第四章 第2話:女神と出発
──あらすじ──
遠征の準備を進めるルミナスたち。
新たな武器の試し斬りに始まり、仲間との交流、そしてある人物からの贈り物──
それぞれの想いを胸に、一行は静かに出発の刻を迎える。
王国の裏手へと向かう途中、ルミナスたちの前に赤い髪がふわりと揺れて現れる。
「あら?ルミナス様?」
「やっほー、アレクシア!」
トコトコと軽やかに歩いてきたアレクシアに、ルミナスが手を振った。
「皆さま、そろってどうなさいましたの?」
きょとんとした表情で首をかしげるアレクシアに、ルミナスはザハールへの遠征と新しい武器の試し斬りを説明した。
「ええ!? ルミナス様、この国を離れてしまいますの!?」
アレクシアは思わず口元に手を当て、驚きの色を隠せない。
「あ、いや、ちゃんと帰ってくるからね!?」
ルミナスの笑顔に、アレクシアはほっと息を吐いて胸を撫で下ろす。
「そ、そうですわよねっ! ビックリしましたわ〜」
「わたくしも同行したいところですけど、王都を離れるわけにはいきませんからね。魔族の動きも油断なりませんし」
「うん、あとで討伐組合にも顔を出して伝えるけど、私たちがザハールに行ってる間、任せたよ! アレクシア!」
アレクシアはふふんと胸を張る。
「ええ! もちろんですわ!! 魔族が攻めてきたとしても、バシッとやっつけてやりますわっ!!」
その意気込みにルミナスも笑みを返し、一行は王宮の裏手へと足を進めた。
──王宮・裏手
朝露が残る広場に立ち、ルミナスはゆっくりと魔聖剣グレイスを抜き放つ。その刀身はすでに微かに光を帯びていた
──キィィィン……
構えた瞬間、剣が共鳴するように澄んだ音を響かせる。その光景に、フェリスが思わず息を呑んだ。
「凄い……まるで剣自体が生きてるみたい……」
ルミナスは深く息を吸い、魔力を込める。
──シュィィィィィィン……!!
「……《マナエンチャント:ソード・シフト》!!」
詠唱と共に、剣が青く輝く。魔力が幾重にも重なるように刃を包み、まるで宝石が光を纏ったかのように神秘的だった。
「綺麗……まるで星の涙のよう……」
セシリアの呟きが、静寂の中に溶けていく。
「それじゃあ、いくねっ!」
ルミナスが駆け出し、目の前の的へと連撃を加えていく。
──ダッ!!
──キンッ!! シュキンッ!! キィンッ!!
連撃の一太刀ごとに、空気が裂けるような音が響いた。
「《マナリベレイト》!!」
──ズパァァァンッ!!!!
最後の一撃が炸裂し、的は跡形もなく吹き飛んだ。
「……壊れ……ないっ!!」
「おおー!! 全然平気だ!!」
ルミナスは剣を振りながら歓声を上げる。
「さすがルミナス様ですわ……狂いのない太刀筋、そして威力……」
バルゴが腕を組み、誇らしげに頷く。
「そらそうよ! こいつは魔王の瘴気ですら耐える魔石だからな!」
その言葉に、ルミナスはもう一つ試したいスキルを思い出す。
「よし……これなら……」
ギュッと剣を構え直し、ルミナスは技を放つ。
「《セレスティアル・ブレイド》!!」
一同の目が見開かれる。剣は青い光ではなく、白金色に輝いていた。
「こ……これは神気……!?」
フェリスが驚愕の声を漏らす。
「フェリス……神気とは一体……?」
セシリアが問うと、フェリスは一拍置いて口を開いた。
「あ、あぁ……神アルヴィリス様がかつて英雄だった頃、神の気。神気を纏い戦ったという伝承がある……」
ルミナスは無言のまま、目の前の巨大な岩へと踏み込む。
──キィィィィィィ……ン
──ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
鋼鉄すら砕きそうな斬撃が走り、岩が真っ二つに裂けた。
「い、岩を……斬った……!?」
皆が息を呑む中、ルミナスはさらに連撃を浴びせる。
──シャンッ!! シャンッ!! シャンッ!!
岩はバターのように斬り裂かれていく。
「最後……!!」
「ディヴァイン……!!」
最後の技を放とうとしたその瞬間——
──ピシピシピシ……!!
「っ……!?」
──パリンッ!!
「あ……」
魔聖剣グレイスが、まばゆい光とともに砕け散った。
「あーーーーーーっ!!!」
一同が声を上げる。
「おいおいおい! こいつでも壊れるって、女神様、お前どんだけ……」
バルゴが頭を抱えるも、ミーナが明るい声で告げる。
「でも親方、大丈夫ですよ〜! 壊れても自己修復が働きますから!」
「ルミナス……まさか神気を使えたの……?」
フェリスが問いかけるが、ルミナスはぽかんとした顔で首をかしげる。
「ん? 神気? 普通に戦技使っただけだけど……?」
「それじゃあまた別……? 私の勘違い……?」
剣はゆっくりと、ひび割れた破片を繋ぎ直すように再生を始めていた。
「いやぁ! 今日はいいもん見れたな。ミーナ! 帰って魔石の調整するぞ!」
「はい! 親方ぁ!!」
そうして、バルゴたちは帰っていった。
「それじゃあ、わたくしも騎士団に先程の件を伝えて、魔族対策を万全にしますわ!」
アレクシアも王宮へと戻っていく。
「よしっ! それじゃあセシリアとフェリスは先に戻って荷造りしてて! 私はこのまま討伐組合に行くね!」
「はい、かしこまりました。荷造りと夕食の準備をしておきますね!」
「セシリア! 私も荷物をまとめたらすぐに食べに行くわ!!」
フェリスは急いで自宅へと走り去った。
「あはは、すっかりフェリスも馴染んだね」
「ええ、これもルミナス様のおかげです」
笑い合いながら、ルミナスはセシリアと別れ、討伐組合へと歩き出す。
──王国民間討伐組合
──バァン!!
「やっほー!」
勢いよく扉を開けて飛び込んできたルミナスに、レオナールが微笑を向ける。
「おや? ルミナス様、今日も元気ですな」
「ルミナス様! こんにちわ!」
カウンター奥からリゼットが元気に手を振った。
「今日はどういった御用向きで?」
レオナールの問いに、ルミナスはザハール遠征の件を説明する。
「なるほど……ザハール自由連邦国がそんなことに……」
レオナールは資料に目を落とし、真剣な面持ちになる。
「以前遠征で訪れた際は、賑やかで良い国だったのですが……」
「リーネの涙、通称オアシスですね……ここ数年でそんな事例は報告されていませんが、
もしかすると魔王の幹部が関与しているかもしれません。どうか、お気をつけて」
リゼットの心配げな声に、ルミナスは自信満々に笑って親指を立てる。
「うん、次あったら絶対倒すから大丈夫!!」
(魔王幹部ザリオス……可能性は、ないとは言い切れないか……)
「よしっ! それじゃあ、みんな、私が帰ってくるまでこの国をお願いね!」
そう言ってルミナスが辺りを見渡すと、ふと誰かを探すような視線を向けた。
「行ってくるねっ、ヴィス!」
その声に、レオナールの隣で静かに佇んでいたヴィスが、少し驚いたように応じる。
「……ああ」
ルミナスは満足げに微笑み、次の目的地へと向かった。
──農場
次に向かったのは、いつもお世話になっている農場だった。
「みんなー! こんにちわ!!」
その声に、畑で作業をしていた農民たちが一斉に顔を上げた。
「おおっ、ルミナス様! 今日もお元気そうで!」
ルミナスはザハールへの遠征について簡単に説明した。
「しばらく会えなくなるのは寂しいですが……」
「でしたら、これを持っていってくださいな」
農民たちは袋いっぱいに詰めた新鮮な野菜をルミナスに手渡してくれる。
「長い旅になるやもしれません。しっかり食べて、また元気な姿を拝ませてくだせぇ」
その言葉に、ルミナスの胸がじんと温まる。
「み、みんなぁ……」
その時、遠くから聞き慣れた声が響いた。
「ルミナス様ぁぁぁ!!」
王宮魔道士グランツが息を切らして走ってきた。
「あ、グランツさん! 農場にいないと思ったら、王宮に居たの?」
「はい、ですのでお話は聞いておりますよ!!」
グランツはルミナスの前でぴたりと立ち止まり、ルミナスはにっこりと笑う。
「グランツさん、魔聖剣グレイスありがとうね! すごく良い剣だよ!!」
「それは良かった!! ルミナス様のお力になれて、私、感激でございます!!」
そう言うと、グランツは鞄から何かを取り出した。
「それでですね? ルミナス様……こちらを」
丁寧に蓋を開けると、中には青白く淡く光を放つ楕円形の魔石が収められていた。
水晶のように透明な外殻の中、緑色の光粒子が渦を巻くように脈動している。
「遂に完成しましたぞ!!」
グランツの顔には、自信と誇り、そしてどこか感極まったような表情が浮かんでいた。
「おお! それがこの前言ってたやつ?」
ルミナスは感嘆の声を上げ、興味津々で魔石を覗き込む。
「はい!! この魔石の特性は、瘴気を吸収・浄化するだけにとどまらず、
その魔力を土壌に還元して肥料として使えるという、画期的なものなのです!!」
「ほぇー!! じゃあこれで、どこでも菜園ができるってわけね!?」
「左様で! この瘴気を魔力に変換する構造に大いに苦労しましたが……このグランツ、やってのけましたぞ!!」
ルミナスは手のひらにそっと魔石を乗せ、そのぬくもりに目を細めた。
「それもこれもルミナス様、あなたのおかげですぞ!!」
「私?」
「はい! ルミナス様が浄化された土のサンプルと、グブリンキングの魔石……それらがなければ、ここまでの成果には至りませんでした」
「なので、魔聖剣グレイスはその感謝のしるし。ほんのささやかな贈り物として、お使いくださいませ」
その真摯な姿勢に、ルミナスは少し照れながらも笑顔で応じた。
「ありがと、グランツさん。……大事に使うね」
感謝の言葉を胸に、ルミナスは農民たちやグランツと笑顔で手を振り合い、屋敷へと帰路についた。
──ルミナス邸
「ただいまー! セシリアー!!」
明るい声とともに扉が開き、セシリアがすぐに顔を出す。
「おかえりなさいませ、ルミナス様。……そちらの野菜たちは?」
「うん、農民の人たちが旅の食料にって! たくさんもらっちゃった!!」
ルミナスが両腕いっぱいに抱えた野菜の袋を誇らしげに見せると、セシリアは少し驚いた様子で眉を寄せた。
「かなり多いですね。積みきれると良いんですが……」
その心配を吹き飛ばすように、元気な声が玄関先に響いた。
「私が来たわよっ!!」
堂々と現れたフェリスの後ろには、大きな荷馬車が一台止まっていた。
「フェリス! この荷馬車どうしたの!?」
ルミナスが目を丸くして尋ねる。
「ふふん! 父上がね、遠出をするならって貸してくれたのよ!」
「ルミナス様、これならばこの野菜もすべて積めますね!」
セシリアが安心したように微笑む。
「グッジョブ、フェリス!!」
「グッジョブ……? まぁ、いいわっ! さっ! 今日のご飯はなに!?」
そうして、三人はにぎやかに荷造りと夕食の準備に取り掛かる。
こうして、すべての準備を終えたルミナスたちは——
明日、ザハールへと出立する。