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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第81話 遺された者たち 芝浦山手の場合

『孫の顔が、見られないじゃない』


城之崎のお母さんは優雅に、さっき頼んだ『甘くない』ワインを飲んでいる。


子ども。


ああ。


また、子どもか。


城之崎のお母さんの言葉、そして。


『親というのは得てして、孫の顔が見たいと思う者だ』


昨日、金田教授に言われた言葉。


僕の思考は昨日の出来事を何度も、何度もなぞっていた。




仕事帰りに声をかけてきた、昔ファイモンで会っていた先輩。


その人に連れていかれた、オシャレな喫喫茶店。


他愛のない近況報告のつもりだった。


『気になる人がいる』


そう言ったら先輩は、あの頃からまだ続いてんのかと驚いていた。


そして数年ぶりに、僕は『ファイモン』を開いたんだ。


アプリが現在地を読み込み、近くにいるユーザーを表示する。


そのリストの中に、見慣れた名前があった。


二度と見たくなかった、でも結局ブロックできなかったあの人の名前。


『オーツ』


瞬間、僕は立ち上がっていた。


先輩の驚く声も耳に入らない。


財布から千円札を掴んでテーブルに置くと僕は、


「ごめんなさい!」


と叫んで、店を飛び出していた。


どこにいる?


どこだ?


必死に周囲を探して走り回る。


頭の中は混乱してグチャグチャだった。


会って、どうする?


何を言う?


……わからない。


でも、会わないと。


その一心で、僕はただ走った。


焦るあまり、足元の段差に気づかなかった。


グニャリと、足首が嫌な角度に曲がる。


「……っ!」


受け身も取れずに、僕は地面に転がった。


なんとか起き上がるけど、足首に激痛が走る。


捻ったらしい。


でも『オーツ』さんが近くにいると思うと、居ても立ってもいられない。


また探そうと痛む足を引きずって、立ち上がろうとした。


その時。


「無理をしてはダメですよ」


優しそうな、女性の声がした。


彼女は自分が医師であると言い、近くにあるという自分のクリニックへと僕を連れて行ってくれた。


通された『小澤クリニック』。


その入り口には、『内科は都合により、当面の間休診いたします』の張り紙。


それでも小澤舞と名乗った彼女は、僕の足首を手際よく治療してくれた。


「何か、あったんですか?」


僕が休診の理由を尋ねると、彼女は質問には答えずに目を伏せた。


「……ちょっと、いいかしら」


そう言って僕を、クリニックの奥へと案内する。


事務室の奥は、居住スペースに繋がっていた。


通された部屋は、静まり返っている。


書斎かな?


壁には天井まで届くほどの本棚に、専門書がギッシリと並んでる。


その一角にポツンと、遺影が置かれていた。


写真の中で力なく微笑んでいるのは、疲れ果てたような中年の男性の顔だった。


……。


その顔をジッと見つめているうちに。


なんとも言えない不思議な気持ちになった。


その目の形、唇の僅かな癖。


記憶の奥底にある誰かの面影と目の前の写真がゆっくりと、でも確実に重なっていく。


……え?


いやまさか。


そんなはずは、ない。


僕の知ってるあの人はもっと若くて、カッコよくて……。


僕の表情から全てを察したのか、小澤先生が静かに言った。


「私の夫、『小澤博満』。……旧姓は、『大津博満』です」


言葉を失う僕に、彼女はさらに衝撃的な事実を告げた。


「少し前に、……自殺しました」


そう言って彼女は、別の写真立てを見せてくれた。


そこには純白のウェディングドレスを纏った美しい小澤先生と、白いタキシードを着た『オーツ』さんが写っていた。


一見すると、幸せそうに微笑んでいる。


でもその目には光がなく、僅かな影が落ちているように見えた。


オーツさんが……死んだ?


しかも、自殺?


なんで?


どうして?


頭の中が、真っ白になる。


僕が呆然としていると小澤先生がスッと、僕の前にスマホを差し出した。


「これは、あなたね?」


そこに表示されていたのは『ファイモン』の、『ヤマト』のユーザー画面だった。


彼女は僕の目を、真っ直ぐに見つめてきた。


「あなたたちは、愛し合っていたのね?」


その問いに、僕は唇を噛み締めた。


そして、絞り出すように答えた。


「僕『は』、愛していました。」


コン、コン。


その時だった。


開いたままになっていた部屋のドアを誰かが、遠慮がちにノックした。


そちらを見ると、痩せたおじいさんが静かに立っていた。


その姿に、小澤先生がポツリと呟く。


「金田教授……」


金田教授と呼ばれた老人は、


「すまない、聞こえてしまってね」


そう言って軽く頭を下げた。


それからゆっくりと、部屋に入ってきた。


「私も、その話に入れてもらえないかな?」


「え?あ、あの……」


金田教授って、誰?


僕がそう思っていると金田教授は、僕の心を刺すみたいに真っ直ぐに僕を見つめる。


そして力無くほほ笑むと、でもはっきりとこう言った。


「博満もきっと、君を愛していたんだと思うよ」

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