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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第52話 雲の上から 芝浦山手の場合

城之崎の住むマンションのオートロックを前にして、ガラスの向こうの洗練されたエントランスを僕は恨めしげに睨んでいた。


腕に食い込むバッグが重たい。


そして足元に鎮座するスーツケースが、僕の惨めさを際立たせてる。


PINEは既読にならないし、電話をかけてもコール音が無情に響くだけ。


城之崎のヤツ、一体どこに行っちゃったんだよ。


このままじゃ埒が明かないし、誰かに連絡するしかない。


僕の頭に、二人の男女の顔が浮かんだ。


鷲那と大庭。


正直、どっちも気マズい。


鷲那豊樹。


城之崎に恋愛感情はないと言いながら、僕に見せつけるようなあの妙な対抗心と独占欲は一体なんなんだよ。


何を考えているか読めない相手と2人っきりになるのは、あまり居心地がいいとは言えない。


大庭咲良。


『うん、いいよ』


城之崎の母親の思惑を分かっていて、城之崎本人に愛されることはないと分かっていても。


アイツはそう言い切った。


あの強さと覚悟は、正直に言えば少し怖い。


あの大庭に立ち向かえるだけの物が、今の僕にあるのだろうか。


やっぱりどっちも気マズい。


どっちも気マズいけど……。




僕はエレベーターで20階を選んだ。


最上階かよ。


心の中でボヤきながら、滑らかに上昇していくエレベーターに揺られる。


すぐに到着を知らせるチャイムが鳴った。


ドアが開いた瞬間、ここが他のフロアとは違うことを瞬時に理解した。


静かすぎる。


このフロアには、ドアが1つしかない。


まさか1世帯だけなの?


恐る恐るインターホンを押すと、スピーカーから聞き覚えのある涼やかな声が聞こえた。


『どうぞー』


カチャリ、と軽い音を立ててロックが解除される。


ドアノブに手をかけると、何の抵抗もなくドアは開いた。


部屋の主は玄関にはいない、鍵も遠隔操作か。


驚きながらも靴を脱ぐ。


すると玄関から真っ直ぐに伸びた長い廊下の先、その突き当たりにあるドアが開いた。


現れたのは、部屋の主。


ラフな部屋着でも、その王子様みたいな美貌を隠しきれてないイケメン――鷲那豊樹だった。


「ようこそ我が家へ」


柔らかい微笑みを浮かべた鷲那が、こっちへ歩み寄ってくる。


僕が抱えていた荷物を見るなり、


「持ちますよ」


とヒョイと一番重そうなスーツケースを手に取った。


こういう気遣いのできるスマートなところ、やっぱそういうとこがモテるんだろうな。


やだやだと内心で毒づきながら、僕は鷲那の後をついていった。


ドアの先にあったのは、度肝を抜かれるほどバカでかいリビングだった。


「……うわひっろ!」


思わず、感動の声が漏れる。


城之崎の部屋も相当なもんだと思ったけど、こっちはマジでヤバい。


天井まで届く全面ガラス張りの窓の外には、煌めく都会の夜景が広がっている。


まるで高級ホテルのスイートルームだ。


「やっぱり、他の階とは全然違うんだね」


「えぇ、いわゆるペントハウスってやつです」


「ペントハウス?」


聞き慣れない単語に僕は首を傾げる。


「マンションの最上階ってオーナーとか特別な方向けに、内装や間取りが通常とは違う特別仕様になっていることがあるんです。それをペントハウスって言うんですよ」


丁寧に説明する鷲那の言葉に、僕の中で一つの疑惑が点となって繋がり線になる。


「え、オーナーとか? もしかしてこのマンションって……」


僕の問いに、鷲那は少しだけ照れたように頬を掻いた。


「鷲那の六代目、僕の親父殿のマンションなんです」


老舗旅館『柊鷲庵』の、若旦那。


その言葉が、改めて現実の重みとなって僕にのしかかる。


……住む世界が違いすぎるって。


荷物を降ろすと、鷲那に革張りの巨大なソファに座るよう促される。


僕が腰掛けると反対側に鷲那も腰を下ろして、向かい合って座る。


テーブルを挟んだ向こう側で、鷲那がにこやかに口を開いた。


「どうやって城之崎先輩を待ちましょうか?ゲームでもします? 」


その言葉は僕たちの間に横たわる緊張をほぐそうという気遣いか、それとも何か意図があるのか。


でも僕はもう、コイツと腹の探り合いをするつもりはなかった。


「いや」


僕は鷲那の言葉を遮って、まっすぐにその瞳を見据える。


「悪いけどゲームの気分じゃない、ちょっとお前に話したいことがあるんだけどいいか?」


僕がそう切り出すと、鷲那はなぜか嬉しそうに目を細めた。


そのキレイな顔立ちが、花が咲いたように綻ぶ。


「構いませんよ? どんなお話ですか?」


ソファに深く座り直して、こっちに興味津々といった感じで身を乗り出してくる。


その無邪気ささえ感じる態度に、コイツのペースに飲まれてたまるかと内心で警戒を強めた。


「……単刀直入に聞くけど、お前が城之崎と同じマンションに住んでるのって本当に偶然なのか?」


まずずっと心の隅に引っかかっていた疑問をぶつける。


すると鷲那は少し呆れたような顔をして、大げさに両手を広げてみせた。


「いや言っているじゃないですか!それが本当に偶然なんですって、 僕も本当に驚きました」


「……どういうことだよ」


「城之崎先輩の進学先が決まって、落ち着いたら部屋に遊びに行かせてもらう約束をしてたんです。それで当日最寄り駅で待ち合わせたんです。ウチのマンションの近くだなって思いながら先輩の部屋に向かったら、見えてきたのが見慣れたこのマンションだったんですよ」


鷲那はさも、可笑しそうに肩をすくめる。


「元々僕はこのマンションに住むつもりで、大学もこの近辺で決めていたんです。まさか城之崎先輩がこのマンションを選ぶなんて、どんな偶然だよって思いましたよ」


あまりにも出来すぎた話に、眉間シワがよるのを感じる。


僕はてっきり鷲那が城之崎の進学先とマンションに合わせて、自分の進学先とか部屋を決めたんだとばかり思ってた。


「……逆だったのか? 城之崎の方がお前がここに住むって知ってて、ここを選んだとか」


考えられるもう一つの可能性を口にする。


でも鷲那は、それもすぐに否定した。


「それも無理ですよ、ウチの親父殿がここのオーナーだなんて話、僕は誰にもしていませんから。城之崎先輩がそれを知っていたんだとしたら、さすがにちょっと怖すぎますよ」


悪戯っぽく笑う鷲那の表情に、嘘を言っている様子は見られない。


いくら鷲那が好きとは言え、確かに城之崎がそんなストーカーまがいのことをするはずもなかった。


偶然。


信じがたいけど、そうとしか考えられないのか。


僕が黙り込んで納得したのを見て、鷲那は満足げに頷いた。


「芝浦先輩のお話というのは、それだけですか?」


もういいでしょうかとでも言うように、彼がその手をリモコンへと伸ばしかける。


その動きを、僕は声で制した。


「いや」


リモコンに伸びかけた鷲那の指が、ピタッと止まる。


「もうひとつだけ」

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