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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第72話 つきたくないウソ 芝浦山手の場合

城之崎の部屋のリビングは、重い沈黙に包まれていた。


僕と能田ちゃんと敷島、それからついさっき合流した大庭。


みんな自由にソファに座っているけど、みんな口を開けないでいる。


鷲那という男の存在が、この部屋の空気をズッシリと重たくしていた。


その沈黙を破ったのは、僕のスマホから鳴り響いた『PINE』の着信音だった。


画面に表示されていた『鷲那豊樹』の名前を見て、僕はすぐさま通話ボタンを押す。


「鷲那!今どこに――」


「あ、先輩どうも」


僕の声に被せるように、電話の向こうの鷲那はあっけらかんとした声で言った。


「先輩たち、今どこですか?」


当たり前のように聞いてくるその態度に、こめかみの血管が浮き出るのを感じる。


僕は出来るだけ怒りを抑え、声を低くして答えた。


「……城之崎の部屋に、戻ってきたとこだよ」


「ああ、そうですか! それじゃあ僕も近くまで戻ったんで、すぐ行きますね!」


「おい、待て!」


僕が何か言う前に、通話は一方的に切られてしまった。


「……なんなんだよ、アイツは」


思わず悪態をついた。


「鷲那くん、一体何を考えているんでしょうか……」


能田ちゃんが不安そうに呟いた、まさにその時だった。


『ピンポーン』


玄関のチャイムが鳴った。


全員の視線が、リビングのドアに突き刺さる。


僕はインターホンには出ず、直接玄関のドアを開けた。


そこにいたのは案の定、鷲那だった。


「お邪魔しまーす」


悪びれる様子もいままニコニコしながら、鷲那は僕の横をすり抜けてそのままリビングへと向かう。


僕は慌ててその背中を追いかけた。


「おい、城之崎はどうしたんだよ」


僕がそう尋ねると鷲那は、


「ああ、先輩なら買い物してから帰るって言ってましたよ」


鷲那はなんでもないように答えた。


城之崎のスマホは、リビングのテーブルの上に置きっぱなしだ。


つまり、本人に確認のしようがない。


全てがこいつの掌の上で転がされているようで、気分が悪い。


「あんた、ちょっと出ますって言って、これのどこが『ちょっと』なわけ!?」


痺れを切らした大庭が、鷲那に詰め寄った。


その剣幕に、さすがの鷲那も少しだけビックリした顔をする。


そりゃ大庭もキレるよなって、僕も思う。


すると今度は能田ちゃんが冷静に、しかし鋭く切り込んだ。


「それもそうですが、どうして私たちを閉じ込めたのかも気になります。そんな必要、あったんですか?」


「そーだそーだ!」


と、敷島も便乗する。


……なんであんなに楽しそうなんだ、敷島は。


だが鷲那は僕たちの追及を、笑顔でひらりとかわして。


「すみませんセキュリティの操作をミスったみたいで、親父殿のマンションなんで操作に慣れてないんですよ。わざとじゃないんです。」


なんて見え見えのウソをついた。


「そういえば大庭先輩」


鷲那は大庭に向きなおる。


「何?」


不機嫌そうに答える大庭に、鷲那は問いかけた。


「そもそも最初に言ってた僕にしたい話って、何です?」


「それは……」


一瞬、大庭の言葉が詰まる。


「今はそんな話……」


大庭が言いかけた、その瞬間。


鷲那はあのいつもの笑顔のまま、淡々と尋ねた。


「僕が大学に行っていない理由、ですか?」


大庭が固まったのを見て鷲那は、


「図星みたいですね」


と楽しそうに言う。


「……なんで、わかんのよ。


ようやく絞り出した大庭の声は、震えていた。


すると鷲那は笑顔のまま、こう返した。


「そちらこそ」


彼はそこで一旦言葉を止め、ふっと真顔になった。


その瞳には、一切の感情が浮かんでいない。


「――なぜ、知ってるんですか?」


不意打ちを食らった大庭が、何も言えないでいる。


「友達使って僕のプライベート、探ってたんですもんね?」


ポケットに手を入れたまま、人懐っこい笑顔で聞いてくる。


「そうね、確かに調べたけど?悪い?」


開き直ったように、大庭は自分が鷲那を調べていたことを認めた。


「僕にも色々教えてくれる人、いるんですよ」


そう言いながら鷲那は、ポケットからボイスレコーダーを取り出す。


赤いランプが点滅しているのを見せつけるようにして、停止ボタンを押した。


「ありがとうございます、認めてくれて」


鷲那が、また笑う。


大庭が混乱していると鷲那は突然、感情のこもっていない棒読みで言った。


「大庭先輩こわーい!友達に後輩のプライベート調べさせるなんてー!城之崎先輩に相談しなきゃー!」


「光哉は関係ないでしょ!」


大庭が叫ぶ。


その瞬間鷲那の纏う空気が、がらりと変わった。


「俺、人に詮索されんの好きじゃないんですよ」


低い、静かな声。


『……なるほど、それでそのお願いを聞くと俺にどんなメリットがあるんですかね?』


『ええ、先輩の頼みを聞けばあの子をがっかりさせるかでしょう。それなりの見返りがないと、割に合わないですよね』


高校の時の夏祭りを思いだす、若旦那の時もだけどコイツはいったいいくつの顔を持ってるんだ。


そしてまた、すぐにいつもの調子に戻る。


「すみません、僕も余計なことは言いませんので。先輩たちも、よろしくお願いしますね」


それは笑顔で突き付けられた脅迫であり、口封じだった。


大庭も能田ちゃんも僕も、頷くことしかできなかった。


「全然オッケー!」


と、敷島だけが軽い反応を見せる。


「それじゃ皆さん、よろしくお願いしますね」


嵐のように現れ全てを持っていった鷲那は、そう言って笑顔で去っていった。


大庭はしばらく歯を食いしばっていたけど、


「……ゴメン、今日は帰るね」


とだけ言って、力なく部屋を出て行った。


「トヨッキー、ヤベーな!」


嬉しそうに言う敷島、大庭が帰るまではガマンできたらしい。


そんな敷島を能田ちゃんが、


「ちょっと、優雅!」


と叱りながら、引きずるようにして連れて帰った。


リビングに、一人残される。


……確かにヤバいな、鷲那は。


改めて、そう思う。


完全にアイツのペースだった。


そんなことを考えてると、ガチャリと玄関のドアが開く音がした。


城之崎が、戻ってきた。


運がいいのか、悪いのか。


そんなタイミングだった。


「おかえり」


できるだけ普通に声を掛ける。


「……ただいま」


城之崎は買ってきたものを冷蔵庫に入れている。


僕は無難な話を選んで声を掛けた。


「城之崎、大庭が返事が無いって怒ってたよ」


「え?」


城之崎はスマホを確認して、ちょっと困ったみたいな顔をして何か入力してる。


「そういえば鷲那に話があったらしいけど、何だったんだ?」


入力を終えた城之崎は、僕の方を見ないでそう聞いてきた。


「あー」


なるほど、鷲那は僕が話があるらしいって言ったのか。


「大したことじゃないんだけどさ、仕事の帰りにあいつに会ってちょっと部屋で留守番しててほしいって言われたんだよ。それで戻ってくるの待ってたんだけど……」


ちょっとウソが入ってしまった、城之崎ごめん。


「あいつ間違えてセキュリティ起動させちゃったみたいでさ、僕そのせいで部屋に閉じ込められてコンビニにも行けなかったんだよ、その文句を言ってただけ」


咄嗟に出た割に上出来だろう。


「セキュリティで、閉じ込められるなんてことあるのか?」


確かに、僕もそう思う。


「なんでも鷲那のお父さんが建てたマンションだから、なんでそんな作りにしたのかはあいつもわからないんだってさ。『わざとじゃないんです!』って、めちゃくちゃ謝ってたよ」


大体鷲那はこう言ってたと思う。


「そうか」


どうやら納得してくれたらしい、ホッと胸をなで下ろした。


それからしばらくはなんでもない話をして過ごした。




そしてお互いの部屋に戻った。


でも自室のベッドに入りながら、うまくごまかせたかななんて考えてしまった。


胸の中には、なんとも言えないモヤモヤした感じが残っていた。

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