第四章 第8話:蜘蛛糸断ち切る刹那の一閃
──あらすじ──
セシリアたちは、ザハール砂漠のオアシスへと急ぐ。
道中、遺された痕跡や不穏な気配が彼女たちを導き、
地下に眠る真実と対峙する。仲間との絆、そしてそれぞれの決意が交錯する中、
運命を切り開く一閃が走る──。
──ザハール自由連邦国・宿屋前
時は少し遡る。
セシリアとフェリスは宮殿を飛び出し、ケルベロス部隊が滞在している宿屋の小屋へと急行していた。
「ま、待ってくだされ……!!セシリア殿、フェリス殿っ……!!」
後方から荒い息をつきながら、ハキームが懸命に追いつく。
セシリアはケルベロスたちの前に立つと、鋭い声で命じた。
「ケル、ベロ、スー!ルミナス様の居場所が判明しました。目的地を指示します、すぐに荷馬車を出して!」
「ワフッ!!」×3
三頭の魔獣が力強く吠え、すぐに荷車の準備へと取りかかる。
セシリアは御者席に飛び乗り、フェリスとハキームが荷台に乗り込んだのを確認して、出発の構えを取る
──そのとき。
「セシリア殿……!!お待ちくだされ…!」
背後から駆けつけたのは、グラン=カリフ王だった。
彼は胸元を押さえながら、小さな結晶のかけらを差し出す。
「こちらを、あなたに授けます……」
セシリアは差し出された結晶を手に取り、息を呑んだ。
それは、ターコイズブルー色に煌めく精霊石の破片──ただの装飾品ではない。
「綺麗……これは……?」
「はい。精霊核の欠片です」
一瞬、空気が凍りつく。
精霊核とは、精霊の生命の源にして、自然の理を司る力の結晶。
その欠片を託されることが、いかに重大な意味を持つか──セシリアはすぐに理解した。
「きっと彼女は、これをあなたに託すよう、私に告げていたのでしょう」
グランの瞳は静かに揺れ、確信に満ちていた。
「これは、あなたが持っていてください。きっと、近くその役目を果たすときが訪れます」
セシリアは頷くと、欠片を丁寧に首に掛け、服の中へと収めた。
「ありがとうございます。……行ってまいります!」
パンッと手綱を鳴らし、セシリアは出発の合図を送る。
「ワンッ!」×3
ケルベロス部隊が砂煙を巻き上げて走り出す。
見送るグランは、荷馬車に向けて深く一礼すると、天を仰ぎ願うように呟いた。
「どうか……あの者たちが無事で帰ってこられますように。……見守っていてください、フェリアム様……」
──ザハール砂漠・夕暮れ
砂を蹴立て、駆けるケルベロス部隊。その背にはセシリア、フェリス、ハキームの三人が揺られていた。
「セシリア殿! この先、砂丘に囲まれた地形にオアシスがあります!」
ハキームが叫ぶ。ザハール国を出てから三十分、馬車の進行方向には目的地が近づいていた。
セシリアは手元の地図と周囲の星の位置を照らし合わせ、正確に進路を調整する。
そして振り返り、後方を警戒するフェリスに声をかけた。
「フェリス、グルザームの群れは後を追ってきていない!?」
フェリスは望遠魔法で背後を覗き込むと、目を細めて答えた。
「……大丈夫そう! 追ってくる気配はないよ!」
道中十五分ほどが過ぎた頃、前方の砂地に異様な影が浮かび上がった。
巨大な、そして異様に膨れた“何か”が道を塞いでいる。
「……あれは?」
「まさか……! ルミナス様を呑み込んだ、あの巨大グルザーム……!」
フェリスが目を見開き、外に身を乗り出して死骸を見つめる。
確かに、その巨体の腹部には、まるで中から破裂したような巨大な穴が空いていた。
「セシリア! 見て、グルザームのお腹! 貫通してる!!」
「おそらく、ルミナス様が内側から魔法で穴を開けて脱出なされたのでしょう……」
セシリアは冷静に分析しつつ、荷馬車に指示を出して横を通り抜けようとした。
──キラッ……
微かに、煌めく光が視界の端で反射する。
「──!! ケル! ベロ! スー! 止まってっ!!」
「ワンッ!!」
──ズザァァァァッ!!
急停止した荷馬車。フェリスが思わず立ち上がって叫ぶ。
「セシリア!? どうかしたの!?」
セシリアは無言で荷馬車を降り、死骸へと駆け寄っていく。
慌ててフェリスとハキームもその後に続く。
「セシリア!? なにか見つけたの!?」
セシリアは躊躇なく、グルザームの腹部の穴に手を突っ込む。
「……はい、これが……」
「魔聖剣……グレイス!?」
フェリスが驚愕の声を上げる。
セシリアが引き抜いたのは、まさしくルミナスの武器。魔聖剣・グレイスだった。
「……やはり、胃の中で脱出を図り、そのままオアシスへ向かわれたのですね」
「もー……ほんと、無茶するんだから……」
フェリスは呆れたように微笑み、セシリアも小さく頷いた。
セシリアは魔聖剣グレイスを荷馬車に積み込み、再び手綱を握る。
ケルベロス部隊は唸り声をあげ、今度こそ、砂漠の向こう──オアシスへと向かって走り出した。
──ザハール砂漠・オアシス
やがて、ケルベロス部隊が地を駆ける轟音と共に、セシリアたちは目的地──オアシスへと到着した。
「う……うそ……これが今のオアシス……!?」
一度、かつての姿を見たことのあるフェリスは、そのあまりにも凄惨な変貌に言葉を失った。
かつては清らかな水と命の緑に包まれていたオアシスは、今や黒く濁った水を湛え、禍々しい瘴気に満ちていた。
「……これは酷いですね……」
セシリアも険しい面持ちで水面を見つめる。
そのとき、ハキームが馬車を降り、水面に鍵のようなものをかざし、反時計回りに捻った。
──ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
雫のような湖の先端、そこから地面が割れ、地下へと続く階段が姿を現す。
「さ、地下への道が開かれました!急ぎましょう!」
ハキームの案内で、彼らはかつての奴隷監獄──オアシスの地下へと足を踏み入れる。
通路の壁には青い魔法のランタンが灯り、淡く揺れる光が彼らの進むべき道を照らしていた。
「この地下は、もともと奴隷を収容する監獄として使われていました。
リーネ様はその最深部──地下二階の大広間にて、精霊核と共に眠って居られるはずです」
その言葉に皆が頷き、先を急ぐ。だがその時──
「フェリス、あれを……!」
セシリアが前方を指さす。その先に──
「え……なに……?」
フェリスの視線の先にあったのは、びっしりと地面を覆い尽くすほどの虫型魔獣の群れだった。
「い……いやぁぁぁぁぁぁっ!!!こ、ここ通るのっ!?む、無理無理無理無理っ!!!!」
フェリスは両手を振って後退り、顔を引きつらせる。
「嫌なら置いていきますよ」
セシリアは一切動じることなく、平然とその群れの中を歩き出した。
「あ、あんた……嘘でしょ……!? うぅ……」
渋々、泣きそうな顔でついて行くフェリス。
「ちょ、ちょっとぉ……!!置いてかないでよぉ……ひぃっ……!」
その様子にハキームも驚きを隠せず、呆然と口を開く。
「な、なんということだ……これほどまでの魔獣が……。と、とにかくこちらです……!」
だが、次の瞬間。
──ギギッ……ギギギ……
「……ッ!?」
フェリスの脚にムカデのような魔獣が絡みついた。
「っ~~~!!」
フェリスの全身に、脚から首筋まで、凄まじい鳥肌が走る。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
──ダダッ!!!
脚をバタつかせながら、全力で通路の奥へ駆け出すフェリス。
「フェリス!! 待ちなさいっ!!」
──ドスンッ!!
「へぶっ……!!」
走った先で、何かに衝突して尻もちをついたフェリス。顔を上げると、そこには白いローブをまとった人影が立っていた。
「いたた……今度は何よ……ん? ……人?」
ハキームが駆け寄り、その姿を見るなり叫ぶ。
「……!! そのローブは……宮殿の従者!? 一体、なぜここに……!?」
疑問を抱きつつも、ハキームはその肩に手をかけ、顔を確認しようとする。
──ブルルッ……ブルンッ……
「なっ……!?!?」
その体が小刻みに揺れ始めた瞬間──
「……!?」「!?!?」
ローブの下から現れたのは、ジェル状の液体に包まれた白骨死体──そう、ルミナスが放置して行ったあのジェル骨人間だった。
「な、なにこれ!? 水っぽいジェルで骨が包まれてる……!?」
セシリアは即座に戦慄を覚え、前へ出て叫ぶ。
「フェリス!! 何か嫌な気配がします!! 戦闘態勢を!!」
すると、ジェルの色が淡く変わり始め、やがて墨のように濃い黒へと染まっていく──。
──ズズズズ……
『ゴロズ……ゴロズ……ゴロズゥゥゥゥゥ!!!!!!』
振動と共に、ジェル内部から発せられた音が、まるで声のように響き渡る。
「丁度いいわっ!!気持ち悪い気分をあんたで払拭させてもらうわっ!!」
フェリスが踏み込み、一閃!
──ズバッ!!
──ブルルッ……
しかし──その一撃は、弾力のあるジェルに吸収されてしまった。
「なっ……!?」
すると、ジェルの一部が触手のように蠢き、先端を鋭い槍のような形に変えながら襲いかかってくる!
──シュッ!! シュッ!! シュッ!! シュッ!!
──ガッ!!
──キンッ!!
──ガギィッ!!
──キンッ!!
飛び交う無数の槍を、フェリスは華麗な剣捌きで受け流す。
その目には恐怖ではなく、確かな意志と闘志が宿っていた。
「セシリア!! 先に行って!! こいつは私がなんとかする!!」
「勝算はあるんですか?」
セシリアの冷静な問いに、フェリスはふっと笑い──
「これから考えるのよ!!」
その無鉄砲な返答に、セシリアも笑みを返す。
「では、任せました!! フェリス!!」
「任されたわ!!」
──ダダッ!!
セシリアとハキームが走り去る。ハキームが声を上げる。
「よ、よろしかったのですか!? 一人で……!」
「ええ、彼女なら大丈夫です。それに、私たちがいると本気を出せないでしょうから」
フェリスは剣を構え、ゆっくりと息を吐く。
「ふん、行ったわね……」
薄く笑みを浮かべたその刹那──彼女の剣が赤く、燃え立つように輝き始める。
──ジジジッ……ボウッ……!!
「さぁて……耐えられるかしら、この斬撃に──!!」
──オアシス・地下2階
迷いなく進むセシリアたちは、階段を降りてすぐ、倒れ伏す無数の屍を見つけた。
「な、なんですか!? こやつらは……!」
セシリアはその死体がザハールの民ではないことに気づく。
「これは……死体……? 身なりがザハールの人間とは違いますね……」
ハキームが近づき、屍の服装に目を凝らす。
「ええ……これは他国の、しかも――すでに滅びた国の兵士たちですな……」
そう言って指さした紋章は、今はもうどの国家にも属していない意匠だった。
「ですが、これで確信できました。ルミナス様は、この先の大広間にいらっしゃる……!」
そう言い切るハキームの背後で、扉の向こうから轟音と振動が重なって響いてくる。
──ドゴォォォォォォオンッ……!! グラグラグラ……!!
──ブシュウゥゥ……!! パラパラ……!
『ボグ………ゴレグ……ジョ……ン………!』
──ドドドドドッ……!!!!! パラパラパラ……!
「ハキーム様!! あちらですね!?」
「はい! 間違いありません!! 行きましょう!!」
二人が駆け出した先にあったのは──大量のゾンビの屍がうず高く積まれた、死体の山だった。
「こ、これは……!」
「ひぃぃぃぃ……! なんとおぞましい……!!」
次第に近づいてくる、叫び声と轟音。
『ヅガマエダァァァァァァ……!!!!!!』
──ドドドドドドドドドッ!!!!!
「わっ! ちょっ……!! 待って待って待ってぇぇぇ!!!」
「──!!」
──ダダッ!!!
「セ、セシリア殿っ!!」
その声を聞いた瞬間、セシリアは全速力で扉を蹴り飛ばし、破壊するように突入した。
「──ルミナス様っ!! これをっ!!」
叫ぶと同時に、魔聖剣 《グレイス》を手に構え、渾身の力で投擲する。
──ブンブンブンブンッ!!
──ジャキンッ!!
剣はルミナスの足元に突き立つ。
「……これは……!」
ルミナスは一瞬で理解し、迷わず柄を握った。
──シュィンッ!!!
鋭い一閃が走り、黒く絡みついた蜘蛛糸がいとも容易く切断されていく。
──パラパラパラ……
自由を取り戻したルミナスが振り向くと、そこにいたのは──
「……!! セシリアっ!!!!」
ぱっと笑顔が花開く。
だが、セシリアは指を差し、叫ぶ。
「ルミナス様っ!! 前!! 前っ!!」
「──!!」
シェレーヌが猛然とルミナスへタックルを仕掛けてくる。
その口からは、もはや言葉ともつかぬ異音が漏れていた。
『ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ッ!!!!』
ルミナスは魔聖剣を構え、低く囁く。
「……《セレスティアル・ブレイド》」
──シュンッ!! シュンッ!! シュンッ!! シュンッ!!
──シュンッ!! シュンッ!! シュンッ!! シュンッ!!
目にも留まらぬ八連撃が、シェレーヌの八本脚をすべて斬り落とす。
──ドシャァァァァッ!!!
『ギヤアアアアアアアアアアアッ!!!!!グオガァァァアアッ!!!!』
悲鳴をあげながら、シェレーヌは体勢を崩し、床に崩れ落ちる。
武器の強化を解き、ルミナスは駆け寄る。
「セシリアっ!!」
「ルミナス様っ!!」
互いに叫び、迷いなく駆け寄ると、セシリアはそのままルミナスを抱きしめた。
「心配かけて、ごめんね……セシリア」
「いえ……私は、絶対に生きていらっしゃると信じていました……」
静かに微笑み合い、二人は手を取り合う。
ふと周囲を見渡すルミナスが、首を傾げる。
「あれ? そういえば、フェリスは……?」
「ええ、彼女は──」
──バァンッ!!
勢いよく、後方の崩れかけた扉が開く。
「はぁ……はぁ……あんたたち……何イチャついてんのよ……人が、一生懸命追ってきたってのに……」
「フェリスっ!!」
肩や太ももに斬られた痕が残るも、気丈に笑みを浮かべるフェリスが立っていた。
「なんとか勝てたようですね」
「ふ、ふんっ……! あんな奴、本気を出すまでもなかったわよっ……!」
その言葉に、ルミナスとセシリアはほっとした表情を見せる。
しかし──
『グギギ……ゴロズゥゥゥ……!! ゴロズゥゥゥゥゥ……!!!』
切断された脚で、シェレーヌがなおも立ち上がろうとしていた。
ザッ──と、三人が横一列に並ぶ。
ルミナスが低く声を放つ。
「……さあて。もう一仕事、やっていきますか──!!」