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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第65話 本領発揮 芝浦山手の場合

「……そろそろ、離してくれないか?」


腕の中で城之崎がモゾモゾしながら、僕を見上げてくる。


城之崎の顔色は変わってない……いや城之崎の耳がよく見たら真っ赤だ。


……カワイイ。


僕は名残惜しい気持ちを必死に押し殺すと、ゆっくりと腕の力を緩めて城之崎を解放した。


フワリと、城之崎の澄んだ匂いが鼻をかすめる。


「それじゃあ、おやすみ」


僕がそう言うと、城之崎は一瞬視線を彷徨わせた。


そしてどこか恥ずかしそうに俯きながら、


「……おやすみ」


と小さな声で返してきた。


その初々しい反応だけで、胸がいっぱいになる。


自分の部屋に戻ってドアを閉めた瞬間、僕はその場にズルズルとへたり込んだ。


あ、顔の温度がヤバい。


両手で頬を覆うと、燃えるように熱かった。


告白した。


城之崎は、鷲那が好きだ。


そんなことはわかりきってた。


だから当然のようにフラれるものだと、そう覚悟を決めていた。


でも、そうじゃなかった。


『鷲那が好きだ、でも芝浦のことも気になる』


それは、


『お前のことは好きになれない』


という拒絶ではなかった。


むしろ僕にもまだまだ、可能性があるということだ。


だったら僕にできることは、1つだけだ。


好きになってもらえるように、全力を懸ける。


ただ、それだけ。


「……よし!」


両手で頬をバチンと叩いて、気合を入れる。


そうだ。


これはこれである意味、開き直ることができた。


中途半端な距離感で悩み続けるより、ずっといい。


抱きしめても、振り払われなかった。


あの城之崎が、僕の無茶な提案を受け入れた。


それだけで、充分すぎる。


絶対に、振り向かせてみせるんだ。




結局燃え上がった気持ちはどうにもならなくて、ほとんど眠れないまま朝を迎えた。


窓の外が白くなっていくのを、ボンヤリと眺めてた。


なんだかこんなの高校の修学旅行ぶりだな、なんてことを思い出してた。


リビングへ向かうと、城之崎がもうテーブルについている。


僕を見た城之崎は小さな声で、


「……おはよう」


と呟く。


その視線はどこか落ち着きがなく、少し身構えて警戒しているのがありありとわかった。


あーやっぱりカワイイな。


もう隠す必要も無いし。


僕が仕掛けた新しい関係に戸惑って、振り回されている。


その事実が、たまらなく愛おしかった。


朝食は耳の赤い城之崎と、それを見つめる僕との間の空間だった。


食事を済ませて、会社へ向かう準備を終わらせた。


玄関へ向かう前に、僕はあえて城之崎の前に向き直って立ち止まった。


そして何も言わずに、ジッとその顔を見つめる。


数秒の沈黙。


それに耐えきれなくなった城之崎が、ボソボソと口を開いた。


「……どうした?」


その不安げな表情に、僕は満足してほほ笑む。


「行ってきます」


それだけ言って、僕は軽やかな足取りで部屋を後にした。




会社に着くと、すぐに部内のミーティングが始まった。


「――以上が新商材『Ares』の概要と、競合品『Boreas』との比較データです」


プロジェクターに映し出された資料には、長所と短所が箇条書きでまとめられている。


「なるほどな、それでこれをどう売っていくかだ。何かいい訴求案がある者はいるか?」


部長の言葉に僕は間髪入れずに、率先して手を挙げた。


「はい!」


「芝浦か、威勢がいいな」


部長が面白そうに目を細める。


「はい!『Ares』の強みは耐久性や機能等の性能にこそあり、長期的に見れば必ずコストは回収できます。ならば小手先のテクニックは不要です、ただひたすらにその一点を」


僕は身を乗り出して、宣言した。


「押して……押して、押しまくりましょう! 他のことは考えられなくなるくらいに!」


僕のその言葉に一瞬ビックリした顔をしてた部長は、やがて楽しそうに声をあげて笑った。


「ははっ、頼もしいな! よし、その方向で考えてみよう!」


心の中に灯った炎が、仕事のモチベーションまで燃え上がらせている。


最高に、気分が良かった。


帰宅途中、駅前の広場で見慣れた二つの人影を見つけた。


またしても、能田ちゃんと敷島優雅だ。


「ですから! あの夜の城之崎さんの、芝浦くんだけを見つめるあの真剣な眼差し! あれはまさしく『コウ→ヤマ』の波動だったのです!」


「まーわからないでもないけどねー」


どうやらまたしても、僕と城之崎のカップリング論争で盛り上がっているらしい。


というより能田ちゃんが一方的に興奮して、敷島が受け流してるっていういつもの光景だった。


僕の存在に気づいた能田ちゃんが、パッと顔を輝かせる。


「あ、芝浦くん!」


彼女は僕の顔をジッと見つめる。


すると何かを確信したように、コクコクと頷いた。


「……芝浦くん、表情が変わりましたね」


「え、マジ?いつもと変わんなくね?」


隣で敷島が首を傾げる。


けど能田ちゃんは、


「私には分かります」


そうすまし顔で言い切った。


名探偵のような鋭い視線が、僕を射抜く。


「何か、ありましたね?」


その問いに僕は、できるだけ表情を変えずに応える。


「うん」


それから簡潔に伝える。


「城之崎に、告白したよ」

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