第54話 穏やかな朝 城之崎光哉の場合
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。
俺はいつも通り、習慣になった時間に目を覚ました。
静まり返った部屋で、ベッドから抜け出しリビングへ向かう。
昨日までの日常と、今日からの日常は少しだけ違う。
その事実にどこか落ち着かないような、それでいて浮き足立つような奇妙な感覚を覚えながら俺はキッチンの前に立った。
冷蔵庫を開け、中身を確認する。
一人暮らしには十分な食材。
それを今日は二人分、当たり前のように取り出している自分に気づく。
米を研ぎ、炊飯器の早炊きのスイッチを入れる。
味噌汁の出汁を取り、揚げと豆腐を準備する。
グリルには塩を振った鮭の切り身を準備する。
ご飯が炊けた。
こうして朝食の準備が終わった、念の為芝浦の分も作った。
食べるかどうかを聞いていなかったので、俺が勝手に作っただけだ。
先ほど準備を済ませた魚焼きグリルの火をつける。
だが社会人のあいつの出勤時間を考えれば、そろそろ起きてくる頃だろう。
そう考えていると、まるでタイミングを合わせたかのように寝室のドアが開いた。
「……おはよ、城之崎」
眠そうな目を擦りながら、芝浦がリビングダイニングに入ってくる。
「大学って、こんなに早い時間から行くの?」
「いや今日は昼からだ、俺はいつもこの時間には起きている」
「マジかよスゴいな、さすが城之崎」
感心したように頷く芝浦に俺は少しだけ照れ臭さを感じながら、グリルの火を止めた。
「朝食作ったけど食べるか? いらなければ俺が昼に食べるから気を使わなくて構わんからな。お前に確認せず俺が勝手に作っただけだから」
断られてもいいように、逃げ道をいくつも用意する。
我ながら、面倒な言い回しをするものだ。
しかし芝浦は俺のそんな配慮を軽々と飛び越えて、ぱあっと顔を輝かせた。
「マジで!? 独り暮らし始めてから、面倒くさくて朝食べないこと多かったから助かるよ! ありがたく頂きます!」
ほかほかと湯気の立つご飯と味噌汁。小皿には白菜の漬物。
そしてこんがりと焼き目のついた鮭。
ごく普通の日本の朝食を芝浦は、
「うわ、すご……」
と呟きながら、目を輝かせて見つめている。
いただきますと手を合わせた芝浦は、まず味噌汁を一口啜り大きく目を見開いた。
「……うまっ!」
次に焼き鮭に箸を伸ばし、その身を解して口に運ぶ。
そして白米を勢いよく掻き込んだ。
その一連の動作を俺は平静を装いながら、横目でそっと窺う。
「美味い! 城之崎って料理もできんの?完璧超人か!?」
「……あんまり急いで食べると詰まるぞ」
内心の喜びを悟られないように、ぶっきらぼうに返す。
「一応、おかわりもあるからな」
その言葉通り芝浦はその後気持ちいいくらいの食べっぷりで、結局三杯もご飯をおかわりした。
「はは、中高生かよ」
思わず笑いがこぼれる。
食事が終わり、二人でテーブルを挟む。
俺は今後の事について切り出した。
「なあ、朝食はこれからも食べるか?」
「食べます! ぜひ食べさせてください!」
即答する芝浦に頷き、共同生活のルールを決めていく。
家での食費やトイレットペーパーなどの消耗品は折半。
芝浦が自分のマンションに帰る時にまとめて精算する。
家事分担は料理は俺、洗い物は芝浦。
洗濯や掃除は当番制。
どうしても出来ない時は、できるだけ事前に相談する。
スムーズに決まっていくルールに、これから始まる生活の輪郭がはっきりと見えてくるようだった。
「じゃ、俺そろそろ仕事行くね」
支度を終えた芝浦が玄関へ向かう、その背中に俺は声をかけた。
「そうだ、嫌いなものとかあるか? 料理するに当たって聞いておきたい」
「んー……」
芝浦は少し考えた後、
「実は柴漬け、苦手なんだよね」
頬を掻きながら答えた。
「柴漬け?なんでまた」
興味本位で聞いてみる。
「もし気を悪くしたら申し訳ないんだけど……」
芝浦はそう前置きしたうえで、
「味もだけど、赤紫とか真緑みたいなあの色がどうも受け付けなくて」
そう申し訳なさそうに口にした。
なるほど、言われてみればあまり他の食品では見ない色だな。
「そういうものか、分かった」
俺が頷くと、
「じゃあね」
とドアに手をかける。
……あれ?
そう言えば。
「でもそう言えばお前、修学旅行で山盛りの柴漬け食べてなかったか?」
ふと思い出した過去の記憶。
それを口にすると芝浦は、
「うわ」
という顔をしてこちらを振り返った。
「……よく覚えてるね、そんなこと」
感心したように言った後、彼はどこか遠い目をする。
「あれは……まあ、色々あったんだよ」
「なんだそれ」
思わず笑ってしまうと、芝浦も釣られたように笑った。
「今度こそ、本当に行くね」
「ああ」
一応玄関まで見送る。
「……行ってらっしゃい」
少しの間を置いてそう言うと芝浦は、
「うん」
頷いて、今度こそ部屋を出ていった。
心做しか嬉しそうに見えた。
昼過ぎになり、大学へ向かう。
講義室で席に着くと、たまに話す程度の知り合いが俺の顔を覗き込んできた。
「あれ城之崎、なんか今日ご機嫌じゃない?」
「……別に、いつも通りだ」
俺は淡々とそう答え、手元の教科書に視線を落とした。
口元が少しだけ緩んでいたことには、気付かないふりをして。




