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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第64話 王者へ挑む者 城之崎光哉の場合

俺の言葉に芝浦は呆けた様な顔でこちらを見ている。


その表情にほんの少しだけ自分が今、とんでもなく滑稽なことをしているのではないかという不安がよぎる。


「どうしたんだよ、急に」


訝しげに問いかける芝浦の声に、心臓が跳ねる。


何を言えばいい。


どう伝えればいい。


頭の中はぐちゃぐちゃで、考えなど何一つ纏まっていない。


ただ明日にはこの部屋から芝浦がいなくなる、その事実だけが耐え難いほどの焦燥感を俺に与えていた。


我ながら、本当にらしくない。


「……明日、自分の部屋に戻るのか?」


口から出たのはそんな分かりきった質問だった。


「うん、そうだけど」


こともなげに頷く芝浦に、俺はほとんど無意識に懇願するような思いで言葉を続けていた。


「……やめないか?」


「え?」


芝浦が、心底戸惑ったと言う様に目を見開く。


その大きな瞳が、俺の真意を探るように揺れていた。


もう、誤魔化しは効かない。


俺は観念して、腹を括った。


「お前のことが、気になるんだ」


正直に、そう告げた。


そうだ、ずっと気になっていた。


思えば咲良と見た映画の帰り道で、人知れず涙を流していた美しい青年。


あの姿を見つけた時から。


俺の心は無意識に、ずっと芝浦山手を気に掛けていたのかもしれない。


俺の言葉の意味を測りかねているのか、芝浦は少し黙り込んだ。


その後、一つの問いを投げかけてきた。


「それってさ、恋愛感情とは違うのか?」


「……わからない」


それが、今の俺の正直な答えだった。


鷲那に対する気持ちとは、明らかに違っていた。


だが友情というには、あまりにも心が掻き乱される。


俺が答えに窮していると、芝浦は更に踏み込んできた。


「やっぱり城之崎は、鷲那のことが好きなんだろ?」


その問いに、俺は一切の迷いなく頷いた。


「ああ、そうだ」


それは長年俺の心に根を張った、揺るぎない事実だ。


だが、俺は続けた。


「でも、芝浦のことが気になる」


言った後で我ながら凄い事を言っているな、とどこか冷静な自分が分析をしていた。


あまりにも自分勝手な言い分だと、自分でも思う。


呆れられても、軽蔑されても仕方がない。


だが芝浦の反応は、予想とは全く違っていた。


ふっと息を吐くと少し困ったように、それでいてどこか嬉しそうに微笑んで言った。


「そっか……僕は城之崎の事が好きだよ」


また、だ。


先日の事。


この部屋で酔った芝浦に、不意打ちでキスをされた時のことを思い出す。


あの時もコイツは呂律の回らない状態で、確かにそう言っていた。


酔った勢いの戯言ではなかったのか。


「……そうか」


俺はそうとだけ返すのが精一杯だった。


「だからさ」


芝浦は続ける。


「これからも一緒に住むっていうなら、僕は期待するよ。城之崎がいつか、僕を好きになってくれるんじゃないかって。……それでも、本当にいいの?」


その真摯な瞳が、俺の覚悟を試している。


俺は卑怯だとわかっていながら、それでも同じ言葉を繰り返すしかなかった。


「俺は、鷲那が好きだ」


それが今の俺が持つ唯一の保険であり、そして目の前の男に対する最大の裏切りだった。


「そっか」


芝浦は一度だけ目を伏せた。


だが次に顔を上げた時、その表情には迷いのない強い光が宿っていた。


「それなら僕が城之崎を振り向かせるよ、鷲那のことなんかどうでも良くなるくらいに」


芝浦は不敵に、いや妖艶に笑う。


「僕が城之崎のその『気になる』を、全部僕への『好き』で上書きするために全力を尽くすよ……それならいい?」


「それは……」


言葉に詰まった。


芝浦の宣言はあまりにも眩しくて力強く、そして魅力的だった。


拒む理由も権利も、俺にはない。


長い沈黙のあと、俺はなんとか喉の奥から声を絞り出した。


「……構わない」


自分でも驚くほど、頼りなくか細い声だった。


だがそれを聞いた芝浦は満足そうににっこりと笑うと、すっと右手を差し出してきた。


先日もこうやって握手したなと思いながら、再び芝浦の手を握る。


その瞬間だった。


握られた手首を強く引かれ、俺の身体はいとも簡単に芝浦の腕の中へと収まっていた。


「え、ちょっ……!」


不意に訪れた密着に、頭がパニックに陥る。


嗅ぎ慣れたはずの清潔な石鹸と芝浦自身の甘い匂いが、思考を麻痺させる。


硬直する俺の耳元で、芝浦が低い声で囁いた。


「……これからもよろしくね」


鼓膜に響く低音と、腕の中に閉じ込められた熱。


その全てが、俺の許容範囲を遥かに超えていた。

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