第66話 王者の降臨 芝浦山手の場合
僕の言葉を聞いて、2人とも駅前の喧騒が嘘のようにシンと静まり返った。
敷島はポカンと口を開けたまま固まって、能田ちゃんはビックリしてその大きな瞳をさらに見開いてる。
爆弾の威力が思ったよりデカかったらしい。
最初に我に返ったのは、やはり能田ちゃんだった。
彼女は驚きに見開いていた瞳をすっと細める。
まるで獲物を定めるような、鋭い光。
それから名探偵のように僕の顔をジッと観察して、何かを分析するみたいに小さく頷く。
そうして確信を持って言った。
「……そのお顔は悪い結果ではなかった、ということですね?」
「まぁ、ね」
僕が曖昧に微笑むと、隣で固まっていた敷島がジワジワと状況を理解し始めたらしい。
「マジかよ……」
そう呟くのが聞こえる。
その表情は驚愕から、この上なく楽しそうな好奇心へと変わっていた。
まぁこれ以上、人通りのある屋外で話すことでもないだろう。
「ちょっと、話そっか」
僕はそう言って、目と鼻の先にあるお馴染みのロゴを指さした。
「サイセリア、行こ」
その提案に敷島が、
「ヤバいクソ楽しそーじゃん!」
と一気にテンションを上げてはしゃぎ出した。
どうやら彼女は自分の中で繰り広げる妄想のカップリングよりも、生々しいリアルな恋バナの方がよっぽど好きみたいだ。
……まぁ、能田ちゃんがちょっと特殊なだけかも。
サイセリアのボックス席で、僕らはテーブルを囲んでいた。
安っぽいプラスチックのメニュー立てと、ドリンクバーの機械音が鳴り響くありふれた空間。
でも僕らのテーブルだけは、異様なほどの緊張感と期待に満ちていた。
ドリンクバーから戻ったら能田ちゃんと敷島は、まるでこれから始まる世紀の裁判の判決を待つみたいにソワソワしながら僕の顔をガン見してる。
その期待に満ちた視線が、なんだかおかしくてちょっと恥ずかしい。
「それで、改めてなんだけど」
僕は咳払いをして、切り出した。
「城之崎に、告白したんだよ」
それを聞いた敷島が、テーブルに身を乗り出さんばかりの勢いで叫んだ。
「で! で! オッケーか!? オッケーされたのか!?」
ガタガタとテーブルを揺らしながら、興奮気味にまくし立ててくる。
その肩を能田ちゃんが、
「落ち着いてください、優雅」
なんて意外と冷静に、でも不思議な力強さで言った。
「……長年抱いてきた鷲那くんへの気持ちを、城之崎くんがそう簡単に断ち切ったとは私には思えません」
そして真っ直ぐに僕の目を見て、続けた。
「でも、拒絶はされなかった……違いますか?」
そのあまりにも的確な分析に、僕は思わず目を丸くした。
この子、エスパーか何か?
「……さすがにちょっと怖いよ、能田ちゃん」
正直な感想を伝えると能田ちゃんは、
「最高のほめ言葉として受け取っておきますね」
そうフワリとほほ笑む、さすがは『コウヤマ』研究の第一人者だ。
……いや自分で言っといてなんだけど、なんだよそれ。
僕は昨夜の出来事を、ありのままに話した。
城之崎に言われたこと。
城之崎はやっぱり、鷲那が好きだっていうこと。
でも、僕のことも気になるって言われたこと。
それで僕がこれから、全力を尽くしてアイツを振り向かせると宣言したこと。
全てを聞き終えた敷島が呆れたように、しかし面白そうに腕を組む。
「マジかー、キノに『トヨッキーが好きだ』ってキッパリ言われたのにシバは諦めねーの?」
「トヨッキー? ……あぁ、鷲那のことね」
僕は苦笑いしながら、ハッキリと言い切る。
「諦めないよ。本当に無理ならアイツはそう言うよ、でも『気になる』って言ったんだ。だったら僕がそれを『好き』に変えてみせる、それだけのことだから」
僕の言葉に、敷島はニヤニヤしながら能田ちゃんの方を向いた。
「なー未来、やっぱ『コウヤマ』ってより『シバキノ』じゃね? シバめっちゃ押せ押せじゃん、オス味全開じゃね?」
オス味ってなんだよ、香辛料か何かか?
僕が内心でツッコんでると、能田ちゃんが意味深に返す。
「優雅、城之崎くんを甘く見てはいけませんよ?」
能田ちゃんは城之崎の、何を知ってるんだよ?
……なんか本当に知っててもおかしくないのがちょっとイヤだな。
「へーえ、じゃあお手並み拝見ってヤツじゃん」
敷島はそう言うと、ちょっとだけ不満そうな顔で付け加えた。
「にしてもキノもちょっとズリーよなー、トヨッキーは好きでシバは気になるってのはさー」
「それは……」
僕が城之崎を庇おうと口を挟もうとした、まさにその時だった。
すぐ隣の席から凛とした、聞き覚えのある声がした。
「仕方ないんじゃないですか?」
その声だけが周囲の喧騒から切り離されたみたいに、クリアに僕たちの耳に届く。
僕ら3人の動きが、ピタっと止まった。
「セクシャリティの違う相手への片思いは、きっと辛いものなんでしょう。そんな辛い中で、自分へ明確な好意を向けてくれる人間が気になってしまうのは自然な事だと思いませんか?」
声の主は、いつの間にか僕たちのテーブルの前に立っていた。
窓からの西日が逆光となって、その輪郭を神々しく縁取っている。
その美貌は、まるで王子様。
パッと見は優しそうにほほ笑んでいる、それでいて全てを見透かすような瞳で彼は僕たちを見下ろす。
それでフッと。
全員の警戒心をドロドロと簡単に溶かすみたいな、屈託のない笑みを浮かべた。
「どうも、トヨッキーです」
鷲那豊樹はまるで、純粋無垢な子供みたいにそこにいた。




