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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
高校生編
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第4話 Stand-off Distance 芝浦山手の場合

僕の目の前で城之崎が、ドリンクバーから持ってきたメロンソーダをストローも使わないでゴクゴクと飲んでいる。


城之崎の白い首筋で、喉仏が上下するのをドキドキしながら眺める。


そんな中僕は、心の中で首を傾げていた。


まさか、本気だったなんて。


あの学園祭の日の、


「許さない、だからしゃぶしゃぶ食べ放題な」


そんな言葉。


てっきり気まずさを紛らわすための冗談か、あるいは僕をからかうためのものだと思ってた。


それがまさか次の日ごく普通に、


「しゃぶしゃぶはいつにするんだ?」


なんて聞かれるとは思わなかった。


そうして今日、駅前のしゃぶしゃぶチェーン店であるしゃぶしゃぶ太郎でテーブルを挟んで向かい合っている。


もちろん、僕の奢りだ。


「なんだ、その顔は」


グラスを置いて、怪しむような目で僕を見る城之崎。


「今さら奢りたくない、などと言うのは無しだぞ?」


ジロリと睨まれて、僕は慌てて笑顔を作った。


「いやいやそんなこと言わないよ、約束だもん」


「それなら構わんが」


フンと鼻を鳴らす城之崎。


その時軽快な音楽と共に、配膳ロボットが僕たちのテーブルにやってきた。


肉と野菜の皿が、トレイの上に綺麗に並べられている。


「来たか」


ロボットが離れていくのを見送って、城之崎は野菜を鍋に入れ始めた。


手慣れた感じに見える。


こいつ、こういう店にも来るのか?


まぁ自分から言い出したんだからそりゃそうか。


「じゃあ改めて、いただきます」


「……いただきます」


僕たちはお互いにそう言って、箸を手に取った。


しばらくは黙々と肉をしゃぶしゃぶし、口に運ぶ作業が続く。


店内は家族連れや学生グループで賑わっていたけど、僕たちのテーブルだけが妙に静かだった。


実は前ほど気まずいわけじゃない。


学園祭の一件以来、こいつとの間の氷は確実に溶け始めている。


でも何を話せばいいのか、まだ掴みかねていた。


何か当たり障りのない話題は…。


「そういえば、城之崎ってファイモンやってる?」


ファイティンモンスター。


僕が暇つぶしにするリアルのために使っているアプリ。


城之崎は野菜を咀嚼しながら、一瞬だけ僕に視線を向けた。


「ああファイモンか……前に登録した」


「お、そうなんだ」


スマホでファイモンを開こうとした瞬間、


「すぐにアンインストールしたけどな」


なんて言われたので、もちろん開くのをやめた。


「え?なんで?」


「……変なヤツばっかりだったからな、俺には合わなかった」


変なヤツ。


その言葉に、僕は思わず苦笑いを漏らした。


僕が使ってるって、わかってて言ってるよね?


「……そっか、変なヤツでごめんね」


すると城之崎は、当たり前と言うように頷いた。


「あぁ、全くだ」


……こいつは本当に、遠慮ってものを知らない。


でもそのぶっきらぼうな物言いが、今は少しだけ心地よかった。


こいつが僕に対して以前のような完全な拒絶ではなく、こういう軽口を叩けるくらいには心を許してくれているってことなんだろう。


……よし。


回りくどい探りを入れるのは、もうやめよう。


僕が本当に聞きたいのは、そんなことじゃない。


僕は一度ゴクリと唾を飲み込んでから、意を決して口を開いた。


「……なあ、城之崎」


「なんだ?」


城之崎が顔を上げた、こいつまつ毛長いな。


「鷲那のことなんだけど……。」


名前を出しても表情を変えなかったのは、正直意外だぅた。


「鷲那のさ、どこがいいの?」


直球勝負だ。


以前の僕だったら、こんな質問はできなかった。


でも今だったら聴ける、そんな気がした。


城之崎はと言うと、驚くほど平然としている。


いや。


もしかすると城之崎は、僕にこう聞かれることを予想していたのかもしれない。


城之崎は視線を鍋の中の肉に向けたまま、少しだけ間を置いてから静かに答えた。


「……色々、あるが」


その声は低く、落ち着いていた。


「一緒にいるとな……なんだか、あたたかい気持ちになるんだよ」


言いながら、彼はふっと息を吐いた。


表情はいつもと同じ、クールな横顔に見える。


でもその声には。


そしてわずかに緩んだように見えた口元には、確かにあたたかいものが感じられた。


あの中庭と学園祭の時の控室で見た、鷲那に向ける熱っぽい眼差しを思い出す。


あれは、こういう気持ちの表れだったのか。


それ以上、僕は何も聞けなかった。


城之崎の気持ちの深さを改めて感じる。


でも同時に。


その想いが一方通行である可能性が高いという現実も、城之崎はわかっているようだった。




しゃぶしゃぶの日から僕と城之崎の関係は、また少しだけ変わった。


廊下ですれ違えば挨拶くらいはしてくれるようになったし、部活でも少しは普通に話せるようになった。


それでも城之崎光哉という男の本質は、相変わらずだった。


現代文の授業では、相変わらず現文ばばぁに噛みついていた。


「先生、『的を得る』は間違いで『的を射る』が正しいとのご指摘について。そもそもこの言い回しについて疑義を呈した四省堂国語辞典編集部も、『的を得るも誤りとは言い切れない』と後日見解を示しています。諸説ありますが、一方的に誤りと断定するのはいかがなものかと。」


とかなんとか言って、また教壇の前で憤慨させていた。


現文ばばぁ、そろそろ倒れるんじゃないかな。


文学部では、相変わらず膨大な量の本を読んでいた。


難解な哲学書とか海外の純文学、果てはライトノベルまで。


その読書範囲の広さには、思わず舌を巻く。


そして――鷲那と一緒にいる時の城之崎は、決まってキラキラとした特別な表情をしていた。


中庭のベンチで談笑している時、廊下で偶然会って話している時。


その瞬間だけ、彼の周りの空気がキレイに輝いて見える。


僕はそんな2人の姿を少し離れた場所から、複雑な気持ちで見守るようになっていた。


羨ましいとか妬ましいとか、そういう単純な気持ちじゃない。


ただ胸の奥が、チクッと小さく痛むのだ。


そんなある日の放課後。


授業が終わってスマホを見ると、ファイモンの通知が来ていた。


前に何回かリアルをしたタクヤ先輩からだった。


『なー芝浦ー、お前最近付き合い悪いなー。またリアルしようぜ!』


僕はそのメッセージを一瞥すると、少し考えてから返信を打ち始めた。


『すみません先輩、今ちょっと気になる人ができたんで、当分そういうのはいいです。』


送信ボタンを押す指先に、迷いはなかった。


スマホをポケットにしまうと、僕は部室に向かって走り出した。

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