第四章 第6話:女神と地下
──あらすじ──
声に導かれ、ルミナスは静かなオアシスの地下へと足を踏み入れる。
だがその深部には、かつての静寂とはかけ離れた異様な気配が満ちていた。
待ち受けていたのは、想像を超える“異常”。
ルミナスは持ち前の知識と機転で、地下に潜む謎へと一歩踏み出していく──
──オアシス・地下
ルミナスは誰かの声に導かれるように、石造りのオアシス地下へと静かに足を踏み入れた。
暗視スキルを持ってはいたが、壁には自動で灯る青い炎のランタンが並び、柔らかな光が彼女の進む先を照らしていく。
ピチャ……ピチャ……と、静かな空間に水音が反響する中、ルミナスは周囲を警戒しながら歩を進めた。
「なんか虫の魔獣多くない……? ここって、そういうダンジョンなのかな?」
軽口を叩きながらも、出現する虫型の魔獣を片手で難なく屠りつつ進行していくルミナス。
本来このオアシス地下には魔族や魔獣など存在しないはずだったが、彼女はその事実を知らない。
ただの虫系ダンジョンだと思い込み、探索を続けていく。
「んー……そろそろ何かあってもいいと思うんだけど……ん? あれ……人?」
地下の奥、淡い光の中でフラフラと歩く人影を発見する。
白いローブを纏ったその姿に、ルミナスは警戒しながらも声をかけた。
「あの~……すみませーん」
しかし返事はなく、振り向きもしない。
違和感を覚えたルミナスは拳に魔力を溜めつつ、静かに近づく。
「あの~……大丈夫ですか……?」
その顔を覗き込んだ瞬間、ルミナスは言葉を失った。
「……っ!? な、なんだこれ……」
それは、骨格をゼリー状の何かが覆って動いている存在だった。
まるで肉や筋肉の代わりに、ジェル状の組織が骨にまとわりついているような異形。
「……人だったもの、か……? 骨を覆うジェル……生きてるの? いや、動いてるけど……」
しかしその奇怪な存在は襲ってくる様子もなく、ただゆらゆらと徘徊しているだけだった。
「見た目は完全にモンスターだけど……敵対してこないなら、放っておくか…」
魔力を収め、警戒を残したまま通路を進む。
入り組んだフロアをひとつずつ調べていくが、中には朽ち果てた本や崩れた書類、錆びた鎖や拷問具らしき器具が並んでいる。
「ダンジョンっていうより……施設って感じがしてきたなぁ……」
そう呟きながら、一つひとつ牢屋を確認していく。
その途中、ある部屋の壁の下側に何かが掘られているのを発見した。
「あれ? ここの部屋だけ妙に綺麗だな……え? これ……壁に何か書いてある?」
近くには、彫刻に使ったと思しき金属の破片も落ちている。
ホコリを払ってしゃがみ込み、刻まれた文字を指でなぞる。
『聖暦2340年 ジーク=カリフとリーネ・ローゼリッタはここに誓いを立てる』
そこには神聖歴よりはるか昔に刻まれたであろう誓いの言葉が彫られれいた。
ルミナスは静かに掘られた文字を読み上げていく。
「……そして共に歩み共に死ぬことを誓います……聖人暦2340年……ジーク=カリフとリーネ・ローゼリッタ……」
「……リーネ・ローゼリッタ……!?!?!?!?!?」
その名を見た瞬間、ルミナスの目が見開かれる。
それは──セシリア・ローゼリッタと同じ姓だった。
「いや、でも……同じ名前の人っているし……まさか……」
そう思いながらも、ザハール砂漠で出会ったあの少女の姿を思い出す。
薄い金髪、青い瞳、整った顔立ち──そしてセシリアにどこか似た面影。
「……もしかして、先祖ってこと……?」
リーネという名を持つ少女。そしてオアシスの名が『リーネの涙』。
「無関係ってわけじゃなさそうね……一体、ここで何があったんだろう……」
疑念と興味が胸に渦巻く中、ルミナスは更なる奥へと足を進める。
そして、階段を見つけた。
「おぉ! さらに下へ続く階段だ! 見忘れなしっ、宝箱は……そもそもなしっ! よし、行くかっ!
下へ続く階段に足を踏み入れようとした瞬間、ルミナスの足がピタリと止まる。
「……なんだ、この嫌な気配。魔獣でも魔族でもない……」
不穏な空気を感じながらも、ルミナスは覚悟を決めて階段を降りていく。
──オアシス・地下2階
薄暗い通路の先、突き当たりに差しかかったルミナスは、そっと顔を覗かせた。
「……!! ゾンビ!?」
そこにいたのは、血の気のない肌に軽鎧をまとい、よろよろと歩く、まさしくゲームや映画で見たようなゾンビだった。
ただ一点違うのは、身体のあちこちに黒いジェル状の何かが絡みついていることだった。
「なんだ、あれ……? うようよ動いてる……?」
ゾンビの観察に集中していたルミナスの耳に、別の通路からうめき声が届く。
『ゔあぁうあぁぁっ!!』
「あっ!!後ろに!? バレた!!」
ゾンビがルミナスに向かって両側から迫ってくる。
「バレちゃったのなら仕方ない! いいよっ! ゾンビの相手なら熟知してるもんね〜!」
両手を拳銃の形に構えたルミナスは、にやりと笑った。
「私がどれだけバ◯オやったと思ってるの? 君たちの弱点は頭!! 一点集中!!《スナイプ・バレット》!!」
──キュィィンッ!!
──バキュンッ!! バキュンッ!!
──バキッ!! ガキャッ!!
──ドサッ、ドサッ……
見事に頭部へ命中した魔弾により、ゾンビたちは地面に倒れ伏した。
ルミナスは指先から煙を吹き払い、ガンマンのようにポーズを決める。
「ふっ……バ◯オのTA上位1%の実力を甘く見ないでよね」
だがその瞬間、倒れたゾンビのひとりがルミナスの脚をガシリと掴んだ。
「ほぁ!? えっ!? 動いてるの!? まずい! このまま噛まれたら……私ゾンビになっちゃう!?」
慌てて魔聖剣グレイスを取り出そうと鞘に手を伸ばすも──
──スカッ、スカッ……
「ない!? ……そ、そういえばグルザームに飲まれた時、一緒に……」
「し、しまったぁぁぁ!! 死骸の中に置いてきちゃったぁぁぁ!!」
必死に足を振り回して振り払おうとするルミナス。
「うわわわっ!! こ、こら!! 噛むなーっ!! こっちはハーブ持ってないんだからっ!!」
その勢いで脚を蹴り上げると、ゾンビの片腕がもげて飛んだ。
──ブンブンッ!!
──すぽーんっ!!
──ズシャッ……
だが、それでも立ち上がるゾンビ。掴んだ腕もなおルミナスの脚にしがみついている。
「な、なんなのこいつら……っ!」
そしてルミナスは閃いたように叫んだ。
「そうだ! ゾンビには炎!! 汚物は消毒!!《クリムゾン・スピア》!!」
──ボウッ!!
──ヒュンッ!!
炎の槍がゾンビに命中し、燃え上がる。すると体から黒い水のような液体が蒸発するように溢れ出す。
「……? 黒い水……?」
『きゅいぃぃぃ……!!』
──ボワッ!!
──ズシャッ……
水が消滅した瞬間、ゾンビも崩れ落ち、しがみついていた腕も力なく落ちた。
「なるほど……それが本体だったわけね」
もう一体のゾンビに向き直るルミナス。
それを見ていたゾンビが慌てた様子で必死に逃げようとした。
「ほいっ、《サンダーバインド》」
──ビリリッ!!
『きゅあぁあぁ!?!?』
「逃げようとしたってことは、多少の知能はあるってことね……」
黒い水のような生命体を観察する。
「さっきのジェル骨人間にくっついてたのと似てる……白い目の模様に触手……なるほど、こいつで操ってたのね」
「……《ショック・ボルト》」
──バチバチバチッ!!
──ジュッ……
──ズシャッ……
雷撃により最後のゾンビも崩れ落ちた。
奥へと進むルミナス。やがて古びた扉にたどり着く。その扉には閂がかけられていた。
「ここの扉だけ厳重だな……怪しい……」
──ガコンッ
ルミナスは閂を外し、ゆっくりと扉を開けた。
──ギィィィィ……
「おじゃましま──」
扉の隙間から顔を覗かせたルミナスの目に飛び込んできたのは、
『ぐぅぅわ……』『うぅ……わぅ……』『ぐあぁ……うぅ……』
『ばぁ……ぁ……』『ぐぃぃ……あ……』『ぼぁ……うぁ……』
──バタンッ……
50体を超えるゾンビたちが徘徊していた。
「うん、ボス部屋だね。うん、別の場所探そ。そうしよう……」
扉を静かに閉じたルミナスは、未探索のフロアを探すことにした。
「開かない……」「空っぽ……」「なにもない……」「行き止まり……」
どこもハズレばかりだった。
「……やっぱりあそこしかないのね」
ゾンビ部屋の前に戻り、腕を組んで考え込む。
「要は、あの黒い水をどうにかすればいいってことでしょ?」
「炎……は密室じゃ煙が充満して危険だし、雷……は全体に届かない可能性がある。うーん……」
数分後、ルミナスは手を打った。
「あっ、そうだ!」
そっと扉を開き、手だけを部屋に差し入れて地面へ触れる。
「上手くいってね〜……《フロスト・ノクス》」
──ヒョオォォォォ……
冷気が部屋中に広がっていく。
そして冷気を流すこと数分。
──ドシャッ…… ──ズシャッ…… ──バタッ……
──ドサッ…… ──グシャッ……
冷凍庫のような気温により、黒い水が凍りつき、ゾンビたちは次々と倒れていった。
「よし、上手くいったみたいね……」
顔をひょこっと出すと、ゾンビたちは全て地面に崩れ落ちていた。
「悪く思わないでね、これも戦略だから」
白い息を吐きながらルミナスは部屋の奥へと進む。
「うぅ……自分でやっといて寒いわ……」
その奥には、さらに大きな扉が待っていた。
「いかにもボス部屋って感じ……でも回復アイテムも武器もなし。なら、突入するしかないよね」
──ギギギギギギ……
扉が重たく開いていく。
「たのもー……」
中は薄暗いが、壁や天井に散りばめられたターコイズブルー色の結晶が、幻想的な光を放っていた。
「わ……綺麗……」
息を呑みながら奥へと進んでいくと、巨大な結晶柱が中央にそびえていた。
そしてその根元──そこには、怪しげな二つの人影があった。