第二章 第7話:目覚めそして提案。
──あらすじ──
目覚めたルミナスを待っていたのは、
心配と安堵が入り混じる仲間たちの姿だった。
新たな出会い、そして明かされる異変の真実。
未来のために彼女が選んだ次なる一歩とは──。
──深い闇の中。
かすかに、誰かの声が聞こえた。
それは、あたたかく、やさしく、胸の奥を包み込むような女性の声だった。
──ルミナス……
──ルミナス……
──ルミナス……
(……だ、れ……?)
その声が遠ざかる瞬間、ルミナスはふいに目を見開いた。
ぼやけた視界の中で──そこに、顔があった。
宝石のようにきらめく、真紅の瞳。ルビーのように鮮やかな赤い瞳が、
じっとルミナスを覗き込んでいた。
「お……」
(お……?)
「お父様ぁぁぁっ!! 目が覚めましたわぁぁぁっっ!!!」
少女は突然叫ぶと、パタパタと音を立てながら部屋の外へ駆け出していった。
(な、なんだったの……今の子……!? っていうか、ここどこ!?)
混乱しながらも周囲を見渡すルミナス。清潔な白い天井、ふかふかのシーツ、香の漂う部屋──見覚えのない空間だった。
数分後。
扉が開き、今度は見知った顔が現れた。
「おぉ……! ルミナス殿、お目覚めになられましたか!!」
大股で歩み寄ってきたのは、エルディナ王国国王、
ヴェルクス=エルディナ。その隣には、先ほどの赤髪の少女が控えていた。
「あれ? 王様……それと……」
「まずは何より、ご回復されて安心いたしました。ここは王宮内に設けられた緊急救護施設でございます。あなたを保護し、ここでお休みいただいておりました。」
(ああ……そうだ。あのあと意識を失って──)
「それと……」と王は隣の少女に目を向けた。
少女は一歩前に出ると、軽やかにスカートの端を摘み、優雅に一礼した。
「申し遅れました。わたくし、国王ヴェルクス=エルディナの娘──アレクシア=エルディナと申しますわ!」
緩やかにカールした鮮やかな赤髪、煌めくルビーのような瞳。白と赤を基調とした気品あるドレスを身に纏い、堂々とした姿勢で彼女は自己紹介をした。
(お、お嬢様きたぁーっっ!!!)
心の中で叫びながら、ルミナスは少し照れたように笑みを浮かべる。
「う、うん……よろしくね!」
ルミナスはふと、思い出したかのように口を開いた。
「──あ、そういえば。私って、どのくらい寝てたの?」
その問いに、国王ヴェルクス=エルディナは一瞬だけ表情を曇らせた。
「ルミナス殿……あなたは、五日間眠っておられました……」
ルミナスの表情が固まる。
「そ……そう……五日間……」
(最上級魔法を半日使うと、そうなるのか……)
すると、アレクシアが少し寂しげに微笑んで口を開いた。
「ルミナス様の眠っているお顔は、お人形のように綺麗でしたわ……ずっと見ていられました」
(え、この子……ずっと寝顔見てたの……!?)
ルミナスは咳払いをして話題を変える。
「そ、それで、セシリアやレオナールさん達は……?」
国王は頷きながら答える。
「ええ。その者たちは毎日、あなたの見舞いに訪れておりました。今はまだ早朝なので、門の外で待機しているかと」
「そっか……みんなには心配かけちゃったな」
しんみりとした空気の中、国王が静かに問いかける。
「……それで、ルミナス殿。あの日、一体何があったのですか?」
その言葉に、ルミナスの表情が引き締まる。
「──そうだ。王様、みんなを集めてください。緊急の報告があります。謁見の間でお願いします!」
「緊急……? わ、わかりました。アレクシア、行くぞ」
「はい! お父様! ルミナス様、また後ほど〜っ!」
アレクシアは手を振りながら、国王と共に部屋を後にした。
──王宮・門前
薄明かりの射し始めた門前に、肩を落とし体育座りをするセシリアの姿があった。
その隣にはレオナールとリゼットが立ち、何やらひそひそと会話をしている。
「レオナールさん、何か気の利いた言葉とか、言えないんですか!?」
「わ、私にですか!?リゼットさんこそ、そういうの得意そうじゃ──」
「だって……五日間もお目覚めにならなかったんですよ!? 私だって……私だって……っ」
今にも泣き出しそうなリゼットを見て、レオナールはたじたじになる。
(な、なにしてるんだ、あの人たち……)
──そんなやり取りを眺めながら、ルミナスは門へと歩いていく。
「──セシリア」
その声に、セシリアがはっと顔を上げる。
「ルミナス様っ!!!」
立ち上がると、涙を浮かべたまま駆け寄り、力強く抱きしめた。
「ルミナス様……本当に……このまま目が覚めないのかと……私……っ」
「セシリア……心配かけてごめんね」
優しく頭を撫でながらルミナスが微笑む。
続いて、レオナールが歩み寄って深々と頭を下げる。
「ルミナス様……この度は本当に申し訳ありませんでした」
「えっ!? な、何事!?」
「組合長としての自覚が足りず、すべてをルミナス様に……」
「ううん、私も油断してたし……だから、そんなに頭下げないで?」
ルミナスが促すと、レオナールは顔を上げ、その隣でリゼットが不安げに問いかける。
「で、でも……その、グブリンの巣で何があったんですか……?」
「──それなんだけど。王様も交えて話したいの。みんな、謁見の間に来て!」
──王宮・謁見の間
謁見の間に集まった面々を前に、ルミナスは語り出す。
グブリンの巣で遭遇した魔王軍幹部・ザリオス=グリムヴェイルの存在。
そして、瘴気を浴びて変異した《フルネス化》したグブリンキングとの死闘。
国王は深刻な表情で唸る。
「な、なるほど……魔王軍の幹部が、こんなにも早く姿を現すとは……」
レオナールも険しい顔で続ける。
「フルネス化は、通常の魔族が理性を捨てた暴走状態に陥り、
全ての身体能力が飛躍的に上昇する恐ろしい現象です。しかも、倒されるまで決して止まらない……!」
彼は続ける。
「通常のグブリンでも、フルネス化すればAランク相当の脅威になります。グブリンキングとなれば……それはもう、災厄そのもの」
「それを一人で打ち破るなど……ルミナス様がいなければ、我々は今ごろ……」
沈黙が場を包み込んだ、そのとき。
──ぐぅぅぅぅ~……
──腹の虫が、盛大に鳴った。
場違いな音が響き渡った。ルミナスの、腹の音だった。
「……あの、本当に申し訳ないんだけど……」
国王が苦笑しながら口を開く。
「お腹がすいた……ですな?」
「はいぃ……」
その返事に、空気が少しだけ和んだ。
やがてレオナールとリゼットは、それぞれ討伐組合へ戻るため退室する。
「ルミナス様、私たちは王都周辺の状況を確認してまいります」
「ヴィスさんも心配されておりました。また後ほどお顔を見せてあげてくださいね!」
そして、セシリアが一歩前に出た。
「国王様。ルミナス様の朝食……わたくしにも、お手伝いさせていただけませんでしょうか?」
「王様、厨房を借りてもいいかな?」
「もちろん。好きに使ってくだされ」
──王宮・食堂
朝の陽光が差し込む食堂。テーブルに肘をつきながら、ルミナスはつぶやいた。
「ここに来るのも、なんか久しぶりだなあ……」
そこへ、セシリアがワゴンを押して現れる。
「ルミナス様。肉多め、野菜マシマシ、スープマシマシで、がっつり五人前──ご用意いたしました」
「さっすがセシリア! わかってるぅ!!」
ラーメン屋のようなノリで喜ぶルミナス。
そして、一口食べようとしたそのとき──
「あ、そうだ! セシリア、もしかして私が寝てる間……全然食べてなかったでしょ?」
図星を突かれ、ギクッとするセシリア。
「ほら、一緒に食べよ! 一緒に食べた方が、もっと美味しくなるんだから!」
「……はいっ!」
セシリアは嬉しそうに微笑み、二人は久しぶりの食事をともに味わうのだった。
──再び、王宮・謁見の間
フルネス化の脅威、そして魔王軍幹部ザリオスの存在……
ルミナスは自身が見たものすべてを伝えた。
その後、国王ヴェルクスとの話し合いが続く中で、話題は今後の王国の防衛体制へと移っていった。
「うぅむ……各村に騎士団を配置する以外、現状では有効な手立てがないのが実情ですな」
国王は厳しい表情で頭を抱える。
いかに騎士を送ったところで、フルネス化した魔物が襲えばひとたまりもない。
王都の守りすら心許ない今、地方の防衛など夢物語に等しいのだった。
その沈黙を、ルミナスの声が破った。
「じゃあさ──私が、訓練相手になるってのはどうかな?」
国王は眉をひそめる。
「ほう……訓練相手……?」
ルミナスは軽く肩をすくめ、微笑みながら言葉を続けた。
「うん。短期間じゃなくて、もっと長期的にね。
私、戦いの経験は人並み以上にあるし……魔族の動きにもある程度、心当たりがある。
実戦に近い形で、騎士たちを鍛えるなら、多少は役に立てると思うんだ」
言葉の端に滲むのは、前世──ゲーマーとして数多の修羅場をくぐり抜けた記憶。
それを裏付ける確かな自信だった。
国王は目を細め、しばし思案する。
そしてゆっくりと頷いた。
「なるほど……。それではルミナス殿を《騎士団の指導役》として正式に迎え入れるということで、よろしいですな?」
「もちろん!」
ルミナスは軽やかに頷く。
だが、すぐにもう一つの提案を付け加えた。
「それと──もうひとつお願いがあるんだけど」
「ほう?」
「討伐組合の人たちにも、同じように訓練を受けさせたいの。
みんな一生懸命で、すごく強くなりたいって気持ちを持ってる。
だから、騎士団と一緒に訓練できる場所を用意できないかな?」
国王の顔に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「ふむ、それは素晴らしいお考えですな。
王宮の一部を訓練場として開放いたしましょう。準備は明朝から取り掛かりますぞ」
「ありがとう、王様!」
こうして、ルミナスによる実戦訓練が始まる運びとなった。
騎士団と討伐組合、異なる立場の者たちが同じ地で汗を流し、剣を交える日々が始まろうとしていた。
それは、この滅びかけた王国にとって──新たな希望の芽吹きでもあった。