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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第97話 歴史は繰り返す 城之崎光哉の場合

漸く、芝浦の住むマンションに辿り着いた。


息を切らしながら階段を駆け上がり、芝浦の部屋がある二階へ向かう。


薄暗い共用廊下が目の前に広がると、蛍光灯がチカチカと不規則に点滅していた。


芝浦の部屋へと向かうとその少し手前で、煙草の紫煙を燻らせる柄の悪い男が目に入る。


染めた茶髪に、皺のついたTシャツ。


共用部分である廊下で平然と煙草を吸うその姿に、思わず眉をひそめる。


よく見ると男が寄りかかっているのは、まさに芝浦の部屋のすぐ目の前だった。


マナー違反も甚だしい。


だが今はそれよりも、芝浦に会うことの方が先決だ。


俺は男を無視して、芝浦の部屋のチャイムを押そうとした。


その指がボタンに触れるか触れないかの、その瞬間だった。


「おい」


低いドスの効いた声が、俺を呼び止めた。


俺が振り返ると、男は気怠そうに煙を吐き出している。


「いきなり何ですか?」


「はあ……」


男はわざとらしく、大袈裟に溜め息を吐いてみせた。


「そいつに、何の用?」


顎で芝浦の部屋のドアを指し示しながら、そう聞いてくる。


「それは貴方に関係ありますか?」


俺がそう返すと、男はいやと首を振った。


「関係あるね、またそいつがあんたに泣かされたら慰める俺が大変なんだよ」


きっとこいつは事情を知っていて、俺を挑発しているのだろう。


その言葉に俺は、冷静さを保とうと努めながら尋ねた。


「……貴方は彼と、どういったご関係なんですか?」


「それこそ、あんたには関係無いだろ」


男はけらけらと、下品に笑った。


そしてその笑みを、顔に貼り付けたまま続ける。


「まあ俺としては、あんたがあいつを追い詰めてくれた方が助かるな。またあいつを抱けるからありがたいんだよ、あんたは知らないだろうけどあいつはとっても具合がいいからな」


その言葉に俺の中の何かが静かに、しかし確実に切れた。


全身の血が、頭に上るのを感じる。


こいつ、半殺しにしてやろうか。


「……喧嘩を売ると言うのなら、買ってやろうか?」


俺がそう返すと男は、


「それも良いな」


と一瞬、楽しそうに目を細めた。


だがすぐに、興味を失ったように首を振る。


「やめとくよ、一発くらい殴ってやろうかとも思ってたんだけどな……先客が居たんだな、勘弁してやるよ」


そう言って男は、俺の右顎をくいと指差した。


「随分良いの、貰ったんだな?」


顎?


言われて俺は、無意識に自分の右顎に触れる。


指先に、熱を持った確かな腫れが感じられた。


そうだ、咲良に殴られたんだ。


ゴッという鈍い音と、脳が揺れる衝撃が蘇る。


見て分かるくらい、腫れているらしい。


まあ殴られるような事をしたからな、仕方無い。


男はそんな俺の様子を見て、また愉快そうに笑った。


そして、


「ほら行けよ」


と、再び顎でドアを示す。


「一応あいつの名誉の為に言っておく、あいつはぎりぎりで踏み留まったよ」


男はこちらを見ずに言う。


「もう好きな人以外とは、寝たくないんだってさ」


それを聞いて少し安心した俺が、チャイムに手を伸ばそうとする。


それを見た男は、


「真面目かよ」


と笑った後、こともなげに芝浦の部屋のドアを開けて俺の背中をぐいと中に押し込んだ。


「全く、こんなちんちくりんのどこがいいんだか」


「誰がちんちくりんだ!」


俺がそう言い返すと男は、


「気にしてんのかよ」


と言って大声で笑った後、


「じゃあな」


と手を振り、ばたんと乱暴にドアを閉めた。


一人薄暗い玄関に取り残される。


はっとして、俺は部屋の奥に向かって声を掛けた。


「芝浦? いるのか?」


返事は、無い。


俺は、


「お邪魔します」


と小さく断ってから靴を脱ぎ、中へと進む。


1Kの部屋には、脱ぎ散らかされた服やコンビニの袋が散乱していた。


「ぐぅ……。」


そこにはいびきをかきながら、ベッドから半分ずり落ちそうな体勢で眠る芝浦が居た。


部屋に充満する、キツい酒の匂い。


また飲んでいたのか。


……いや、それも俺の所為だろう。


本当に、悪いことをした。


そう思いながらも俺は、自分が心の底からほっとしている事に気がついていた。


ここに、いてくれた。


ただただその事実だけで、全身の力が抜けていくようだった。


芝浦の頬に手を触れる。


すると偶然か、いびきがぴたりと止まった。


すやすやと寝息を立てて眠っている。


相変わらず綺麗な顔をしている、じっくりと眺める。


普段はそういう訳にはいかないからな。


よく見ると、芝浦の顔にはまた涙の跡が残っている。


初めて会った時の『綺麗な涙』を思い出す。


あの時は小澤先生のご主人を思って泣いていたが、今回は俺が泣かせてしまった。


あの『綺麗な涙』を、俺が芝浦に流させてしまった。


「芝浦、ごめんな」


芝浦は穏やかに眠りに就いている。


『歴史は繰り返す』


カール・マルクスだったか、確か続きがあったな。


歴史は繰り返す。


一度目は悲劇として、二度目は……。


眠る芝浦に、俺はそっと唇を重ねる。


今回も酒の味。


だが前回より、少しだけ甘い気がした。

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