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第四章 第7話:女神と企み

            ──あらすじ──


オアシス地下に広がる謎の結晶空間で、ルミナスは新たな敵と対峙する。

そこで交わされる不穏な会話、そして蠢く異様な気配。

水の異変の裏に潜む「企み」の全貌が、ついに姿を現し始める──



──オアシス・地下2階:精霊結晶の間


淡く輝く結晶の柱。その奥で、何やら怪しい二人組が話していた。


「──ザリオス……まだ終わらないの……? 僕、早く帰りたい……」


「ちょっと待ってくださいよシェレーヌ。精霊というのは繊細なのです。これでも私、頑張っているのですよ?」


声の主は、魔王幹部ザリオス=グリムヴェイルと、黒いゴスロリドレスをまとい、前髪で目元を隠した白い肌の少女──シェレーヌ。歳は十代前半ほどに見える。


ルミナスは声のする方へと歩みを進め、結晶の端からそっと顔を覗かせる。


「いいですか? シェレーヌ。この精霊核が手に入れば──」


「誰かいるのー……?」


ルミナスとザリオスの視線が、バチリと交差した。


「あっ。」


「あっ。」


「あぁぁぁぁぁっ!!!!!」「あぁぁぁぁぁっ!!!!!」


ルミナスとザリオスは同時に叫び声を上げ、シェレーヌは耳を塞ぎ目を閉じる。


「な……なに…? う、うるさっ……」


ルミナスはすぐさま構えを取り、手のひらをザリオスに向ける。


「ザリオス!? やっぱり……オアシスの水を腐らせてたのは、あなただったのね!!」


ザリオスはシェレーヌの背後へと退きながら口を開いた。


「クックック……これはこれは。お久しぶりですね。それにしても、どうしてあなたがここに? てっきりグルザームに消化されたものとばかり……」


ルミナスの目が鋭く細められる。


「やっぱり……あのグルザームは、あなたの使役する魔獣だったのね?」


「御名答。しかし、残念ながら効果はなかったようで……」


ザリオスはそっとシェレーヌに囁いた。


「いいですか……あなたが時間を稼ぐのです。そのために連れて来たのですから……」


「え……僕? じゃ、じゃあ僕が殺したら……あの人の死体、好きにしてもいい……?」


「ええ、もちろん。ただし、相手は神の使いです。くれぐれもお気をつけて……」


やり取りが終わったところで、ルミナスが声を上げる。


「話は終わった? それじゃ、このオアシスの水を元に戻してもらうから!」


魔力を手に集中させようとするルミナス。しかし、その前にザリオスが慇懃無礼な口調で割り込む。


「おおっと、その前に。彼女があなたと遊びたいそうでして……お付き合い願えますかな?」


すると、黒いドレスの端をつまみながら、シェレーヌがぺこりと頭を下げた。


「こんにちは……女神のお姉ちゃん。僕は魔王幹部の一柱……シェレーヌ・モルヴァだよ……?」


「ま、魔王幹部の一柱!? この子が……?」


「そうだよ……お姉ちゃん、とっても綺麗だね……ふふっ。その綺麗なまま僕の屍コレクションになってよぉ……」


シェレーヌの口元が不気味に釣り上がる。その手が空中で踊るように動く。


──ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!

   

──ぐいぃっ……!


すると、天井から先ほどのゾンビと同じような死体が次々に吊るされて降りてくる。


「うふふ……これ、僕のコレクションなんだ。今はまだ動かないけど……ザリオス、お願い……」


「ええ、喜んで!」


ザリオスは結晶の柱に手を当て、魔力を注ぎ込む。


「さぁ! 起きなさい! 精霊リーネよ。今一度、生命を宿す水を出せ!」


結晶柱が黒い稲妻に包まれ、苦痛の声が響く中、黒い水が滴り落ち始める。


『あぁぁぁ!!……くっ……ぅ……た…たすけ……て……』


──ビチャビチャッ!!


「さあ、生命の水たちよ! その屍に宿り、動きなさい!」


黒い水は屍へと吸い込まれ、シェレーヌの糸に絡みつくように融合していく。触手のように全身を動かし、まるで操り人形のように動き始めた。


その光景を目の当たりにしたルミナスは、怒りを抑えられなかった。


「ザリオス!! なんて酷いことを……!! 今、助けてあげるから待ってて!!」




──ダッ!!!


ルミナスはザリオスのいる結晶の柱へ向かって駆け出す。しかし、その行く手を阻んだのは、うごめくゾンビの群れだった。


「お姉ちゃん……? どこ行くの? 僕が相手だって言ったでしょ……?」


シェレーヌの冷えた声が響く。


『ゔぁぁぁ……』『ぐぅぁ……』『がぅ…ぁ……』


唸り声をあげながらゾンビたちがルミナスに迫ってくる。しかし、彼女は既にその弱点を完全に把握していた。


「悪いけど──邪魔っ」


──バチチッ……!!

   

──バリバリバリバリッ!!

     

──ドサッ…! ズシャッ…! グシャッ…!


雷の魔法を精密に操り、ルミナスはゾンビの首筋にまとわりついた黒い水だけを的確に撃ち抜いて蒸発させていく。


「そ、そんな……!! 僕の動く屍コレクションが……!!」


「シェレーヌ! な、なにをしているのですか!? 早くこの女神を止めてくださいっ!!」


ザリオスの叫びを背に、ルミナスが拳を握りしめてザリオスの頭めがけて突き進もうとした、その瞬間──


──ぐぃぃぃぃ……


「!?」


──ブンッ!!!


強い引き戻しの衝撃。ルミナスの腕が何かに絡め取られ、後方へ引っ張られる。


視線を落とすと、腕にはキラキラと光る白い糸が巻きついていた。


「これは……蜘蛛の糸……!?」


視線を上げると、シェレーヌの周囲に禍々しい瘴気が漂い始める。


「ああっ……ほしい……お姉ちゃんの……死体……」


「僕の……僕のっ──」


メキメキという不気味な音と共に、シェレーヌのスカートの下から無数の虫型魔獣が這い出してくる。


──メキ……メキメキメキッ……!!


「僕の……コレクションになってよぉぉぉっ!!!!」


スカートの裾から伸びる八本の脚。前髪がかき分けられ、顕になった八つの光る目。その姿は、まさしくアラクネ。


「……!? 蜘蛛の魔族ってわけねっ!!」


ルミナスは手に絡まった糸を一気に引きちぎると、シェレーヌの突進を回避する。ザリオスはその隙に結晶の柱に再び手を当て、作業へと戻っていた。


「ふぅ……危ないところでしたよ。最初から本気でやればいいものを……」


──ドドドドドドドッ!!!


「待てぇぇぇ!! 僕のコレクションんんん!!!」


シェレーヌは八本の脚で床を叩きながら、猛スピードでルミナスを追いかける。


「……あなたと遊んでる暇はないの」


「燃え尽きて、そして消えて──《ヴォルカニク・ノ(紅蓮爆華)ヴァ》!!」


──キュゥッ……!!

   

──ドゴォォォォォォオオオオンッ!!!!


炸裂する火炎魔法の一撃。轟音と共に結晶の間が赤く染まる。


だが──


「きひゃひゃひゃ!! 残念だったねぇぇぇ!! 僕の屍を盾にすれば無傷だよぉぉぉ!!!」


シェレーヌは、焦げた死体を糸で操り、ルミナスの魔法を防いでいた。そしてその焦げた死体を次々と投げつけてくる。


──ブンッ!! ブンッ!! ブンッ!!


それらをルミナスは軽やかに回避する。しかし、着地したその瞬間──


──ブシュウゥゥゥッ……!!


「……!!」


シェレーヌの放った糸が、ルミナスの体に絡みつく。


「きぃひゃひゃひゃっ!! 捕まえたぁぁぁ!!!」


脚を器用に使ってルミナスを手繰り寄せるシェレーヌ。


「もう、この糸からは逃げられないよぉぉぉ!!??」


──ガブッ……!!


「っ……!」


ルミナスの首筋に牙を立てるシェレーヌ。


「僕の牙には即効性の麻痺毒が分泌されてるんだぁ……くひひっ!! もう動けないでしょぉぉぉ???」


がくん、と力が抜けるルミナスの身体。


「きゃひゃひゃ!! やった!! やったぁ!! 僕のコレクションに女神が追加された!!」


その光景を見届けながら、ザリオスは満足げに嗤う。


「おお……これは出来しましたな、シェレーヌ! クックック……!! これで人類は滅んだも同然──」


──ブチブチブチッ!!

 

──パァァンッ!!!!!


ザリオスの高笑いが終わるよりも早く、シェレーヌの顔が半分吹き飛ぶ。


「ぎぃやあああああああああっ!!!顔がああああああああっ!!!!!!」


ルミナスは糸を強引に引きちぎり、シェレーヌの顔面に鋭いストレートを叩き込んでいた。


「なっ……!? なにが……!?」


目を見開くザリオスに、ルミナスは涼しい顔で応える。


「あー、ごめん。私、そういうの効かないから」


「……!?!?!?」


シェレーヌが顔を両手で押さえてうずくまったその瞬間、ルミナスは再び間合いを詰めると、思い切り蹴り飛ばした。


──ズワッ!!

 

──メキメキメキッ……!!


──バゴォォンッ!!


「ぎゃっ……!!!!」


──ドガァァァンッ……!!


部屋の壁に叩きつけられたシェレーヌが呻き声を上げる。


ルミナスは悠々と歩きながらザリオスへと迫る。


「魔法は死体で防がれる、接近戦は糸で逸らされる……だったら、わざと捕まった方が早いよね?」


冷や汗を浮かべながら、ザリオスは笑みを張り付かせる。


「い、いやいや……もしそのまま殺されていたらどうするつもりだったんですか……!?」


「すぐには殺さないでしょ?だって、私を“綺麗な状態で”コレクションにしたかったんだから」


にっこりと微笑んで続ける。


「それに蜘蛛って生き物は、まず神経毒で獲物を麻痺させてから食べるもの。……私、加護のおかげで毒とか無効なんだ」


「ぐっ……シェレーヌの趣味が仇となったわけですね……」


ルミナスはザリオスの胸ぐらをつかみ、拳を構える。


「さあ、この術を解きなさい。それと、オアシスの水も元に戻してもらうわ」


「わ…わかりましたよ……ええ、な、なのでまずはその拳を下ろしませんかね……?」


だがザリオスは、シェレーヌの方に視線を送りながら笑い始めた。


「クックックック……」


「何がおかしいの?」


「いえいえ……またしても運は私の味方をするのだと思いましてね……?」


「……?」


──ズワァァァッ!!!!


突如、背後から黒い糸の塊がルミナスに襲いかかる。


「う、うわっ!?」


間一髪で身を翻し、ルミナスはザリオスを離して後方を振り返る。


「なっ……!?」


『グギャギャギャギャガギャアガアアアアア!!!!』


蹴り飛ばされたはずのシェレーヌが、黒い水に全身を覆われ、異形の姿で暴れ始めていた。


『ボグノ……ゴレグジョンンンン………!!!!』


──ドドドドドドドッ!!!!!


その体はさっきよりも数倍に膨れ上がり、巨大な脚でルミナスへ突進する。


「ちょ、ちょっと!? どうなってるのよ!?」


ザリオスは得意げに語り出す。


「クックック……特別に教えてあげましょう。この黒い水は、魔族の魔力と精霊の力を融合させた生きた水──いわば“寄生水”……」

「寄生された宿主は乗っ取られ、人間を襲うよう調整済みでしてねぇ……」


そしてザリオスは両手を広げ意気揚々と話し続ける。


「そしてぇ!! これを世界中にばらまけば、人間同士での争いが始まる……! なんて素晴らしいショーだと思いませんか!?」


──ブシュッ!!

 

──ズワッ!!

 

──ブワァァッ!!


 シェレーヌの攻撃を必死にかわしながら、ルミナスは叫ぶ。


「そんな……ことっ……! させる……もんですかっ!!!」


「おっと、少し遅かったようですね……こちらを見てください」


 ザリオスは手に光る物体を掲げる。


「これが……精霊核でございます」


「……!?」


「精霊核がなければ、オアシスの水は暴走し、地上が水没するやもしれませんなぁ?」


ザリオスは精霊核を手にしたまま、ゆっくりと後退し、笑い声を響かせた。


「では、私はこれにて……クックック……ハッハッハッハーッ!!」


黒い霧を残して、ザリオスの姿がかき消える。


「くっそ……!! どうすれば……っ!!」


──ブシュァァァ!!!


「しまっ……!!」


ルミナスはザリオスに気を取られシェレーヌの吐いた黒い糸に捕まってしまった。


「ふんっ……!!あれ!?ふんぬぬぬ……!!」


先程の糸とは違い強度が増し簡単には抜け出せない。


『ヅガマエダァァァァァァ……!!!!!!』


──ドドドドドドドドドッ!!!!!


シェレーヌはルミナスに向かって凄まじい速度で迫ってくる。


「わっ!ちょっ……!!待って待って待ってぇぇぇ!!!」


そのとき、結晶の間の入口から誰かの声が響いた。


「──ルミナス様っ!! これをっ!!」


──ブンブンブンブンッ!!

 

──ジャキンッ!!


「……これは……!!」


床に突き刺さるようにして投げ込まれたのは、ルミナスが失ったはずの魔聖剣 《グレイス》だった。

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