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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第68話 リアルな狂人 芝浦山手の場合

まるで子供のような、その笑顔。


ただそこから滲み出るのは、絶対的な強者の底なしの『余裕』の空気だった。


うわ出た、と思わず声が出そうだった。


王子様みたいな笑顔は、逆に胡散臭い。


一瞬、思考が停止する。


でもすぐに我に返った。


「……いつからいたんだよ?」


声が震えないように、腹の底に力を込める。


敵意はできるだけおさえたつもりだ。


鷲那はそんな僕の気持ちなどどこ吹く風といった様子で、にこやかに僕らの隣の空席を指さした。


「僕のほうが先にいたんですよ、こちらの席で一人でお茶してました」


「へー聞き耳立てるなんていい趣味してるじゃないか、トヨッキー?」


精一杯の皮肉を込めて、敷島が使っていたニックネームで呼んでやる。


すると鷲那は、楽しそうに小首を傾げた。


「なんか『トヨッキー』って、歴史上の人物にいませんでしたっけ?」


能田ちゃんが少し考えてから、鷲那の言葉に頷く。


「あー赤い人ですかね? 北の方の」


「ですです」


鷲那はわかってもらえたと嬉しそうに言うと、能田ちゃんもクスクスと笑った。


「たぶんアイスピックが苦手な感じですね」


鷲那の良くわからない発言に、能田ちゃんは更に楽しそうに笑う。


何言ってんだ、こいつら……。


なんだよ、アイスピックが苦手な北の赤い人って。


北の赤い人……サンタクロース?


いやいやだったらアイスピックは何?


そのあまりにもマニアックで物騒な歴史ネタに、僕と敷島は完全に置いてきぼりを食らった。


僕ら2人は黙って顔を見合わせるしかなかった。


周りがついていけないようなオタクな会話は、マジでうざい。


鷲那はそんな僕らの様子を心底楽しんだ後、


「いい趣味と言えば」


そう呟きながら、すっと僕の隣の空いている席に座った。


そしてその顔を、僕の耳元にぐっと近づける。


フワリと、上質で清潔な香水の匂いがした。


他の2人には聞こえないよう、ヒソヒソと。


それでいてナイフのように、トゲトゲしい声で囁きかけてきた。


「えらい賑やかに人の恋愛事情を話してはりましたね、みんなに聞いてほしかったんやろか? ……どっちがええ趣味してはるんでしょうね?」


その言葉に含まれた、明らかにバカにしたようなニュアンス。


カッと、頭に血がのぼった。


拳を握りしめ、何か言い返そうとした。


……でもその怒りはすぐに冷水を浴びせられたように、急速にしぼんでいく。


確かに、鷲那の言う通りだ。


僕はオープンにしているけど、城之崎はそうじゃない。


誰が聞いているかもわからないファミレスで、城之崎のデリケートな問題を大声で話していた。


無神経だったのは、どう考えても僕の方だ。


グッと奥歯を噛み締め何も言えずにいる僕をよそに、能田ちゃんと敷島は僕らの様子を不思議そうに首をかしげている。


鷲那はスッと僕から身体を離すと、またあの人懐っこい笑顔に戻っていた。


「どうせなら僕の部屋でゆっくり話しません? 面白いお話ができると思いますよ」


その提案に好奇心を刺激されたらしい能田ちゃんと敷島が、目を輝かせて賛成の意を示した。


こうして僕はまた、あの豪華な部屋へと向かうことになったのだ。




鷲那の部屋は、城之崎の住むマンションの最上階だ。


というか、このマンション自体が鷲那の家のものだ。


マジかよ、前に来たときから更にに洗練された空間。


出されたのはサイセリアのドリンクバーとは似ても似つかない美しい陶器で淹れられた日本茶と、ひとくち食べただけで値段が気になって仕方なくなるような高そうなお茶菓子だった。


全てが僕たちの日常とはかけ離れている、格の違いを見せつけられているようで内心面白くない。


「それで鷲那くん、面白いお話というのは?」


敷島と一緒に部屋のヤバさをじっくりと満喫したあと、能田ちゃんが切り出した。


鷲那は優雅な所作でお茶を一口飲むと、とんでもないことを言い出した。


「こう見えて僕は、芝浦先輩を応援しているんですよ」


「……はぁ?」


思わず、マヌケな声が出た。


「修学旅行の時にさ、お前が僕と城之崎を2人きりにさせただろ?あれはそういうことかもって考えた時もあったよ。でもそれからのお前の動きは、全然そうじゃなかっただろ」


「そうなのか?」


と聞いてくる敷島に、僕はクリスマスのプレゼントの一件などを具体的に話して聞かせた。


「……それは、確かに」


能田ちゃんも、納得したように頷く。


鷲那はそんな僕たちの追及を、サラリと簡単に受け流した。


鷲那は涼しい顔で、心底不思議そうにこう言ったのだ。


「だって障害があったほうが、燃えるでしょう?」


は?


障害?


燃える?


その言葉に僕の頭の中で何かが、ブチリと音を立てて切れた。


僕たちの気持ちを、城之崎の苦悩を。


コイツは一体、なんだって思ってるんだよ。


鷲那が、わからない。


考えれば考えるほど、得体の知れない怪物を前にしているようでドツボにハマっていく気がした。


『PINE』


誰かの通知音がなった、鷲那のようだ。


スマホを見た鷲那はニヤリとイヤな笑い方をした。


「あ!いいこと思いつきました」


笑顔で誰かに電話をしている。


「もしもし?先輩お疲れ様です!」


先輩?


まさか城之崎?


「はい……はい、大丈夫ですよ」


いったい何の話をしてるんだ!?


「じゃあ上で待ってますね、それじゃあまた後で」


やっぱりか、恐らくここに城之崎が来るのだろう。


目の前でほほ笑む鷲那、部屋は静まり返っていた。


それから程なくしてチャイムがなった。


鷲那が何やらパネルをゴチャゴチャと操作している。


「ここで待っていてくださいね」


鷲那が玄関へと向かった、僕たちは戻ってくるのを待っていた。




「……ちょっと、遅いですよね?」


能田ちゃんがボソリと呟く、確かに遅いな。


「僕、ちょっと見てくるよ」


玄関へと向かったけど誰もいない、音はしなかったけど出ていったのか?


もしかしたらエレベーターホールで話をしているのかも?


ちょっと見てみようと玄関を開ける。


「……えっ?」


そこにいたのは、城之崎でも鷲那でもなかった。


「え?なんでここに?」


目の前でキョトンとしてる大庭咲良が尋ねてきた。


「いやいやこっちのセリフだよ」


おっと、それもだけど。


「そう言えば鷲那は?」


その質問に大庭は眉をさげた。


「私が聞きたいよー!」


「え?」


話によると、出てきた鷲那はちょっと出ますとエレベーターで降りたらしい。


「なんで入ってこなかったの?」


「なんでって!何回もインターホン鳴らしたよ!」


「え?え?」


鷲那が出ていってから、チャイムなんて鳴らなかったよね?


確認しないと。


僕はエレベーターに駆け寄って、ボタンを押した。


「ダメなんだよ」


大庭が言った通り、エレベーターは反応しなかった。


「たぶんカードキーか暗証番号が必要みたいなの」


「マジか」


……もしかして、閉じ込められた?


僕は大庭と途方に暮れた。

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