第二章 第3話:新しい家族はメイドでした。
──あらすじ──
新たな日常が始まった朝。ルミナスはセシリアを連れて農場へ向かう。
そこでの出会いや言葉が、セシリアの心に少しずつ変化をもたらしていく。
一方、世界の裏側では、新たな“闇”の計画が静かに動き出していた──。
──翌朝、朝食を終えたルミナスとセシリアは、連れ立って農場へと向かった。
「おはよ〜っ!」
快晴の空の下、ルミナスが元気いっぱいに声を響かせると、
農民たちが次々に振り向き、手を振って迎えた。
「おぉ、ルミナス様! 今日もお元気そうで何よりですな!」
王宮魔道士のグランツが、麦わら帽子をかぶったまま駆け寄ってくる。
「ルミナス様っ……! っと、彼女は昨日の──!」
ルミナスの後ろに隠れていたセシリアが一歩前に出て、少し緊張した面持ちで頭を下げた。
「は、はじめまして……。セシリア・ローゼリッタと申します」
その声に、ルミナスはにこやかに微笑む。
「これはこれは、ご丁寧に。私は王宮魔道士のグランツと申します。いやぁ、それにしても……本当にお元気になられて良かった!」
ルミナスが隣のセシリアに向かって優しく語りかける。
「セシリア、みんなあなたのことを心配してたんだよ」
「み、みんな……?」
「そう。だから、困ったことがあったら遠慮なく頼っていいんだよ」
農民の一人が大きく頷きながら、力強く声をかける。
「嬢ちゃん、ルミナス様は強い。けどな、わしらも遠慮されちゃあ寂しいんじゃ。いつでも頼ってくれて構わんぞ」
「その通りです! このグランツ、魔法でバシッと解決しますからね!」
ルミナスがジト目でグランツを見やる。
「……グランツさんが魔法使ってるとこ、まだ一度も見たことないけど、本当に大丈夫〜?」
「えっ、えぇ!? ル、ルミナス様ぁ!? そ、それはですね……!」
「ハハハハハ!」
農場は和やかな笑いに包まれ、セシリアも思わず口元を緩めていた。
やがてルミナスは自分専用の畑へとセシリアを連れていき、若葉の芽吹きを指差しながら語りかけた。
「見て、セシリア。まだ芽が出たばっかりだけど、一生懸命この土地で生きようとしてる。……この世界も同じ。みんな必死に、生きるために戦ってるんだ」
「だからね、もう一人で抱え込まなくていい。ここには、あなたの居場所があるから」
セシリアは小さく頷き、ぽろりと涙を零す。
「……はい……! ルミナス様……!」
その返事に、ルミナスもまた微笑みを浮かべる。
「今ね、暑い季節にぴったりな野菜を育ててるんだ。収穫できたら一緒に食べようね」
「はい……楽しみにしてます……!」
──ルミナス邸
その日の午後。ルミナス邸の一室では、どこか不満げなルミナスの声が響いていた。
「えぇ〜……セシリア。本当にそれでいいの〜?」
ルミナスは少し口を尖らせながら言った。
セシリアはというと、きっぱりとした表情でうなずく。
セシリアはルミナスの使用人になると言い出したのだ。
「はい、ルミナス様。どのような形であっても、私たちは家族であることに変わりはありません。ですが……」
そう言ってセシリアはルミナスの部屋の扉を開けると、思わずため息をついた。
「……ルミナス様。もう少し自室を綺麗に使っていただけると助かります」
目の前には、見事なまでに散らかった室内。本が伏せられたまま山積みにされ、食器も片づけられずに机の端に追いやられている。
「こ、これは……」
「ルミナス様。こちらの本はなぜこのように開いたまま伏せてあるのですか?」
ルミナスは目を泳がせながら、苦笑いを浮かべた。
「あー、ほらぁ〜、どこまで読んだかわからなくなるからさ〜……あはは〜」
「それならば、しおりをお使いください。そしてこれは……?」
セシリアが指差したのは、昨夜の名残であろう食器。
「あっ、それは……夜にちょっと小腹が空いて、つい……で、片づけが……その……」
もじもじとするルミナスに、セシリアはやれやれと肩をすくめるが、ふっと微笑んだ。
「ルミナス様は、きっと私たちとは遠い存在なのだろうと……勝手に思っていました。ですが、ちょっと安心しました」
「えへへ……なんか、すみません……」
微笑みあう二人の空気は、家族というにはまだぎこちないが、どこか温かい。
「そうだ、セシリア!今後は“使用人”じゃなくて、“メイド”と呼びます!」
唐突な宣言に、セシリアは首を傾げる。
「メイド……ですか? 確かに意味としては似ていますけど……」
「違うの!響きがまず違うし、なんかこう……メイドって素敵じゃない? それにあなたは“メイドの中のメイド”、今日から“メイド長”を名乗ることを許可します!」
「メ、メイド長……?」
ポカンとするセシリアに、ルミナスは満面の笑みを浮かべながらどこからともなく衣装を取り出した。
「じゃーん!!これをぜひとも着ていただきたい……!絶対に似合うから!!」
それは白と黒を基調とした、上品なロングスカートタイプのメイド服。
「わ、わかりました。ルミナス様がそこまでおっしゃるのなら……」
セシリアは仕切り板の裏に入り、着替えを始める。そして、少し緊張した面持ちで姿を現した。
金の髪にカチューシャ、おさげにした三つ編み。黒の眼帯が凛とした印象を与え、ふんわりと広がるスカートとメリージェーンシューズが全体を引き締める。
(完璧だ……! ヴィクトリアンスタイルにして正解だった……!!)
ルミナスは思わず感嘆の息を漏らした。
セシリアは少し不思議そうに尋ねる。
「ですが……ルミナス様、どうしてこんなものをお持ちだったのですか?」
固まるルミナス。
「あ、いや……べ、別に? たまたま、そう!たまたま通りすがりで古着屋に飾ってあって、なんとな〜く買っただけだよ〜?」
ジト目になるセシリア。
「……本当は着てみたかったんですよね?」
ギクッ、という音が聞こえそうなほどルミナスの動きが止まる。
「あはは〜……なんのことかな〜……?」
(買ったはいいけど、恥ずかしくて着られなかったなんて、口が裂けても言えないっ!!)
ふふっと笑うセシリアは、そっとメイド服の裾を持ち上げて一礼した。
「大切に使わせていただきます……」
こうして、家族兼“メイド長”セシリアという新たな役職が、ルミナス邸に誕生したのだった。
──神域・獣の間
どこか異形の世界。瘴気が渦巻く神域の奥、黒曜の玉座に腰掛ける魔族神ザル=ガナスが、唇を噛むように苛立ちを見せていた。
「アルヴィリスのやつ……とんでもないものを残していったわね……」
彼女の視線の先には、空を仰ぐルミナスの姿があった。
「まさか地球の神が管轄していた魂を持ち込むなんて、反則じゃない……あの人種、異世界への適応力が異常に高いのよね」
ザル=ガナスは足を組み直し、指先で椅子の肘掛けをコツコツと叩く。
「……!! そうだわっ…!ククク…!アーッハッハッハ!!そうよ!こっちも同じ手を使えばいいじゃなぁい!!」
彼女が手を前にかざすと、空間が歪み、黒い渦が現れる。
「闇よ。我の前に姿を現せ」
渦の中から禍々しい存在がその気配を顕にした。
「何用ダ……」
「地球へ行きなさい。そして地獄から魂を一つ攫ってきなさい。」
「時間ガ掛カルゾ……」
「構わないわ。二年でも三年でも、待ってあげる」
「ワカッタ……」
「ただし、創造神に見つかったら終わり。絶対に気づかれないようにしなさい。」
「御意……」
渦が音もなく消え、ザル=ガナスは妖しく笑みを浮かべた。
「さあ……ルミナス・デイヴァイン。残りの余生を、せいぜい楽しむことね……ククク……アーッハッハッハ!!!」