしたっ!!」


「……あ、兄貴。ぜ、全部食っちまいましたよ……!?」


「は、はぁ!? なんで寝ねぇんだ、このガキ……!?」


男たちは驚きつつも笑顔を崩さず、ルミナスに話しかける。


「じょ、嬢ちゃん、美味かったか?」


「うんうん! すっごく美味しかった〜!」


「な、なぁ、嬢ちゃん? もうひとつあるけど、食べてくか?」


「えっ!? いいの!? やったぁ!!」


「いいっていいって! 俺たち、腹いっぱいだからよ〜」


ルミナスはニコニコの笑顔で、二皿目をぺろりと平らげた。


……しかし、何の変化もない。


困惑する男たち。小声で相談を始める。


「おい、なんで効かねぇんだこのガキ……!?」


「わ、わかんねぇっすよ……」


「おい、これちゃんと効くのか?お前ちょっと確かめてみろ……」


「えぇ!? 俺が!?」


「いいからとっととやれ!!」


「……わ、わかりましたよぉ……」


──ぺろっ。


   ──ドサッ!!


粉を少し舐めた小柄な男が、その場にバタンと倒れた。


「いや、効くじゃねぇか……! なんでだよ、どうなってんだ……!?」


「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」


ルミナスが心配そうに駆け寄る。慌てた大柄な男が、咄嗟にでまかせを口にする。


「お、オアシスの水だ! 昨日、濁ってたろ? あれの影響が今きたんじゃねぇかなぁ~……な〜んて……」


「まさか瘴気の水の後遺症……!?」


ルミナスは小柄な男を仰向けに寝かせ顔色を見る。

(目の下のクマが酷い……今は意識を失ってるけど、全身に毒素が回ったら最悪の場合──)


ルミナスは男の傍らに膝をつき、深刻な表情を浮かべる。


「きっとこのままじゃ危ない……! 魔法、使えるかな……。いや、迷ってる場合じゃないっ!」


「……《ホーリー・クレンジング》!」


──ファァァ……


聖なる光がルミナスの手から放たれ、小柄な男を包み込む。


「な、なんだこのガキ……本物の……天使じゃ……!?」


──ズキッ……!


「うっ……」


(やっぱり……この状態で使うと、ちょっと……)


魔力の反動に身体が軋む。男は睡眠薬を少量舐めた程度なのですぐに目が覚めた。


「ふがっ……あれ、兄貴……?」


ルミナスの額に汗がにじむ。光が弱まり、やがて──消えた。


「よかった……起きたね……ふぁ〜……ねむっ……ちょっと、休憩……」


「すー……すー……」


そのまま、ルミナスはゆっくりと寝息を立てて眠ってしまった。


「けっ、なんだ。やっぱ効いてたんじゃねぇか、驚かせやがってこのガキ……!」


「おい、さっさと身体起こせ! こいつ、連れてくぞ!!」


「ひゃ、ひゃい!」


男たちは慌ててルミナスの手足を縛り、子供がすっぽり入るような袋へと押し込んだ。


「よぉし!! けっけっけ! こいつを売れば、俺たちゃ大金持ちだぜ!」


「まさに天からの贈り物ってやつですね、兄貴!」


袋を担ぎ、男たちが裏路地を去ろうとしたその瞬間──。


「──ねぇ、あんた達」


「!?」「!?」


背後からかかった、低く鋭い女の声。


ゆっくりと振り向くと、そこには──フェリスの姿があった。


「また会ったわね」


声に振り向いた男たちの前に立っていたのは──フェリスだった。


(げっ……あいつは……! あの片目の女と炊き出ししてたやつの仲間!?)


冷や汗を流しながら男たちは顔を引きつらせた。


「こ、これはこれは……なにか俺たちに御用で……?」


フェリスはじっと睨むような目で男たちを見つめ、冷たく告げた。


「あのさ。ここら辺で、白いローブを着て、白い髪の、天使みたいな子ども──見なかった?」


男たちは思わず目を合わせる。


今まさに背負っている袋の中身──その特徴と一致しすぎていた。


「お、俺たちはただカーレム食ってて、今から帰るとこだったんですよ~!」


「そ、そうそう! そんなガキ──いや、お嬢様見たことねぇですって!」


フェリスの眉がぴくりと動いた。


「……ふーん。そう……」


「じゃ、じゃあ俺たちはこれで──」


男たちは背を向け、そそくさと路地の奥へと歩き出す。


その背中に向かって、フェリスが剣をゆっくりと鞘から引き抜いた。


「ねえ。私、いつ“女の子”って言ったっけ?」


足が止まる。


「ギクゥッ……!!」


そして──


「ず、ずらかれぇぇっ!!!!」


──ダッ!!!


「ちょっと待ちなさーーーいっ!!」


狭い路地を男たちが全速力で駆け出す。


「あの袋……まさか……!」


フェリスはすぐにその異様な袋に気づき、さらに速度を上げて追いかける。


「くっそ、この女っ! めちゃくちゃ脚が速えっ!!」


──ダダダッ!!


「観念しなさいっ!!」


男のひとりが、腰にぶら下げていた黒い球を取り出し、地面に叩きつけた。


「くらえっ……!!」


──ボフンッ!!!


弾けた球体から、黒煙が一気に広がる。


「なっ……!? 煙幕っ!? けほっ……!」


そのとき、後方から声が響いた。


「フェリス!!」


「けほっ……セシリア!? ルミナスが攫われたわ!!」


「──!」


──バッ!


セシリアは迷わず跳躍し、近くの屋根の上へと飛び乗る。


「……いたっ」


彼女の視線の先には、ザハールの裏門から砂漠へと走り去る男たちの姿があった。


──ごぽぽぽっ……


「行きなさい、水たち──」


──ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!


セシリアが放った水刃が、男たちの行く手を阻むように突き刺さる。


「フェリス!! そのまま砂漠のほうへ!!」


「了解っ!!」


「ぎゃああああ!! なんじゃこりゃああ!!」


「あ、兄貴ぃっ! あの岩場に隠れやしょう!!」


男たちは悲鳴を上げながら岩陰へと走り込み、息を潜める。


──ひゅうぅぅ〜…


  ──パァン!!


岩陰から上がったのは、赤く煌めく信号弾。


「っ! あれは……!」


空を見上げたフェリス。そして土煙を上げて砂漠の奥の方から迫る黒い影が映る。


──ダダダダダダダダッ!!


「魔馬車っ!?」


迫り来る車輪の音。


男たちは、待機していた魔馬車に乗り込もうとしていた。


「行かせるもんですかっ!!」


フェリスが全力で岩場へと駆ける。


一方、セシリアも負けじと、水の刃を魔馬車へと連続して放った。


──ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!


だが──


「なっ……!?」


──ガギンッ!! ガッ!! ガガッ!!


全ての水刃が、魔馬車に同乗している魔術師に弾かれる。


「魔力障壁……!? しかも、かなり分厚い……!!」


そのまま男たちとルミナスを乗せ、魔馬車は猛スピードで砂漠の彼方へと去っていく。


「くそっ……なんなのよ、あれっ……!!」


フェリスが歯噛みし、セシリアもまた精霊の力を解く。


──そのとき。


セシリアの目に、魔馬車の後部に刻まれた“ある紋章”が映る。


その瞬間──彼女の身体がぴたりと止まった。


「……あの家紋は……まさか……」


その家紋は──


かつてローゼリッタ家を陥れ、セシリアを奴隷にまで貶めた張本人。


──バルネス・グロスヴァルト辺境伯家のものだった。

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