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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第74話 いつか見た夢 城之崎光哉の場合

一晩眠ると昨日までの混乱が嘘のように、気持ちは落ち着いていた。


それでも軽く痛む頭が、充分な睡眠時間を得られなかったことを告げている。


俺はキッチンに立ち、とんとんと小気味よくまな板の上で包丁を動かしていた。


いつも通り、いつも通りだ。


内心で呪文のように繰り返す。


昨日の鷲那と芝浦の間にあったであろう会話については、今は考えないように努めた。


「城之崎、おはよう」


リビングのドアが開いて、眠そうな顔をした芝浦が声をかけてきた。


「……おはよう」


俺も、できるだけ普段通りを装って挨拶を返す。


二人で、静かに朝食を済ませる。


昨日の夜に続き、今日も芝浦は驚くほど静かだった。


てっきり告白してきた日の宣言通り、ぐいぐいと距離を詰めてくるものだと身構えていただけに少し拍子抜けする。


……。


いやいや、余計なことを考えるのはやめよう!


俺は頭に浮かんだ雑念を追い出すように、味噌汁を飲み干した。


そうして俺たちは、それぞれ大学と会社へと向かった。




その日の最後の講義が終わり、重たい専門書を鞄に詰め込む。


すると直ぐに講義室の後方から、やけに響く大声が聞こえてきた。


「キノー!」


……恥ずかしいから、大声で人の事を呼ぶのはやめてほしい。


心の中で悪態をつきながら声のする方を見ると案の定、敷島がぶんぶんと大きく手を振りながらこちらに走ってくるのが見えた。


「ちょっといい!?」


息を切らしながら有無を言わさぬ勢いでそう聞かれ、俺は首を縦に振るしかなかった。


敷島に腕を引かれるまま、なんとか付いて行く。


仕方ないかと溜め息を吐くと、周囲は綺麗な夕焼けに包まれていた。


着いたのは、いかにも女子が好きそうなファンシーな装飾だらけの『スイーツカフェ』という奴だった。


いやどう考えても、俺は場違いだろう。


そう思いながら中に入ると、奥の個室へと案内された。


「あーし、これ!」


敷島はメニューを見るなり写真映えのする、俺の顔くらいある馬鹿でかいパフェを指差した。


『チャレンジパフェ』と書かれている、本当に食べられるのか?


俺は一番小さかったミニパフェと、コーヒーを頼んだ。


「それでどうしたんだ? 急に」


俺がそう尋ねると敷島は、おしぼりで手を拭きながら唐突に切り出してきた。


「あーしさ、シバを応援してんの」


「シバ?」


……ああ芝浦のことかと考えていると、パフェとコーヒーがテーブルに届いた。


「そう!実はさー、シバが好きな子に告ったらしいんだよね」


「ぶふっ!?」


思わず、口に含んだばかりのコーヒーを吹き出しそうになった。


「げほっ、ごほっ……!」


「キノどったの!?」


「すまない、ちょっとせただけだ……」


駆け寄った敷島に背中をさすられながら、俺は必死に咳き込む。


まさか自分に関係のある話をされるとは思っていなかった。


心配されたが、なんとか大丈夫だと伝え先を促す。


敷島はその後も、


「シバの恋、応援してーじゃん?」


であったり、


「相手の子、どんな子なのかなー?」


であったり色々喋っているが、その内容は全く頭に入ってこない。


幸い敷島は、俺が相手だとは知らないらしい。


だが正直気が気でない、これはどうしたものか。


混乱する頭の中で俺は、以前敷島が言ってくれた言葉を思い出していた。


『人が誰を好きかなんてその人の勝手じゃん、なんで周りが口出すわけ? 法律がどうとか世間体がどうとかマジ意味わかんね、どーでもいいじゃんそんなん。ほっとけよって話だよ、キノもそう思わん?』


そうだ、こいつはそういう奴だった。


俺は意を決して、彼女の言葉を遮った。


「敷島」


「んー?」


「実はその相手、俺なんだ」


そして更に続けた。


「俺実は、ゲイなんだ」


どんな反応をされるか。


軽蔑されるか引かれるか、一瞬緊張が走る。


しかし敷島の反応は、全く予想外のものだった。


彼女は驚くでも引くでもなく、ただ深々と頭を下げた。


「……キノごめん」


「え?」


困惑する俺に敷島は、顔を上げて少し言いにくそうに言った。


「うん……まあ、全部知ってた」


「どういうことだ?」


聞くと彼女は、高校時代からの経緯を話してくれた。


能田が僕たちをモデルに小説を書いていたこと、体育祭の時に発覚したあれだな。


そして彼女はいつもその小説の展開について、熱く語っていたらしい。


「『コウヤは、本当はトヨキのことが好きだと思う』『でもヤマテは、絶対にコウヤが好きなはず』ってさ。いつも言ってた。あーしは未来のその解釈、結構好きだったんだよ」


あの小説に俺と芝浦が出ていたのは知っていたが、鷲那も出ていたのか。


俺が鷲那の事が好きだったのは、能田にも気付かれていたわけか。


そして先日の能田の誕生日パーティー。


あの時の俺たちの様子を見て、あれのモチーフは俺たちだと全てを確信したのだと。


なるほど。


所謂いわゆるアウティングをしてしまった格好の能田を悪者にしないために、敷島はこうして俺と一対一で話す場を設けたわけか。


「……気にするな、別に能田を責めたりはしない」


俺がそう伝えると敷島は、


「マジ?ありがと」


と礼を言った。


「ありーじゃなくていいのか?」


ちょっとからかってみる。


「いやさすがにTPOくらい考えるわ!」


怒る敷島に俺は、それにと続ける。


「大丈夫だと思えたのは敷島と、前にアラン・チューリングの話をした時に言ってくれた言葉があったからだ」


「え?なんか言ったっけ?」


きょとんとする彼女に俺は、


「ああ、でも覚えていなくても問題ない。」


と答えた。


敷島はふーんと頷く。


「じゃあさ」


敷島が、にやりと笑う。


「シバのこと、どうなのよ?」


直接来たな。


「……それも、知ってるんじゃないのか?」


「ちゃんとキノの言葉で、聞きてーじゃん?」


その真っ直ぐな瞳に、俺は観念した。


「俺は……」


芝浦にも伝えたことを、俺は敷島に伝えたのだった。




すっかり話し込んでしまい、気づけば外は暗くなっていた。


慌てて敷島と別れ、帰路を急ぐ。


芝浦にPINEを送るが、既読さえつかない。


ようやく家に帰り着く。


だが部屋は真っ暗なままだった。


あいつ、まだ帰っていないのか?


そう思ったが、玄関にはあいつの靴があった。


自分の部屋にスマホや荷物を置いて、他の部屋を探す。


リビングにいない。


風呂場にも、トイレにも。


そうなると。


芝浦の部屋のドアの前に立つと、中から啜り泣く様な声が聞こえた。


ドアをノックするが、反応は無い。


このまま気づかなかった事には、どうしても出来ない。


「悪い芝浦、入るぞ?」


やはり返事は無い。


それでも……。


右手に力を入れ、ドアをそっと開ける。


部屋の中も、真っ暗だった。


月明かりだけが、ベッドの上で何かが丸まっているのをぼんやりと照らしている。


「……芝浦?」


声をかけるが、それでも返事はない。


代わりにひっくと、嗚咽を殺すような小さな音が聞こえた。


やはり泣いている。


窓から零れる、頼りない月の光。


その光の中に、涙でぐしゃぐしゃになった芝浦の顔が見えた。


その姿に思わず息を呑む。


俺があの日見た物。


『最も綺麗な涙』


あれが芝浦との、最初の出会いだった。


あの日と同じ、どうしようもなく心を惹きつけられる芝浦の涙。


今までに何度か夢で見た芝浦の姿と、目の前の芝浦がぴたりと重なる。


俺は吸い寄せられるように、ベッドに近づいた。


そして夢の中の俺がいつもしていたのと同じように、震える芝浦の身体をそっと抱きしめた。


驚いたように芝浦の身体が、少し強張ったのがわかった。


強く、強く芝浦を抱きしめて――俺はそのまま、夢のように意識を手放した。

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