第85話 無くしたもの 芝浦山手の場合
なんだ城之崎って、オバケがコワいのか。
意外だよね、カワイイな。
パーク内に響き渡る陽気な音楽。
でも僕の耳にはそれに混じって、隣から聞こえてくる城之崎のかわいそうな叫び声が届いている。
もちろん、僕は全力で聞こえないフリをした。
「俺は別にコワいから入りたくないわけでは決してない!無用な危機を回避しているだけだ!」
そんな必死な表情が、僕にはなんだかさらにかわいく見えてしまうから不思議だ。
もしかすると中で本当にコワがって、僕にくっついてきてくれるかもしれない。
そう思ったら、このチャンスは絶対にいかさないといけない。
ここはもう、全力で行くしかない。
絶対にコイツを、この洋館に連れ込んでやる。
プレミアアクセスの入り口から僕たちは、長蛇の列をなす人たちを横目に中へと入っていく。
でもここまで来て城之崎はまだ、諦めていないようだった。
「いや言っているだろう! 俺は未確定のリスクを冒すべきではないと、そう言っているだけだ!」
「……だ、大丈夫ですか?お客様」
そんな僕たちのやり取りを見て近くにいたキャストのお姉さんが、本気で心配そうな顔で声をかけてきた。
これはマズい。
ここで退場させられたら、元も子もない。
よし、ここは……。
「すみませんコイツ、ちょっと雰囲気にのまれちゃってるみたいで。なぁ城之崎、ムリならやめたほうがいいよ?」
僕はこれっぽっちも思ってないことを、まるで本当に心配してるみたいな口調で言った。
城之崎は自分が怖がっていると思われたくないんだ、だからきっとこう言えば……。
僕の言葉に、城之崎はハッとした顔でこっちを見た。
そしてキャストのお姉さんの心配そうな視線に気づくと、僕の計算通り厄介なプライドが顔を出したらしい。
「失礼、全く問題ありません。芝浦、行くぞ」
やった!
僕は内心で、力強くガッツポーズをした。
僕たちは2人乗りにしては少し大きめの、黒い貝殻のような形のバギーに乗り込んだ。
城之崎もさすがに観念したようで、僕のあとに続く。
少しして、ゆっくりとバギーが動き始めた。
不気味な音楽と低いナレーションが、埃っぽい暗闇に響き渡る。
僕はあえて城之崎との間に、拳一つ分くらいの絶妙な間を開けて座っていた。
さあ、いつくっついてきてくれるかな?
僕は目の前に現れる幽霊たちよりも、隣に座る城之崎の反応が気になって仕方ない。
ワクワクしながら、その時を待つ。
でもその様子は、まるでない。
城之崎は顔色一つ変えず微動だにしない、ただただ真っ直ぐに前を向いている。
全然、動揺した様子もなかった。
え?
ウソ、 なんで平気そうなの?
僕の期待は、見事に裏切られた。
……こうなったら!
僕はわざとらしく甲高い悲鳴をあげながら、城之崎の腕に思い切り抱きついた。
「うわああ! こ、こわいよー、城之崎ー! 助けてー!」
でもまるで反応がない。
え?
そう思って僕は、そっと城之崎の顔を見た。
城之崎は目を見開いたまま、まるでろう人形みたいに固まっている。
どう見ても、完全に意識を失ってる。
「え、ウソ!城之崎!?」
僕が慌てている間にもバギーは不気味な舞踏会を通り過ぎて、骸骨たちが歌う墓場へと陽気に進んでいく。
焦っている間にアトラクションは、終わりを迎えてしまった。
僕はバギーから転がり落ちるようにして、近くにいたキャストさんに必死に声を掛けた。
「……ん」
城之崎が、ゆっくりと目を開けた。
「城之崎! よかった……!」
ここはパーク内の、ファンタジーランド救護室。
僕とキャストさんで、グッタリした城之崎をここまで運んできたのだ。
救急車を呼ぶかと、話していたところだった。
僕は安心のあまり、思わずベッドに横たわる城之崎に抱きついていた。
「本当によかった……ごめん!気絶するほどダメだなんて、さすがに思わなくて……」
心から、謝った。
すると城之崎は、ベッドからムクリと起き上がった。
そして心外だとでも言うように、ムキになって反論してきた。
「いやこれは違う!俺がたまに気を失うことがあるのはお前も知っているだろう!これもそれだ!」
そして断言する。
「コワくて気絶したのでは、断じてない!」
「あ、うん。わかった、わかったから。お前がたまに気を失うのは、確かにそうだよね」
僕はそんな意地っ張りでかわいすぎる城之崎をなだめながら、ようやく2人でアトラクションを後にした。
外に出ると、城之崎がポツリと呟いた。
「……なんか前にも、こんなことがあった気がするな」
「え?」
急にどうしたんだろ?
僕は城之崎にその意味を聞こうとしたけど、
「なぁ、何か食べないか?」
話題を変えるように、そんなことを言い出した。
「……まあ確かにお腹すいたかな、なに食べようか?」
僕はそう言って、ポケットの中のサイフを探す。
結局聞けなかったなと、一瞬考えた。
でもすぐに、それどころじゃなくなった。
僕は上着のポケットやズボンのポケットを何度も、何度も探した。
でもあるはずのものが、ない。
どこにもない。
僕は自分の顔がさぁっと青ざめていくのをはっきりと自覚しながら、ポツリと言った。
「……サイフが、ない」
「は?」
そこには僕の言葉の意味が理解できず、固まる城之崎の姿があった。




