第三章 第6話:女神と水やり
──あらすじ──
訓練の合間、ルミナスはいつもの畑を訪れる。
そこで明らかになる、彼女の“水やり”に隠された驚くべき力。
一方、訓練場では実戦形式の模擬戦が始まり、
次なる段階へと歩みを進めていく――。
訓練を終えたルミナスは、セシリアと並んで畑へと向かっていた。
「私、今日ちょっと驚いたよ。訓練で武器付与魔法ができたの、54人中32人……」
「ルミナス様の教え方が上手だったからだと思いますよ」
「それだったらすごく嬉しいな!」
ルミナスは微笑む。その笑顔を見て、セシリアも自然と表情を緩めた。
(これなら、次の段階……実戦もいけるかも)
そんな期待を胸に、ルミナスは共同耕作地へと足を踏み入れる。
──共同耕作地
「よしっ! レッドメロウとクゥクゥモロコの状態を確認したら、今日は帰ろっか!」
自分の畑の苗がそこそこ育ってきているのを見て、ルミナスは満足そうに頷いた。
そこへ、農民の一人が声をかけてくる。
「おお、ルミナス様、ちょうどよいところに。昨日の夕方、水を与えてくださったおかげで、今日の昼には実りましてな」
「えっ、ほんと!? じゃあ収穫、手伝うよ!」
ルミナスは嬉々として農民のもとへ駆け寄るが、その背中を見送っていたセシリアは、ふと疑問を抱く。
(昨日の夕方に水をあげて、今日の昼に実った……?)
「ルミナス様。失礼ながら、こういうことって……よくあるのですか?」
「え? うん、私が水やり担当した次の日には、だいたい収穫できるよ?」
(……ん?)
セシリアの表情が徐々に険しくなる。
「ルミナス様、それ……普通ではありませんね」
「え? そうなの?」
「はい。通常の農作物は、そんな短期間で実るものではありません。繰り返し収穫なんて……ありえません」
その言葉に、ルミナスの手が止まる。
(みんな平然と収穫してるからこれが普通なのかと思ってた……)
「……お、おじさん、それって……いつから?」
「えっ? そりゃあ、最初に土壌を浄化してくださった時からずっとですぞ」
「……!?」
その返答を聞いた瞬間、ルミナスは自分の畑へと走り出し、膝をついて苗を見つめた。
「ど、どういうこと!? でも、このスイカととうもろこしは全然育ってないよ!?」
慌てたようにセシリアもルミナスのもとに駆け寄る。
「ルミナス様! どうなさいましたか!?」
「セシリア……! 私、毎日ちゃんと水をあげてるのに……他の畑みたいに育ってない……!」
セシリアは口に手を当て考える。
「たしかに……なぜここだけ……?」
その時、後ろから息を切らした農民が駆け寄ってきた。
「ル、ルミナス様……! 種、一つずつ植えてますか……!?」
「種……?」
ルミナスの脳裏に、種を植えたときの記憶が蘇る。
(たしか……3、4粒、まとめて入れたような……)
「3、4粒……まとめて入れました……!入れちゃいました……!!」
農民のおじさんは頭を抱えた。
「そ、それじゃあ育ちが悪くなるのも当然です! 根が養分を取り合ってしまうんですよ!」
「な……なんだと……!?」
勢いよく振り返ると、ルミナスはセシリアの方をまっすぐに見つめて叫んだ。
「セシリア! 緊急事態発生!! 今すぐ、この苗を一つずつ小分けにして植え替えます!!」
「かしこまりました……!!」
ルミナスは鍬を手に取り、真剣な表情で構える。
「私は……今から耕す!!」
「了解です、ルミナス様!」
そして夕日に照らされながら、二人は黙々と農作業に取りかかった。
「《セイクリッド・シャワー》!! 魔力マシマシでぇぇぇ!!」
ルミナスは苗を植え直した後、魔力を込めた水を撒いていく。
「セシリア! 明日のお昼、楽しみにしててね! レッドメロウとクゥクゥモロコ、食べさせてあげるから!」
(これは……グランツさんに報告しなきゃ。もしかしたら、他の種も育てられるかも……!)
高鳴る期待を胸に、ルミナスは収穫の手伝いも終えて、上機嫌で屋敷へと帰っていった。
──翌朝
朝食を済ませたルミナスは、待ちきれない様子でセシリアを連れて畑へと急ぐ。
そして――
「な、なんじゃこりゃああああ!!?」
目の前に広がる光景に、ルミナスの声が畑中に響き渡った。
スイカ──レッドメロウの蔓は凄まじい勢いで広がり、畑一面を覆い尽くしていた。
さらに、とうもろこし──クゥクゥモロコは、2〜3メートルもの高さにまで育っている。
「ル、ルミナス様……っ! こ、これは一体……!?」
目を丸くしたセシリアが、畑の異様な成長を前に絶句する。
スイカの蔓をかき分けながら、ルミナスは目を見開いた。
「ス、スイカだ……!」
まだ中玉ほどの大きさではあるが、そこには六個のレッドメロウが実を結んでいた。
クゥクゥモロコ――とうもろこしの方も確認すると、三本の立派な穂が育っている。
「しかも……もう少しで収穫できそう……」
農民たちも、セシリアも、その驚くべき成長に声を失っていた。
「これが……先人たちが遺した、伝説の作物なんですね……」
その時、王宮から駆けつけたグランツが畑へとやって来た。
「おや? 皆さん朝からどうしたのですか──」
畑の様子を一目見るなり、目を見開いて叫んだ。
「ル、ルミナス様!? これは一体!? し、しかも……すでに実っている……!?」
ルミナスは、昨日自分が行ったことをそのままグランツに伝えた。
「なるほど……私は農業には明るくないので、これまで資料本を頼りに進めておりましたが……」
資料本を手にしながら、グランツは唸る。
「思い返せばたしかに……ルミナス様が土壌を浄化してから、作物の成長速度は目を見張るものがありましたな……」
「もしかしたら、他の種でも、私が魔力を込めて水をあげたら育つんじゃないかな?」
ルミナスの提案に、セシリアも頷いた。
「それが本当なら、食事のレパートリーが一気に増えますね。料理のしがいがあります」
農民たちも次々と声を上げる。
「ルミナス様が水を与えてくださった作物は、枯れることなく実をつけてくれる……まさに奇跡の作物ですじゃ」
「それにのう、病気の管理も、受粉も、わしらがやっておらんのに、実がついておる。ルミナス様の《セイクリッド・シャワー》には……そのすべてを超える力があるんじゃろうて」
グランツも、畑に実ったスイカととうもろこしを見つめながら、資料本と照らし合わせて言葉を続けた。
「この記録によれば、こうした作物は間引きして、健康な個体だけを育てるのが一般的だそうです。多くても、レッドメロウは二つか三つ、クゥクゥモロコは二本が理想……」
「ですが……ルミナス様の水は、間引きをせずとも、一つの種から最大数の収穫が見込める……。まったく、驚異的ですな」
ルミナスはその言葉を聞きながら、ぽつりとつぶやいた。
(……なんか、こんなゲーム感覚で農業やっていいのかな……?)
でも、すぐに思い直す。
「……いや、でも、そうだよね。食べ物がなくて飢えるより、たくさん食べてお腹いっぱいになれた方がいいよね!」
セシリアも微笑みながら応じる。
「ルミナス様はたくさん召し上がる方ですから、これで遠慮なく食べられますね」
「ちょ、ちょっとセシリア! まるで私が食いしん坊みたいな言い方じゃない……!」
「はっはっはっ!」
農民たちの朗らかな笑い声が、朝の畑に響き渡った。
平和な空気の中、ルミナスが与える水の力は、確かに新たな可能性をもたらしていた。
こうして、スイカやとうもろこしに加え、保管庫に眠る他の種も育てていく方針が固まっていく。
「セシリア、もう少ししたらレッドメロウが食べ頃になると思うから、その時は“レッドメロウ割り”やろうね!」
「……? レッドメロウ割り……ですか?」
「それと、クゥクゥモロコは……しょうゆで──」
(……あれ? この世界に醤油って、あったっけ……?)
まだまだ、この異世界には“やること”が山ほどある――そう実感するルミナスだった。
そして――
本当ならば今すぐ収穫したいところだったが、このあと王宮での合同訓練が控えていたため、
ルミナスは収穫作業を農民たちに一任し、セシリアとともに王宮へと向かった。
──王宮・訓練演習場
「よーし、みんなー! 今日は実戦形式に近い訓練をやってみようと思います!」
訓練場に集まった騎士団員や討伐組合員たちに向けて、ルミナスが高らかに声を上げる。
するとその背後――
ザッ……ザッ……ザッ……。
三匹の狼のような魔獣が、静かに現れた。
「今日は、この子たちの相手をしてもらいます!」
場がざわつく。
「お、おいっ……あれ、魔獣じゃないか!?」
「な、なんであんなに大人しいんだ……!?」
「本当に大丈夫なのか……?」
不安の声が上がる中、ルミナスは笑顔で頷く。
「うんうん、気持ちはわかるよ! でも大丈夫。この子たちは私の屋敷で飼ってる魔獣なんだ」
そう、あのグブリンの巣で出会ったウルファウンドたち。
居場所を失っていた彼らは、今やルミナスの屋敷で大人しく暮らしていた。
「今日はこの“ケルベロス部隊”と模擬戦をしてもらって、実戦に近い形で訓練を行います!」
「二人一組で挑んでもらいます! もちろん魔法の使用もOKだよ!」
ルミナスはそう言って、三匹のウルファウンドに手をかざす。
「《セント・プロテクション》」
淡い光が魔獣たちを包み込んだ。
「これである程度の攻撃は防げるはず。さあ、ケルベロス部隊、手加減して相手してあげてね!」
「ワンッ!!」×3
訓練が始まると、ペアになった組合員や騎士たちが次々とウルファウンドに挑む。
魔獣たちは噛みつくことはせず、タックルや後ろ脚の蹴りで相手を追い詰めていく。
「くっ……! こいつら、めちゃくちゃ速いぞ!!」
「お、おいっ! お前、魔法で足止めしろ! その隙に俺が──」
──ドカッ!!
──バシッ!!
「ぐわっ……!」
「うわっ……!」
「はい、そこまで! ケルベロス部隊、整列!」
「ワンッ!!」×3
ルミナスの合図で魔獣たちが素早く並び直す。
「じゃあ、次のペア!」
「はいっ!」「お願いします!」
場の熱気は高まり、次々と訓練が進んでいく。
その様子を、セシリアとレオナールが少し離れた場所から見守っていた。
「……あの魔獣たち、どこへ行ったのかと思えば、ルミナス様のご自宅にいらしたのですね」
「はい。ルミナス様を捜索し終えたあと、匂いをたどって屋敷に現れました。敵意もなかったので、そのまま飼うことになりまして……」
レオナールはふむ、と頷きながら呟く。
「なるほど……古くから“犬”という存在は人と共に歩んできたと言いますが……
この世界でも、共存の道があるのかもしれませんね」
この世界で魔獣を家畜化するのは極めて難しい。
だが――小さな希望が、今そこにあった。
そして――
「おっ、フェリスとアレクシアのペアだね! これは期待できそう!」
ルミナスの目がキラリと光る。
「ふんっ。こんな魔獣ごときで、私が負けるとでも?」
フェリスは鼻を鳴らして剣を構える。
「油断は禁物ですわよ? フェリス」
アレクシアが涼やかな笑みを浮かべて言い返す。
三匹のウルファウンド――未だ誰も勝てていないこの模擬戦。
果たして、この実力派コンビは勝利を収めることができるのか。