第三章 第4話:負けず嫌いは執着と共に。
──あらすじ──
日課に追われるルミナスのもとに、何度も挑んでくる人物がいた。
訓練と日常の中、少しずつ心の距離が縮まっていく。
そして、新たな魔法訓練で思わぬ才能が明らかに──。
ルミナスの日課は、日に日に増えていっている。
朝は農場での作業。続いて、王宮での合同訓練。
時間があれば魔族や魔獣の討伐にも出かけ、夕方には再び農場を見回る。
人類滅亡寸前の世界にありながら、彼女の生活は意外にも充実していた。
──王都・中心街
「……つけられてるな。」
ルミナスは今日も平和に過ごしていた。
いつものように街中を歩いていたルミナスは、背後に漂う微かな気配を感じ取っていた。
(訓練初日から、ずっとなんだよね……)
何気ない様子で裏路地に入り、足場となる樽の上に乗ると、軽く跳躍。建物のひさしに身を隠す。
わずか数秒後、通りをキョロキョロと見渡す小柄な影が現れた。
「……い、いないっ!?どこ行ったのよ……!」
ルミナスはその背後に音もなく降り立つ。
「──確かに“友達になろう”とは言ったけどね。」
「っ……!? う、うしろっ!?」
「ストーカーになってとは言ってないよ……フェリス。」
そう、追跡者の正体はフェリスだった。
あの訓練の日以来、彼女はルミナスを毎日のように
――いや、文字通り一日も欠かさず――尾行していたのだった。
「くっ……今日こそ決着を……!」
フェリスは鋭く睨みつけながら、剣を抜こうとする。
ルミナスはため息をひとつ吐き、面倒そうに首を傾げた。
「だからぁ……」
言いかけたルミナスの言葉を、フェリスが勢いよく遮る。
「今回は違うからっ!! 奥義あるからっ!!」
ルミナスは半眼になりながら呆れ気味に問いかける。
「今日で何回目?」
「……まだ23回。」
「さぁ!構えなさい!!」
フェリスは自信満々に剣を構えた。
「あら?今日は審判はいないようね!」
「審判っていうか、セシリアね。今は私の屋敷でお昼ごはん作ってくれてるよ。」
ルミナスはその辺に落ちていた適当な枝を拾い、手に取る。
「ちょっと!また棒切れ!?馬鹿にしてるの!?」
「馬鹿にしてないってば~。ほら、決着つけるんでしょ?」
フェリスは一瞬動きを止め、剣を構え直した。
「今日こそはあなたに勝つ!──奥義ッ──」
──ダンッ!!
その言葉の途中、ルミナスは路地の壁を蹴って一気に間合いを詰める。
──ビシッ!!
手にした枝の柄が、フェリスの首筋にピタリと当たる。
「ぴぃっ──」
──ドサッ……
フェリスはきれいに気絶した。
「……この子、プライド高いのはわかるけど……ちょっとズレてるというか……」
呆れたように頭をかきながら、ルミナスは気絶したフェリスを背負い、
そのまま王国民間討伐組合へと向かった。
──王国民間討伐組合
「おや? ルミナス様、今日も勝利なさったのですね。」
受付近くで書類に目を通していたレオナールが、顔を上げて声をかける。
「あっ、ルミナス様! 今日は新しい技ですか? それとも新しい武器?」
受付の奥からリゼットもひょっこりと顔を覗かせてきた。
「今日は“奥義”らしいよ~。」
気絶したフェリスを、そっとベンチに横たえるルミナス。
「それでは、フェリスさんが目を覚ますまで、いつも通りお預かりいたしますね。」
「うん、よろしく。」
ルミナスは軽く手を振ると、そのまま自宅へと帰っていった。
──二〇分後
「……る、るみなひゅでーばいんっ!?」
フェリスが寝ぼけ眼で飛び起きた。
よだれをぬぐいながら周囲を見渡す彼女に、レオナールが歩み寄る。
「フェリスさん? ルミナス様は、もうお帰りになりましたよ。」
「なにっ……!? おのれ……ルミナス・デイヴァイン……!」
フェリスは小刻みに震えながら拳を握りしめる。
「あ、フェリスさん! 今日で0勝24敗ですよ!」
受付のリゼットが笑顔で戦績を報告する。
「くっ……次こそは……!!」
フェリスは唇を噛みしめると、勢いよく扉を開け、そのまま走り去っていった。
──バァン!!
「次は負けないからあぁぁぁ!!!」
──ルミナス邸・ダイニング
ルミナスは、セシリアが用意してくれた昼食のスープを美味しそうにすすっていた。
「ん~♪ セシリアのスープが五臓六腑に染み渡る~……」
「ふふっ、ルミナス様……ちょっとおじさん臭いです。」
軽口を交わしながら食事を楽しんでいたその時──
──バァン!!
「ルミナス・デイヴァイン!! ルミナス・デイヴァインは居るかっ!?」
「来たね……」
ルミナスはスープをすすりながら答えた。
「ここ最近ずっとですね、彼女。」
足音がダイニングへ近づく。そして──
「さっきぶりだね、フェリス。」
ルミナスは軽く手を振って迎える。
「私はまだ負けてないから!! 次は勝つんだから!!」
「はいはい。──で、明日は魔法の訓練だけど、来る?」
ルミナスが茶目っ気たっぷりに聞くと、フェリスは少し目をそらしながら答えた。
「ふ、ふんっ! 誰があなたなんかに……!」
「じゃあ、明日は欠席ってことでいいのかな~?」
ルミナスがわざとらしく首を傾げて問いかける。
「……」
「……く……」
「……?」
ルミナスが耳を近づけると、ようやくフェリスが口を開いた。
「……行く。」
フェリスは顔を少し赤らめながら、髪をかき上げる。
「ふふっ、じゃあまた明日。来るの待ってるよ。」
「ふんっ!」
フェリスはそっぽを向いて屋敷を後にした。
「ルミナス様、だいぶフェリスさんの扱いがお上手になりましたね。」
「まあ……毎日来れば…ね。」
──王宮・訓練演習場
朝の農作業を終えたルミナスは、魔法戦技訓練の指導にあたっていた。
今回は「魔力付与」を中心とした訓練である。
「まずは、武器に魔力を付与するとどうなるのか、実演してみるね。」
ルミナスは訓練用の木剣を手に取ると、表面にゆらめく魔力を纏わせた。
「この状態が……えーっと、こっちの世界では《フォーカス・エッジ・リインフォース》って言うんだったね。」
(私の世界だと《マナエンチャント:ソード・シフト》だったけど……)
軽く呟くと、彼女は目の前の木製ダミーに向かって連撃を繰り出す。
──ザンッ!! ──ズバッ!!
──ズワッ!! ──シュキンッ!!
木剣のはずなのに、その斬れ味は鋼すら超えたように鋭く、ダミーはみるみるうちに切り裂かれていく。
「そして最後に──《マナリベレイト》……!」
ルミナスが剣に込めた魔力を一気に解放する。
──バコンッ!!!
パラパラパラ……
爆音とともに、ダミーは粉々に砕け散った。
「これが魔力解放技、通称 《フォーカス・エッジ・リベレイト》。」
(本当は《マナリベレイト》だけど、名前はこっち仕様で……)
しかし、彼女の手にあった木剣もまた、耐え切れずに崩れていく。
「この技には弱点があるんだ。しっかりした武器じゃないと、耐久度が爆速で減るからね。」
それを聞いて、後方で見ていたフェリスが一言つぶやく。
「……諸刃の剣、ってことね。」
「その通り。この技を使うなら、確実に仕留められる状況でないとリスクが高いよ。」
フェリスは腕を組み、フフンと少し誇らしげな表情を浮かべる。
その様子を見ていた一人の騎士が、手を挙げた。
「ルミナス様は剣の使い手ですが、他の武器種でも同様の効果が得られるのですか?」
ルミナスはぱっと笑顔を見せ、明るく応える。
「そこの君!いい質問だね!」
「武器種によって呪文の一部が変わるんだよ。たとえば──」
・フォーカス・エッジ・リインフォース(剣)
・フォーカス・ストリング・リインフォース(弓)
・フォーカス・ヘッド・リインフォース(槌)
・フォーカス・スピアポイント・リインフォース(槍)
・フォーカス・ロッド・リインフォース(杖)
・フォーカス・ガード・リインフォース(盾)
・フォーカス・ブレイドリンク・リインフォース(双剣)
「そして、魔力解放版なら“リインフォース”を“リベレイト”に変えればOK!」
「な、なるほど!ありがとうございます、ルミナス様!」
そのやり取りを締めて、ルミナスは手をパンと叩いた。
「じゃあ、実際にやってみようか! でも魔力のコントロールが難しいから、無理はしないようにね!」
皆が自分の武器を手に取り、それぞれ詠唱を始める。
ルミナスはゆっくりと場内を歩きながら、各人の様子を観察する。
「うんうん、みんな苦戦してるね~……」
そんな中、ひときわ輝く魔力を扱っている人物がいた。
「ん?……セシリア?」
「……《フォーカス・エッジ・リインフォース》」
食事用の小さなナイフを構えたセシリアが、無詠唱で魔力を纏わせる。
刹那、ナイフが淡く光を帯び、その鋭さが一目で分かるものへと変化した。
(えっ……!? 無詠唱!? しかも制御できてる……!?)
セシリアはナイフの感触を確認し、静かに構えを取る。
──スッ
──ドスッ!!
木製の標的に向かって投げられたナイフが、深々と突き刺さる。
「……《フォーカス・エッジ・リベレイト》」
──キィィィン
──ドガアァァッ!!
魔力の余波と共に、ナイフから解き放たれたエネルギーが炸裂した。
「ふぅ……」
その凄まじさに驚いたルミナスは、駆け足でセシリアのもとに駆け寄る。
「セ、セシリア!? すごいじゃん!!いつの間にこの技、できるようになったの!?」
セシリアはくすっと微笑みながら、くるりとルミナスに振り返る。
「この間、フェリスさんが使っていたのを思い出して……こっそり練習してました。」
「ふふっ、驚きましたか? ルミナス様。」
「うん、正直、一番びっくりしたかも。」
二人は顔を見合わせて、楽しそうに笑った。
その時、セシリアがある方向を見て、声を潜める。
「……ルミナス様、あれを。」
「ん? あ……フェリスか……」
視線の先には、剣に魔力を込めすぎて、今にも暴発しそうなフェリスの姿があった。
「ちょっ、ちょっと行ってくるっ!!」
ルミナスは急ぎフェリスに駆け寄る。
「くっ……! あと少し、あと少しなのに……!」
彼女は剣からあふれる魔力を必死に抑えようとしていた。
「フェリス! このままだと剣が爆発するよ! 力を抑えて!!」
「ひゃっ……!! あ、あ、あなた!! て、ててて手っ!!」
ルミナスはそっとフェリスの手に自分の手を重ね、魔力を纏わせて制御を助ける。
しかし、どんどん魔力が膨張していく。
(な……!?逆に魔力が増えていってる!?)
「集中して! 私の魔力で覆うから、ゆっくり抑え込んで!」
「ふ、ふんっ……! あ、あなたに言われなくても……っ!」
やがて、膨れ上がった魔力が徐々に収まり、フェリスの体内へと戻っていった。
「……ふぅ。なんとかなったね。」
静かに手を離すと、フェリスはルミナスの手を見つめ、顔を赤らめながらぽつりと呟いた。
「……あったかかった。」
フェリスは小さく呟く。
「ん? なんか言った?」
「い、いえ!? べ、別に!? な、何でもないわよっ!!」
顔を真赤にしたフェリスがそっぽを向く。
こうして怪我なく魔力を抑えることに成功した。
そしてルミナスによる個人指導が始まろうとしていた。