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第四章 第5話:リーネの涙と伝承

            ──あらすじ──


セシリアたちは“リーネの涙”にまつわる伝承と向き合うことになる。

語られるのは、かつてこの地にいた一人の少女の物語。

やがて、静かな真実の扉が少しずつ開かれ始め──。

 ──ザハール自由連邦国・宮殿 謁見の間。


大理石の床にステンドグラスから差し込む光が反射し、幻想的な輝きを室内に広げていた。


グラン=カリフ王はその中心に立ち、ゆっくりとステンドグラスを見上げながら口を開く。


「この地がザハール自由連邦国となる遥か昔──

まだ奴隷制度が公然とまかり通っていた時代のことです」


厳かな口調とともに語られる古の物語。


そこに登場したのは、一人の少女。

名をリーネといった。


彼女の家族は貴族によって処刑され、幼い身で奴隷として売られた。

だが、彼女が仕えることになった先の屋敷は、稀に見る寛容な家だった。


その主──ジーク=カリフは、奴隷をも人として扱い、対等な存在として接していた。


「やがて、二人は心を通わせました。支配する者とされる者という立場を越えて、

彼らは恋に落ちたのです」


グランは懐かしむように目を細める。


「互いに将来を誓い、静かに、しかし確かな絆を育んでいた……

──しかし、時代はそれを許しませんでした」


反乱が起きたのだ。奴隷たちの間に募った怒りと憎悪は、やがて暴力となって噴き出した。


「『貴族を殺せ!』

その叫びと共に街は燃え、リーネとジークの屋敷も例外ではありませんでした」


二人は命からがら逃れ、地下の奴隷監獄跡へと身を隠した。


薄暗い石の壁の中、二人は静かに祈りを交わす。


「互いを夫とし、妻とし、死ぬ時も共にあらんことを──」


だがその願いも束の間、反乱軍は二人の居場所を突き止めた。


「奴隷の分際で貴族に恋をした裏切り者だ!」


暴徒と化した奴隷に連れ出され、二人は広場に縛られ、火刑に処されることになる。


ジークは炎に包まれながら、なおリーネの名を叫んだ。

リーネは燃えゆくその姿を、ただ涙を流しながら見つめるしかなかった。


「──その時です」


グランの声が、重く沈んだ。


「リーネは神に祈りました。

『神様、お願いです……主様を……どうか、お救いください……!』」


その瞬間、彼女の体が淡く光を放ち、周囲に清らかな水が溢れ出した。

それは炎をのみ込み、暴徒を押し流す奔流となった。


その力は、止まらなかった。

リーネは精霊と化したのだ。


怒りと悲しみが交わるその激流は、貴族も奴隷も分け隔てなく押し流していった。


「……ただ一人、ジークだけが生き残りました」


彼は、ふたりで誓いを立てた地下監獄にリーネを匿い、

その扉を封じるための魔法の鍵をかけた。


リーネは、そこで眠り続けている。

水の精霊として、静かに、穏やかに──


「そして、リーネの溢れ続ける涙が地を潤し、

このオアシスとなったのです」


グランはゆっくりとステンドグラスに手を伸ばす。


「だが……その事実は表には出せなかった」


彼女が精霊となって人々を殺めてしまった事実を、ジークは隠した。


だからこそ、作られたのだ。


“表向きの伝承”が。


──リーネは反乱の象徴として奴隷を導き、自由を勝ち取った。

──その涙が湖になった。


それは、貴族たちに奴隷を無碍に扱えば天罰が下るという教訓として伝えられた。


グランの語りに、セシリアは静かに自分の肩へ手を置く。


「……リーネの気持ち、少しわかる気がします」


フェリスが少し考え込んだように呟く。


「でも……リーネは、結果的に人を殺めてしまったんですよね……?」


グランは頷いた。


「左様。けれども、それは神の力による奇跡。

リーネの意志によるものではない。

だが、その真実が広まれば、彼女は“精霊”ではなく“怪物”として恐れられてしまう」


セシリアは理解するように小さく頷く。


「だから……ジークは、真実を封じた」


「いかにも」


グランは背後に控えていたハキームに目配せし、何かを受け取る。


それは、青い宝石のついた古びた鍵だった。


「そして──この鍵こそが、リーネが眠る地下への“封印”を解く鍵なのです」


グランが手にした青い宝石のついた鍵をそっと掲げながら、口を開く。


「この鍵は、かつて六つあった封印鍵のうち、保管されていた最後の一本……」


その言葉にセシリアは目を細めて尋ねた。


「授かった……というのは、初代ジーク王の時に?」


「いいえ。私がこの国の王となった時に、彼女――リーネ本人から直接授けられたのです」


「……!?」「……!?」


セシリアとフェリスは目を見開いた。


「ちょっと待って、それって……リーネって今も……生きてるってこと……?」


「精霊って……本来“概念”のはずよね?それが、生き続けるなんて……」


フェリスの疑問に対し、グランは静かに頷く。


「彼女は今なお、オアシスの地下……かつての奴隷監獄跡で、水の精霊核と一体化し、眠り続けております」


またしても飛び出した“精霊核”という言葉に、セシリアとフェリスの顔色が変わる。


「精霊核……!?」


「そんなもの……おとぎ話の中でしか聞いたことない……!」


「──まさか……!」


グランは眉を寄せ、重々しく言葉を継ぐ。


「ええ。その精霊核に、異変が起きてるやもしれませぬ。もし暴走すれば、この地一帯……いや、国そのものが消滅しかねません」


「今、持ちこたえているのは──きっと、リーネが耐えてくれているのでしょうな……」


セシリアは静かに視線を落とし、思案するように呟いた。


「でも……地下に入った者は帰ってこなかった……そうですよね、ハキーム様?」


ハキームは静かに頷く。


「はい。誰ひとり戻っては来ておりません……。中で“何者か”に殺されたのではないかと……」


「魔族や魔獣が出入りできる構造なのですか?」


「いえ、地下への通路は完全に封印されており、この鍵でしか扉は開きません」


セシリアは考え込む。

(魔族は通れない……鍵がなければ開かない……では、何が──)


沈黙の中、セシリアが口を開く。


「もし……リーネ様自身が、何らかの理由で“害”をなす存在となっていたとしたら……?」


一同が息を呑んだ。


「セ、セシリア殿!? まさか……そんなこと……」


「……ゼロではありません」


セシリアが静かに言葉を繋ぐ。


「洗脳……あるいは、記憶操作……。人でありながら精霊となったリーネ様の存在を悪用しようとする者がいたとしたら……」


「たとえば……魔王幹部」


グランとハキームが驚きに目を見開く。


「ま、魔王幹部……!? しかしこの国でそれらしき者が現れた報告は──」


セシリアが頷きながら口を挟む。


「そう、表立った動きはない。でも……思い出してください。

 ザハール砂漠へ入った直後、私たちは大量のグルザームに襲われました」


「それも、あまりにタイミングが良すぎた」


「さらに、ルミナス様が飲み込まれた巨大な個体──あれは、私たちに攻撃せず、すぐに姿を消した。

 あたかも、“ザハールの中心へ入らせまい”とでも言うように……」


「そしてルミナス様は以前、魔王幹部と遭遇してます。人の姿を取って接触してきたと──」


「グラン様、ハキーム様。最近、他国から“オアシスを見たい”と訪ねてきた人物はおりませんでしたか? 不自然に丁寧な言葉を使う男……妙に整った姿の者など」


ハキームがハッと目を見開き、グランも同様に顔をしかめた。


「……あの男……まさか……」


「うむ、可能性はある……」


ハキームが思い出したように話し始めた。


「あれは二週間ほど前……ある男と少女がこの宮殿を訪ねてきました」


「少女?」


セシリアが思わず反応する。


「ええ。男は白と黒の奇妙な服装、少女は黒いドレスを身にまとっていました」


グランも頷きながら続ける。


「遠方の街から来たと名乗り、娘にオアシスを見せたいと……

 その振る舞いは貴族のように洗練されていて、異様に目立っていましたな」


「見るだけなら……と、案内役をつけて同行させ、オアシスを見たあと、そのまま帰っていったのですが……」


セシリアは眉をひそめ、言葉を選ぶように問いかける。


「……その案内をしたのは、誰ですか?」


「はい。今もこの宮殿におります。すぐに呼びましょう」


グランが手を振ると、従者が静かに部屋を出ていった。


──数分後


重苦しい空気の中、扉が開かれ、一人の男が案内されてきた。


「オアシスの水の影響か、言動に乱れが見られますが……こちらが当時、あの二人を案内した者です」


紹介された男は不自然な笑みを浮かべ、どこか焦点の合わない目でぺこりと頭を下げる。


「こ、こ、こんにちわ……っ! こん、にちわっ……!」


その様子を一瞥したセシリアは、何かを察したようにコクリと頷き、隣のフェリスへ小さく合図を送った。


「フェリス……」


「わかったわ」


フェリスは音もなく剣を抜き、警戒態勢を取りながらグランの前に立つ。

その異様な空気に気づいたハキームが声を荒げた。


「セシリア殿!? 何をするおつもりですか!」


セシリアは鋭い視線を案内役の男へと向け、静かに、だが威圧的に問い詰めた。


「魔王幹部ザリオスはここで何をしていた? 目的を話せ。余計な真似は考えるな。正直に話さなければ……その場で首を斬る」


すると男の顔に、ぞっとするほど歪んだ笑みが浮かぶ。


「ザ……ザリオス様……っ! ザリオ……ス……ザ……ザリ……オ……」


その瞬間だった。


男の体から異様な魔力の気配が溢れ出す。


セシリアは即座に反応した。


「下がってッ!」


咄嗟に詠唱を走らせ、男の周囲を瞬時に覆うように魔法障壁を展開する。


同時に、フェリスはグラン王の前に躍り出て剣を構え、身体を盾のようにしてかばった。


──ゴキンッ……


    ──ドォォォォンッ!!!!!


男は首をねじり、骨が砕ける鈍い音とともに自らの首をへし折った。直後、全身から破裂するような衝撃波が発せられる。


だがセシリアの結界がそれを受け止め、爆散する魔力を封じ込めた。


その中で男の体は崩れるように倒れ、血と黒煙だけが結界の内側に広がっていく。


「ひっ……ひぃぃぃぃぃ!!」


凄惨な光景を目の当たりにしたハキームが悲鳴を上げる。


セシリアは目を細め、結界を静かに解除しながら呟いた。


「……悪趣味な」


フェリスは剣を収め、警戒を解かずに死体を睨みつける。


顔色を失ったグランが震える声でセシリアに問いかけた。


「こ、これは一体……!? 何が……!」


「おそらく、魔王幹部ザリオスの細工でしょう。リーネ様や精霊核が狙われている可能性があります。……大至急、地下へ向かわねばなりません」


しかし、今はルミナスの姿がどこにもない。

魔王幹部を前にして、果たして自分たちだけで抗えるのか。


「セシリア……気持ちはわかるけど……」


「ええ……まずは、ルミナス様の居場所を突き止める必要があるわ」


グランがザハール砂漠の地図を用意すると、従者に命令を出し、

セシリア達は静かにそれを待っていた。

その瞬間、フェリスが声を上げた。


「あっ! ペンダントが……!」


彼女の胸元のペンダントが、チカチカと不規則に点滅を始める。


それに気づいたセシリアが身を乗り出す。


「ルミナス様!? 今、どこにいらっしゃるのですか!?」


──チカッ、ピカー、チカッ、チカッ、チカッ、

──ピカー、ピカー、チカッ、ピカー、ピカー

──ピカー、ピカー、チカッ、ピカー、チカッ

──ピカー、ピカー、ピカー、チカッ、ピカー


「オアシス……!?」


フェリスがぽかんと口を開けた。


「えっ……なんで分かるの?」


次の瞬間、再び光の連続。


「フェリス! まだ続きがあるわ!」


──ピカー

──ピカー、ピカー、チカッ、ピカー、チカッ

──ピカー、ピカー、ピカー、ピカー、

──ピカー、チカッ、ピカー、

──チカッ、ピカー、


「むしこわい……? 一体、どういう意味なの……」


「ねぇ~! なんで分かるのよぉ~!!」


こうしてルミナスの居場所がオアシスの地下だと判明し、

最後の鍵を持つハキームを連れて一行は急ぎ足で向かう。


──オアシス・地下


暗がりの中、ルミナスがそっとペンダントに魔力を込め、つぶやく。


「虫……怖い……虫キモい……オアシス……地下……やばい……」


「セシリアにモールス信号教えてたの、忘れてた~」


ペンダントが情報伝達用に使えることを思い出したのは、

突如現れた巨大なムカデ型魔獣に思わず叫びそうになった瞬間だった。


ふるふると震えながらも、ルミナスはそっと立ち上がる。


「……さて、と。そろそろマッピングしていきますかっ!」

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