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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第89話 暗中模索 城之崎光哉の場合

一体何なんだ、あいつは。


確かに俺はあいつと、『どこに行くかは誰にも言わない事』を約束した。


俺が咲良に伝えたのは、駅の名前だけだ。


『最寄り駅』と『目的地』は同義ではない。


なぜ俺が、まるで約束を破ったかのように言われなければならないのか。


別に夢と魔法の国の最寄り駅に行くからと言って、夢と魔法の国に行くとは限らない。


ユニバーサル・スタジオ・ジャパンや東京スカイツリーの最寄り駅が『ユニバーサルシティ駅』・『とうきょうスカイツリー駅』と言う様に、駅に施設の名前が付いていると言うならまだわかる。


だが今回は、全くそうではない。


現に駅周辺には夢と魔法の国以外にも、様々な施設等があるのだ。


にも関わらず、駅の名前を聞いただけで目的地がばればれだ等と言うのは様々な人々に対しても失礼極まりない。


小学生でもわかるような道理だろう。


咲良に取ってはあの駅の印象が夢と魔法の国だったと言うだけで、決して全ての人がそうだと言う訳では無い筈だ。


それを一方的に決め付けるとは、あまりに思慮が足りない。


俺は込み上げてくる理不尽さへの怒りを逃がすよう、陽気な音楽と楽しげな喧騒で満たされた人波を縫い足早に歩いていた。


感情に任せて歩き出したはいいが、特に目的地があるわけではない。


ただただ前に進む。


アスファルトを蹴る足音だけが、やけに大きく響いた。


……せっかく二人で来たと言うのに。


「なーキノー、これどこ向かってんの?」


背後から、敷島の気の抜けた声が飛んでくる。


その声に、俺は思考の海から引き戻された。


……そうだった。


傍らには、俺の独り相撲に付き合わせてしまっている奴らがいるのだ。


足を止め、振り返る。


「別にどこと決まっているわけではない、もし行きたい所があれば言ってくれ。」


俺がそう答えると、今度は能田が心配そうにこちらを見ていた。


大きな丸眼鏡の奥の瞳が、俺の内心を探るように揺れている。


「本当に、良かったんですか?」


その問いに、俺は敢えて聞き返す。


「何の話だ?」


しかし能田は何も答えず、ただ真っ直ぐな瞳で俺の顔を見つめ返すままだった。


その沈黙は俺の強がりを無言で指摘しているようで、非常に居心地が悪い。


視線を逸らしたくなる。


俺は観念して、一つ溜め息を吐いた。


「……あいつは少し、反省した方がいいんだ。」


俺がそう答えると、能田はふふっと小さく笑みをこぼした。


「そうですか、ちなみにあいつと言うのは……。」


能田が勿体ぶってから、


「大庭さんですか?それとも芝浦君ですか?」


その言葉の響きに、また苛立ちが募る。


そんなのは決まっているだろう!


いや待て、落ち着け。


こいつはわかってて言っているのだ。


そんな俺たちの空気を読んだのか、読まなかったのか。


敷島がパンフレットを広げ、大きな声で言った。


「キノ!未来!コレどーだ!?」




アトラクションの乗り場は、近未来的な電子音とアナウンスで満たされていた。


俺達が入ったアトラクションは、白く未来的なフォルムの立派な建物だった。


惑星や宇宙船を模したオブジェが周囲に配置され、未知の世界への期待を煽っている。


待ち時間を終えて、俺たちは二人ずつの席が並ぶコースターに乗り込む。


これで漆黒の宇宙空間を旅する、ということらしい。


能田と敷島は、楽しそうに二人で前の席へと乗り込んでいった。


俺もそれに続くと、隣の席に声を掛ける。


「おい、あまり……」


はしゃぎすぎるなよ。


そう無意識に声を掛けようとした、その瞬間。


視界の端に映ったのは、全く知らない男の怪訝そうな顔だった。


分厚い肩が、窮屈そうにシートに収まっている。


「……失礼、人違いでした」


そうだ、俺たちは今別行動だった。


隣にあいつがいるはずがないのだ。


その事実を改めて認識した途端、再び芝浦への怒りが腹の底から込み上げてくる。


そのいら立ちを乗せたまま安全バーが下ろされ、コースターは静かに動き始めた。


まあいい、気を取り直して集中しよう。


宇宙旅行とやらを、存分に楽しんでやればいい。


そう思ったのも束の間、俺の視界は完全な暗闇に包まれた。


手を伸ばしても、自分の指先すら見えないほどの漆黒。


まずいな、と直感的に思う。


断じて、断じて怖い訳では無い。


だがまずいなと思う、何がまずいかなどはこの際問題ではない。


先程の、忌々しい洋館の記憶が蘇る。


あの、じっとりとした不快な暗さ。


いや、違う。


これは宇宙だから、幽霊や怪奇現象は関係ない。


これは宇宙だから、幽霊や怪奇現象は関係ない。


内心でそう繰り返す。


その刹那。


コースターが大きく右に旋回し、体が強くシートに押し付けられる。


思わぬ動きをするので、正直心臓が跳ねた。


その時だった。


『……こっちです』


ふと懐かしい声と一つの光景が浮かぶ、声変わり前の男の子の高い声。


同じような暗闇の中。


ぐいと思わぬ方向に腕を引かれ、前に進む感覚。


これは、さっきのこと……じゃない?


芝浦の、あの有無を言わせぬ乱暴さとは質の違う力。


もっと自然で、だからこそ抗えない引力のような。


いつの記憶だ?


思考の霧が、ゆっくりと晴れていく。


『城之崎先輩、こっちですよ!』


そう言えばあいつは声変わりが遅かった、身長も昔はそんなに変わらなかったな。


――鷲那。


無邪気な笑顔で俺の手を引く、中学生の鷲那だった。

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