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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第96話 同じの中の違い 芝浦山手の場合

ガン!


個室の安っぽい木のテーブルに、大ジョッキを叩きつける。


部屋の中に大きな音が響いた。


ジョッキの中のビールは追加したばかり、何杯めだっけ?


「城之崎の……」


そう言って、大きく息を吸い込む。


「……バカー!」


「コラ、個室って言っても防音じゃねーぞ」


僕の大声に、タクヤ先輩が注意してくる。


アルコールで頭が熱い。


「だって先輩!」


僕は机につっ伏して先輩を見あげる。


「『お前はバイだから、いつか女と結婚するだろ』だって……、僕は……僕は!」


視界がボヤける中、ダラダラと文句を言い続ける。


目の前ではタクヤ先輩が面倒くさそうに、ただ少しだけ優しい目で僕を見ながら静かに枝豆をつまんでいた。


どうしてこうなったかと言えば、話は数日前に遡る。


城之崎にあんな酷い言葉を投げつけられた、あの夜。


僕はあいつの部屋の隣、僕の部屋で荷物をまとめる。


城之崎にバレないように、あの部屋を抜け出した。


まるで夜逃げでもするみたいに、コッソリと。


書き置きには『自分の家に帰る』と書いたけど、部屋に戻って1人きりになる気にはなれなかった。


結局、職場の気のいい同僚の家に転がり込んでいた。


でも数日居候していて、そして今日。


「どうもー、芝浦山手の母ですー」


「え!?お、お母さん!?」


その同僚の家に、僕のお母さんが現れた。


お母さんは同僚に丁寧にあいさつとお礼をしたあと、


「コラ山手!人様に迷惑を掛けちゃダメでしょ!ちゃんと自分の家に帰りなさい」


そう言うとお母さんは、


「あ、私は用事があるから行くわ」


と、笑顔のままいつものように去っていった。


僕はトボトボとあの水漏れ騒ぎぶりになる、自分の住んでいたマンションに向かう。


その途中だった。


「お! また会ったな!」


急に馴れ馴れしい声を掛けられる。


相手の顔を見ると少しチャラついたホストくずれ、例の『ファイモン』の先輩タクヤさんだった。


「随分、景気の悪い顔してるじゃねーか」


ニヤニヤと笑うその顔に僕は、


「ほっといてください」


とだけ返して、そのまま家へ向かおうと歩き続ける。


でも先輩は、僕の横にピッタリとくっついたままついてくる。


「なぁ、ちゃんと吐き出せよ。お前はただでさえ溜め込むんだから」


その僕のことを心配した言葉に、僕は少し冷たく言い返す。


「……それなら、他の人に相談しますよ」


「へーそうか、お前今こっちの人付き合いほとんど無いだろ? 相談に乗ってくれるようなこっちの知り合い、まだいんの?」


先輩の言葉に、僕の足が止まる。


その通りだった。


「それともノンケに相談するのか? 向こうも困るんじゃねーの?同情はしてくれるかもしれねーけど、理解はできないと思うけどな」


先輩は、そう続けた。


それじゃあ、一杯だけ。


そんな約束でお店に行って、こうなったってわけだ。


「そもそも!僕が……どんな気持ちであいつのこと……結局全然わかってないじゃんか……」


「ああ、そりゃ酷えな」


先輩は優しくほほ笑みながら、うなずいている。


「同じマイノリティじゃないのかよー!」


「うんうん、そうだな」


先輩は僕のグラスが空になるたびに、新しい酒を注文してくれた。


その優しさが今はただ、ありがたかった。


「でもさ、お前もわかってるだろ?ゲイからすると俺らみたいなバイは、いつかは『普通』に戻れるかもしれないと思われてんだよ。……好きになる相手を自分で選べりゃ世話ないってんだよな」


先輩は横に目を向けたまま、小さな声で呟く。


『普通』?


『普通』って、何だろう。


先輩が言っていることは、わかっているつもりだ。


「……偽装結婚するゲイだって、いるじゃないですか」


あの人みたいに、とはもちろん言えなかった。


「あぁそうだな、でも人間てのはやっぱり自分と違うもんが怖いんだよ」


ちょっと意外だった。


「先輩でも、色々考えてるんですね」


「オイコラ、それどういう意味だよ」




ネオンが光る夜の街を、先輩に肩を借りてゆっくりと歩く。


冷たい風が、熱を持った顔に心地よかった。


フラフラとした頼りない足取りでアパートの階段を上って、鍵穴に上手く鍵が刺さらない僕の代わりに先輩がドアを開けてくれた。


「ひさしぶりの、いえだー!」


僕はそう叫ぶと、靴も脱がずにそのまま埃っぽいベッドに飛び込んだ。


身体が、軋むマットレスに深く沈む。


その直後、背中にずしりとした重みが加わった。


「よっと」


先輩が僕を仰向けにして、上に覆いかぶさってきた。


お酒と煙草の匂いが、強く匂った。


「辛かっただろ?俺にはわかるよ、ヤマト」


乱れた前髪を、少しごつごつした指が優しく払いのける。


耳元で甘く、囁かれる。


優しい言葉。優しい声。


「辛いことなんか忘れようぜ、俺ならもっとお前を大事にする」


僕の胸に、そっと手が置かれた。


その温かさに、身体の力が抜けていくのがわかった。


「な? 今は何も考えなくていいから……全部俺に任せろよ」


城之崎に突き放された空っぽの心に、その言葉がじわりと染みていく。


なんかもう、どうでもいいか。


いいかげん疲れた。


この際、誰でもいい。


この寂しさと虚しさを、一瞬でも埋めてくれるなら。


明日のことなんて、どうでもいい。


ただ、今は独りになりたくない。


僕の頬を一筋の涙が伝って、枕に染みていくのがわかった。


僕はゆっくりと目を閉じた、ただただこの痛みから逃れるそのために。

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