第三章 第9話:女騎士と戦場
──あらすじ──
迫りくる脅威に対し、ルミナスたちはふたつの戦場へと分かれて出撃する。
仲間たちが成長の成果を示すなか、予想外の事態が戦場を揺るがす。
それぞれの場所で交錯する決意と絆、そして予感――。
彼女は、仲間のもとへ走り出す。
──南東・エルディア湿地帯
魔馬車の扉が軋む音を立てて開き、湿った風が乗員たちの頬を撫でる。霧が立ち込める湿地帯に、フェリスとアレクシアの部隊が到着した。
「着きましたわ……」
アレクシアが静かに呟くよりも先に、フェリスが前に出て辺りを見渡す。
「アレクシア様、私が先に出ます」
その声に、アレクシアは何も言わず頷いた。辺りには敵影もなく、ただぬかるんだ大地と低くうねる霧だけが広がっていた。
「まだ来ていないようね……」
フェリスはすぐに部隊に号令を飛ばす。
「全隊集合! これより湿地帯の奥へ進行する! 盾持ちは前衛、近接戦闘部隊は中衛、遠距離部隊は後衛で布陣を整えよ!」
命令に従い、整然と動く部隊。フェリスはそっとアレクシアの手を取り、馬車から下ろす。
「アレクシア様。ここからは戦場です。いくら平時の振る舞いが自由であっても、戦では違います。もし危険が迫れば、私が盾になります」
その真剣な表情に、アレクシアは僅かに目を細め、きっぱりと答えた。
「……わかりましたわ。でも、そうはなりません。でしょ? フェリス」
フェリスはニッと口角を上げる。
「ええ!」
二人の覚悟が重なった瞬間、部隊は静かに湿地帯の奥へと足を進めていった。
──湿地帯・中域
霧はさらに濃く、ぬかるみは足を取る。慎重に進んでいたフェリスたちは、次第に異変に気づいた。
「魔族が……いない……?」
いや、違う。地面に散らばる破片──魔族の頭部、腕、武器、防具。それらが生々しいまま沈んでいた。
「まさか……これは……」
「この湿地に何か、別の脅威がいる……!」
バシャッ、と水の跳ねる音が辺りに響く。
「っ……全隊、戦闘態勢! 水音を聞き逃すな!!」
──ザパァッ!
水飛沫を割って現れたのは、巨大な顎とヒレを持つ爬虫類のような魔族だった。
「リグアダイル……! 噛みつかれたら終わりだと思え!!」
フェリスの警告と同時に、さらに複数の水しぶきが上がる。
「伏せろっ!!」
──ザパァッ!!
叫ぶ間もなく飛び出すリグアダイル。部隊が一斉に伏せ、直撃を回避する。
「いったい何匹いるんだ……!?」
アレクシアが構えた大剣で一体を真っ二つに斬り伏せる。
──ザンッ!!
「ゲェッ……!!」
「フェリス! まだ来ます!!」
フェリスは咄嗟に思い出す──出発前、ルミナスの言葉。
『湿地帯かぁ~……もし水に慣れてる魔族がいるなら、動きを止めるか水から引きずり出せたら──』
「くっ……言った通りじゃない……!」
即座に号令を飛ばす。
「後衛! 氷結魔法で足場を凍らせて! 前衛は飛び出す敵を盾で防げ! 中衛は雷属性を武器に付与! 狙うは目と首だ!!」
後衛の詠唱が響く。
「氷よ、静かなる鎖となりて──敵の動きを縛りつけよ。
《グレイシャル・バイン》!」
──パキッ……パキパキパキッ!!
霧の中、地面が白く凍り始め、魔族の足取りが鈍る。
「ケケェッ……!?」
リグアダイルたちは焦り、動きが乱れ始める。
盾を構えた前衛が猛攻を受け止め、地面に叩きつける。
──ゴンッ! ──ガンッ!
──ドガッ!!
「今だ!!」
フェリスの合図で中衛が突撃しながら呪文を唱える。
そしてフェリスもまたリグアダイルに向かっていく。
「貫け──雷の意志を刃に宿し、すべてを断ち斬る。
《フォーカス・ボルト・リインフォース》!!」
──バチバチバチッ!!
雷を帯びたフェリスの剣が、一閃にしてリグアダイルを切り裂く。
──ズワァッ!!!
「ゲェァッ!!」
首と胴を両断された魔族が水たまりに沈んでいく。
「よし……これで全部か?」
フェリスは辺りを見渡し、息を整える。
「全員集合! 負傷者の確認を!」
「確認完了! 全員無事です!!」
アレクシアもフェリスのもとへ駆け寄る。
「フェリス! 素晴らしい指揮でしたわ! 皆が無事なのは、間違いなくあなたの力ですわ!」
少し照れくさそうに頷くフェリス。
「……ありがとうございます。でも、まだ終わっていません。魔力切れに備えて、回復薬を使用しておいてください!」
その頼もしさに、アレクシアは思わず微笑んだ。
「ふふっ、その姿……ルミナス様が見たら、きっと驚きますわね」
「ん? なんのことです?」
「ふふっ、なんでもありませんわ」
フェリスたちの部隊は、次なる襲撃に備え湿地帯で待機していた。
──数分後
「……来ませんわね。まさか、全部リグアダイルに食べられちゃったとか?」
アレクシアの冗談めいた言葉に、フェリスは静かに首を横に振る。
「いえ、痕跡から判断するに、捕食されたのは10から20体程度。まだ残っているはずです」
そう言って遠くを見つめるフェリスの目が鋭くなる。
「……ん?」
霧の向こうから、複数の影がこちらに迫ってくるのが見えた。
「敵影確認! 全隊、戦闘態勢!! 陣形を整えろ!!」
フェリスの号令に、部隊が一斉に動き出す。アレクシアは魔石を握りしめ、大剣を構える。
「アレクシア様、魔力が尽きそうになったら後退してください。ここからが本当の戦いです」
「……ええ、わかりましたわ。フェリスも、どうかご無事で!」
やがて現れた魔族の群れは、およそ80。中にはハイグブリン、オルグの姿も確認できる。
「皆、聞け! 敵にハイグブリンとオルグがいる! 一人で相手をするな、囲んで倒せ!!」
──おおおおおおっ!!!
雄叫びとともに、両軍がぶつかり合う。
グブリンとコヴァルの群れは中衛と後衛の連携で撃破。ハイグブリンには前衛の盾が対応し、できた隙に中衛が攻撃を加える。
──ズシャッ!! ──ズバッ!!
──ゴシャッ!!
「ギギッ!?」「ギャワッ!!」「ゴギャッ!?」
「グオオッ!!」
──ブオンッ!! ──ガキンッ!!
フェリスとアレクシアは前線で次々と上位種を倒していく。
「はぁぁぁッ!!」
──ズバァッ!!
アレクシアは筋力強化魔法を纏い大剣で、オルグを力任せに切り刻む。
「てぇやぁぁぁ!!」
脚を斬り、腕を落とし、肩を裂き──
──ズパンッ!!
オルグの首が吹き飛ぶ。
──ドスッ……
「フェリス! そっちは!?」
アレクシアの声に応え、フェリスはハイグブリンを斬り伏せていた。
──ズバシュッ!!
「グゴッ……!」
──ドシャッ!!
「大丈夫です! まだいけるわっ!!」
彼女の目は鋭く、次の敵を捉えている。
(ルミナス様の訓練が活きていますわ……! ここまで戦えるなんて……!!)
だがその時──
空を裂くような羽ばたき音が響く。
「……!!」
「ア、アレクシア様っ──!!」
「え……?」
咄嗟のことで反応が遅れたアレクシアの元へ、巨大なカラスのような魔獣が襲いかかる。
「っ……!!」
フェリスは迷わず駆け出す。
──ドンッ!!
「フェリス!? 何を──!」
──ガシッ!!
「ぐあぁっ……!!」
魔獣の鋭い爪がフェリスの肩を捉え、そのまま空へと連れ去る。
「フェリス──!!」
アレクシアは慌てて詠唱を始める。
(お願い…!!間に合って……!!)
「魔弾よ、空を駆け、標と穿て──《アーク・シュート》!!」
──ギュンッ!!
しかし魔弾は届かない。焦りと絶望の中で、アレクシアは次々と魔法を放つ。
「《アーク・シュート》! 《アーク・シュート》……!!」
──ギュンッ!!
──ギュンッ!!
「だ、だめですわっ!! フェリス!! フェリス──!!!」
声が空へと吸い込まれるように遠ざかっていく。
「うぐっ……!」
フェリスは肩の激痛を堪えながら、必死に状況を確認する。
(こいつは……レイヴォルク。獲物を巣に持ち帰って捕食する習性の魔獣……)
流れる血を拭い、詠唱に入る。
「こんなところで食われてたまるもんですかっ……!」
「軌跡を描け、魔力の矢よ──《アーク・バレット》!!」
──シュンッ!!
魔弾がレイヴォルクの翼を撃ち抜く。
「グワッ!? ギャアッ……!!」
バランスを崩し、空中で体勢を乱すレイヴォルク。
「落ちるならっ……お前が下だ!!」
フェリスは咄嗟に脚を斬り落とし、首元へ剣を突き刺す。
──ヒュルルル……
──ドォォォンッ!!!
地響きと土煙が辺りに広がる。彼女の身体は東の森と湿地帯の境界付近に叩きつけられた。
「けほっ……こほっ……。はぁ、はぁ……戻らないと……!」
肩を押さえ、ふらつきながらも立ち上がろうとするフェリス。
──ドォン ──ドォン ──ドォン……
重々しい足音が地を揺らす。
「な……なんだ……?」
──ドォン ──ドォン ──ドォン
(か、かなり……大きい……!? なんだ、この嫌な気配は……!?)
ゆっくりと後ろを振り返る──
──ヒュンッ!!
「っ……!!!!」
──ドゴオォォン!!!
大岩が轟音とともに目の前を横切った。
「嘘……でしょ……?」
現れたのは、赤紫の瘴気を纏った巨体。血走った目。五メートルを優に超える異形の魔族。
「オ、オルグ……フルネス……!?」
『グオアァァァァァァ!!!!!!!』
その咆哮が空を震わせ、空気がひび割れるような衝撃が走る。
(こいつが原因で……魔族の大群が逃げてきた……!?)
──東の森・中域
ルミナスたちは、着実に魔族の群れを討伐していた。
「ルミナス様。このあたり一帯は、これですべて片付きましたね」
セシリアの報告に、ルミナスは周囲を見渡し、満足げに微笑む。
「よしっ! っていうか……みんな強くなったね! 私、今回ぜんぜん活躍してない気がするよ〜!」
その言葉に、セシリアたちは苦笑を浮かべながら言葉を返す。
「なにをおっしゃいますか……まだ成長しきっていないとはいえ、魔人・デュラスを一撃で倒したのはルミナス様です」
続いて、組合員や騎士団の面々も口を揃えて称える。
「すごかったですぜ、ルミナス様!」
「あの一撃、マジで感動しました!!」
「次もぜひ、一緒に戦ってください!」
「いやいや……魔族の群れを掃討してくれたのは君たちだからね。ほんと、すごかったよ!」
照れくさそうに頭をかくルミナスに、場の空気が和やかになる。
しかしその時──
「ルミナス様っ! ペンダントが……!」
「……っ!」
ルミナスの胸元で輝く、小さな魔石付きのペンダント。それは、フェリスに渡したものと対になる試作品だった。
「フェリス……アレクシア……!」
ルミナスの表情が一瞬で引き締まる。
「セシリア! 皆を連れて村人たちに無事を報告して。そのまま魔馬車で湿地帯へ向かって!」
「了解しました! ではルミナス様は──?」
「私は――走って行く。すぐに!」
ペンダントを握り締め、ルミナスは風を切るように駆け出した。
(フェリス、アレクシア……! 今すぐ行くから! だから、どうか──持ちこたえて!!)
魔力の気流が巻き起こる中、ルミナスは光の矢のごとく湿地帯へ向けて疾走していく。
次なる戦場へ──仲間のもとへ。