第三章 第7話:女神と模擬実戦
──あらすじ──
訓練場に集う戦士たちと魔獣部隊との模擬戦。
仲間を信じ、己を賭けて立ち向かうその姿に、熱気と歓声が沸き起こる。
そして訓練のあとは、ルミナスからの思わぬ“ご褒美”が──!?
戦いと笑顔が交錯する、にぎやかで鮮やかな一日が始まる。
周囲を囲む組合員や騎士団の面々が固唾を呑んで見守る中――
二人の少女が、三体の魔獣に向かって剣を構えた。
「それじゃあ二人とも、準備はいいかな?」
ルミナスの声に、フェリスが鼻を鳴らす。
「ふんっ! さっさとしなさいよ!」
「ルミナス様! いつでもいいですわよ!」
アレクシアは涼やかに返す。
ルミナスが軽く右手を振り上げると、訓練場の端に控えていた魔獣たちがうなりを上げた。
「それじゃあ……ケルベロス部隊、ゴーッ!!」
その号令と同時に、魔獣たちは左右に分かれ、フェリスとアレクシアを分断しにかかる。
「アレクシア様! 背中を!」
「ええ! わかっていますわ!」
二人は背中を預け合うようにして立ち回り、相手の死角を埋めながら絶妙な連携で迎撃を始めた。
その様子を見ていたルミナスは、嬉しそうに頷く。
「ケルとベロとスーもなかなか賢いけど、フェリスたちも負けてないね」
「……ルミナス様、それは……魔獣たちの名前、ですか……?」
レオナールが苦笑いを浮かべながら訊ねる。
「ん? そうだけど?」
さらっと答えるルミナスの隣で、セシリアが補足を入れる。
「ケルは片耳が欠けています。ベロは舌が長くて、常に口からはみ出ています。そしてスーは、片目に傷があります」
「……は、はぁ……」
レオナールは眉間を押さえながら、目を細めた。
そして次の瞬間――先に動いたのはアレクシアだった。
「この身に宿るは、創り手より授かりし器──今、
解き放たれよ……《マギア・フォルティス》!!」
魔石の輝きがアレクシアの胸元で煌めく。
彼女は大剣を強く握りしめ、全身の力を込めて振り抜いた。
──ブォンッ!!
その一撃に、アレクシアをマークしていたベロがたじろぎ、一歩後退する。
「フェリス! 今ですわ!!」
「わかってるわ!!」
ベロが下がった隙を突き、フェリスが駆け出す。
その瞬間、彼女を狙っていたスーが動くがアレクシアの迎撃で封じられる。
「剣よ、我が使命に応えよ。
魔力よ、刃となりて敵を穿て──
《フォーカス・エッジ・リインフォース》!」
フェリスの剣が白銀の輝きを放つ。
完璧な武器付与魔法が発動し、彼女の刃は魔力を纏った。
「フェリス……! ちゃんと使えるようになったんだね!」
ルミナスは笑みを浮かべ、目を細める。
──ズワァァッ!!
その瞬間、ベロが華麗に跳躍し、フェリスの頭上を飛び越える。
「アレクシア様!! そちらに行きました!!」
「わかりましたわ!!」
アレクシアはスーへの警戒を解かぬまま、ベロに狙いを定める。
──ギュッ!
──グルングルンッ!!
体をひねり、回転攻撃の体勢に入ったそのときだった。
──グワァァッ!!
「ワンッ!!」
死角を突いたケルがアレクシアへ猛タックル!
──ドカッ!!
「きゃっ……!!」
吹き飛ばされるアレクシア。
「アレクシア様ッ!!」
ケル、ベロ、スーの三匹がアレクシアに向かって一斉に襲いかかる。
その危機を見て、フェリスが全速力で彼女のもとへ駆け出した。
「この身は盾、この魂は誓い……すべての攻撃、
この私が受けてみせる――《守誓・フォート・コール》!!」
叫ぶように詠唱しながら、フェリスは剣を構え、アレクシアの前へと立ちはだかる。
「フェ、フェリス……!」
ケルベロス部隊はアレクシアではなくフェリスに注意が向く。
──バシンッ!!
──ドゴッ!!
──ボゴッ!!
「ぐっ……!!」
連続する攻撃を受け止めたフェリスは、その場に膝をつく。だが、剣の光はまだ失われていない。
「まだ……終わってない……!」
踏みとどまるように低い姿勢から突き出すように踏み込む。
──ズワァァッ!!
──ザンッ!!!
「キャンキャンッ!!」
ベロの悲鳴とともに、一撃が命中する。
「ベロはそこまで! 戻っておいで!」
ルミナスの制止の声に応じ、ベロは後退。
フェリスは剣を地面に突き立て、肩で荒く息をついていた。
「フェリス……ありがとうございますわ! おかげで助かりました!」
「い、いえ……! 残り、あと二体です!!」
アレクシアはフェリスの想いを無駄にせぬよう、前へと進み出る。
「フェリス、あとはわたくしに任せなさい」
「ア、アレクシア様……!?」
アレクシアは大剣を肩に担ぎ、静かに低い姿勢を取ったまま詠唱を始める。
「我が血に眠りし獣よ、
今こそ目を覚ませ――《アニマ=ヴォルテクス》!!」
その瞬間、アレクシアの身体からバチバチと赤い稲妻が迸る。
「……あれは……!」
ルミナスが目を見開く。
「狂戦士化……!?」
レオナールも驚愕の声を漏らす。
「あの赤い雷光……エルディナ王家に伝わる秘技、
《アニマ=ヴォルテクス》……!」
アレクシアの瞳は、紅玉のように怪しく輝き、まるで獣の眼光のようだった。
「ハァァァァ……!!」
──シュンッ!!!
まさに瞬きする間もなく、アレクシアが一閃。
──グワァァッ!!
──ズバァァンッ!!!
「キャインキャンッ!!」
「スー! 戻っておいで!」
ルミナスの呼びかけで、スーも退却する。
アレクシアがケルに向かって走り出す。
──ズワァッ!!!
その直後、アレクシアの首飾りが透明になり――
「そ、そんな……!!」
──ドサッ……!
「アレクシア様ッ!!」
「はぁ……はぁ……フェリスごめんなさい。あと、一匹ですわ……!」
魔力をすべて使い果たし、アレクシアはもはや指一本動かすこともできない。
「ありがとうございます、アレクシア様……!」
フェリスはケルをまっすぐに見据え、剣を構え直す。
「負けるわけにはいかない……私は……絶対に……!」
一瞬だけルミナスの方に視線を向ける。
「バウッ!!」
ケルが一気に突進してくる。
「舐めるな、このっ……!!」
──ブンッ!!
──ヒョイッ!
「くっ……ちょこまかと……!」
消耗が激しいフェリスの動きは、さすがに鈍っていた。
「ワンワンッ!!」
──ドガッ!!
「うぐっ……!」
──ドシャッ!!
転倒したフェリスに追撃が迫る。だが――
「へっへっ……ワンッ!!」
フェリスはニヤリと笑った。
「かかったわね……!」
「……《リパルス・ウェイブ》!!」
ケルの攻撃を手のひらで受け止め、その衝撃をそのまま反射させる!
──スパァンッ!!!
「キャンッ……!!」
(踏み込むなら、今――!)
フェリスは体勢を立て直すと、迷いなく突進する。
「はああああっ!!」
──ザンッ!!
「キャンキャンキャン!!」
「そこまで!! ケル、戻っておいで!」
ルミナスが高らかに声を上げた。
「二人とも、よく頑張りました!! 勝者、アレクシア&フェリス!!」
場内から拍手と歓声が湧き上がる。
「うおぉぉぉぉ!!」「ヒューヒューヒュー!!」
動けないアレクシアに肩を貸しながら、フェリスがそっと拳を差し出す。
「……」
アレクシアも応じて、ふたりの拳が「コツン」と優しく触れ合う。
小さな笑顔がふたりの間に咲いた。
そこへ、ルミナスがにこにこと駆け寄ってくる。
「すごかったよ、ふたりとも! 思わず見入っちゃった!」
「ありがとうございますわ! ルミナス様!」
「ふ、ふんっ! あ、当たり前でしょ!!」
照れくさそうにそっぽを向きながらも、フェリスの頬はほんのり赤く染まっていた。
「ケルベロス部隊もお疲れ様ゆっくり休んでね!」
「ワンッ!!」×3
すると、セシリアがこっそりとルミナスの耳元で囁いた。
「……それ、ホント!?」
「ええ!先ほど……!」
そのやりとりを見ていたフェリスとアレクシアが、不思議そうに首をかしげる。
そんな二人に、ルミナスが笑顔で振り返った。
「さてさて!頑張ったみんなに、ご褒美がありまーす!!」
その声に合わせて、訓練場の扉が開き、ガラガラと音を立てて配膳台が運び込まれてくる。
上には、緑と黒の縞模様の外皮を持ち、中は真っ赤な果肉の巨大なスイカ――そう、《レッドメロウ》が並んでいた。
「今日採れたてのレッドメロウだよ!!」
訓練に参加していた騎士団員や組合員たちが、一斉に驚きと興味の入り混じった声を上げる。
「な、なんだあの赤い果物!?」「ちょっと美味しそうじゃないか?」
「えっ、野菜なの!?」「初めて見るけど、なんか……すごく甘そう……」
ルミナスは笑いながら手を叩いた。
「まあまあ!まずは食べてみてよ!いっぱいあるから遠慮しないでね!」
一斉に配膳台の前に列ができ、参加者たちはそれぞれカットされたスイカを手に取り、かぶりつく。
「……あっっま!!」
「これが野菜!?信じられない!」
「はぁぁ~……疲れた身体に沁みる……」
「わたし、これ好きかも!」
ルミナスは、セシリアやレオナール、フェリス、アレクシアにもスイカを手渡していく。
セシリアは、畑で実をつけていたレッドメロウを見ていたにもかかわらず、その中身を初めて見て驚きを隠せなかった。
「あの緑と黒の縞模様の中が……こんなにも鮮やかな赤だったとは……!」
──シャクッ。
「甘いっ……! しかも水分がとても多いので、暑い季節にはぴったりですね」
隣で一口かじったレオナールも、思わず目を見開く。
「こ、これは……!この甘さで野菜とは……驚異的ですね。はい……」
そしてケルベロス部隊もガツガツと食べている。
その頃、フェリスはレッドメロウをじっと睨みつけていた。
「えっ?これ、あんたが作ったの?……いらないわよ、そんなの!
……ちょっ、セシリア、ちょっと待っ――むぐっ!」
セシリアが無理やり口に運んだレッドメロウを頬張った瞬間、フェリスの目が見開かれる。
「……え……あまっ……」
一方のアレクシアは、幸せそうにスイカを口いっぱいに頬張っていた。
「ん~~♪ 美味しいですわ~♪ 疲れた身体に、じんわりと染み渡っていきますわ~♪」
ルミナスも、嬉しそうにみんなと並んでスイカをかじる。
「あぁ~これこれぇ!!あ、みんな、種は食べないでね~。ちゃんと外に出すんだよ! ん~♪美味しっ!」
その言葉を聞いたフェリスが、ガタッと立ち上がる。
「え!? い、今さら!? 私、飲んじゃったわよ!?!?」
「えぇ!? フェリス、種飲んじゃったの!? うわぁ大変だ~……おへそから芽が出てきちゃうよ~?」
その冗談に、フェリスの顔がみるみる青ざめていく。
半泣きでルミナスの肩をガクガクと揺さぶった。
「あ、あんた!! ど、どうしてくれるのよ!! 飲んじゃったじゃない!! 責任取りなさいよぉぉぉ!!」
そんな様子を見ていたセシリアが、呆れ顔でため息をつく。
「フェリス、ルミナス様のご冗談です」
その言葉に、ハッとしたフェリスがルミナスを見た。
「……てへぺろっ☆」
「~~~~~~っ!!」
顔を真っ赤に染めたフェリスが、ぷるぷると震えながら怒りを溜め込む。
「あんたってやつはぁぁぁぁぁ!!!!!」
ルミナスはスイカを片手に、その場から猛ダッシュで逃げ出した。
「うわぁっ!? ちょ、ちょっと待てぇ!! 今日という今日は許さないんだから!!!」
「許さないんだからぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
にぎやかな叫び声とともに、訓練演習場は笑いに包まれる。
こうしてケルベロス部隊との模擬戦訓練は、成功のうちに幕を閉じたのだった。
人類側の戦力は確実に向上し、次なる課題は……“実戦経験”。
そのときは、もうすぐそこまで近づいていた。
──ザッ ──ザッ ──バキバキッ
──ズドォンッ……!!
『グオオォォォォォッ!!!!!』