第二章 第6話:勝利の先の代償。
──あらすじ──
突如現れた魔王軍の幹部によって、ルミナスは過酷な戦いへと巻き込まれていく。
想像を超える強敵を前に、彼女は己の力と覚悟を試されることになる――。
ルミナスは鋭い眼差しでザリオスを睨んだ。
「魔王の幹部ザリオス……。なに? 魔王倒されたからって復讐ってわけ?」
ザリオスはケラケラと笑いながら肩を揺らす。
「クックック……復讐? そんなチンケな感情に私は興味ありませんよ。私はただ――あなたに興味があるのです。」
「……私に?」
「クックックック……どれだけ痛めつければ、その魂に“傷”がつくのか。とても、とても! 興味が湧いてしまってねぇ!」
ルミナスは呆れたように肩をすくめた。
「はぁ……それだけ? なら残念だったわね。あなたが何をどうしようと、私は負けないから。」
ザリオスは金色の瞳を輝かせ、歓喜に満ちた表情で続けた。
「いい……実にいい! 壊しがいがあるというもの。さあ、グブリンキングよ……あの強情な女神に“敗北”をプレゼントして差し上げなさい!」
咆哮と共にグブリンキングが周囲のグブリンやハイグブリンに攻撃命令を放つ。
だが、ルミナスは落ち着き払ったまま、ザリオスに問いかけた。
「ねぇ……なんで私がこの世界に選ばれたか、知ってる?」
「……? はい?」
次の瞬間、ルミナスは迫ってきたハイグブリンを足払いで倒し、頭部を掴むと脊髄ごと引き抜いた。
(私が、こんな序盤の敵みたいな奴らに負ける……?)
「……ゲーマー舐めんなよ。」
その瞳は青白く淡い光を帯び、まるで燃え上がる意志そのもの。
ザリオスは一歩、後ずさる。
「な、なにをしているのです!? 早くその女神を――!」
言葉の途中、ルミナスは低姿勢のまま敵陣に飛び込む。
腰のファルシオンを抜き、蹴りを加えた勢いで首を切り裂いた。
──シュンッ!!
ブシャアァァァ──
「グギャアァアァ!!!」
返り血を浴びながらも、止まらない。
逆手に持った剣で脚を断ち、体勢を崩した敵の頭部へと刃を突き立てる。
──ザンッ!
「ギッ……!?」
──ドスッ!!
「グ……ギ……」
──ドシャッ…!!
襲いくる敵を、ルミナスはまるで機械のように処理していく。
脚を斬り、首を斬り、視界に入った瞬間にはすでに死が訪れる。
「な、な……何なんですかあなたはっ!? これが……女神!? まるで、死神……!!」
詠唱を始めたグブリンメイジ。
だが、喉元に折れたファルシオンが突き刺さる。
──シュンッ!!
──グサッ!
「ゴ……ゴポッ……」
残された詠唱は火球となってルミナスに襲いかかる。
「無駄だよ。」
地に転がっていたグブリンを片手で持ち上げ盾とし、
そのまま投げつけてグブリンメイジを妨害。
「……終わりだよ。」
残った刃でとどめを刺し、さらに結界魔法ごと拳で頭部を砕く。
(このままじゃキリがない……やっぱり、あいつを倒さなきゃ。)
視線はグブリンキングへ。
壁を蹴り、敵の頭を踏み台にし、一直線に距離を詰めていく。
──ダンッ!
──トンッ!
──トンッ!
──トンッ!
──トンッ!
──トンッ!
──バッ!!
そして最後の一歩、ハイグブリンを蹴り上げて宙を舞い、グブリンキングの目前へと到達した。
『グオオオオオ!!!』
迫る巨大なバトルアックス。
「……来ると思ったよ。」
刃を蹴り上げ、その勢いを使って拳をグブリンキングの眼球に突き刺す。
──ブオォォンッッ!!!!
──タンッ!!
──ドゴォッ!!!!
『ギュアアアアァアァアアア!!!!』
膝をついたグブリンキング。
落ちたバトルアックスを拾い上げ、魔石の埋め込まれた腕ごと一刀両断する。
──ぶんっ!!
──ブシャァァ!!!
──ゴトンッ!
『グオアァァアァア!!!!』
魔力の循環を感じながら、ルミナスは地面に斧を突き立て、沈黙するザリオスを見据える。
「で? どうする? 降参する?」
だが、ザリオスは不気味な笑みを浮かべたままだった。
「いえ……クックック、まだ終わりませんよ。」
瘴気が魔石から溢れ出し、グブリンキングの体内に吸収されていく。
「《フロール・ネカトリクス》……このグブリンキング・フルネスを止められますかな?」
『グオアアアアアアァァァ!!!!!』
再生される切断された腕。
赤く染まる瞳と、黒紫の瘴気がその身を包む。
「なにをしたの!?」
「“フルネス化”……魔王様の瘴気を直に与えて暴走させたのですよ。もはや私にも止められません。」
「フルネス化…!?」
「ちなみにこの部屋の奥には、人間の子どもを閉じ込めてあります。さて、このまま暴れたらどうなるか……クックックック!!」
そう言い残し、ザリオスは姿を消した。
「ちょっ……! 待ちなさいっ!!」
──グオオオオォォォアアアアアァァァ!!!!!
地面が揺れ、バランスを崩すルミナス。
──グワァッ!!!
グブリンキング・フルネスの蹴りが迫る。
「プ…!プロテクション!!」
──ギギギギギギ……!
「お、重っ……!!」
(こいつ……さっきの五倍は早くて重い……!)
壁に背中を強打する。
──ドガッ!!!!
「くっ……!!」
さらに連続の殴打。
──バゴッ!! ──ガコッ!!
──ドガッ!!──ドゴォッ!!
──バギッ!!
ドシャ……!
地に落ちたルミナス。
ルミナスは痛みに耐えきれずうずくまっている。
「ぅっ………」
瞬間再生。
ルミナスはグブリンキング・フルネスに殴られる。
──ドォォン!!
「っ………」
瞬間再生。
グブリンキング・フルネスに掴まれそのまま握りつぶされる。
──グググッ!
「………」
瞬間再生。
そして。グブリンキング・フルネスがルミナスにトドメを刺そうと踏み潰そうとしたその時。
「……《ディバイン・リバース》!!」
グブリンキング・フルネスに対して、今まで受けた全ての攻撃を“反射”した。
そして次第に膨れ上がっていく。
『グ……グググ……グオォォ……!!!』
───パァン!!!!
グブリンキング・フルネスは痛みに耐えきれずそのまま肉塊へと変わった。
「はぁ……はぁ……よ、よし……」
ふらつきながら奥の部屋へと向かう。
「ル……ルミナスおねぇちゃん!!」「うわぁぁぁん!!」
「怖いよぉ!!」「怪我してるの!? おねぇちゃん!!」
(よかった……みんな無事……)
「大丈夫。絶対、みんな助けるからね……!」
巣が崩れ始め、入り口が塞がれていく。
(間に合わない……!)
「みんな、おねぇちゃんの近くに集まって!」
ルミナスは優しく子どもたちに話しかける。
「いい? おねぇちゃんがいいよって言うまで、目を瞑ってるの……分かった?」
子どもたちは素直に頷いた。
(やるしかない……この子たちを守るために……!)
「……《セイクリッド・シェルター》!!」
神聖な結界が展開され、子どもたちを包み込む。
──そして
──ガラガラガラガラ……!!
──ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
──ドオオオオォォォォン……!!!
巣は完全に崩れ落ち、ルミナスごと――埋もれていった。
──深夜
生き埋めにされてから、どれほどの時間が経ったのだろうか。
(こ……子どもたちは……眠ってるみたいね……)
ルミナスは、防御魔法を維持したまま、静かに息を整える。
(この魔法を解いた瞬間……きっと私は眠ってしまう。でも今は……)
彼女には分かっていた。自身の魔力は無尽蔵だが、神の力の代償は後から一気に襲ってくることを。
(……きっと、レオナールさんやヴィスたちが捜してくれているはず……それまで……)
そのとき、上方からかすかに声が響いた。
「ワンッ!! ワンッ!!」
「……レオナール!! こっちだ!!」
「ヴィス!! ここか……!? 本当にここなんだな!?」
「ルミナス様っ!! ルミナス様っ!! 聞こえますか!! 聞こえたら返事を!!」
「セシリア殿、離れてください!! 土魔法を使います!!」
──ドゴオオォォォ!!!
地面をえぐるような土魔法が放たれ、崩れた瓦礫の中から光が差し込んだ。その先に──
「ルミナス様!! やっと……やっと見つけました……!!」
セシリアが泣きながら瓦礫に手を伸ばし、傷だらけのルミナスを抱きかかえる。
「セ……セシ……リア、こ……子ども……たち……を……」
「はいっ……!! 子どもたちは全員、無事です……!! 村の方々も……皆!」
「……よ……かったぁ……」
かすれた声を残し、ルミナスはそのまま意識を失った。
「ルミナス様…!? ルミナス様っ!!!」
セシリアは泣きながら、ぐったりとしたルミナスを胸に抱きしめる。
「こんな……こんなになるまで……なにも出来ない自分が……悔しくて……憎くて仕方がありません……!!」
レオナールがそっと肩に手を置く。
「……それは我々も同じです。我々組合も……全ての責任を、一人の少女に擦り付けていた……」
苦悶の表情を浮かべるレオナール。
ヴィスが冷静に口を開いた。
「……感傷に浸っている暇はない。早くルミナスを救護班へ──」
「……そうだな。急げ!」
ルミナスはセシリアに抱えられ、救護班の待つ魔馬車に運ばれた。魔馬車はそのまま王宮の緊急救護施設へと急ぐ。
「ルミナス様は今、どういう状態なんですか!?」
魔馬車の中、セシリアが切迫した様子で尋ねる。
「診察魔法を使った限りでは、外傷も魔力切れも見当たりません……ですが……」
医師の顔は曇っていた。
「どういうわけか、体内の血液量が極端に減っているのです。このままでは……目覚めるかどうか……」
「そ、そんな……! 助かる方法は……!?」
救護班は助かる可能性を考える。
「……もし生命力自体を移せれば……」
その言葉に、セシリアはハッと目を見開いた。
「……《ヴィータ・シェア》……」
「えっ……?」
彼女は思い出していた。かつて、自分がルミナスに命を救われた日のことを。
「……以前、私を助けてくださったとき。生命力を分け与える魔法を使ってくださったのです……」
セシリアはルミナスの手をそっと握り、静かに語りかける。
「……《ヴィータ・シェア》」
──発動しない。
(ダメ……もう一度……!)
「……《ヴィータ・シェア》……!!」
それでも発動しない。
セシリアは震える手で、強くルミナスの手を握りしめた。
(神様……お願い……! どうかルミナス様をお救いください……! どうか私を、置いていかないで……!!)
「──《ヴィータ・シェア》ッ!!!」
その瞬間、セシリアの手から光の粒子が溢れ、ルミナスの体へと流れ込んでいった。
(で、出来た……!)
「うっ……!!」
「ど、どうしました!?」
(う、嘘……!? く、苦しい……。この魔法……こんなにも、身体に……!)
セシリアは気を失いそうなほどの反動に耐えながら、かすれた声で告げた。
「だ、大丈夫……それより、ルミナス様は……?」
救護班が急いで診察魔法を展開する。
「……!! す、すごいっ! これは……助かる可能性があります!!」
「よ、よかった……!」
セシリアは限界まで生命力を注ぎ込み、最後の祈りを込めた。
「これなら……十分助かります! あとは、この謎の昏睡状態さえ解ければ……!」
(よかった……ルミナス様……どうか、また……一緒に……)
そのまま、セシリアは反動に耐え切れず意識を失った。
──こうしてルミナスは、王宮の緊急救護施設へと運ばれていった──。