第三章 第8話:女神と実戦
──あらすじ──
王都へ迫る魔族の群れに、ルミナスたちは決意を胸に立ち上がる。
初めての実戦。少女たちの勇気が試される中、森の奥で待ち受けるものとは──?
仲間とともに進むその一歩が、未来を変える戦いの始まりとなる。
朝の陽光が差し込む厨房で、ルミナスはセシリアと並んで立っていた。
調理台の上には、大きな緑の皮に包まれた《クゥクゥモロコ》──前世でいうところの“とうもろこし”が並んでいる。
「それでルミナス様、レッドメロウの食べ方は事前に聞いていましたが……このクゥクゥモロコは、どうやって食べるのですか?」
セシリアが手にしたメモ帳を片手に、首を傾げて問いかける。
ルミナスはにっこりと笑い、どこか得意げな表情で胸を張った。
「とうも……じゃなかった、クゥクゥモロコはねぇ~、茹でて食べるのが一番なんだよ!」
「茹でて……なるほど、煮て食す野菜なのですね?」
セシリアはすぐに納得し、走り書きのような速さでメモを取り始める。
「それでね、水から茹でるのがオススメ! 皮を少し剥いてからね!」
「承知しました。では、そのように調理いたしましょう」
(ま、本当はラップに包んでレンジ加熱が一番おいしいんだけど……この世界には電子レンジがないんだよね……)
内心で異世界の不便さに苦笑しつつも、ルミナスは軽やかに作業を進めていく。
「少し見えていますが、中身は黄色いのですね」
「うん! 中の粒はね、甘くておいしいんだよ~。びっくりすると思うよ?」
──約三十分後
大鍋からふわりと立ち上る湯気と香ばしい甘い香り。
茹で上がったクゥクゥモロコを鍋から取り出すと、ルミナスは手早く皮を剥き、嬉しそうに声を上げた。
「あっちち……! うわぁ~! とうもろこしだ~!」
「……トウモ……?」
不思議そうに繰り返すセシリアだったが、剥き出しになった黄色い粒に目を奪われる。
「それにしても綺麗な実ですね。そのまま食べるのですか?」
「うん! かぶりついてもよしっ! 焼いてしょうゆ……」
(あっ……しょうゆも、バターもないんだった……!)
「くっ……これが異世界の洗礼ってやつかぁ……」
ルミナスが遠い目をしているのを、セシリアは不思議そうに見つめていた。
「しかし……どこから食べるべきなのか、悩ましい形状ですね……」
「んふふっ、見ててねぇ~」
ルミナスはにやりと笑い、クゥクゥモロコを真ん中からパキッと折った。そして縦一列を綺麗に外し、親指で粒を押し倒すようにして順番に取っていく。
──めりっ……
「な、なるほど! 親指で根本から取るのですね?」
「まぁ私は綺麗に食べたい派だからこうしてるけど、豪快にかぶりついても全然オッケーだよ!」
そう言ってルミナスは一粒、口へと放り込んだ。
「ん~♪ 美味しい~!」
その幸せそうな表情を見たセシリアも、そっと一粒口に運ぶ。
「……!! 甘い……! レッドメロウとはまた違った甘さですね。瑞々しくて、まるで果実のようです」
「でしょでしょ!? クセになるんだよ~!」
セシリアは夢中でパクパクと食べ続け、とうもろこしの虜になった様子だった。
「これは……やみつきになりますね……!」
「今日はみんなにもクゥクゥモロコを食べてもらおうね!」
朝食を食べ終えた二人は、そのまま農場へ向かい、畑に水を撒いた。
収穫したクゥクゥモロコは、農民たちにも分け与えられ、ルミナスが食べ方を丁寧に教えて回る。
そして一行は、王宮へと向かうのだった。
──王宮・訓練演習場
ルミナスは更衣室で軽やかに着替えを済ませ、扉を押し開けて朝の光に包まれた訓練演習場へと足を踏み入れた。
「みんな、おはよ~!」
その元気な声に、訓練場に集まっていた組合員や騎士たちが次々と顔を上げ、明るく応じる。
「ルミナス様! おはようございます!!」
「今日はどんな訓練をするんですか?」
「ルミナス様、ついに武器付与魔法が成功しましたよ!」
賑やかに交わされる挨拶や報告に、ルミナスは一人ひとりに頷き、声を返しながら、嬉しそうに目を細める。
そのまま場内を歩き、フェリスとアレクシアの元へと向かった。
「二人とも、おはよう!」
「ルミナス様、ごきげんようですわ!」
「ふんっ、で?今日は何するの?」
アレクシアはいつも通りの優雅な笑顔で、フェリスはややツンとした態度ながらも、しっかりとルミナスを見ていた。
「今日はね~、そろそろ実戦のほうを──」
そう話し始めた瞬間だった。
「ルミナス様ッ!!」
訓練場の奥から、レオナールが息を切らして駆け込んできた。その顔は険しく、手には数枚の書類を携えている。
「魔族の群れが……王都に向かってきています! ヴィスが確認したとのこと、数はおよそ二百!」
その言葉に場の空気が凍りつく。
「二百ですって……!?」
フェリスとアレクシアが同時に表情を引き締める。
「レオナール、それは本当ですの!? 位置はどこですの?」
「はい、こちらです!」
レオナールは、リゼットから受け取ったばかりの資料を開き、地図を指差した。
「ここ──東の森、エルディアの森周辺。そして……南東の湿地帯、エルディア湿地帯です」
「エルディアの森……以前、魔獣ヴァルクルスが出現した場所ですわね……」
アレクシアが口を引き結ぶ。
フェリスも地図を見て、小さく頷いた。
「エルディア湿地帯……あそこには近くに村はない。でも、東の森は違う。早く抑えなきゃ、被害が出るわ」
ルミナスは静かに、それでいて強く頷く。
「よし……! みんな、集まって!!」
訓練場の中央に立ち、声を張り上げると、組合員と騎士団員たちが次々と集まってくる。
ざわめきが広がる中、ルミナスは一歩前へと進み出た。
「今、魔族が王都に向かってきています。数はおよそ二百──これから、実戦に出ます」
一瞬、場の空気が張り詰める。
「これは訓練でも模擬戦でもありません。怪我をするかもしれない。最悪の場合──死者が出ることもある」
誰一人として声を上げる者はいない。
ただ、全員が真剣な眼差しでルミナスの言葉に耳を傾けていた。
「だから言っておきます。これは強制じゃない。自分の命を、最優先にして。怖いと思うなら、無理はしないで」
静かな沈黙が流れた……しかし。
「なに言ってんすか、ルミナス様!」
一人の組合員が、拳を握って叫んだ。
「そうですよ! 俺たち、全部この日のために鍛えてきたんです!」
「今戦わないで、いつ戦うんだよ!!」
「魔族の野郎たちに、一泡吹かせてやろうぜ! なぁ、みんなっ!!」
「──おおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
訓練場全体を包むような雄叫びと歓声が湧き上がった。
組合員たちの掛け声で士気が高まり、訓練場全体が熱気に包まれる中、ルミナスは静かに拳を握りしめた。
「みんな……!」
その小さな声に応じるように、フェリスが一歩前に出る。
「これだけ訓練させといて参加しないなんて、馬鹿じゃない?」
いつものように素直じゃない言い方だったが、その眼差しには確かな覚悟が宿っていた。
アレクシアも、微笑みながら声を上げる。
「ルミナス様! 魔石の補充は万全ですわよ!」
彼女は大剣の柄を軽く叩き、胸を張る。
「今回は私も参加させていただきます。ただ……ただ待つだけは、もう嫌なので」
そう言って前へ出たのは、いつも控えめなセシリアだった。
その手には、銀色に光るテーブルナイフ。冗談ではなく、彼女の真剣な意志が伝わってくる。
「……わかった。それじゃあ、組分けをしよう」
ルミナスが頷くと、すでに準備を終えていたレオナールが前に進み出た。
「6組に分け、東の森と南東の湿地帯へ展開します」
彼は手元の地図を示しながら、的確に説明を続ける。
「ルミナス様、セシリア殿は東の森へ。フェリス殿とアレクシア様は南東の湿地帯をお願いします」
「ルミナス様は第二部隊。フェリス殿は第四部隊でよろしいでしょうか?」
その提案に、ルミナスは力強く頷いた。
「うん、それでいいよ。私も含めて、こっちの十八人は責任持って守るからね」
フェリスも、少し不満げな顔をしながらも、渋々ながら同意する。
「くっ……なんだか実力差を見られてるようで不服だけど……まあ、いいわ」
そんな彼女に、ルミナスはそっとペンダントを差し出した。小さな魔石が付いた、銀の細工が施されたものだ。
「フェリス。もしものことがあったら、これを使って?」
「……これは?」
訝しげに受け取るフェリスに、ルミナスは微笑む。
「この間、グランツさんに試作してもらったの。中の魔石に魔力を込めると、私の持ってる魔石が反応するようになってるんだ。もしそっちが危険になったら、すぐ駆けつけるから」
しばし無言でそれを見つめていたフェリスは、静かに口を開いた。
「……わかったわ」
素直な返答に、アレクシアが軽く肩をすくめる。
「あら? 随分と素直ですのね? 『こんなもの、いらない!』って叫ぶかと思いましたわ」
フェリスはきっぱりとした声で答えた。
「当たり前です。この隊を任されている以上、私情で判断を誤るわけにはいきません」
その言葉に、ルミナスは目を細めながら、みんなをぐるりと見渡した。
「それじゃあ……みんな、準備はいい!?」
彼女の声が響き渡る。
「絶対に、ここに帰ってきて! いい? フラグじゃないからね! 絶対だよ!!」
──おおおおおおおおおおおっ!!!
雄叫びが天へと響き渡る。
希望と覚悟を背負いながら、少女たちはそれぞれの戦場へと歩みを進めていく。
こうしてルミナスとフェリス、それぞれの部隊は分かれ、魔族討伐へと向かった――。
──東の森・エルディアの森
ルミナスとセシリアたちの部隊は、魔馬車に乗って東の森の手前にある小さな村へと到着した。村の空気は緊張に包まれていたが、ルミナスの姿を見るや否や、一人の老人が慌てて駆け寄ってくる。
「おお、ルミナス様! 話は聞いておりますぞ。この近くに魔族の群れが現れたと……!」
「そうなの。それでね、村の皆にはこの魔馬車に乗って、できるだけ早く安全な場所へ避難してもらいたいの」
ルミナスの言葉に、村長は深く頷き、すぐに村人たちを呼び集めて魔馬車へと乗せた。やがて村人たちを乗せた馬車は、王都の方角へと駆け出していった。
セシリアはそれを見届けると、ルミナスのそばに歩み寄る。
「この村は、森でしか育たない希少な薬草を王都に納品する重要な拠点です。何としてでも守り抜きましょう」
「うん、絶対に守ろう。──みんな、もうすぐ森に入るよ! 気を引き締めて──」
──ビュンッ!!
突然、鋭い音とともに空を裂く矢が飛来した。
「っ……!」
森の木の上には、小さな影。ルミナスはすぐに敵の正体を見極めた。
「……コヴァルレンジャー……!」
訓練の成果を思い出して、とルミナスが声を張る。
「みんな! 訓練を思い出して! 遠距離攻撃の敵には遠距離で応戦! 盾役は後衛を守って!」
その号令と同時に、セシリアが手に持っていたテーブルナイフを構え、敵影に向けて鋭く投擲する。
──ヒュッ!
──グサッ!
「グギャッ!!」
鋭く放たれたナイフはコヴァルレンジャーの肩を正確に貫き、そのまま木の上から地面に叩き落とした。
「《リカレクト・ダガー》」
セシリアが静かに呪文を唱えると、投げたナイフが風を切って彼女の手元へ戻ってくる。
「セシリア! その魔法、いつの間に覚えたの!?」
ルミナスが驚いて尋ねると、セシリアは涼しげに答える。
「お料理の際に、包丁やナイフを素早く切り替えるために覚えました。時短になりますから」
(な、なるほど……セシリアらしいというか……)
だが、緊張の糸は緩められなかった。
「ルミナス様、まだ来ますっ!」
前方の木々から、さらなる影が姿を見せる。五体のコヴァルレンジャーが枝の上から一斉に矢を放ってきた。
──ビュンッ!!!
──ビュンッ!!!
──ビュンッ!!!
──ビュンッ!!!
──ビュンッ!!!
前衛の騎士団員たちが素早く盾を構え、後方の組合員を守る。
──ガンッ!!──カンッ!
──ゴンッ!!
その間を縫うように、組合員たちは反撃に移る。
「軌跡を描け、魔力の矢よ──《アーク・バレット》!」
シュンッ!!──
シュンッ!!──
シュンッ!!──
シュンッ!!──
シュンッ!!──
シュンッ!!──
青白い魔力の矢が次々と放たれ、敵の間を切り裂いていく。
「ギャアッ!!」「ギャワッ!!」「ギッ……!!」
次々と命中し、敵の数は瞬く間に減っていく。
「ルミナス様、残り二体です!」
その報告と同時に、ルミナスの元へ矢が放たれた。
──ヒュンッ!
──パシッ。
ルミナスは、飛来する矢を軽々と素手で掴み取ると、軽く構えた。
「《アーク・マテリアライズ》」
彼女の手に、淡い青白い魔力の弓が瞬時に生成される。
ビュンッ!!!──
一本の矢が、逃げ出したコヴァルレンジャーの頭部を一閃に貫通し、二体をまとめて射抜いた。
「よし、これでおしまい」
セシリアはルミナスの隣で小さく拍手を送る。
「ルミナス様。お見事です」
驚きの声が部隊のあちこちで上がる。
「い、今……素手で飛んでくる矢を掴んだぞ……!?」「あの弓……魔力でできてた……!」「一発で二匹を……信じられない……!」
ルミナスはくるりと振り返り、仲間たちに声をかける。
「みんな! これから森へ入るよ! 今のような奇襲がいつ来るかわからないから、警戒は怠らないように!」
「はいっ!!」
気を引き締めた返事とともに、ルミナスたちはエルディアの森へと足を踏み入れていった──。