第四章 第3話:女神と砂漠
──あらすじ──
砂漠を越えて新たな国を目指すルミナス一行。しかし予想外の出来事により、
ルミナスは過酷な環境の中でひとり取り残されてしまう。
迷いの果てに現れた謎の声と、腐敗したオアシス──
その先に待つのは導きか、それとも罠か。
──南西・ザハール砂漠
「どうして……こんなことに……」
──ドサッ……
「あっつ……」
ジリジリと太陽が照りつける中、ルミナスはたった一人で広大な砂漠を歩いていた。
──エルディナ王国・出発前──
エルディナ王国南門。ルミナスたちはザハール自由連邦国を目指して、
ケルベロス部隊に荷馬車を引かせて出発しようとしていた。
「ルミナス殿ぉー!! よろしく頼みましたぞー!!」
「皆様ぁ~! ご無事で帰ってきてくださいまし~!!」
「ルミナス様ぁ~!!」「皆さん気をつけてぇー!!」
「ご無事でぇー!!」
城門の向こうで、民たちが一斉に手を振って見送る。
「みんなも元気でねぇー!! 絶対帰ってくるからぁー!!」
ルミナスは力いっぱい手を振り返し、笑顔で旅立った。
「しかし、ケル、ベロ、スーが荷馬車を引けるとは……」
御者席に座るセシリアが、前方を行く三頭の魔獣──ケルベロス部隊に目を細める。
「でも合体させたほうが速いんじゃないの?」
キャビンから顔を覗かせたフェリスが首を傾げる。その問いに、ルミナスが軽い口調で返した。
「合体は一日一回まで、しかも三十分限定。使ったあとは魔石が回復するまで再使用できないよ~」
「あ〜、なるほどね……」
フェリスはあっさり引っ込んだ。
──数日後──
王国を発って二日。ルミナスたちは森林地帯を抜けて、ザハール砂漠の入り口へとたどり着いていた。
「ルミナス様! もうすぐ砂漠地帯に入りますぞ!」
案内役として同行していたザハール出身の男、ハキームが声を上げた。
目の前に広がるのは、どこまでも続く砂の海。
「ここら一帯は、グルザームの縄張りが近いですので、荷馬車で通る際は警戒を……」
その言葉にフェリスの表情が曇る。
「うわ……グルザームか……私、苦手なんだよね……」
「グルザームって何?」
ルミナスが尋ねると、セシリアが淡々と説明を始めた。
「砂漠地帯に生息する、巨大な芋虫のような魔獣です。地中を這い、時に獲物を襲います」
「巨大な……ああ、つまりサンドワームね」
ルミナスも思わず顔を引きつらせる。
「でも、縄張りに入りさえしなければ襲ってこないから平気よ」
「フェリス……そういうことは思っても言っちゃ──」
フェリスが軽く笑って言い切った、その瞬間──
──ドゴォァァァァンッ!!!!
突如として地面が爆ぜ、巨大な影が宙を舞った。
グルザームが地中から飛び出し、荷馬車のすぐ上をかすめて通り過ぎていく。
「ほらねぇぇぇぇぇっ!!!!」
「そういうことは思っても言っちゃ駄目って……!」
セシリアが叫び、ケルベロス部隊に指示を飛ばす。ルミナスとフェリスは咄嗟に荷馬車の屋根に飛び乗った。
「う……うぇ……私やっぱり無理……」
「ちょっとフェリス! フラグ立てた責任、ちゃんと取ってよ!!」
グルザームが襲いかかってくる中、フェリスが魔法を詠唱する。
「はぁ……魔弾よ、空を駆け、標と穿て──《アーク・シュート》!」
──ギュンッ!!
──ドガァァァンッ!!!
『キュアアアアアッ!!!』
魔弾が命中し、グルザームの進行が逸れる。
「う、うわっ……気持ち悪っ……」
「やるじゃんフェリス! よーし……」
ルミナスの掌に雷光が集まり、空気がビリビリと震える。
「神の一撃!! 《トール》!!!」
──ピシャァァァァン!!!
炸裂する雷がグルザームを貫通し、その場に沈めた。
「あ、あんた……魔法もとんでもないわね……」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!! フェリス!! まだ来るよ!!」
視線の先には、砂煙を上げて突進してくる多数のグルザームの群れ──
「な、な、な!? なにあの数!?!?」
ふたりは荷馬車を守るべく、次々と魔法を放つ。
「ひ……ひぃぃぃぃ……!!」
キャビンの隅でハキームが震えていた。
「くそぉ……きりがないな……」
「こんなに群れで来るなんて聞いたことないわよっ!!」
じわじわと近づくグルザームたち。
「このままだとまずい……!」
ルミナスは両手を掲げ、詠唱を始めた。
「薙ぎ払え!! 《アルセ・エクスプロジア》!!!」
空中に魔法陣が幾重にも展開され、無数の光弾が放たれる。
──キュィィィンッ!!
──ズガガガガガガガガッ!!!!
「す……すごいっ!! これなら……!!」
次々と倒れていくグルザーム。しかし──
「いや……でも、結構キツイかも……!」
──ズガガッ…ガッ…!!
──ガガッ…ガッ…!!
魔法陣が消えていき、発動が止まる。
「これ以上使ったら、私寝ちゃうかも……」
「い、いや! もう大丈夫!! 十分過ぎるくらいよ!!」
魔力の反動を感じて座り込むルミナス。
「ふぅ……とりあえずなんとかなったかな?」
フェリスが望遠魔法で周囲を確認する。
「ええ、グルザームの群れはもう………ん?」
フェリスが望遠魔法で遠方を確認していた、その瞬間──
──ドドド……
──ドドドド……!!
「ル、ルルル、ルミナス!!」
焦った声でフェリスが叫ぶ。
「どうしたの!?」
訝しげにルミナスが問い返す。
──ドドドドドドドドドドドッ!!!
ルミナスが望遠魔法で確認すると、目を疑うような光景が広がっていた。
砂丘の向こうから、他のグルザームとは一線を画す──桁違いに巨大な影が、砂煙を巻き上げながら突進してくる。
「なっ……!? なにあれぇぇぇぇぇっ!!!!」
驚愕の声を上げるルミナスと同時に、前方を見ていたセシリアが声を張り上げた。
「ルミナス様!! 前方に街が見えてきました!!」
その言葉に反応して、ルミナスは反射的に立ち上がる。
「よしっ!! セシリア、そのまま街に──」
だがその瞬間、彼女の視界がぐらりと揺れる。
──ふらっ……
「やばっ……!」
《アルセ・エクスプロジア》の反動で、ルミナスの身体が一瞬バランスを失う。
──ガタンッ!!
荷馬車が大きく揺れた。足場を取られたルミナスは、思わず体勢を崩す。
「えっ……?」
重力に引かれるまま、ルミナスの身体が車外へと傾く。
「ルミナスっ!!!!」
フェリスがとっさに手を伸ばす。
──しかし。
──スカッ……
指先は、ほんのわずか届かなかった。
「ル、ルミナスッ──!!!!」
次の瞬間──
──グワッ!!
「うぇ!? ちょっ……!? ま──」
──バクンッ!!
砂の中から飛び出した巨大なグルザームが、ルミナスを一瞬にして呑み込んだ。
「う……そ………」
空気が止まる。全員の動きが凍りついた。
──ザザザザザザ………
グルザームは何事もなかったかのように、音もなく砂中へと姿を消していった。
──ドドドドドドッ!!
その直後、再びグルザームの群れが荷馬車目がけて突進してくる。
御者席にいたセシリアは、異変に気付きフェリスに声をかけた。
「フェリス!! どうしたんですか!? 無事ですか!?」
キャビンの上、顔面蒼白のフェリスが叫ぶ。
「セ、セシリア!! 引き返してっ!! ルミナスが……ルミナスがグルザームに……!!」
一瞬、セシリアの目が見開かれる。
──だがすぐに、表情を引き締めた。
「そ、そんな……い、いえ……この状況で引き返せば、今度は私たちが共倒れです……!」
判断は冷静だったが、言葉の端にわずかに震えがあった。
「っ……くそっ……!!」
フェリスは拳を握り締め、唇を噛む。
「フェリス。……ルミナス様なら、きっと大丈夫です……」
静かに、だが確かに──セシリアが言った。
「そ……そうだよね……。ルミナスが、このまま終わるわけないもの……」
フェリスは自分に言い聞かせるように呟くと、キャビンに戻り、隅で震えていたハキームに詰め寄った。
「ハキーム! 一体どういうこと!? なんであんなにグルザームがいるの!?」
突然の問いに、ハキームは蒼白になりながらも必死に答えた。
「い、いえっ! わかりませんっ!! 私がエルディナ王国を発ったときには、あんな群れで襲ってくるなんて……想定外でした!!」
キャビンの中に、重い沈黙が落ちる。
荷馬車はそのままザハール自由連邦国の関所へと向かっていく。
──南西・ザハール砂漠
──ザザザザザ……
「……」
──ザザザザザザザ……
「……《トール》!!」
──ピシャァァァァンッ!!!!
『ギュアァァァァァァァッ!!!』
巨大なグルザームの胴体に雷が突き刺さり、腹部を貫通する。
「よい……しょ…!!」
その裂け目から、ずるりとルミナスが這い出てきた。
「あぁー!! 気持ち悪いっ……!!」
べったりと粘液にまみれたまま、ルミナスは周囲を見回す。
「みんなは……!? ……って、ここどこ?」
見渡す限りの砂、砂、砂。
「そんなに遠くへは来てないはずだけど……」
ルミナスはふらつきながらグルザームの背から降り、灼熱の大地を歩き出した。
──ザッ ──ザッ ──ザッ ──ザッ
人の気配も、建物の影もない砂漠を、彼女はひたすらに歩き続ける。
──三時間後──
「どうして……こんなことに……」
ルミナスは太陽の熱に顔をしかめ、魔法の反動による眠気と疲労でついにその場に崩れ落ちた。
──ドサッ……
「あっつ……」
乾いた砂が頬に触れ、意識が朦朧とし始める。
──しばらくして──
砂の上に横たわっていたルミナスの視界に、ぼんやりと揺れる影が映った。
「……? あれは……?」
身体を起こし、目を凝らす。
「……? 人……?」
霞む熱気の中、確かに人のような姿が見えた──だが、数歩近づいた瞬間、その影は消えた。
「あれ? まさか……幻覚……?」
困惑していると、次は耳元に囁くような声が響く。
『こっち……』
「……!?」
『こっちに来て……』
「今度は幻聴……? い、いや! 違う……」
ルミナスは微かに漂う魔力の残滓に気づき、これはただの幻ではないと直感する。
「ちょ、ちょっと待って……!」
姿がぼやけては消えていく人影を、ルミナスは追いかけ始める。
『こっち……こっち……』
追い続けるうちに、影は次第に輪郭を帯び、やがてはっきりとした人の姿へと変わっていった。
薄い金髪に、澄んだ青の瞳──どこかセシリアに似た雰囲気を持つ少女。
「女の人……? 君は一体……?」
『お願い……助けて……』
その言葉を最後に、少女の姿はふっと消えてしまった。
「助けてって……どういう……?」
ふと視線を上げると、少し先に大きな水の雫のような形をした濁った湖が広がっていた。
「これって……もしかしてオアシス!?」
だがその水は、紫色の瘴気に包まれ、完全に腐敗していた。
ルミナスは走って近づき、呟く。
「この瘴気……最初の頃の畑の土と同じだ……」
すぐさま魔法を展開する。
「……《ホーリー・クレンジング》!!」
──ファァァ……!!
淡い光が水面に降り注ぎ、瘴気を払おうとするが──すぐにまた紫のもやが広がる。
「ダメ……か……」
歯噛みしながら周囲を見回すと、水面に何かが浮かんでいるのを見つけた。
「……ん? なんか浮いてる……」
近づいてみると、それは水面に浮かぶ不思議な『鍵穴』だった。
「え!? 鍵穴……!? どういう原理で浮いてんのこれ!? ……魔法か……?」
触れようとしたその瞬間──
『開けて……』
「う、うわっ……!! びっくりしたっ!」
突然現れた少女がルミナスの隣に現れ、鍵穴に手を添えた。
──ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
雫のような湖の先端、そこから地面が割れ、地下へと続く階段が姿を現す。
「なるほどね……行け、と」
少女に導かれるまま、ルミナスは静かにその階段を下りていくのだった。