第二章 第5話:王の魔石に誘われて。
──あらすじ──
井戸の奥へと進んだルミナスを待っていたのは、
凶暴な魔族たちの待ち伏せだった。
住民救出のために突き進む彼女の前に現れるのは、
これまでとは一線を画す異形の存在。
迫る強敵、謎の男の登場──地下の闇に、
静かに不穏な気配が広がっていく。
ルミナスは井戸の中に入り、周囲を確認する。
「……あれ?外からは真っ暗だったけど、中に入ったら見える……?」
暗視スキルが無意識に発動しているらしく、視界は思ったよりもはっきりとしていた。
壁面には掘られたばかりのような粗い痕跡。人が通れるほどのトンネルが縦横に広がっている。
「まるでアリの巣……」
ルミナスは足音を忍ばせて、住民の痕跡を辿っていく。
その時だった。
──ヒュンッ!
──ヒュンッ!!
──ヒュンッ!! ──ヒュンッ!!
──ヒュンッ!
「っ……!?」
複数の矢が、音もなく空気を裂きルミナスへと飛来する。
「うわっ、ちょ、ちょっと待って!? いきなり待ち伏せ!?」
驚きつつも、その矢を軽やかに回避。さらに、飛んできた三本の矢を空中で掴み取る。
「三本か……なら、これで十分!」
ルミナスは矢を弓のように構え、魔力を纏わせる。
「《アーク・マテリアライズ》」
彼女の手に、淡く青白い魔力の弓が形成される。
目の前には、姿を現した四体のグブリン。
「……4匹ね」
──ビュンッ!!
──ビュンッ!!
──ビュンッ!!
放たれた矢は正確に飛び、三体のグブリンの頭部を貫通。
残る一体は驚愕に目を見開き、尻もちをついてから慌てて通路の奥へと逃げ出した。
「よーし、そのまま案内よろしく~」
ルミナスはその背を追い、小石を拾いながら走る。
狭い通路を駆け抜け、彼女の足音を恐れるようにグブリンは更に奥へ──。
「ギギギ……! ギャギャ!!」
声を上げて助けを求める先には、異様な数のグブリンたち。
その中には、明らかに異なる装束の存在──ハイグブリン、
そして詠唱を始めるグブリンメイジたちの姿があった。
「おっと……お仲間、たくさんいたのね?」
ルミナスは構え、小石を手投げでグブリンメイジに放つ。
──ギャッ!
──グギュッ!
──ゴグッ!!
的確に当たり数体は倒れるが、さすがに数が多すぎる。
「うわぁ……こりゃちょっと数が多いな。」
グブリンメイジたちは一斉に詠唱を始め、空気が濃密な魔力に満ちていく。
(さぁ、どう倒そうか……?)
ルミナスの眼差しが、静かに獲物を見据えた──。
「ガアァア!!!」
咆哮と共に、ハイグブリンが棍棒を振りかざして突進してくる。
──ゴンッ!
その一撃を、ルミナスは片手で受け止めた。
「よっ」
次の瞬間──
──スパァンッ!!
渾身の正拳突きが、ハイグブリンの胸を撃ち抜く。
呻き声と共に崩れかけた巨体を、そのままルミナスは持ち上げると──
「それっ!!」
グブリンメイジの一団めがけて豪快に投げつけた。
詠唱の途中だったメイジたちは驚愕し、声を上げる暇もなく下敷きになる。
「ギャッ!? グゴッ!? ギギャァ!!」
混乱する敵の中、先ほど逃げ出したグブリンが、腰を抜かしながらも再び奥へ走っていく。
「あっ!待てぇ~!!」
ルミナスは片手に拾った棍棒を軽々と振り回しながら、通路を突き進む。
その勢いに巻き込まれるように、次々と倒れていくグブリンたち──
──ゴンッ!!「グギャッ!」
バコッ!!「グボッ!?」
ドシャッ!!「ギャワッ!!」
グシャッ!!「ゴブッ!!」
バキッ!!「ギャァ!!」
ドンッ!!「グピャ!?」
「……ん?ちょっと広めの空間に出たな。」
通路の先には、粗末な鉄格子のような柵が並ぶ広間があった。
先ほどのグブリンがその一つを開けると、中から唸り声が漏れ出る。
「ギャギャギャ!!」
檻の奥から姿を現したのは──狼型の魔獣、ウルファウンド数体。
「今度は狼……いや、魔獣か。」
鋭い牙を剥きながら、ウルファウンドたちが飛びかかってくる──その瞬間。
ルミナスは深く息を吸い──
『おすわりっっ!!!!!!!』
轟くような威圧が洞窟内を駆け抜けた。
ウルファウンドたちはビクリと動きを止め、しばしの静寂──
「……クゥン」×3
ぺたん、と地に座り込む三匹の魔獣たち。
整列しながら完全に戦意を喪失していた。
「ギギッ!?!?」
「よし、君たち!ここに連れてこられた人たちを探してくれるかな?」
「ワン!」×3
言葉が通じたのか、ウルファウンドたちは鼻を鳴らしながら匂いを追い始める。
「ワン! ワン!!」
吠える声に導かれ、ルミナスは駆け出す。
その先には、木製の扉が見えた。簡易なかんぬきで封じられている。
──バァン!!
「みんな、無事!?」
扉の奥には、怯えた住民たちがひしめき合っていた。
──ル、ルミナス様!? ──え……ルミナス様!?
──あ……あぁ…… ──助かった……!
「大丈夫!もう安全だよ!早く外に出よう!」
しかし一人の老人が、涙交じりに声を上げる。
「ルミナス様……まだ……奥に連れて行かれた者が……!」
ルミナスはすぐに笑みを返し、頷いた。
「わかった!みんな、絶対に助けるからね!」
彼女は呪文を唱える。
「《ルミナ=フロラ》」
手のひらから光の蝶が舞い上がる。
「この蝶について行って!出口まで案内してくれるから!」
続いてウルファウンドたちへ命じる。
「あなたたちは、この人たちを守りながら出口まで送ってあげて!」
「ワフッ!」
三匹のウルファウンドは住民の前に立ち、光の蝶と共に奥へと導いていく。
ルミナスは深く息を吐き、背後を振り返る。
(よし……あとは、奥に連れて行かれた人たちだね)
そして、がたがたと震えながら隅に蹲る、さきほどのグブリンにゆっくりと近づいた。
「さぁてと──」
にこりと笑うルミナスが言う。
「案内してくれる? あなたたちのボスのところへ。」
ビクビクと震えながら、グブリンは奥へ奥へと逃げていく。
ルミナスはその背を見失わぬよう距離を取りつつ、慎重に追いかけた。
「ギャア!! ギギギ!!」
その先に現れたのは──
周囲のグブリンより遥かに大きな、異様な風格を漂わせる存在。
「……あれって、グブリンキング? 玉座っぽいのに座ってるし……」
グブリンたちが怯えながら命令を仰ぐなか、
グブリンキングは眼光鋭く配下の一匹を睨みつけた。
──ドスンッ!!
容赦ない一撃が、グブリンを地に叩きつける。
「グギャバァ!!」
そのままゆっくりと立ち上がると、グブリンキングはルミナスに向かって吠えた。
『グオオオオオッ!!!!』
「……やる気満々ってわけね」
ルミナスは、手にした棍棒をギュッと握りしめる。
その表面に魔力を流し込むと、青白い光が立ち上った。
「《マナエンチャント:クラブ・シフト》」
魔力の層が棍棒を覆い、強化されていく。
そのまま地を蹴り──
ルミナスは一直線にグブリンキングの顔面を目指して跳び上がる!
──だが。
「え……!? うそ……」
振りかぶった棍棒の魔力の層が、形を整えきれずに消失する。
──ブォンッ!!
「っ──!?」
次の瞬間、グブリンキングの巨腕が唸りを上げて襲いかかる。
(魔力が……使えない……!?)
咄嗟に棍棒で受けようとしたが、あっさりと砕かれ──
ルミナスの身体は直にその一撃を受けた。
「ぐぅっ……うっ……!?」
──ドォン!!
「か…はっ…!!」
衝撃と共に吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられた身体からは骨の軋む音が響いた。
(…っ……折れたか……)
腕の骨が粉砕され、肋骨の一本が肺に刺さる。
呼吸ができない。代わりに口から血が溢れる。
「い……息が……っ、ごふっ……!」
そのとき、奥の闇から拍手の音が聞こえた。
──パン、パン、パン。
「素晴らしい……実に、実に素晴らしい!!」
姿を現したのは──あの村の近くで案内役をしていた組合員だった。
「あなた……っ、どうして……ここに……」
よろめきながら問いかけるルミナスに、男は玉座の隣へと歩み寄りながら語る。
「まんまと罠にかかってくれた時は、笑いを堪えるのが大変でしたよ……」
「罠……?」
その言葉を聞いた瞬間、ルミナスの体がわずかに光る。
《瞬間再生》が働き、砕けた骨と裂けた肺が癒えていく。
ゆっくりと立ち上がるルミナス。
その視線が、グブリンキングの腕に埋め込まれた異様な光を捉える。
「気づきましたか? そう、このグブリンキングは私の使い魔。
そして、その腕に埋め込まれているのは《魔封石》。」
「魔封石……?」
「ええ。魔力を封じるための特別な石です。
あなたのような規格外の存在には、必要な安全装置でしてね」
ルミナスは口元に溜まった血を地面に吐き出し、男を睨み据える。
「ペッ……へぇ、魔力を封じたところで、私に勝てると思ってる?」
男はにやりと笑みを浮かべたまま、淡々と語る。
「この魔石を作るのには、なかなか苦労しました。
魔王様の瘴気を凝縮し、魔石に吸収させる──一歩間違えれば死にますからねぇ」
「魔王の……瘴気……」
「おかげで、ヴァルクルスを誘き寄せるにも苦労しませんでした。
お礼を言わないといけませんね、あなた達がヴァルクルスに集中してくれたおかげで、回収は実にスムーズでしたよ」
(……そういうことね……ヴァルクルスがあそこに現れたのは、偶然じゃなかった)
「……で、あなたの目的は何? どうしてこんなことをするの……?
あなたも同じ人間でしょ……?」
ルミナスの問いかけに、男は小さく笑い──
その手を頭に添えた。
「私が……人間?」
ククク、と喉の奥を震わせながら笑う男。
その手が、自らの頭皮へと伸びる。
「──さて、“人間の皮”もそろそろ蒸れてきましたので……」
にたりと口角を吊り上げると、男は自らの頭を鷲掴みにし、その“顔”を裂いた。
ベリリ、と音を立てて剥がれ落ちる皮膚。その下から現れたのは──
左右で形の異なるアシンメトリーな角を頭から突き出し、
白目は黒く染まり、瞳は鋭い金色の光を帯びた、
人とも獣ともつかない異形の顔。
獣のような粗い体毛が全身を覆っていながら、身に纏うのは白と黒の縦縞が入った奇妙な喪服風の衣装。
どこか礼節すら感じさせるその服装が、逆に異様さを際立たせていた。
姿を完全に現した男は、ゆっくりと一礼しながら、低くよく通る声で名乗る。
「──どうも。お初にお目にかかります。
魔王様の幹部が一柱、ザリオス=グリムヴェイルと申します。」
金色の瞳が、まるで“観察対象”を見るかのようにルミナスを見据えていた。