第三章 第2話:女神と女騎士
──あらすじ──
訓練場に集まった騎士団や組合員たちの前に、一人の女騎士が立ちはだかる。
彼女の挑戦を受けたルミナスは、思わぬ形で剣を交えることに──。
そしてその後、思いがけない人物が新たに訓練に名乗りを上げ、
訓練場はさらなる騒動の渦へと巻き込まれていく。
「──始めっ!!」
セシリアの高らかな合図と同時に、フェリスは地を蹴って突進した。
気迫に満ちた剣閃が空気を裂き、真っ直ぐルミナスへと迫る。
その速度に、周囲の組合員たちが思わず声を漏らした。
「は……早いっ!!」
一直線に駆け抜け、棒立ちのルミナスに向かって、フェリスは容赦なく剣を振り下ろす。
「そんなに斬られたいなら──お望み通り斬ってあげるわ!!」
──ブオォンッ!!
鋭い一閃が空を裂く。だが。
「……!?」
(斬った感触が……ない……!?)
フェリスは刹那、嫌な予感に背筋を凍らせ、咄嗟に前方へと視線を戻す。
構えを取り直そうとした瞬間──
「う、後ろっ……!!」
自分の首元すぐ横に、ひんやりとした木剣の感触を感じた。
「はい、一本。」
背後から、明るい声が響く。振り向けば、ニコニコと微笑むルミナスが、まるで最初からそこにいたかのように立っていた。
「っ……こんなのインチキよ!!」
顔を真っ赤に染めたフェリスが悔しそうに叫ぶ。
訓練場の周囲は、騎士団員も組合員もざわついていた。
「い、今の見たか……?」
「斬った瞬間、紙一重で避けて背後に……!? いや、見えなかったぞ……」
ルミナスは少し困ったように、しかし優しくフェリスに声をかける。
「じゃあ、もう一回やる? 今度は、避けないからさ」
その言葉にフェリスは更に顔を紅く染め、ルミナスとの距離を取りながら呼吸を整える。
目の奥には、まだ消えぬ闘志が燃えていた。
(……次は、私が……!)
「……あれ? 来ないのかな?」
ルミナスが少し首を傾げたかと思うと──
──ダンッ!!
地を踏みしめ、ルミナスが一歩、強く踏み込んだ。
「っ──くっ……!!」
咄嗟の動きにフェリスは怯んだが、それでも必死に剣を振りかざす。
──ブンッ!!
だが、焦りがその一振りに滲んでいた。
「よいしょっ!」
ルミナスは軽く笑みを浮かべると、フェリスの剣を握る手首を取り、そのまま滑らかに背負い投げを繰り出した。
──ダダンッ!!
「──かはっ……!!」
砂埃を巻き上げ、フェリスの身体が地面に叩きつけられる。
その顔のすぐ前に、再び木剣の切っ先が突きつけられた。
「はい、一本。」
「くっ……。まだよ! まだ降参もしてないし、武器も落としてないわ!!」
なおも闘志を失わないフェリスに、ルミナスは肩をすくめ、困った顔でセシリアに助けを求める。
「セ、セシリア……? これ、まだやらなきゃダメなの……?」
「はい。勝利条件を満たしておりませんので、続行となります」
「……だよね〜」
ため息をつきながらも、ルミナスは再びフェリスの方へと向き直る。
フェリスもまた、剣を握り直しながら息を整え、視線を逸らすことなく言い放った。
「ルミナス・デイヴァイン……!
今度こそ──私の全身全霊の戦技で、あなたに勝ってみせる……!!」
その瞬間、フェリスの身体からあふれ出す魔力の波動が剣に集中する。
まるで空気そのものが震えるような、研ぎ澄まされた気配が訓練場を包んだ──
フェリスの緑の瞳がまっすぐルミナスを見据え、凛とした声で詠唱が始まる。
「剣よ、我が使命に応えよ。
魔力よ、刃となりて敵を穿て──
《フォーカス・エッジ・リインフォース》!」
フェリスの手に握られた剣が、燐光を帯びて煌めく。鋭い魔力が刃に集中し、空気すら焼くような緊張感が漂う。
(あれは……マナエンチャントの一種!?)
その魔法構成に気づいたルミナスは、純粋な驚きと感心を込めて笑顔を浮かべた。
「おお、すごいじゃん! それ、剣強化の類かな?」
だが、フェリスは返答もままならない様子で魔力の制御に集中していた。
額には汗がにじみ、声がかすれる。
「だ、黙らっしゃい……! い、今……あなたを倒す……から……!」
その姿を見たルミナスは、ふっと笑みを引き、今度は静かに詠唱を始めた。
「……《マナエンチャント:ソード・シフト》」
ルミナスが手にした木剣の周囲を、青白い魔力の層が包み込む。まるで幻のように揺らめき、神聖な気配すら漂わせるその力に、フェリスは目を見張った。
「な……!? 私と……同じ技……!?」
驚愕の声を漏らすフェリスに、ルミナスは真剣な表情で静かに語りかけた。
「フェリスさん、構えて。ちゃんと受け止めないと、木剣とはいえ怪我しちゃうよ」
その言葉に、フェリスは一瞬たじろいだが、すぐに顔を引き締めて答える。
「ふ、ふんっ……! 言われなくてもそのつもりよ……!!」
──そして、静寂が走った。
二人は同時に地を蹴る。
ルミナスの一歩は軽やかに、フェリスの一歩は力強く。
先に動いたのはフェリスだった。剣に宿した魔力をそのままに、縦一文字に振り下ろす。
──ズゥゥンッ!!
鋭い一撃が風を裂いた。
しかし、ルミナスはそれをしっかりと見極め、タイミングをぴたりと合わせて木剣を横に振る。
──シュバァッ!!
刃と刃が交錯し、金属音を伴ってぶつかり合った。
ガキィィィィンッ!!!
「……くっ!!」
フェリスは衝撃に押し負け、両手が上へと跳ね上がる。
「隙あり」
ルミナスの木剣の柄が、フェリスの腹部を的確にとらえた。
──ゴスッ!!
「うぐっ……!!」
腹部への一撃でよろめいたフェリスに対し、ルミナスはすぐさま木剣のエンチャントを解除。
軽く振り上げると──
「えいっ」
──ベシッ!!
「あ、痛っ……!」
フェリスの手から剣が弾き飛ばされ、乾いた音とともに地面に転がった。
──カラン、カラン……
「そこまで!」
すかさずセシリアの声が響く。
「勝者、ルミナス様!!」
静まり返った訓練場に、勝敗の声が高らかに告げられる。
「……っ」
一瞬の沈黙。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
爆発するような歓声が場を包み込む。組合員と騎士団たちの拍手と喝采が鳴り止まない中──
フェリスはその場に、ぺたんと座り込んでしまった。
ルミナスは手を差し出しながら、やさしく声をかける。
「フェリスさん。ナイスファイト!」
しかし──
「ふぇ……」
顔を上げたフェリスの瞳には、今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいた。
「ふぇえええええん!!!」
ルミナスはその反応に思わず目を丸くする。
「ま、負けちゃったあああああ!! うわぁぁぁん!!」
泣き叫びながら立ち上がるフェリス。
そのまま訓練場の出口へと駆け出す。
「次は負けないからっ!! 次は負けないからぁぁぁぁぁ!!!!」
──バァン!!
重々しい音と共に扉が開かれ、フェリスは泣きながら走り去っていった。
ぽかんとしたまま、その後ろ姿を見送るルミナス。
「な……何だったんだ、あの子……」
彼女はただ、ぽつりと呟くしかなかった。
フェリスが涙を浮かべて訓練場から去っていった直後。
訓練場の隅から、ひょこっと赤髪の少女──アレクシア皇女が顔を覗かせた。
「な、なんですの……? 今の方は……」
「あれ? 皇女様じゃん! って……その格好は?」
ルミナスが目を丸くする。アレクシアは軽鎧に身を包み、木剣を携えていた。
「ええ! わたくしもこの訓練に参加しますわ!!」
ふふんと誇らしげに胸を張るアレクシア。
「えっ、皇女様も!? 訓練って、戦うやつだよ!?」
「はい! わたくし剣の心得がありますもの!」
それだけではないとばかりに、アレクシアは続ける。
「それとルミナス様、お願いがありますわ。『皇女様』ではなく『アレクシア』とお呼びくださいませ!」
ルミナスはニコッと笑う。
「うん、よろしくねアレクシア!」
ルミナスの笑顔に、アレクシアも嬉しそうに微笑んだ。
だが──その光景を遠巻きに見ていた数人の組合員のうち、一人が不敵な笑みを浮かべながら歩み寄る。
「おいおいおい……これはこれは、皇女様じゃあねぇですか。え? いいんですかい、こんなとこにいて?」
舐めきった口調で絡んでくる男に、アレクシアは気丈に答えた。
「ええ、わたくしが望んだことですので、なんの問題もありませんわ。」
その毅然とした態度に、周囲がざわつく。
「……ちっ、皇女様みたいなガキがここにいたら、怪我しちまいますぜぇ?」
男は続けて言う。
「怪我する前に国王陛下のところに帰って指でも咥えてな。」
その一言に、ルミナスが静かに目を細める。
(こういう奴、どこにでもいるなぁ……)
「あのさ──」
ルミナスが間に入ろうとした瞬間──
──ブォンッ!!
──ガッ!!
アレクシアの木剣が男の太ももを正確に打ち抜いた。その衝撃で男はその場に転倒する。
「……っ!! いてぇな、このクソガ──」
──ブンッ!!
間髪入れず振るわれた第二撃は、寸でのところでかわされるも、男の肩に風圧がかすめる。
「あなた、何のためにここにいるんですの? 人を煽るためにここに?」
鋭い眼光で睨みつけながら、アレクシアが凛とした声を響かせる。
「違いますわよね? 未来を守るために、ここに集まったんですわよね?」
一拍の間を置き、地を叩くように木剣を構える。
「ならば剣を抜きなさい。その曲がった性根、叩き直して差し上げますわ!」
ルミナスとセシリアは、その堂々とした姿に目を見張った。
「ルミナス様……さすが王の娘ですね」
「うん、怒らせると怖いタイプだね……」
逆上した男が、怒声と共に剣を突き出してきた。
「このっ……調子に乗んじゃねぇッ!!」
──フォンッ!!
しかし──
アレクシアの木剣が、ふわりと剣先をいなした。
──クルッ
──ズワッ!!
──バゴンッ!!!
一撃、男の顎へ直撃。
「ガハッ……!!」
──ドスンッ!!
男は白目を剥いて気を失い、地面に崩れ落ちた。
アレクシアは木剣を肩に担ぎ、涼しげに言い放つ。
「ふん、その程度の実力で失礼しちゃいますわっ!」
そしてきょろきょろと周囲を見回し、声を張り上げる。
「ここの討伐組合の代表は今ここにいらっしゃいますの?」
その問いに、組合長レオナールが颯爽と現れ、片膝をついて頭を垂れた。
「はっ、こちらに──!」
アレクシアは木剣を地面に突き立て、広く響くように宣言する。
「今、この国の民は一丸となり、魔族に立ち向かわなければなりません。確かにわたくしは子どもですわ。
ですが、エルディナ王国の皇女として、この戦いに命を賭ける覚悟でここに立っております!」
その言葉に、訓練場の空気が一変した。
誰もがアレクシアの言葉に耳を傾けている。
「この場に、王も皇女も関係ありませんわ! 組合も、騎士団も、すべての者が手を取り合い、この世界を守るために共に戦い勝ちましょう──!」
そして、アレクシアはレオナールに手を差し伸べ、力強く握手を交わした。
「うおぉぉぉぉぉ!!! 皇女様バンザーイ!!」
「皇女様バンザーイ!!」「エルディナ王国バンザーイ!!」
歓声が訓練場を包む中、ルミナスは遠くからその光景を眺めながら、小さくぼやいた。
(いや……早く訓練したいんですけど……!?)