第四章 第9話:片目のメイドは水底にて──
──あらすじ──
激しい戦いの中、ルミナスは思わぬ一撃を受け、窮地に追い込まれる。
仲間たちの叫びが水面に響く中、それぞれが覚悟を胸に立ち上がり、
希望の光が水底にともる――。
──オアシス・地下二階:精霊結晶の間
シェレーヌの咆哮が響き渡る大広間。その異形の姿を目の当たりにし、セシリアがルミナスに問いかける。
「ルミナス様……あれは一体……?」
ルミナスは簡潔に状況を説明した。
「魔王幹部のシェレーヌだよ。元はゴスロリ少女だったんだけど……
ザリオスが魔族の魔力と精霊の力で作った黒い水、寄生水で暴走させた姿なの」
「……ゴスロ……?なるほど。では、そのザリオスはどこに……?」
「精霊核を奪って、どこかに消えちゃった」
セシリアとフェリスが同時に目を見開く。
「……!?」
フェリスは結晶の柱に目を向け、声を震わせた。
「な、なんですって!? それじゃあ今、リーネは……」
後方に控えていたハキームが前に出て、リーネの精霊結晶の柱を見上げる。
「非常に……危険な状態ですな。精霊核を失った今のリーネ様は、精霊の力の制御を失うでしょう」
それを聞いたルミナスは、焦燥の面持ちでハキームに詰め寄る。
「ハキームさん! どうしたら止められるの!? このままじゃ、みんな黒い水に飲み込まれちゃうよ!!」
ハキームは険しい顔で首を振る。
「……止める方法は……ありません。いえ、正確には、わからないと言った方がいいでしょう。
今までこの地下は厳重に管理され、関係者以外には極秘裏にされてきたのです。精霊核本体を奪われるという前例は、存在しません」
「そ、そんな……っ」
その間にも、シェレーヌは自らの脚を黒い糸で縫い合わせるように接続し、
再生を試みていた。
『コ゛レ゛ク゛シ゛ョ゛ン゛ン゛ン゛ン゛……!! 増エタ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』
ルミナスは剣を手にし、目前の敵へと意識を切り替える。
「とにかく……今はこいつをどうにかしないと……! みんな!! 黒い水にはコアがあるはず! それを叩けば収まると思う!!」
ルミナスはセシリアとフェリスに素早く指示を出す。
「セシリアはハキームさんをお願い!! フェリス、まだ動ける!? また脚を斬って体勢を崩すから、その隙に白い小さい目がついてるコアを探してっ!!」
「ふんっ、当たり前でしょ!? 行けるに決まってるじゃないっ!! 白い小さい目ね、わかったわ!!」
──ダダッ!!
──ダダッ!!
ルミナスはシェレーヌの正面へ、フェリスは右から迂回し背後へと回る。
「耐えてね、グレイス……! 《セレスティアル・ブレイド》!!」
──キュィィィィン……!!
魔聖剣グレイスがルミナスの魔力を吸い、白金色に強く輝く。ルミナスは剣を構え、シェレーヌを挑発する。
「こっちだよ!! シェレーヌ!! 私を殺してコレクションにするんでしょ!?」
シェレーヌはフェリスから視線を外し、ルミナスへと向かって突進してくる。
『ゴロズゥゥゥ!! ゴロズ!! ゴロズ!! ゴロズ!! ゴロズゥゥゥゥゥッ!!!!!』
──ドドドドドドドドドッ!!!!
──ブシュウゥゥゥッ!!!
シェレーヌは黒い糸をルミナスに吐きかけ、拘束を試みる。
「もう、それは効かないよっ!! 《スピン・ヴェイル》!!」
ルミナスは剣を手のひらで高速回転させ、迫り来る糸を斬り裂く。
──フォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンッ!!!
──ブチッ!! ブチッ……ブツッ、ブチブチッ!!
『ボ゛ク゛ノ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!!』
シェレーヌは両前足でルミナスを掴もうと飛びかかる。
──ブォォォンッ!!!
「今っ!!」
──ジャキンッ!! ズパッ!!
飛びかかってきたシェレーヌの両前足を、ルミナスは宙でバク宙しながら斬り飛ばす。
そのまま着地と同時に、剣を背中に回して投擲のフォームに構えた。
「……《リヴォルヴ・セイバー》!!」
──ブンッブンッブンッブンッ!!
ルミナスが放った剣はブーメランのような軌道を描き、再びシェレーヌの脚を次々と斬り裂いていく。
──ズババババババッ!!!!
──パシッ!!
『グギャギャギャギャガギャアッ!!!!』
──ドシィィンッ!!!
返ってきた剣をキャッチしたルミナスは、すかさず手を前に突き出す。
「《クリムゾン・スピア》!!」
──ヒュンッ!!
──ヒュンッ!!
──ヒュンッ!!
──ヒュンッ!!
──ヒュンッ!!
──ヒュンッ!!
──ヒュンッ!!
──ヒュンッ!!
無数の炎の槍が斬り落とした脚に突き刺さり、燃やし尽くす。
「これでもう動けないでしょ?」
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!! ホ゛シ゛イ゛……!! ソノ体……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』
フェリスはシェレーヌの背後から静かに回り込み、弱点となるコアを探す。
(どこ……? お尻の方にはない……だとすると……!)
ジェル骨人間との戦いを思い出しながら、フェリスは推測を巡らせる。そして結晶柱の上に跳び乗り、跳躍した──
──ダダッ!
──タンッ!
フェリスは軽やかに跳び上がり、結晶柱の先端に着地すると、眼前の敵を鋭く見据えた。
「やっぱりあった!! あいつの首元に、白い目玉!!」
ジェル骨人間との戦いを思い出しながらの推測は、どうやら的中したらしい。フェリスは即座に剣を構え、詠唱する。
「一点集中……燃え尽きて爆ぜろ! 《紅蓮剣・灼葬》!!」
──バチバチッ……ボウッ!
剣が赤く光り、炎のような火花を散らす。そしてそのまま、シェレーヌの首元に向かって跳躍し、渾身の一撃を突き立てた。
「これでぇぇぇっ!! おしまいっ!!」
──グサアァァッ!!
『グ゛オ゛オ゛オ゛……!?!?』
剣は深々とシェレーヌの首に突き刺さった。しかしその瞬間、彼女の体内からうごめく黒い水──寄生水が剣を伝い、フェリスへと這い上ろうとする。
「……っ!!」
冷や汗が滲むが、フェリスの表情は揺るがない。
「でも、もう遅いわ!!」
赤々と光り輝く剣。その刃が、一気に爆ぜる──!
──キィィィンッ!!!
──ドガァァァァァンッ!!!
「きゅいぃぃぃ……!!」
凄まじい爆発が起こり、寄生水の本体ごとシェレーヌの首を吹き飛ばす。
──スタッ…
軽やかに着地したフェリスは、煙の中から現れた黒い水の塊を一瞥し、顔をしかめて言い放つ。
「ふんっ、気持ち悪いったらないわ!」
黒い液体は地に流れ、やがてその異形を保てなくなって消えていく。
フェリスはルミナスのもとへと駆け寄った。
「フェリス!!すごいね、今の技! もしかして訓練時間以外でも特訓してた感じ?」
問いかけるルミナスに、フェリスは顔を赤らめて顔を背ける。
「ふ、ふんっ! 私だって成長してるんだからっ!」
その様子にルミナスはふっと微笑む。
そのとき──
「ルミナス様!! 柱から、水が……!」
セシリアの叫び声に振り向くと、リーネが眠る柱の表面に、制御を失った精霊の力が溢れ出していた。
──ジャアアアアアアアアアアアアッ!!!
「ま、まずい!! このままだとみんな飲み込まれる……!!」
ルミナスは柱に手を添え、祈るように魔法を詠唱する。
「お願い……正気に戻って! 《ディスペライズ》!!」
──バチバチバチッ!!
黒い稲妻が柱を覆い、内部から苦しげな声が響いてくる。
『痛い……痛い……苦しい……』
セシリアたちにもその声が届き、柱を見つめる目に緊張が走る。
「ルミナス様……こ、この声は……」
「うん、リーネだよ……でもダメ……何重にも呪いがかけられてて、解こうにも本体に負担が……!」
周囲にはどんどん水があふれ出し、地面を満たしていく。
ルミナスたちは崩れた瓦礫の上へと移動し、再び慎重に魔法を試みる。
「《ディスペライズ》……! もう少し……! 頑張って!! リーネ……!!」
──ズズズ……
柱の中から、ひとつの影が這い出してきた。
それは少女の姿を保ちつつも、全身を瘴気に包まれ、
凶悪な怨念の塊と化した存在──邪精霊リーネ・カース。
「……!!」
ルミナスが息を呑む中、セシリアがすぐに状況を読み取る。
「ルミナス様!! おそらくそれが、リーネ様を苦しめていた根源です!!」
「ってことは、こいつを倒せば──」
魔聖剣グレイスを構え、ルミナスは静かに目を細めた。
「リーネを正気に戻せるってわけね……!」
──ダッ!
先に動いたのは、黒き精霊――リーネ・カースだった。
水から精製された鋭利な刃が、唸りを上げてルミナスに迫る。
「なるほど……リーネの能力を、そのまま使えるってわけねっ!」
襲い来る刃を、ルミナスはひらりと回避した。氷のように冷静な視線で次の手を探る。
「《アイス・リリィ・パス》!」
──パキパキパキ……!
水面に、白く輝く氷の足場が連なって生まれる。
その上を疾駆しながら、ルミナスは一閃を放つ。
──ブォォン!
──バシャッ!
だが、刃は水を斬るようにすり抜けた。
「斬れない……!? なら、本体ごと凍らせて──」
魔法を放とうとした瞬間、黒き精霊が再び動いた。鋭く、素早く。
──ビシャァァッ!!
水刃が再び襲いかかる。
「なら、弾いて撃つまで!」
ルミナスは剣を構え、水刃に応じる――が。
──ズバァァァッ!!
「なっ……!?」
水刃は、魔聖剣グレイスをすり抜け、ルミナスの体を斬り裂いた。
──バシャァァァン!!
バランスを崩し、水中へと落下するルミナス。
「っ……!! ルミナス様っ!! ルミナス様ぁぁ!!」
──ドボンッ!
悲鳴を上げ、セシリアが迷わず水の中へ飛び込む。
「セ、セシリア!? う、嘘でしょ!? ど、どうすんのよこの状況!」
リーネ・カースは標的をフェリスとハキームに変える。
慌てふためくフェリスに、隣で震える声が加わる。
「わ、私も……死ぬくらいなら、最後まで足掻いてみせますぞ!」
ハキームの覚悟に呼応するように、フェリスが剣を強く握った。
「はぁぁっ!」「うおおおっ!」
二人はリーネ・カースへと向かっていく。
一方その頃──
ルミナスは水底で、必死に身を起こそうとしていた。しかし、傷口から侵入した瘴気が、彼女の動きを奪っていく。
(まずい……早く上に……この瘴気の水……重くて、身体が……動かな……)
「ごぼぼ……がぼっ……」
もがきながらも、意識はどんどんと深みに沈んでいく。
──ドボンッ!
セシリアが水中へと潜り、ルミナスのもとへと泳ぎ寄る。
(ルミナス様……!)
水は濁り視界が悪い中セシリアはどんどん深く潜っていく。
(見つけたっ……!!)
すでにルミナスの傷は癒えかけていた。しかし、それ以上に水そのものが凶悪だった。
治癒と侵食を繰り返し、苦しむルミナス。セシリア自身もまた、その瘴気に蝕まれていた。
(くっ……もう……限界……)
セシリアはルミナスを抱き寄せると、全身に力を込めて風の魔法を紡いだ。
(──《ウィンド・アセント》……!)
その風は、まるで祈りのように、ルミナスの身体を水面へと押し上げていく。
(ル……ミナス様……あとは……たの……み……ま…………)
──水面
──ザパァァッ!
風に押し上げられ、ルミナスが水面を割って浮かび上がる。
──ドサッ!
「かはっ……はぁ、はぁっ……!!」
背中から足場に着地したルミナスが、水を吐き出して荒い呼吸を繰り返す。
「ルミナス!!」
駆け寄ってくるフェリスは血と泥にまみれ、後ろではハキームが倒れていた。
「セシリアは!? セシリアは一緒じゃないの!?」
ルミナスは水面を見渡す。だが、濁った水が何も映さない。
「まさか……!! セシリア!! 今、助けてあげ──!」
そのとき、リーネ・カースが再び動く。
──ビシャァァッ!!
標的をルミナスに切り替え、黒き精霊が迫る。
「くそっ……! お前の相手をしてる暇なんてないんだよっ……!! セシリアぁぁっ!!!」
焦燥に駆られたルミナスの声が響く。
──そして、その水底。
セシリアの胸元から、ひときわ青く、淡い光が――静かに、広がり始めていた。