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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第59話 終わる時は突然に 芝浦山手の場合

定時を少し過ぎた頃、仕事を切り上げて会社を出る。


昨夜は変な感じになっちゃったし、今日の朝はあんまり話せなかった。


今日こそは城之崎と、どんな話をしようか。


そんなことを考えながら駅のホームへ向かう、その時だった。


ポケットの中でスマホが鋭く振動した。


ディスプレイに表示されたのは『大家さん』の文字。


水漏れの件で、何か進展があったのだろうか?


僕はさっそく電話に出る。


『あ、もしもし芝浦さん? 大家ですけど』


「あぁ大家さん、お世話になっております」


電話に出ると、予想よりずっと早く修理が終わるという。


喜ばしいはずの知らせが告げられたのに、少し戸惑ってしまった。


まだ、心の準備ができていない。


土曜日には確実に戻れる、と大家さんは言う。


『それで一度、お部屋や家具の様子を芝浦さんお立ち会いの上で確認させてもらいたいんだけど。いきなりで悪いんですけど今日、ご都合どうですかね?』


もちろん難しければ別日でも構いませんよ、と続く大家さんの言葉に断る理由はなかった。


「……今日で大丈夫です、今から向かいます」


電話を切って、僕は大きくため息をついた。


そしてすぐに城之崎にPINEを送る。


『ゴメン、今から大家さんと部屋の確認に行くことになったから少し遅くなるね』


すぐに既読がついて、『わかった』と返事が来た。


いつもの城之崎らしい返事が、今の僕にはむしろありがたかった。


僕は行き先を変更して、電車で自分の部屋へと向かう。


電車の窓から流れる景色を眺めながら、僕は無理やり思考を切り替えた。


城之崎の体調のこと。


『小澤クリニック』のこと。


僕が何も聞かされていなかったこと。


それを知ってしまった時の、胸の中に生まれた黒いモヤ。


……まぁ気にしたって、始まらない。


城之崎にとって大庭は、物心ついた時から隣にいるのが当たり前の特別な幼馴染だし。


何でも話せるのは当然だろう。


それに比べて、僕は。


高校の時の、ただの同級生。


アイツのセクシャリティについて知っているっていっても、それは大庭も同じ。


むしろ彼女の方が、ずっと昔から傍にいた。


僕と彼女とでは、スタートラインが違う。


今さらその差を嘆いても仕方がない。


僕はそう自分に言い聞かせて、心のざわめきに重いフタをした。


自分の部屋に着くと、大家さんと内装業者の人が人の良さそうな笑顔で迎えてくれた。


水漏れの被害が酷かった壁紙やフローリングは、綺麗に張り替えられている。


家具や家電も電源を入れて動作を確認していく。


幸運なことに、ほとんど問題はなかった。


……なかったんだけど。


「洗濯機も、問題無く動きますね」


大家さんのその一言が、よろしくなかった。


というのも僕の部屋の構造上、洗濯機は水漏れの影響をもろに受けて完全に水浸しになっていたのは間違いない。


今『は』、動いてる。


でも一度精密な内部にまで水が浸入した家電が、この先もずっと正常に動き続ける保証はどこにもない。


今壊れていれば、修理費や買い替えの費用を上の階の住人に請求しやすかったんだけど……。


大家さんも僕の考えを察したのか、


「どうしましょうかねぇ」


と困ったように頭を掻いている。


「今は問題無く動いていますけど、問題なのは後で壊れた時ですよね。その時に今回の水漏れが原因だと証明するのは難しいでしょうし」


僕がそう言うと、大家さんもぶっちゃけた様子で言った。


「そうですよねぇ、いっそぶっ壊れててくれればちゃっちゃと請求しちゃうんですけどね?」


まさしく僕の考えていた通りのことを言ってくれる。


その辺のことも含めて大家さんから上の住人の方に、今後の対応を相談してくれるとのことだった。




とりあえず話は終わったので、城之崎のマンションへ向かう。


それにしても、だ。


修理の業者さんって、本当にスゴいんだな。


あんなに酷かった水漏れもこんなに早く、何事もなかったみたいに直しちゃうなんて。


……正直。


正直なところもうちょっとだけ、時間が掛かれば良かったのに。


そんな身勝手なことを考えている自分がいることに気づいて、僕は少し自己嫌悪を感じて笑った。


城之崎の部屋に戻ったけど、玄関にアイツの靴はなかった。


リビングのドアを開けても、そこにアイツの姿はない。


家事は終わっているようだった。


テーブルの上は綺麗に片付いている。


今あいつがどこで何をしているのかは分からないけど、それを急かすのも気が引けた。


すぐ戻るだろう。


そう考えて僕は、リビングのソファでしばらく待っていた。




時計の秒針の音だけが、静かな部屋に響いている。


でもアイツは、全然帰ってこない。


窓の外はとっくに暗くなってるし、何か話すのは明日にしよう。


僕はそう決めると、明かりの消えたリビングを後にする。


そして自分に与えられた部屋のドアを、静かに閉めた。

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