第71話 嘘か誠か 城之崎光哉の場合
すっかり夜の空気を纏った街灯が、俺たちの歩道を照らしている。
隣を歩く鷲那はゲームセンターでの興奮がまだ残っているのか、どこか楽しそうだ。
そんな鷲那を見ていると思わず頬が緩む。
俺は手にあの変な顔の猫のぬいぐるみを抱えている、傍から見れば随分と奇妙な二人組だろうと思う。
「あ」
もう少しでマンションに着くというところで、不意に鷲那がスマホを見て小さな声を上げた。
「どうしたんだ?」
俺が尋ねると、鷲那は少し困ったように眉を下げる。
すると困り顔でスマホの画面をこちらに見せてきた。
「すみません、芝浦先輩から連絡が来ていたのに全然気づかなかったみたいです。どうやらずっと無視していたんで、相当怒ってるみたいです」
画面には、芝浦からのPINEの通知が何件も並んでいた。
「ちょっと僕、先に戻って謝ってきますね。」
そう言うと、鷲那は小走りでマンションへと向かう。
「ちょっと待ってくれ、俺も一緒に行く」
俺が慌てて後を追おうとすると鷲那は振り返り、人差し指をそっと自分の唇に当てた。
その仕草にどきりとする。
「少し話もあるみたいなので、先輩は買い物でもしてからゆっくり来てください」
「あ、ああ……わかったよ」
俺の返事に満足したらしく、鷲那は再びくるりと背を向け曲がり角の向こう側へと消えてしまった。
一人、ぽつりと取り残される。
話があるか、俺に聞かれたくない話ってことか?
まあそう言う事もあるだろうか。
仕方ないかと溜め息を吐くと、ちょうど近くにあったスーパーの煌々とした明かりに目が留まる。
言われた通り買い物でもするかと、吸い寄せられるように足を踏み入れた。
日曜品で足りないものはなんだったかな。
何か簡単な食材でも買って帰るか。
カートを押しながら、無機質な商品が並ぶ棚を眺める。
牛乳と卵、それから……。
だがそんなありふれた日常の風景の中にいても、思考は勝手にあの鷲那と芝浦の元へと飛んでしまう。
芝浦が鷲那にする話、というのは一体なんだろうか。
どんな内容なんだろう。
俺が知らない、芝浦の悩みだろうか。
それとも、二人の間の問題か。
あるいは――俺のことか。
考えれば考えるほど、胸の奥に靄々とした霧が立ち込めてくる。
さすがにもう、話し合いは終わった頃だろう。
俺はいくつかの商品を手に取ると、早足でレジへと向かった。
自宅のドアを開けると、リビングの明かりがついていた。
ソファに座ってスマホをいじっていた芝浦が、顔を上げる。
「おかえり」
「……ただいま」
特に変わった様子はない。
芝浦は怒っているようにも、何かを話し込んだ後という雰囲気にも見えなかった。
何の話だったんだ?
……いや俺が聞くのも変か。
そう思ったが一度気になってしまった好奇心は、簡単には消えてくれない。
「城之崎、大庭が返事が無いって怒ってたよ」
「え?」
言われてスマホを確認すると、咲良からの連絡がびっしりと並んでいた。
俺は『すまない、気が付かなかった』とだけ返事をする。
そのまま俺はできるだけ自然を装い、買ってきたものを冷蔵庫に入れながら声をかけた。
「そういえば鷲那に話があったらしいけど、何だったんだ?」
その問いに芝浦は、
「あー」
と少し面倒くさそうに頭を掻いた。
「大したことじゃないんだけどさ、仕事の帰りにあいつに会ってちょっと部屋で留守番しててほしいって言われたんだよ。それで戻ってくるの待ってたんだけど……」
芝浦はそこで一度言葉を切ると、可笑しそうに笑い出した。
「あいつ間違えてセキュリティ起動させちゃったみたいでそのせいで部屋に閉じ込められてコンビニにも行けなかったんだよ、その文句を言ってただけ」
え、セキュリティのせいで閉じ込められた?
浮かんだ疑問をそのまま聞いた。
「セキュリティで閉じ込められるなんてことあるのか?」
俺が首を傾げると、芝浦は肩をすくめる。
「なんでも鷲那のお父さんが建てたマンションだから、なんでそんな作りにしたのかはあいつもわからないんだってさ。『わざとじゃないんです!』って、めちゃくちゃ謝ってたよ。」
あっけらかんと笑う芝浦に俺は、
「そうか」
と返すことしかできなかった。
しばらく他愛も無い話をして、俺たちはそれぞれの部屋に戻った。
ベッドに身を横たえ、天井を見つめる。
先ほどの芝浦の話を、頭の中で何度も反芻していた。
鷲那が間違えてセキュリティを起動させた?
芝浦はそれで閉じ込められていた?
そんな話なら、別に俺が一緒に聞いたって何の問題もなかったはずだ。
いや待て。
ゆっくり戻って来るように言ったのは、芝浦じゃない。
鷲那だ。
それなら鷲那は俺に聞かれたくない話を、芝浦がするかもしれないと考えたのだろうか。
頭の中でごちゃごちゃと、嫌な考えが渦を巻く。
鷲那は、何かを隠している?
いやそもそも、芝浦が言った事は本当か?
……もうやめよう、考えても仕方がない。
そう思うのに思考は、簡単には止まってくれない。
人間とは、なんと不便にできているのだろう。
俺はそんなことを考えながら、眠りにつけるよう頭を空にする努力を始めた。




